一射入魂
早朝、寮の近くにある雑木の庭にて。
「ふぁ……」
あくびをしながら、定位置につく。
周囲に雑木が立ち、静けさに満ちる絶好の場所だ。
そこで刀を具現化し、日課の素振りをするために刀身を振り上げる。
「ふぁ……」
けれど、またしてもあくびが出てしまう。
「いかんな、どうも」
一度、刀を下げた。
それから頬を叩いて眠気を飛ばし、再度刀を振り上げる。
今度はあくびをすることなく、素振りを始めることが出来た。
俺がこんなにも眠気に襲われているのは、なにも朝が早いからじゃあない。
夜遅くまで、寝付けなかったからだ。
理由は単純。
ほかの生徒から、しつこい勧誘を受けていたから。
「街の警備……か」
虹霓学園は防衛隊と協力し、街の警備に貢献している。
卒業生のほとんどが討伐隊か防衛隊に入隊する関係上、いい経験となるからだ。
防衛隊は足りない人手を補え、生徒は得がたい経験を得られる。
互いに利益のある素晴らしい関係性だ。
それゆえに、この街の警備も成績に大きく響く。
常に班行動で街の警備をする仕様上、自身の班に成績のいい人物を入れたくなるもの。
先日の戦闘訓練で好成績を残せた俺は、生徒らの的にされてしまったのだった。
「ただでさえ、今日は警備に出なくちゃいけないってのに」
本日、この日は俺も街の警備に参加することになっている。
だから、はやく眠りたかったのだけれど。
彼らがそれを許してくれなかった。
お陰で、いつもの時間に起きているのにまだ眠い。
まぁ、もし魔物と戦闘になっても支障がない程度ではあるけれども。
「そういや、三人目を紹介するって言ってたけど」
街の警備にでる班の構成人数は、三人から四人。
俺と詩織だけでは人数が足りない。
なので、詩織が出発のまえに三人目を紹介してくれる手筈になっている。
「どんな奴が来るんだろ……」
思考を巡らせてみると、思い当たるのは数人だ。
あの日、俺が一人で魔物を殲滅した時に、詩織とともに行動していた虹霓学園の生徒たち。
あの生徒たちは、詩織があの街で警備に参加するための班員だったという。
俺をスカウトしている間、詩織は詩織で俺が住む街を守ってくれていたのだ。
だから、あの場にいて俺を避難所にまで送り届けてくれた生徒の誰かになるかも知れない。
あるいは、まったく知らない生徒だという可能性もある。
男か女か、同級生か先輩か。
詩織は会ってからのお楽しみと言っていたけれど。
すこしくらいのヒントをくれてもよかったと思う。
せめて性別くらいは。
男か、女か。
出来れば男のほうがいいな。
女所帯に男一人なんて、考えただけで気が滅入りそうだ。
「――」
そう考えごとをしていた最中に、妙な音が耳に届く。
風を切り、虚空を貫くような、危険な音。
それを聞いて、瞬時に刀の軌道を変更させた。
刃が向かうのは、正面ではなく後方。
風を切って背後から迫るなにかに向かわせ、それを斬った。
「……矢か」
二つになって地面に落ちたのは、一本の矢だった。
オドで具現化された物のようで、すでに回帰しかかっている。
すぐに飛んできた方向に目をやった。
けれど、当然ながら弓を射った者の姿は見えない。
この雑木に紛れて、姿を隠している。
「どこの誰だ。おふざけじゃ済まされないぞ」
そう声を張ってみるものの返答はなし。
それどころか、新たな攻撃をもって返事とされた。
別の角度から、また矢が射られる。
「チッ」
舌打ちをし、その矢を打ち落とす。
「なにがしたいんだよ、お前は!」
また別の角度から矢が射られ、それを叩き斬る。
すると、またすぐに矢が射られ、立て続けに攻められた。
来る矢、迫る矢を捌きながら、本体を探す。
けれど、巧妙に隠れているようで姿は見えない。
この場を突っ切って、開けた場所に出ようとも考えた。
けれど。
「――だんだん、間隔がっ」
加速度的に、放たれる矢の間隔が短くなっていく。
対応は出来ているが、射られ続ける矢の中を移動するのは難しい。
圧倒的な物量を持って、俺はこの場に縫い付けられていた。
「――」
四方八方から降る矢の雨。
捌けはすれど、攻め手はなし。
杜若を打とうにも、その暇も造れないのが現状だ。
打つ方向も絞り切れていない。
なら、どうすればいい。
「……待てよ」
あらゆる角度から放たれる矢。
だが、そのすべてが同じではない。
この身に迫る速度。斬った際の感触。
そんな微かな違いがある。
そして他のものより速くて頑丈な矢は、一方向からしか放たれていない。
つまりは。
「――そこか」
腰に差していた鞘を抜いて、迫る矢を打ち落とす。
同時に、当たりを付けた方角へ、手元の刀を投げつけた。
杜若よりも初速の速い投擲をもって反撃とする。
相手も流石にこの手は読めなかったのか、ちょうど矢を放ったタイミングだった。
空中にて激突する刃と矢。
そして、刀の鋒は矢を正面から二つに裂いて過ぎる。
軍配はこちらに上がった。
投擲した刀は何者かの直ぐ側を掠め、木の幹に突き刺さる。
「次ぎは当てるからな」
そう警告し、新たに刀を具現化する。
これでまだ矢を射ってくるなら、本体を押さえるしかない。
攻撃の傾向は今ので読めた。
次ぎはもっと速く、居場所を突き止められる。
「――はい。ストップ、ストップですよ」
相手の出方を窺っていると、不意に聞き慣れた声がする。
そちらに目をやると、詩織がこちらに歩いてきているのが見えた。
「もう十分なんじゃないんですか? 四季くんの実力は計れたと思いますけど」
詩織は、雑木に隠れた誰かに向けてそう告げる。
あたかも、その誰かの正体がわかっているかのように。
「――まぁ、いいわ」
詩織の言葉に、誰かは返事をした。
そして、その姿を素直に見せる。
長い黒髪を腰の辺りにまで伸ばした、身長の高い女子生徒。
どこか凜とした佇まいをしていて、所作の一つ一つが繊細に映る。
肩の辺りで髪を切りそろえ、どこか柔らかな雰囲気を持つ詩織とは、正反対の人物だった。
「ある程度だけれど、実力のほどは伝わったわ」
「お眼鏡に叶いましたか?」
「まぁね。私の矢をあれだけ捌いた上に反撃までして来たんだもの。申し分ないわ」
彼女は、こちらに目線を向ける。
「噂に違わぬ、と言ったところね。戦闘訓練の好成績も、嘘じゃないみたい」
「それはなによりです」
二人で会話が進んでいき、一人だけ蚊帳の外になる。
一応、先ほどまで彼女に襲われていたんだけれどな。
それも割と洒落にならないくらいの猛攻を受けていたはずなんだけれど。
「……説明してくれるか? 詩織」
「あっ、はい。そうですよね。紹介します」
そう言って詩織は、彼女を俺に紹介した。
「こちらは流天夕美。私たちの班に加わる、三人目ですよ」
流天夕美。
彼女が班を組むことになる三人目の生徒。
思うことや、言いたいことは山ほどあるけれど。
とにかく、今回も波乱の幕開けになりそうだった。
案の定と言うべきか、気が滅入りそうだ。