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『花はサラール、宿るは灯火(ミヒナ)


簡単なまじないをかけるとフラスコの中の液体が翠に淡く煌めいた。


いつ見てもうっとりしてしまうほどに綺麗な光景だけど早く密封しないとせっかく付与した効果が切れてしまうことを思い出し、慌てて小瓶に液体を流し込んだ。







ここはドラゴンも魔法も飛び交う世界。私が住んでいるのはその中でも一際広大な領土を誇る王国、ウェルドラード。大陸でも屈指の軍事力を誇り、魔法研究が最も盛んに行われている国。


そこで暮らす私は魔法に秀でているわけでもなく、また頭が大変良いわけでもなく、鍛え抜かれた剣技を披露できるわけでもない、しがない小市民である。


そんな私をここから少し語らせていただくとする。


私はカナ。

前世(むかし)の記憶と現世(いま)の記憶が混ざっていた時は大変混乱を極めたが、今では私は『私』であると受け入れることができている。


まあ色々とややこしい言葉で語ったが、簡単に言えば転生したということだ。


地球という名の青い美しい星の、小さな島国でなんだかんだで死んだ女学生だった。多分無念だっただろう。

まるで人ごとのように語っているけど、ここで暮らすうちに向こうでの記憶は薄れてきているのだ。少し悲しい気もするけれど、この世界で生きていくには必要なことなんだなとも同時に思っている。今ではドラマのワンシーンみたいにふと思い出すくらいだ。


容姿に関して言えば「平凡」これに尽きる。栗色の髪に少し自慢するとすれば割と大きめの空色の瞳。瞳の色はちょっと(というか結構)綺麗だと思ってるけどそれを除けば特別顔立ちが整っている訳でもない凡人だ。二度目の人生、絶世の美女とかでも良かったですよ神さま!


物心ついた時にはうちはかなり貧しい身分であるとは自覚していた。

吹けば飛ぶようなあばら家で、そこは家と言っていいのかわからないくらいだった。パンの一欠片でも食卓に並べば豪勢な方だ。木をかじって飢えを凌いだこともある。


だからだろう、私は親に捨てられた。俗に言う口減らしだ。


それは悲しかったし、辛かった。


今までに行ったこともないような森の奥に連れていかれ、父の「ちょっとここで待っていろ」のセリフで少し察してしまった。嫌だった。冬の夕暮れの森は凍えるほどに寒かったし怖かった。


でも同時に分かってしまった。


私がいなくなるだけでどれだけ家族が楽になるのかを。働ける兄に私の分の食料をあげればもっと割りのいい仕事ができることを。だから私は聞き分けの良い子供の振りをして父を見送った。見間違えでなければ父の目には涙が滲んでいた。もうそれだけで十分だった。


木の下に座り込み、凍える手足をさすりながら今度の人生は前よりもずーっと早かったなぁなどと思いながら目を閉じた。


「おいガキ、生きたいなら目を開けろ。じゃなきゃこのまま死ね。」


死にかけてる幼気(いたいけ)な少女に放つべきではない暴言が頭の上から降ってきた。首を動かす気力もなく、目だけを頭上に向けると、そこには赤髪の美しい男が不機嫌さを隠そうともせず顔に滲ませて私を見下ろしていた。


「おい、死んだのか?死んでねえなら返事くらいしろ。」


美しさにちょっとときめいた私を返して欲しい。


これが私の師匠との出会いだった。




師匠は魔導師だった。そしてすこぶる美形の。サラリと靡く唐紅の髪に、燃え盛る炎をそのまま溶かし込んだような色に長い睫毛が縁取られた瞳。ムカつくくらい整った顔に似合わない毒舌に私は初め呆気にとられた。もう慣れましたけどね。


魔導師とは魔法の特に優れた者に送られる非常に名誉ある称号である。

師匠は私に魔法を教えてくれた。が、私には師匠の専売特許である攻撃魔法に関してとことんポンコツだった。

「せっかく拾ったのにくそつまんねぇな。」などと暴言を吐かれたが、師匠は私を捨て置いたりはしなかった。口は悪いが優しい人なのだ。魔法を教えてくれたのも私が一人で生きていけるようにだろうと勝手に思っている。幸い生活魔法は問題なく使えたので魔導師の弟子の面目はギリギリ保たれた。


…嘘だ。生活魔法なんか魔法使いは誰でも使える。だけど少しくらい見栄を張るのは許して欲しい。幼い時はあまり理解していなかったが、師匠は本当に凄い才能を持つ魔法使いなのだ。そんな人に仮にも弟子としてついているのに魔法が使えないなど本当に恥でしかないのだから。


しかし、このままろくに魔法も使えずに置いてもらうのは流石にまずいと思い、独学で様々なまじないや治癒魔法の勉強を始めた。独学で始めたにも関わらず、治癒魔法は中級まで魔導書を見よう見まねで発動できたのでそちらの方面には才能があると勝手に自分で思っている。


師匠には基本的な生活魔法と自分の得意な攻撃魔法を教わっていたけど、中級まで治癒魔法が発動できるようになってからは、上級の治癒魔法を教わるようになった。上級魔法を見せてもらった時師匠は攻撃しかできないと思ってた…。と小声で呟いたらげんこつを喰らった。解せぬ。


なんだかんだで魔法は超優秀なのになぜか生活力の皆無な兄弟子と師匠の世話をしながら平和に暮らしていた。


ああ、すっかり言い忘れていた!私には兄弟子がいる。そしてこれまた神に愛されし美丈夫なのだ。師匠も美形だが、兄弟子はまた一線を画している。


名前はフェルトスサディリア。

私と違って攻撃魔法に凄まじい適性を持ったまさに師匠に師事するに相応しい人だ。魔力量だけで言ったら師匠でさえも上回るかもしれないほどの溢れんばかりの魔法の才能を持っている。


夜露で濡らしたような艶のあるの漆黒の髪に、切れ長の瞳は闇に星の雫を溶かしたような黒色(こくしょく)黄金色(こがねいろ)が混ざった不思議な色彩をしている。すらりと通った鼻筋に薄く紅を引いたような色の唇。真白の肌は毛穴なんか存在せずさながら輝く大理石のよう。こんな美辞麗句で並べ立てても足りないくらいに彼は美しい。


神に愛されたとしかいいようがないほどの美貌の兄弟子は、東他人(ひがしびと)と呼ばれる一族に連なる父と耳長族に母を持つ特殊な血筋の持ち主だ。彼の複雑な名前はエルフの古の言葉らしい。東他人は黒髪黒目で、この世界ではその漆黒はあまり受け入れられない色。忌み嫌われる種族の色だからだ。師匠に拾われる前はかなり虐げられていたらしい。でも私は前世、黒髪黒目の人しかいないような国にいたので差別的な気持ちはまったく湧かなかった。なんなら初対面で髪に手を触れてしまうくらいにはその髪色が懐かしかった。すぐに振り払われたけども。


そんなこともあり初めはかなり避けられていたけど、ぐるぐるぐるぐるずーっと兄弟子につきまとっていたら段々と言葉を交わしたり、一緒に魔法を勉強したりしてくれるようになった。


「フェルでいい。」

「え?」

美しい顔をほんのり朱で染めた兄弟子の言葉に思わず間抜けな顔で聞き返すとそっぽを向かれてしまった。


愛称で呼ぶことを許してくれた!私と同じ家に住んでいると言うのに数ヶ月の間顔を合わせようともしなかった頃と比べれば大きな進歩だ。

そして最近はかなり可愛がってもらっている気がする。私と違って魔法使いとして仕事をしている兄弟子は師匠に内緒でケーキを買ってきてくれるし、師匠に出された課題をこっそり手伝ってくれたりする。あの人は絶対にやりきれない課題を出してくるのだ!兄弟子はやり切るけど…。まあ可愛がると言っても彼は私と生まれが数ヶ月違いの同い年であることはこの際置いておこう。彼は私の自慢で大好きな兄弟子だ。


ただ女子としては複雑な心境もある。ほんの少しくらいその美しさを分けて欲しい。やっぱり生まれ変わったのなら絶世の美女とは言わなくてもそれなりの美貌は欲しかったかなぁ…。




そんな2人との暮らしである事件が起こる。


師匠が珍しく王宮に赴いている時、ソレはやってきた。


禍々しい、気持ちの悪い、体にまとわりつくような魔力を纏ったモノ。でもその見た目は妖艶な美しさをたたえていた。毒々しい黒に紫を混ぜたような髪色。沼の底のような黒々とした瞳。誰だフェルの黒をこんなヤツらと一緒にしたのは!全く別物じゃないか。こんなのは、こんなのは、生き物の色じゃない…。下手すれば吸い込まれてぐちゃぐちゃにされてしまうような恐怖を感じる美。いや、美というのも恐ろしい。これに美しさを感じてしまう自分が腹立たしいほどに隔絶した存在。


それは北の魔境に住まうと言う種族だ。人間以上に魔法に優れ、残忍な気質を持つ生き物、魔族。

昔の人間は魔族の奴隷、食料、玩具として扱われていたと言う。

数千年前に魔族の王が人間の勇者の命をもって封じられ、同時に勇者の一行として付き従っていた大魔導師が魔境全体に強力な結界を張り、魔族が人間の住む国に侵入できないようにした。しかし、たまに結界の綻びをこじ開けてやってくる魔族がきまぐれに人を殺戮することがある。魔族1匹で国を1つ滅ぼしたと言う記録もあるくらいだ。魔導師はその優れた能力で魔族の侵入を出来るだけ防ぎ、結界の綻びを修復すると言う役目がある。師匠は魔族から人々を守るためにこんな辺境の魔境の隣の森に住んでいたのだ。


そして数十年結界を破ることなかった魔族が師匠の不在の時にやってくるとは本当に運がない。結界を張る時に押し戻せず、この森に住み着いてしまった魔族よりも下位の存在である魔物には出会ったことがあり、倒せるほどの実力はあったが、魔族は圧倒的だった。格が違う。

攻撃魔法の使えないわたしをかばって兄弟子は戦ってくれた。


兄弟子は強かった。


魔族の腕を吹っ飛ばして、逃げ出させてしまうくらいには。だが、兄はそれ以上に酷い傷だった。お腹はズタボロに裂けているし、片腕はダランと力なくたれさがっている。

魔族が悔しげな叫び声をあげながら転移していった途端に糸が切れるように兄弟子は崩れ落ちた。


8.13 本文追記

8.14 あとがき追記

ブックマークありがとうございます。まさか読んでいただけるとは思っていなかったのでとても嬉しいです。次話以降もどうぞよろしくお願いします。目標はブックマーク数二桁ですね。感想、誤字脱字報告もお待ちしております。

日沙


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