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市街地戦


 学食にて朝食を取り終え、俺たちは校舎の一角に向かう。

 その場所にあるのは、地下へと続くエレベーター。

 乗り込み、稼働したそれは俺たちを地下へと引きずり込んだ。


「――こりゃ凄い」


 エレベーターの窓越しに見える、再現された市街地に感嘆を覚えた。

 街一つの再現を、本当に地下で成立させている。

 思わず窓の近くによって天井を見上げてみた。

 目に映るのは、無骨な鉄骨が網目状に張り巡らされた頑強な固い空。

 日常の中では、あり得ない光景だ。

 まるでSFの世界にでも、迷い込んだかのような気分になった。


「やっぱり、ロマンを感じるものなんですか? 男の子って」

「あぁ。でもまぁ、漠然としたものだけどな。なんとなく心が躍るとか、雰囲気が好きとか。ロマンなんてそんなもんだよ」


 地下空間。地下都市。

 なかなかどうして、そそる光景だ。


「へぇー、そういうものなんですかー」


 詩織には、いまいちピンと来ていないようだった。

 それからしばらくしてエレベーターは目的地に到着する。

 開かれた扉から出ると、見覚えのある光景をみた。


「ここ、駅か」


 この街を訪れる際に降り立った駅。

 その構造に酷似した場所に出た。


「こっちですよ」


 先導する詩織の後を追いかけ、駅を歩いて行く。

 改札や駅員などはないけれど。

 ほかはそのまま再現されている。


「……線路まで」


 ここが地上だと錯覚してしまいそうだ。

 地下に来たという記憶だけが、その錯覚を掻き消してくれる。

 本当に、とんでもないところだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、見慣れない場所に出る。

 いくつかの壁をぶち抜いたような、広い空間。

 その奥には大きなスクリーンが貼り付けられている。

 そして、その手前には何人もの生徒が規則正しく並んで席に座っていた。

 全部で百人近くはいるだろうか。


「――多文、霧先。お前たちで最後だ」


 そう桜坂先生が告げると、その隣に立っていた男性教師がこちらを向く。

 先日の糸の異能を持った人だ。

 それから連鎖するように、次々と生徒たちが座ったままこちらを向く。

 いくつもの視線に晒された。

 その中には影司のものもあった。


「多文は席につけ。霧先は私のところへ」


 桜坂先生に呼ばれて、そちらへと向かう。

 生徒の群れを迂回して、目の前である壇上にあがる。


「みんな話には聞いているだろう。彼が転校生の霧先四季だ」


 そう、みんなに俺のことを紹介してくれた。


「どうぞ、よろしく」


 生徒たちは小さくではあるが、ざわついている。


「日にちの折り合いが悪くてな。今日、この形での紹介になった。霧先にはこの戦闘訓練にも参加してもらう。噂の真偽は自分の目で確かめるといい」


 最後にそんなことを言われてしまうと困るのだけれど。

 生徒たちの目も、なんだか鋭いものになったような気がする。


「霧先の席は多文の隣だ。座ってくれ」

「はい」


 視線に射抜かれ、居心地の悪さを感じつつ席につく。


「今日は初めての者もいるため、詳細にかるく触れてから訓練に移る」


 そう桜坂先生が言うと、スクリーンに光がともる。

 映し出されるのは、市街地各所の様子だった。

 どこを見ても人気のない無人なことから、地下の市街地のものだろう。


「この戦闘訓練は十数人の生徒で行われるものだ。それぞれ別の位置からスタートし、制限時間五十分のうちに狩れるだけの魔物を狩ってもらう」


 街一つを舞台に十数人の生徒が魔物を狩る。

 制限時間が五十分なら、それなりの数を相手にすることになる。

 ペース配分に気をつける必要があるし、安全に休める場所も確保するべきだ。

 なかなかどうして、やるべきことが多い。


「訓練中の様子は、常にモニターで監視されることになる。カウントの偽造や談合と言った不正は出来ないものと心しておくように」


 広い街を舞台にしている以上、人の目だけでは監視は行き届かない。

 それを補うためのスクリーン――モニターか。

 画面割りは数えるのも億劫なくらい多い。

 きっとここに映っていないだけで、監視カメラ自体はもっとあるんだろうな。


「最後に、これは飽くまで訓練だ。競技でもなければ、遊びでもない。そのことを肝に銘じておくように。以上。みんな、各々の配置につけ」


 その言葉を持って、座していた生徒たちが立ち上がる。

 腰を上げた生徒たちは、この場からどこかへと移動していく。

 配置につけ、と桜坂先生は言っていた。

 なら、これから街のあちらこちらに移動するのか。


「四季くんはここからスタートですから、移動しなくても大丈夫ですよ」

「そっか、それは手間がなくてありがたいが。みんな、どうやって移動するんだ?」


 街一つ分の広さがあるんだ。

 移動だって一苦労だろう。

 やっぱり、自動車ということになるんだろうか。


「なに言ってるんですか? 四季くん。ここがどこだか、もう忘れたんですか?」

「ここがって……そりゃ駅だけど――ん? 駅?」


 頭に思い浮かぶ、一つの答え。

 それを裏付けるように、聞き慣れた音がやってくる。

 生徒たちが向かった先に目を向けてみると、そこには立派な列車が停車していた。


「列車まで走ってるのか……」

「それだけじゃないですよ。タクシーやバスなんかもあります」

「もう本当に街って感じがするな」


 ライフラインが整っているなら、ここに住めそうだ。


「ちなみに昼と夜の設定も出来ますよ」

「すげーな、虹霓学園」


 開いた口が塞がらない。


「それから――」


 詩織からこの市街地のことや、授業のことを聞く。

 しばらくそうしていると時間が来たようで。


「――よし、準備が整った。まずは霧先、キミからだ」

「俺から……」


 桜坂先生から名指しされ、戸惑いつつも席を立つ。


「頑張ってくださいね」

「あぁ、みんなが見てるんだ。無様な姿を晒さないよう頑張るよ」


 監視されている。

 見られていると意識すると、歩き方にも意識が無駄に言ってしまう。

 歩き方を忘れてしまいそうだった。


「ここで……いいんだよな」


 駅を出て、市街地に出る。

 無人の街。

 信号を守る人も守らない人もいない。

 道路には自動車が走っていないし、周囲は静けさに満ちている。

 しかし、その静寂を破る声が無人の街に轟いた。


「これより戦闘訓練を開始する」


 それを聞いて、懐から端末機を取り出して起動する。

 ディスプレイに映る地図は、きちんとこの市街地を現していた。


「はじめ」


 拡声器により増幅された合図が木霊する。

 それを受けて俺は――俺たち生徒は、一斉に駆けだした。


「さて、魔物は……」


 地図を頼りに無人街を駆け回る。

 すると、幾ばくもしないうちに、小規模の群れと遭遇した。

 集中して見ると、魔物から色を感じる。

 オドで造られた複製だ。


「まずは五匹」


 端末機を懐にしまい、異能を顕現させる。

 腰に鞘を、右手に刀を。

 得物を携え、群れに突撃する。


「グルルルルルッ!」


 こちらの接近に、魔物は敏感に反応した。

 魔物の習性。

 オドに対する敏感な反応も正確に複製されているようだ。

 迎え打つようにして、魔物たちは地面を蹴る。

 牙を剥き出しにし、喉元を食い千切ろうと跳びかかってきた。


「一」


 それを受けて、こちらも得物を振るう。

 描いた剣閃は魔物の牙を折り、肉を斬り裂いて骨を断つ。

 刀身から伝わる感触も、そっくりそのままだ。

 違うのは、血が出ないことと、死体がすぐに霧散することくらい。


「次ぎ!」


 次々に押し寄せる魔物の群れを正確に捌く。

 一太刀で一つの命を散らし、太刀筋の五閃がその場を制する。

 魔物の複製たちは、一匹残らず霧散した。

 周囲に魔物がいないことを確認し、癖で血を払うように空を斬って鞘に刀を納める。


「このくらいなら、まだまだ行けるな」


 たしかな手応えを感じて、その場から走り出す。

 端末機の地図を頼りに足を進め、出会い頭に魔物を斬る。

 開始から約三十分ほどで、俺の合計討伐数は四十体を越えていた。


「――ここらで、すこし休憩するか」


 連戦していては体力も気力も持たない。

 戦闘に支障が出るまえに、小まめな休息を挟むべきだ。

 警戒の糸を切らすことなく、人目につかない裏路地で一息をついた。


「ふー……なんとか、なってるな」


 魔物は群れでいることが多い。

 単体で歩いているところはまず見ない。

 この戦闘訓練はいかに素早く群れを見つけ、殲滅できるかにかかっている。

 でも、だからと言って、オドに反応する習性を利用するのはあまりよろしくない。

 こちらから向かうのではなく、向こうから攻めてくる。

 それはなにかと不測の事態を招きやすい。

 結局のところ、足で探すして襲い掛かるのが、一番効率がよくて確実だ。

 まぁ、これらは詩織の受け売りなんだけれど。


「よし、休憩終わり」


 息を整え、気持ちを落ち着かせ、裏路地から大通りに出る。

 無人の民家や店舗を横目に、魔物を探して足の爪先を行ったことのない方向に向ける。

 すると。


「――よう、四季」


 不意に背後から懐かしい声がした。

 ゆっくりと、背後を振り返る。

 すると、やはり頭に思い描いた通りの人物がいた。


「影司」


 俺は影司と――かつての友達と、向かい合った。

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