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「私を殺して」
目の前で義娘が鉈を差し出し、こちらを見つめる
「っ、、」
一瞬返答が出来ず、それを誤魔化す様に少し早口で叱る
「馬鹿な事言ってないでさっさと朝め、、横になって休んでいろ」
そう言い残し顔を洗う為家を出ていく
最悪の目覚めだった
目を覚まし居間に行くと義娘から突然言葉を投げかけられた
突然の事に動転してしまって適切な対応が出来なかった
そんな風に後悔しながら雑に顔を洗い、一杯だけ水を飲み家に戻る
「今日は体の調子がいいから、村の手伝いをしようと思うの」
居間に戻ると義娘がそう言ってきた
「、、そうか」
そんな事しなくていい、、などとは言えない
「それじゃあ俺は町に行ってくる」
じっとしていても仕方がないので立ち上がり家を出る
「うん、気をつけて」
何時からだろう「いってらっしゃい」という言葉が苦痛になったのは
何時からだろう、義娘がその言葉を言わなくなったのは
家を出て何度行き来したか分からない道を歩き始めた頃
寝起きの出来事が頭をよぎった
俺は足早に町へ向かった
後ろを振り向く事は出来なかった
目の前には見慣れた戸がある、見間違えるはずもない俺の家だ
町へ行ったはいいが仕事は貰えなかった、結局昼前に戻って来てしまった
所詮伝手も信頼も無い俺はどうしても優先順位が低い
いつもより重く感じる戸を開け家に入る
家には誰もいなかった
一つ息を吐き居間に腰を降ろす
どうすればいいんだ
絶望的な状況に自然と頭が下を向き自分の手足が見えた
肉体労働でマメや傷だらけの手、毎日の町との往復でボロボロの足
俺は何をやっているんだ
もはや何も考える事が出来ず頭がボーっとしてくる
目の前の景色が白く染まっていく
「ごめんね、兄さんしか頼れる人が居なくて」
泣きそうな顔で妹が帰ってきた、俺の家に、娘を連れて
それまで惰性で生きていた俺には騒々しい日々が始まった
子供などとは縁がなかった俺はその扱いに大変苦労した
だけど何も考える暇がないその日々は充実していたのかもしれない
妹は元々体が弱く休みがちだったが
体調のいい日には村の労役などもしたらしい
だが人一倍優しい妹は俺に迷惑をかけることを嫌ったのか
無理をしていたのだ
本格的に体調を崩し、結局取り返しのつかない事になってしまった
目の前で妹が眠っている、だがもう目を覚ます事はない
妹の手を握る、あぁ寒い、俺の体の中から熱が失われていく
まるで世界が俺を取り込む様に冷気が体を浸食してくる
怖くはない、いっそこのまま身を任せたい気分だ
眠気に身を任せかけたその時、指先にほのかに熱を感じた
「、、さん」
誰かが呼んでいる
「お、、さん」
俺を呼んでいる
「お父さん」
「ベ、、ス、ペル」
目の前には妹の子供のベスペルがいた
目の前に立ち、手を握る俺の手にその小さな手を重ねていた
「お父さん、泣かないで」
「、、え?」
俺は泣いているのか
ベスペルの手はとても暖かかった
体が小刻みに震え始める
俺は、俺はまだ
「、、さん」
声がする
「お父さん」
その声に目を覚まし辺りを見回すと、すっかり夕暮れに染まっていた
寝てしまっていたのか、ボーっとしていたのか
そういえばと声の主を探すと戸口に人影が立っている
「ベスペルか?」
夕焼けが風前の灯火の様に燃えていて、逆光がきつく顔が見えない
やっと輪郭が定まって見えた姿はやはり義娘だった
戸口に立つ義娘は両手一杯に野菜を抱えていた
義娘が喋りかけてくる
「お父さん、、」
あぁ、目の前が白く染まっていく
「兄さん、これを食べて」
「っハァ~~」
重いため息をつく、一体どんな顔であの子に会えばいいんだ
夕陽が沈む道を歩きながら悩む
すると私の前を歩く彼がとても億劫そうに顔だけ振り返りながら
「別に君がついて来る必要はないんだぞ」とのたまう
「そんな訳にはいかないの、私はあの子の「友達」何だから」
友達の部分の声が小さくなってしまった
「だったらノロノロ歩いてないでシャキッとしてほしいものだ」
この男には女性を労わる気持ちというものがないのか
「分かりました!さっさとあるけばいいんでしょ!」
そう言うと私はずんずんと進み彼を追い越した
たいして離れていない彼女の家にはすぐに着いた
「あれ、戸が開きっぱなし、出掛けてるのかしら」
家に近づき中を伺う
日が沈み始め薄暗い屋内に目が慣れるとそこには人が倒れていた
「え、、」
家の中は野菜が散らばり、その中に人が倒れていた、血まみれで
その顔は見間違えるはずもない
ベスペルだった