僕とサメ
今回は金毘羅編と関連のある、
僕の短い漁師時代の話です。
最初は小学一年生くらいの時だったと思う。
家族で水族館へ行って、大きな水槽の上を、
橋のように横切っている通路を歩き、
下の水槽を見下ろした時、
そこに4~5mくらいのクジラがいるのが見えたのだが、
それを見た瞬間、頭がグラグラして、気絶しそうというか、
そのまま水槽に落ちてしまうんじゃないかという不安を感じ、
通路の手すりにしがみついた。
次はおそらく小学三年生くらいの時。
スピルバーグの「ジョーズ」という映画が、
映画館で上映されていて、
学校の帰り道にその映画の大きな看板が路上に立ててあった。
水着で泳いでいる女性にサメが近づいていく、
あの有名なポスターの絵が描かれていた。
それを見た僕は、真夏であったのにもかかわらず、
全身に鳥肌が立ち、ガタガタ震えるくらいの寒気がした。
その後も、テレビで海の中の映像を見たり、
イルカショーを見たり、
寿司屋の水槽で泳ぐ鯛を見たりするたびに、
目まいがしたり、寒気がしたり、
わけもなく不安になったりしていた。
なんだかわからないが、
「絶対に何かあるぞ」とだけはずっと思っていた。
29歳の時、知人の紹介で、霊能者のYさんに会った。
初めて会った時「あなたの前世はチベットの修行僧だった」
と言われて、妙に納得した。
それで、次に会った時には、長年の懸案事項だった、
「大きな魚が怖い」ということについて聞いてみようと思い、
二回目に会った時に聞いてみた。
すると「あなたの前世はチベットの修行僧だったけど、
その前は子供のうちに死んだフランスの女の子、
そしてその前はイングランドの海で海賊をやっていて、
その時に海に落ちてサメに食べられて死んでるね」と言われた。
僕の一連の不安に対して最も納得のいく答えがこれであった。
それから数年経って、高熱が出て苦しんでいる時、
耳元で「なんで海賊が海に落ちるのよ?」という声が聞こえた。
女性の声だったのだが、それが誰なのかはわからない。
その時家には僕以外は誰もいなかった。
僕は夢うつつのベッドの上でその言葉を反芻し、
「そうか、海に落ちたんじゃなくて、落とされたんだ」とわかった。
僕は海賊の時に、誰かにサメのいる海につき落とされた、
あるいは投げ込まれたんだ、と思った。
それから更に数年経って、僕は42歳くらいになっていて、
なぜか定置網の漁師として漁船に乗っていた。
その網には時々サメがかかるのだが、
そういう時はサメを甲板に上げて、漁師がみんなで殴り殺す。
その場で海に放すとまた網に入ってきてしまうし、
生きたまま甲板に置いておくと、
ビチビチとはねて漁の邪魔になるので、
殴り殺しておいて、港に帰る途中で海に捨てるのだ。
目の前に生きたサメを投げ出されて、
僕はものすごく怖かったが、
とりあえず持っていたスコップでサメを何回も殴った。
長い長い年月を経て、
やっとサメに仕返ししてるんだ、と思っていた。
ある日、ものすごく大きなサメが網にかかった。
漁師たちは大きなサメのことはフカと呼ぶ。
大きくて人間が持ち上げられる重さではないので、
船の上から鉤爪のついたヤスで何度も刺して弱らせて、
クレーンで吊り上げて甲板におろした。
漁の間中、そのフカは甲板の上でピクピク動いており、
時折苦しそうに尾ビレを振って、それが何度も僕に当たった。
これくらい大きなフカなら、市場に持って行っても、
カマボコの材料として3,000円くらいで買ってもらえるので、
そのまま港まで乗せて行って、
港でもう一度クレーンで吊って下ろそうとした。
その頃にはフカはもうピクリとも動かなくなっていた。
クレーンで宙吊りにすると、フカの身体から、
小さなサメが15匹くらい、ボトボトボトっと落ちてきた。
妊娠していたのだ、だから身体が大きかったのだ。
フカは死んで宙吊りになっており、お腹の子供たちも全部死んでいた。
甲板はフカの腹から出た血で真っ赤に染まった。
それを見た僕は「ああ、サメは悪くない」と、
思わずつぶやいてしまった。
そうなんだ、サメはけして悪くない。
悪いのは僕を海につき落としたやつだし、
そもそもそいつがそういうことをした原因は、
おそらく僕自身にあったに違いない。
僕はやっとそのことに気付いたのだ。
今はそんなにサメは怖くはありません。
だからと言って全然平気というわけでもありませんけど。