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紫電一閃


 異能の性質変化。

 その習得に向けて動き出してから、三日ほどの月日が経った。

 桜坂先生は暇さえあれば様子を身に来てくれたし、俺たちも一秒として無駄にすることなく励んだ。

 その甲斐あって、夕美の火矢は形になりつつあった。

 けれど、俺はと言うと。


「――ダメか」


 刀の鋒で火花が散る。

 それは性質変化による雷が起こしたもの。

 けれど、それも一瞬だけ。

 すぐに途切れて継続しない。

 ひらめいて、消えるだけだ。


「ふー……」


 大きく息を吐く。

 焦り、憤り、不満。

 貯め込んだ負の感情を、外へと追い出すように。

 そうしたところで、気持ちが軽くなったりはしないけれど。


「悪い。ちょっと外の空気を吸ってくる」

「あ、はーい」


 断りを入れて、訓練場をあとにする。

 時刻はちょうど休み時間のようで、しばらく歩いていると他の生徒を幾人か見かけた。

 それを横目に当てもなく歩いていると、視界の端に自動販売機を見る。

 吸い寄せられるようにそちらへと向かい、炭酸の甘いジュースを買う。

 ごとりと缶が落ちて、それを拾い上げて姿勢を正すと、近くに人の気配を感じた。

 反射的に視線をそちらへと向けると、そこには。


「――チッ」


 影司がいた。

 開幕、舌打ちである。


「終わったなら、そこ退けよ」

「あ、あぁ」


 自動販売機の前から移動して、近くのベンチに腰を下ろした。


「……」


 影司と会うのは、戦闘訓練のとき以来だ。

 あれからただ時間だけが過ぎている。

 呆れたことに、なにを話していいかわからない。

 缶ジュースの蓋を開けることもなく、思考を巡らせていく。

 そうしていると、自動販売機からごとりと音がする。

 視線を缶ジュースから正面に持ち上げてみれば、影司はこの場から離れようとしていた。


「――影司」


 思わず、名前を呼んでしまう。

 それが聞こえたのか、影司は立ち止まった。


「……なんだよ」

「なんと言うか、その……」


 なんだ? なんで呼び止めた?

 何をしているんだ? 俺は。


「用がないなら、もういくぞ」

「相談」


 口をついて、言葉が出た。


「あ?」

「相談したいことが、ある」


 一度、口に出した言葉はもう戻らない。

 そのまま突っ切るように、最後まで言葉にした。


「性質変化のコツを、教えてほしいんだ」


 そう言ってから、数秒の沈黙が流れる。


「……お前らが訓練場を独占してやってるのが、それか」

「あぁ」


 その口ぶりからして、影司もある程度の事情は把握しているらしい。

 詳細までは知らなかったみたいだけれど。

 俺たちが討伐隊の協力要請を受けたことぐらいは知っているはずだ。

 訓練場が使えなくなる理由を、教師は生徒に説明しなければならないから。


「影司が装備していた、あの蒼い手甲。あれは性質変化によるものなんだろ?」


 昔の影司には出来なかったことだ。

 焔を纏うことはあっても、蒼焔を別の性質に変えることは、出来なかったはずだ。


「俺はなんとしてでも性質変化を覚えなくちゃならないんだ。だから、頼む」


 合わせる顔もないが、頭を下げた。

 こんなこと頼めた義理じゃないのは百も承知だ。

 それでも。


「……二度は言わねぇ。一度で理解しろ」

「――あぁ!」


 本当に、本当に、感謝してもしきれない。


「まず、異能をなにに変化させる気でいるのか教えろ」

「雷にしようと思ってる」

「雷? 刀……紫電一閃か」


 中学時代の大半を共にしていたとだけあって、影司にはすぐに意味が伝わった。


「見せてみろ」

「い、いまここでか? ……わかった」


 基本的に、教師の許可なく異能を使うことは校則で禁止されている。

 ただ、多少のことなら黙認される場合が多い。

 すぐに見せて、すぐにオドに帰せば問題ないか。


「――やっぱり」


 刀を具現化し、性質変化を試みる。

 けれど、やはり結果は同じだ。

 鋒で小さな火花が散るだけで継続しない。


「……」


 その様子を見て、影司は考え込むような仕草を見せる。

 数秒ほど、それが続く。

 その間に、刀をオドに帰した。

 そうして思考を巡らせた影司は言葉を紡ぐ。


「言ってることと、やってることが違うな」

「違う?」


 どういう意味だ?


「お前はいま刀身に雷を纏わせようとした。そうだろ」

「あ、あぁ」


 オドを雷に変換し、刀身に纏わせ、斬撃に乗せて放つ。

 そうすれば魔蝶を焼き焦がすことが出来る。

 もう遅れを取らないように、そう思っていた。


「お前がやってることは、まるで逆だ。言葉の意味をよく考えろ」


 影司は俺に背を向ける。


「コツは教えてやった。あとは自分で考えろ」


 そう言い残して、この場から去っていく。

 その背中を、今度は呼び止めることはしなかった。

 これ以上は、甘えられないと思ったからだ。


「逆……意味……」


 紫電一閃。

 研ぎ澄まされた一振りによってひらめく鋭い光。

 目指しているものは明確だ。

 だが、俺はその逆をしようとしている。

 逆とは、どういう意味だ?


「……」


 思考を巡らせていると、ベンチに置いていた缶ジュースが目に入る。

 蓋も開けずに放置していたからか、薄く結露していた。

 もったいないと思い、すこしぬるくなった缶ジュースを拾い上げた。


「――待てよ」


 ふと、ひらめく。

 そして、缶ジュースの蓋を開けると一息に中身を流し込む。

 炭酸が沁みたが勢いは止めず、すべて飲み干すとゴミ箱に突っ込んだ。

 そのあとは大急ぎで訓練場へと戻り、その扉を開け放つ。


「あっ、四季くん。戻ってきた――んですね?」


 詩織の声も、いまは頭に入らない。

 訓練場の中に入ると、すぐに刀を具現化させた。

 そうして刀身を触媒に、周囲のオドへと干渉する。


「ふー……」


 俺は間違っていた。

 刀身に雷を纏わせるんじゃあない。

 刀身に雷を蓄えるんだ。

 雷が蓄積した刃は紫色に染まり帯電する。

 あとは、その帯電した刀を振るえばいい。

 そうすれば。


「――」


 一刀は紫電の残光を引いて馳せる。

 紫電一閃。

 ひらめく光は、ほんの一瞬だ。

 剣撃を振るう刹那の間にあればいい。

 継続させることなど、最初から不要だった。


「よしっ!」


 形になった。

 性質変化。まだ一種類のみだが完成させることができた。


「す、すっごい。どうしたんですかっ!? 急にっ!」

「出て行くまえまで苦戦していたのに、どんな魔法を使ったのかしら?」


 その様子を見ていた二人に、そう驚かれながら問われる。


「魔法なんて大仰なものじゃない。ただ切っ掛けをもらったんだ」


 そう、これは切っ掛けだ。

 それを影司から与えてもらい、掴んだ。

 うまく行かないことも、ちょっとしたことでうまく行くようになる。

 今日、そのことを影司に教えてもらった。


「私のほうがはやく完成すると思っていたけれど。先を越されたわね」

「競争してる訳じゃないんだ。それに夕美なら、もうすぐ完成するだろ?」

「そうね。その期待を裏切らないように精進するわ。詩織、手伝ってくれる?」

「もちろん。さぁ、続きをしましょう!」


 こうして俺たちに課せられていた性質変化の習得は、この日のうちに終わることになる。

 火矢も雷も、使いこなせるようになった。

 次ぎはいよいよ、実戦だ。

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