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燕刀焔拳


 俺と影司は友達だった。

 日が暮れるまで遊び、将来の夢を同じくする仲だった。

 俺たちの夢は、魔物と命懸けで戦う討伐隊へ入隊すること。

 そして、功を立てて英雄となることだった。

 幼い頃に夢見るものとしては普遍的なものだったけれど。

 俺たちにとって夢は、約束だった。

 中学生にあがり身長が伸びると、いよいよ現実味を帯びてくる。

 俺たちは夢のために研鑽を重ね、何度も手合わせをした。

 戦って、戦って、戦って。

 二人でなら夢も夢じゃないと、本気でそう思えた。

 けれど。

 あの日を境に、俺は夢を諦めた。


「――機を逸した。今更、なんでだ、どうしてだ、なんて聞かねーよ。でもな」


 影司は両の拳に蒼い焔を灯す。

 それは形を成し、手甲へと変化した。

 すこし見ない間に、そんなことが出来るようになったのか。


「俺はお前を起き上がれなくなるまで、ぶん殴らねーと気が済まねぇ」


 ここでなら邪魔が入らないと考えているんだ。

 この影司の行動が、教師陣にどう捉えられるかは日の浅い俺には判断が付かない。

 不正と見做されるかも知れないし、そうじゃないかも知れない。

 これは飽くまで訓練であって、競技や遊びじゃない。

 これが競技だったなら、間違いなく影司は妨害という不正をしたことになる。

 果たして、どの辺りまでが訓練と見做され、不正と判断されるのか。

 わからないことだらけだが、いくつか確かなことがある。

 仮に不正であったとして、教師陣が動き出していたとして。

 ここに到着するまでには時間がかかると言うこと。

 そしてその頃には、すべてが終わっているであろうということだ。


「覚悟しろ」


 影司は構えを取った。

 昔から飽きるほどみた構え。

 俺はそれに応えるように、鞘から刀を抜く。


「正直に言えば、素直にぶん殴られてやりたかったよ」


 構えを取る。


「いまこの場所じゃなかったらな」


 俺には責任がある。

 責任を果たすために、俺は討伐隊に入らなければならない。

 これが授業でなければ、放課後だったなら、その拳を受けたってよかった。

 けれど、いまはダメだ。時間が惜しい。

 だから、全力で影司を排除させてもらう。


「ハッ――行くぞ、四季ィ!」


 影司は固く拳を握り、地面を蹴った。

 愚直に、一直線に、目の前の俺に向かって駆け抜ける。

 靴底で爆ぜる焔が、生身では出せない初速を生む。

 あっと言う間に距離は埋まり、蒼の拳が突き放たれる。

 昔よりもずっと速くて鋭い。

 懐に入られたら、それで終わりだ。

 なんとしてでも、優位な間合いで立ち回らなければ。


「――」


 拳が描く直線に対し、こちらは刀で曲線を描く。

 剣先で虚空を裂いて、一刀は拳へと向かう。

 選択の能力で異能だけを斬れば、隙を造れるはず。

 その後の展開を頭で描きながら、刃は手甲に接触する。

 瞬間、その蒼い装甲が爆ぜた。


「――ッ、太刀筋をっ!」


 それは極小規模なものだったが、太刀筋を狂わせるには十分な威力。

 断ち切れたはずの手甲に、刀は止められてしまう。


「してないと思ったかよ、対策をよォ!」


 そうだ。

 あの日から、影司は進み続けてきた。

 ずっと足踏みばかりをしてきた、俺と違って。


「くっ――」


 影司の接近を嫌って後方へと跳ぶ。

 しかし、それもその場しのぎ。


「逃がすかっ!」


 再び、靴底の焔が爆ぜて影司は推進力を得た。

 開いた距離はあっと言う間に詰められる。

 だが。


「逃げてなんかない」


 着地と同時に、下方から刀を薙ぎ払う。

 勢いに乗った影司に、これを回避する術はない。

 刀の刃渡りの分だけ、俺の攻撃が先に届く。


「チッ!」


 迫る剣閃に、影司は防御を選んだ。

 手甲同士を繋ぎ合わせて盾とし、繰り出した一刀を受けられる。

 小規模な爆発が太刀筋を狂わせるが、一撃の威力としては十二分。

 そのまま力尽くで振り抜いて、影司を弾き返した。


「畳み掛けるっ!」


 その直ぐあと、追いかけるように地面を蹴る。

 影司が着地する瞬間を狙い、自分の優位な間合いから刀を振るう。


「なろォがっ!」


 形勢不利と見て、影司は手甲を燃え上がらせた。

 後方に向けての焔の噴射が、拳の威力と速度を大幅に底上げする。

 雌雄を決する一撃になるはずだった一刀は、それで五分まで戻された。

 互いの得物は、拮抗する。


「――」


 言葉は交わさない。

 互いに示し合わせたかのように得物を引き、そして怒濤の如く攻め立てる。

 得物が交じり合い、その度に爆ぜて火花が散った。

 剣撃と殴打の応酬に、時間が引き延ばされたかのようにゆっくり過ぎる。

 重い。重い。

 なんて重い、拳なんだろう。

 その一撃一撃に、積み上げてきた物の重みを感じる。

 それに対して、俺はどうだ?

 この剣撃の、なんと軽いことだろう。

 あぁ、だから。

 だから、俺は影司の隣にいられなくなったんだ。


「――くっ」


 打ち合いにも、終わりが迫る。

 元々の得物の相性が、戦況を変える後押しとなる。

 刀と手甲。圧倒的なリーチの差。

 間合いの優位を取った俺が押し始めるのは必然だった。

 すこしでも間合いの取り方を間違えていたら、立場が逆転していただろう。


「しゃらくせェ!」


 刀と手甲がぶつかり合った刹那、蒼焔が爆ぜる。

 それは今までの小規模な物ではなく、爆風で身が吹き飛ぶほどのもの。

 この至近距離での自爆技。

 いや、違う。


「距離……を、取ったのか」


 爆風は凄まじいものだったが、吹き飛んだ俺にダメージはほとんどない。

 それは恐らく、影司も同じだろう。

 自滅を避けた空の爆発によって、優位の間合いがリセットされてしまった。


「……」


 互いに立ち上がり、視線を合わせる。

 そうすることで感じ取ったのは、次で最後だと言うこと。

 次ぎの一撃で、決着を付ける。

 もうこれ以上の時間を掛けてはいられない。


「燕刀――」

「焔拳――」


 呟くのは、いまは遠い昔に開発した技。

 二人で意見を出し合い、考えた懐かしい名。

 刀身に、手甲に、大気中のオドが集結する。


「杜若」

「獅子牡丹」


 剣撃が飛翔し、殴打が吼える。

 燕の刃は滑空し、獅子の焔が地を駆ける。

 二つは狂いなく突き進み、俺たちの間で激突した。

 互いに傷つけ合い、喰らい合う。

 燕と獅子は互いのすべてを賭して存在意義をまっとうする。

 その果てに、雌雄は決した。


「――くそ」


 燕は獅子を斬り裂いて、影司を襲う。

 異能の蒼は消失し、手甲はオドへと回帰する。

 強制的な武装の解除。

 それ自体にはあまり意味はない。

 再度、異能を顕現させれば済む話だ。

 けれど、すでに勝負はついている。

 影司は異能を顕現させようとはせず、その場に座り込んだ。


「俺の負けだ」


 あぐらをかいて、観念した。

 俺はそんな影司の正面にまで歩み寄りる。

 そして、同じように腰を下ろした。


「……なにしてやがる」

「すこし、話をしようと思ってさ」


 訓練を再開するのは、それからでも遅くない。

 いまは、そう思っている。


「俺の身に起こったことは、影司も知ってるだろ?」

「……あぁ、後天性……なんちゃら症候群って奴だろ」

「サヴァンだよ。後天性サヴァン症候群。俺はそれで超人的な剣術を身につけた」


 なにもして来なかった俺が、経験と実績を積み上げてきた影司に勝る。

 そんなふざけたことが可能になるほどの剣術を。


「でもな。だからこそ、俺は夢を見られなくなったんだ」

「夢だ?」

「あぁ、影司と一緒に討伐隊に入って英雄になるって奴」


 何度も何度も、口にしてきた夢。


「夢は自分の力で叶えてこそだ。だから頑張れるし、辛いことにも耐えられる」

「……」

「でも、俺にはもう無理なんだ」


 俺はもう夢を見る資格をなくしてしまった。


「なにを頑張っても、なにを成し遂げても、結局はこの剣術のお陰ってことになっちまう。たとえ夢を叶えても、それは俺が自力で勝ち取ったものじゃない。それに価値なんてないんだ」

「……だから、誰にも言わずに進学先を変えたってのか」

「あぁ。異能とは無縁の普通校にいくことを決めた」


 周りの大人たちの勝手な期待が嫌だったのもある。

 将来の道を決めつけられるのも気にくわなかった。

 けれど、一番の理由は、夢を見られなくなったからだ。

 だから裏切るような形で、進学校を変えた。


「なら……なら、なんでこの学園にきた」


 影司の拳が、固く握りしめられる。


「今更どの面下げてここに来られたって言うんだっ! お前は!」

「責任を果たすためだ」


 即答し、畳み掛ける。


「力には責任が伴う。この剣術は誰かを助けるために使うべきなんだ。だから俺は、討伐隊に入るためにこの虹霓学園の生徒になった。そのためだけに」


 そのためなら恥も外聞もかなぐり捨てて、この学園の生徒にだってなれる。

 合わせる顔がないのは百も承知だ。

 それでも責任を果たすためには、こうするほかに方法がない。


「なんだよ……そりゃあ……お前の言っていることは訳がわからねぇ」

「それでいい。わかってもらえなくても、もう決めたことだ。それに、こいつを影司に話したのは筋を通しておきたかったからだ」


 腰を上げて、立ち上がる。


「黙っていて悪かった。言いたいことは、これで最後だ」

「……」


 返事はない。

 影司は黙ったままだ。

 でも、それでも構わない。

 もう、行かないと。


「――グルルルルル」


 不意に響く、魔物のうなり声。

 反射的にそちらへと目を向けると、数え切れないほどの魔物が視界に映る。

 嫌な思考が脳裏を過ぎり、急いで別の方向にも目を向けた。

 すると、やはりと言うべきか。

 周囲を大量の魔物たちに取り囲まれていた。


「こいつは……」

「……ちょっと暴れすぎたみたいだな」


 魔物はオドに敏感な反応を示す。

 これだけ派手に暴れれば、周囲の魔物を引き寄せてしまうのも当然か。

 そこまで頭が回らなかったな。


「……影司。まだやれるか?」

「ハッ、誰に言ってやがる」


 影司は立ち上がり、蒼焔の手甲を顕現させる。


「なら、背中は任せたぞ」

「ふん。下手打つなよ」


 それ以上の言葉はいらなかった。

 俺たちは互いに背中を預け、襲い来る魔物を迎え打った。

 影司と共に戦うのは久しぶりだ。

 けれど、なぜだろうな。

 こんなにも戦いやすいと感じるのは。

 長年の空白を越えて、記憶と身体は互いを憶えていた。

 どう動き、どう躱し、どう攻めるのか。

 目で見なくても感じ取れる。


「これで――」

「ラストォ!」


 最後の魔物が斬り裂かれ、焼き尽くされる。

 周囲を取り囲んでいたすべての魔物が、これで完全消滅した。

 目に見えるところに、魔物はもういない。


「はぁ……はぁ……終わった」

「ハッ……ザコが、何匹集まろうと……大したこと、ねぇな」


 その時、見計らったかのように終了の合図が鳴り響く。

 これにて俺たちの戦闘訓練は終了となった。


「――おい、四季」


 刀をオドに帰していると、影司から声がかかる。

 影司もまた手甲をオドに帰していた。

 流石に、もう戦う気力は残っていないみたいだ。


「俺はお前を許したわけじゃない」

「あぁ、わかってる」


 一時的に利害が一致しただけ。

 ちゃんと理解している。


「でも」


 目が合う。


「お前が言っていたことは、ちゃんと憶えておく」


 そう言って、影司はこの場から去って行った。

 それを聞いて、その背中をみて、思う。

 過去のわだかまりに、一つのけりが付いたのだ、と。

 それから駅に帰還した俺は、桜坂先生から記録を聞かされた。

 討伐数、九十七。

 それは歴代でもトップクラスの成績だった。

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