魂の叫び
「班に加わる三人目、だって? じゃあ、なんで俺は襲われたんだ? 考えうる限り最悪の出会い方をしたわけだけど」
これ以下の出会いなんて、そうそうない。
もっと穏便な出会い方はできなかったのだろうか。
学食でテーブルを共にするとか。
素直に詩織から紹介されるとか。
やりようは幾らでもあったはずだけれど。
「それは――」
「あなたの実力をこの目で確かめたかったからよ」
詩織から言葉を奪い、彼女はそう言った。
転校前日に会った、教師陣のようなことを。
「知っての通り、街の警備は班の活躍が個人の成績に大きく響くわ。だから、班員となるあなたの実力を見極めておきたかったのよ。弱い人と組んで、成績を落としたくないものだから」
「……それで人に向けて矢を射ったのか」
こんな凶行に出たのか。
「大丈夫よ。威力はきちんと押さえてあったから。せいぜい、拳で殴られる程度。もし当たり所が悪くても、大怪我に繋がらないように加減はしていたわ。目や急所は狙わなかったでしょう?」
「まぁ、それはそうだったけど」
だからと言って、人に矢を射っていい理由にはならないが。
「ごめんなさいね、手荒な方法で。けれど、私はどうしても討伐隊に入隊したい。形振り構っていられないのよ」
俺も討伐隊への入隊を目指しているんだ。
どうしても討伐隊に入隊したいという気持ちはわかる。
けれど、こんな手荒な方法を使うほど切羽詰まっているのか?
一度、手を合わせたからわかる。
彼女は優秀な生徒だ。
形振り構っていられないほど、追い詰められるようには思えないが。
「……そうまでして討伐隊に入隊したい理由はなんなんだ?」
「お金のためよ」
「金? ……たしかに討伐隊の給与は破格だが」
命を張って魔物と戦うんだ。
給与だけじゃない。保証や保険などにも国からの計らいがある。
それが理由で討伐隊や防衛隊への入隊を目指す人がいるのも事実だ。
「いけない? お金が目当てで討伐隊に入隊しようだなんて」
「いや。そいつも立派な理由だ。どうこう言うつもりはないけど」
俺が入隊を目指しているのも、ひどく個人的な理由だ。
それに人が何かを目指す理由に、ケチをつけるほど馬鹿じゃない。
きっと色んな事情があって、そうすることに決めたんだ。
俺がとやかく言っていい道理はない。
「けど?」
「今後こういうのは無しにしてくれってこと」
そう言いながら、刀をオドに帰す。
いきなりの襲撃で最初は面を食らったが、事情はわかった。
一応、矢が当たっても問題ないように配慮されていたことだし。
今回のことは、綺麗さっぱりと水に流そう。
「……意外ね。もっと怒り狂うと思っていたわ」
「すこしも怒ってないわけじゃないけどな」
すこしは怒っているし、いらついてはいる。
「私の境遇でも想像して同情してくれたのかしら?」
自嘲するように、彼女は言った。
まるで過去にも同じ事があったかのような言い草だ。
「そんなんじゃない」
だから、俺はそれを否定した。
「そっちの事情なんて知らないし、興味もない。ただその弓矢の異能を味方に付けられるなら、このくらいのことは忘れようって思っただけだ」
流天夕美は優秀な生徒だ。
街で魔物と戦闘になれば、頼りがいのある戦力になる。
優秀な生徒と班員になりたいと思っているのは、俺も同じだ。
だから、今後のわだかまりになりそうなことは、今のうちに無くしておくべきだ。
そう思った。
「ふーん……実力は噂通りだったけれど。人格のほうは違っていたみたいね」
「人格? なんの話だ?」
俺の人格について、なにか噂が立っているのか?
だとしたら、それは是非とも聞いておきたい。
「それは――」
「あーあーあー! ほら! お腹空きませんか!? 学食に行きましょう!」
「詩織?」
なんだ? 急に。
唐突に騒ぎ出したけれど。
なんか、怪しいな。
「続けてくれ」
そう彼女に言う。
すると。
「し、四季くん! 今日はカツサンドの日ですよ! はやく行かないと無くなっちゃうかも!」
やはりと言うべきか、詩織が慌てだした。
その様子を見て、視線を彼女へと向ける。
そうすると、彼女はすこし思案する素振りを見せ。
それから。
「詩織から聞いていたのよ」
口を開いた。
「霧先四季は初対面で下着の色を言い当ててくるって」
「……ほー」
ゆっくりと、詩織のほうを向いた。
詩織はバツが悪そうに、目を逸らす。
どうやら本当のことのようだ。
「詩織ぃ!」
名前を叫び、両手で詩織の頬を掴んだ。
「あれはたまたまだって何度言えばわかるんだ、お前は!」
「ご、ごへんなひゃいっ!」
意外と掴み心地がよく、詩織の頬はよく伸びた。
「まったく」
ため息交じりにそう言って、詩織から手を離す。
「だ、だって、言い当てたのは本当じゃないですかー」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
なぜか当たるんだからしようがないだろ。
悪気がある訳でも、意図して当てている訳でもない。
すべては偶然が悪いんだ。
「言い当てていたのは事実なのね」
「たまたまな、たまたま」
本当に、どうしてこんなに偶然が重なるんだろう。
オドの色と下着の色になにか関係性があるのか?
冗談みたいな話だが、ここまで偶然が重なるとな。
あり得ないことにも、真実みが帯びてくる。
「でも、今のところ的中率は百パーセントですよ」
「人をパンツ識別器みたいに言うな」
なんて不名誉な称号を。
「というか、また自爆したぞ」
「あぁ!」
また詩織は真っ赤になった。
詩織はいつも墓穴を掘ってるな。
掘削機かなにかか。
「ふーん、なるほど。面白い特技ね」
「特技でもねーよ」
そんな特技があってたまるか。
「それって詩織限定? それとも誰にでも出来るのかしら?」
「そんなこと聞いてどうするつもりだよ」
「いいから、答えてよ」
どうしてそんなことを聞きたがるんだ?
まぁ、答えても別に困ることでもないけれど。
なんというか、腹の中が見えないな。
「……さぁ、試したことがないからわからない」
試すようなことでもないし。
「そう。なら、私で試していいわよ」
「はぁ!?」
とち狂いでもしたか?
いきなりなんだ?
「手荒な真似をしたお詫びよ。当てられたら、素直に肯定してあげる」
「いらねーよ、そんな詫び」
「あら、女に恥をかかせるつもりかしら?」
「自分から晒した恥の始末を俺に頼むな」
必要なかっただろ。
すこしも。
「ほら、はやく」
けれど、彼女も引く気はないようだった。
たぶん、当てられるはずがないと思っているんだろう。
まぁ、普通はそう考える。
見てもいない下着の色を言い当てるなんて馬鹿げてる。
あわよくば、これで先のことも帳消しにする腹づもりなんだろう。
「……わかったよ。じゃあ……」
視線を彼女に向け、意識を集中させる。
そうすることで、彼女から感じ取った色は。
「ピンク」
桃色だった。
「――っ」
それを聞いた彼女は、ぴくりと反応した。
みるみるうちに頬が赤く染まり、視線がそっぽを向く。
この反応の仕方は。
「……」
どうやら、またしても言い当ててしまったらしい。
本当になんなんだよ、この偶然の重なりようは。
「あのさ。俺が言うのもなんだけど。自分から言っておいて、いざ当てられたら恥ずかしがるって。そりゃないぜ」
「は、恥ずかしがってなんていないわよ」
気丈に振る舞ってはいるものの、その声は震えていた。
説得力がまるでない強がりだった。
耳まで赤くなっているし。
「やっぱり! 四季くんはパンツ識別器です! ひどい!」
「おい、やめろ。それを定着させようとするな」
今後の学園生活に関わる。
「四季くんの変態!」
「だから、たまたまだって言ってるだろうがっ!」
魂の叫びが、雑木の庭に木霊した。