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感覚知覚


「まずは小手調べですよ!」


 先手を打つのは、詩織。

 腕を振るって手刀で空を裂く。

 その動作に合わせて、異能が顕現する。

 展開されるのは、いくつもの焔。


「焔よ、盛れっ!」


 人魂のように浮かぶそれが、一斉に放たれた。

 視界を埋め尽くす炎弾の群れが、空気を焦がしながら迫りくる。


「小手調べって火力かよ」


 一言、悪態をついて覚悟を決める。

 駆け出すのは、詩織までの一直線。

 迫りくる炎弾の対処は、携えた刀で行った。

 燃え盛る焔を選択して、斬り掛かる。


「やりますね――」


 鋒で描く剣閃は、迫る炎弾を裂いて過ぎる。

 炎熱に融けることも、歪むこともなく、斬り裂いた。

 立て続けに畳み掛けるように迫る炎弾も、翻した刀身で捌いていく。

 駆け抜ける足を、一度として止めることなく。


「避けもせずに突っ込んでくるなんてっ!」


 詩織は懲りもせず、また幾つもの炎弾を放つ。

 何度やっても結果は同じだ。

 俺は必要最低限の動きだけで、炎弾の群れを切り抜ける。

 しかし、同じ結果だったのは、ここまでだった。


「――ッ」


 研ぎ澄ませた感覚が、なにかを察知した。

 瞬間、直感に従って回避行動をとる。

 体勢を崩し、上体を右へと傾けた。

 その時、俺はたしかに聞いた。

 目に見えない何かが、俺の側を掠めて行った音を。


「不可視――攻撃っ」

「その通り!」


 畳み掛けるように、詩織は異能を放つ。

 俺の周囲に展開される、いくつもの刃。

 目に見えるものもあれば、当然、不可視の刃もあるだろう。

 先の一撃で、警戒対象が余計に増えた。

 空想テラー

 その詳細を聞かされた時に、ここまで予想しておくべきだった。


「さぁ! これをどう切り抜けますか!」


 一斉射撃される刃の数々に、俺が出来ることは限られていた。

 四方八方からの攻撃に逃げ場はない。

 なら、この刀の間合いに入った順に打ち落としていく他ない。


「――」


 短く息を吐き、感覚の糸を周囲に張り巡らせる。

 目だけではなく、ほかを総動員して反応速度を底上げした。

 集中しろ。

 集中すれば見えるはずだ。

 可視だろうと、不可視だろうと、捕らえられる。

 それが異能であるならば。

 そして、最初の刃を打ち落としに掛かる。


「――うそ」


 刀を振るう回数は必要最低限。

 描く剣閃は最短距離。

 一度でも無駄に振るえば、それで仕舞い。

 だが、一度も無駄にしなければ、すべて打ち落とせる。

 それが不可視の刃でも、今の俺ならそれを捕らえられる。

 舞うように全方位からの攻撃を捌き切る。


「ど、どうして」


 最後の見える刃を打ち落とす。

 そして、背後から迫ってきていた不可視の刃を叩き落とした。

 不可視のそれは、音だけを残して消滅する。


「見えてない……はずなのに」


 たじろぐ詩織に向けて、歩みを進める。

 一歩一歩、ゆっくりと。

 そして、とある地点で立ち止まる。


「ここだろ?」


 そう言って、足下に刀を突き立てた。

 瞬間、その局所から旋風が舞い上がる。

 風は何者も傷つけることなく、役目を終えて掻き消えた。

 いま刀で貫いたのは、詩織が仕掛けていた異能の罠だ。

 不可視のそれを踏むと、地雷のように風が爆ぜるのだろう。

 もしくは鎌鼬が発生していたかも知れない。


「もしかして、見えているんですか?」


 一連の動きに、詩織はそう俺に問う。


「あぁ、見えてる。白色が、そこら中に沢山な」

「白色? ――もしかして」


 詩織は、いまので気がついたみたいだ。

 後天性サヴァン症候群によって備わった、もう一つの症状に。


「共感覚……」

「ご名答」


 素直に、そう肯定する。

 この戦いを見て、聞いている教師陣にも伝わるように。


「とある刺激に対して、それとは別の知覚が不随的に起こる知覚現象。まぁ、要するに音に対して色を感じたり、味を感じたりするアレだ」

「……四季くんの場合は、音ですか?」


 たしかに音でも、見えない刃を知覚できたかも知れない。


「違うな。それじゃ無音の地雷を見つけられない。俺のはもっと異能の根源的なものだよ」

「異能の根源……まさか――オド」

「あぁ」


 割れた空から魔物と共に降り注いだ異世界のエネルギー。

 オドは大気中に含まれ、この世界のすべてに行き届いている。

 それを構成材料として、異能は顕現する。

 等価交換だ。

 無から有は創れない。

 俺が刀を具現化させる際、いつも大気中のオドが使われていた。

 それは詩織も例外じゃあない。


「集中して見れば、たとえそれが不可視の異能でも色づいて見える。いくら地雷を配置しても、俺の目から見れば丸見えだ」

「……驚きましたよ、本当に」


 周囲に配置されていた地雷が掻き消えていく。

 しかし、勝負を投げたわけではない。


「まだそんな隠し球を持っていたなんてっ」


 詩織はいま、とても好戦的な表情をしているのだから。


「だからさ、本当にたまたまなんだよ」

「たまたま? ――あっ」


 俺は詩織の周囲に集まるオドの色を言っただけだ。

 だから、パンツの色を言い当てたのは、本当にただの偶然なんだ。

 それを俺に教えていたのは、他ならぬ詩織自身だけれど。

 ゆえに詩織は毎回、自爆していたことになる。


「なななっ!?」


 すべてを理解した詩織は、顔をまた真っ赤にする。


「隙あり!」


 俺はそれを見逃すことなく、攻めに掛かった。


「あっ、ずるい!」

「隙を見せたほうが悪い!」


 距離はすぐに埋まり、刀の間合いにとらえる。

 しかし、繰り出す一刀はあえなく空を斬った。

 刃が届く寸前に、逃げられたからだ。


「――そんなのありかよ」


 上空へと。

 詩織の背に一対の翼が生え、空に立っている。


「そんなところにいたら、見えちまうぞ」

「スパッツだから平気ですー」

「あ、そう」


 羞恥心を煽って下に降ろす作戦は失敗か。


「私はすごく怒っています。だから」


 上空にて、幾つもの属性を宿した弾丸が展開される。

 まさに極彩色。

 色取り取りに色づく魔弾に、頭上が埋め尽くされる。


「――四季くんには、おしおきです!」


 そして、それらは一斉掃射された。


「だから、それはただの自爆だろ!」

「うるさい! うるさい! うるさーい!」


 容赦も慈悲もなく、極彩色の雨が降り注ぐ。

 流石にあれをすべて捌いてはいられない。

 急いで回避行動を取り、攻撃範囲外への離脱を試みる。


「どこに逃げても追い詰めますよ!」


 異能で空を飛ぶ詩織と、自力で地面を駆ける俺。

 二人が出せる最高速の差は歴然だ。

 とても生身で振り切れるようなものではない。


「どうすっかな……」


 壁を駆け上って同じ位置まで跳ぶか?

 いや、詩織も馬鹿じゃない。

 それを見越して、壁の付近には近づかないだろう。

 かと言って、地上からではこの刀は届かない。

 どうすればいい?


「――いや?」


 周囲に極彩色の魔弾が次々に着弾する最中に、一つの案が浮かぶ。

 それはかつての友人と共に開発した技の一つ。

 中二病真っ盛りな時期に造ったもので、背中が痒くなるものではあるけれど。

 現状を打破するには、これしかない。


「捕まえましたよ!」


 そう思考を巡らせた直後、片足がひどく重くなる。

 否、地面に縫い付けられたように動かなくなった。

 見れば、植物の蔓のようなものが足に纏わり付いている。

 動きを止められた。

 すぐに魔弾の雨が降る。

 もう手段は選んでいられない。


「うまく行ってくれよ」


 捕らえられた足に鋒を突き刺し、拘束を解いて詩織へと向き直る。

 同時に、引き抜いた刀を触媒として大気中のオドに干渉した。

 それらは俺の意思に従い、刀身に集結する。

 刀はオドの粒子を帯びて純白に染め上がり、準備は整った。


「何をしようと、押し潰します!」


 対する詩織も、勝敗を決するために異能を放つ。

 極彩色の魔弾による絨毯爆撃。

 見上げた天井には色が敷き詰められ、押し潰さんと落ちてくる。


燕刀えんとう――」


 名に懐かしさを覚え、ふと頬が緩む。

 そして、純白に染まる刀身で弧を描く。


杜若かきつばた


 その一刀は、燕のように飛翔した。

 集結したオドは刀身から離れ、独立した刃となって空を目指す。

 それは飛ぶ斬撃となって極彩色を引き裂いて馳せ。


「――っ」


 上空に立つ詩織をも引き裂いた。


「そんな……」


 俺が選択したのは異能だけ。

 刃として飛ばしたオドにも、選択の能力は宿っている。

 よって、背に生やした翼だけを斬り、詩織は無傷のまま地に落ちた。

 俺はその落下地点に先回りし。


「よっと」

「きゃっ――」


 落ちてくる詩織を受け止めた。


「大丈夫か?」

「は、はい。なんとか」

「よかった」


 無事なようなので、地面に降ろした。

 詩織はしっかりと二本足で立てている。


「私の……完敗ですね」


 悔しそうに、詩織は言う。


「よく言うぜ。その気になれば、所見殺しくらい訳ないだろ?」


 今回は俺の実力を測るということで、使わなかったのだろうが。

 頭で思い描いたことを現実に反映する。

 その異能で行う所見殺しに、正確な対応ができる奴はそういない。


「そうですけど。たぶん、それでも私は四季くんには勝てませんよ」

「ん?」

「私の異能は何でも出来ちゃいますけど。それもすべてオドを介するものですから。どんな所見殺しも本気の四季くんには見破られて、斬り裂かれて、届きません」

「どうかな。やってみないことには、わからないもんだぜ。何事も」

「……ふふっ、そうかも知れませんね」


 決着は、ここについた。


「桜坂先生、でしたっけ?」

「あぁ、そうだ。キミの実力は、この目でしかと見届けた」


 離れていた教師陣が、こちらに近づいてくる。

 その途中で何度か目配せをし、桜坂先生が代表して結果を告げる。


「申し分ない。噂に違わぬ実力だった」


 どうやらお眼鏡に叶ったようだ。


「明日からよろしく頼む。キミの活躍を我々も期待して――」


 直後、それから先の言葉は掻き消されてしまう。

 なぜなら、この訓練場の扉が激しい音を立てて開かれたからだ。

 何事かと、この場にいる全員がそちらに視線を送る。

 そうして目に入ったのは。


「四季ィィィイイイイイッ!」

「――え、影司えいじ!?」


 かつての友人だった、火灯影司かとうえいじだった。

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