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性質変化


 詩織に案内されて、行き着いたのは訓練場だった。

 いつかの日を思い出しつつ、俺たちはその中へと足を踏み入れた。


「――来たか」


 訓練場の中では、桜坂先生だけがいた。

 彼女の前にまで歩み寄り、横一列に並ぶ。


「もう聞いているだろうが、多文、霧先、流天。キミたち三人に討伐隊から協力の要請が来ている。先の一件での活躍が評価されたからだ」


 白波中学の一件では重傷者が出たものの、幸いなことに死者が出なかった。

 警備員の奮闘。教師陣の的確な誘導。生徒たちの冷静な避難。

 それらの積み重なりがあったからこそ、俺たち七十二班も活躍することができた。


「そこでだ。キミたちには、この話を受けるか否かを決めてもらう。時間がほしいなら、それでもいい。すこしの間なら待とう」


 なにせ、いきなりの話だ。

 気持ちの整理をつける時間も、長くはないが用意してくれると言う。

 討伐隊。

 それは魔物から人の生活圏を奪い返すための部隊。

 日々、魔物と死闘を演じる討伐隊に、協力という形ではあれど加わるのだ。

 そこに命の保証はない。

 けれど、そんなことは百も承知だ。


「受けます」


 俺たちの三人は口を揃えて、そう言った。


「いいだろう。その決断を、そのまま討伐隊に報告しよう――だが」


 そう言って、桜坂先生は異能を発現する。

 その右手に現れるのは、抜き身の日本刀。

 刀身は淡い紅色に色づき、見る者を魅了した。


「いまのキミたちを討伐隊には送れない。いや、正確には」


 桜坂先生は言い直す。


「霧先、流天。キミたち二人は、だ」


 その名指しは、けれど意外なものではなかった。

 薄々は感じていたからだ。

 自分自身の力不足を。


「報告書を読ませてもらった。矢の掃射と分裂の異能を持つ魔蝶に、キミたち二人は手も足も出なかったそうだな」

「……はい」


 手も足も出なかった。

 俺たちが出来たことと言えば、時間稼ぎくらい。

 あの場に詩織がいなければ、恐らくあの場にいた全員が死んでいた。

 俺と夕美は射殺され、美佳は魔物に成り果てていただろう。


「討伐隊が相手をする魔物は、報告にある魔蝶など比べものにならないほど厄介なものばかりだ。現状、キミたち二人を向かわせるのは、私自らの手で殺すことに等しい」


 実力不足。

 自殺行為。

 暗に、そう言われていた。


「よって、キミたち二人にはこれからある技術を習得してもらう」


 そう言って、桜坂先生は刀を構えた。


「私の異能の名は、紅桜ブラッド。刀身に貯め込んだ血液を放出して操ることだ」


 刀身から弾けるように大量の血液が宙を舞う。

 桜坂先生の意思に従い、浮遊する紅色の波。

 それらはあたかも桜吹雪のようだった。


「そして、これが――」


 突如、桜吹雪が燃え始める。


「キミたちに覚えてもらう、性質変化だ」


 燃える。燃える。

 吹雪が燃えて、陽炎を生んだ。

 幻想的な光景に、俺たちは思わず息を呑む。

 焔に、惑わされてしまいそうだ。


「それそのものの異能。たとえば火灯影司の蒼焔と比べれば火遊びのようなものではあるが、これが出来ると出来ないでは天と地ほどの差がある」


 たしかに、そうだ。

 もし俺や夕美がこの性質変化を覚えていれば、魔蝶にあれほど苦戦することもなかった。

 最初の一矢。最初の一刀。

 ただそれだけで魔蝶は燃えて尽きていた。

 分裂など行わせずに終わらせられていた。


「はっきり言えば、これが出来なければ話にならない」


 その言葉を幕引きとして焔は血液へと戻る。

 浮遊するそれらが刀身に吸われ、桜坂先生はかちんと納刀した。


「本来なら、習うのはまだ先のことだ。だが、この話を受けると言ったキミたちには、近日中にこれを習得してもらう。いいな?」

「――はいっ!」


 俺と夕美は声を揃えて返事をした。

 それから手順を習い、ひたすら練習を行うことになる。

 性質変化を覚えるまでは、授業やその他も免除になるという。

 この訓練場も、俺たちのためだけに使わせてもらえる。

 虹霓学園が全面的に協力してくれるほど、この件は重要なことだった。


「――なかなか……難しいな」


 教わった性質変化の手順は、杜若かきつばたとほぼ同じだ。

 具現化した得物を触媒にオドを集結させ、自らの意思で干渉する。

 そこまではいい。

 だが、そこから先が難しい。


「元となる異能を維持しながら、集めたオドに干渉してまったく別の性質を持たせる。それは思う以上に難易度が高い」


 桜坂先生の言う通り、これはかなり難しい。

 刀身を維持しつつ、集めたオドに干渉して異なる要素を付与する。

 杜若のように刀から連想でき、関連性のあるものならまだ簡単だ。

 イメージがしやすく、また干渉したあとの具体的な姿を思い描くことが出来る。

 しかし、関連性の薄い要素を付与しようとすると、途端にうまくいかなくなってしまう。


「習得するには練習あるのみだ。多文、あとは任せる。私には授業があるのでな」

「はーい」


 流石に、一人の教師を一日、独占するような贅沢な真似は出来ないか。

 手本を見せてもらい、手順を教えてもらっただけでも、ありがたいと思うべきだ。

 ここから先は、俺たちだけで進めよう。


「……そう言えば」


 影司と戦ったときに見た、あの蒼い手甲。

 あれも、いま考えれば性質変化の賜物なのか。

 まだ習うのは先だと、桜坂先生は言っていたけれど。

 なら、影司は独学でそれを完成させたことになる。


「負けて、られないな」


 期日はそう長くない。

 気張って習得に励むとしよう。


「――ところで、どんな性質変化にしようとしているんですか? 二人は」


 桜坂先生にこの場を任せられた詩織に、そう問われる。

 詩織の空想テラーなら、性質変化を習得しなくても問題ないからだろう。

 本当に、便利な異能だ。


「私は単純な火よ。ほら、火矢として考えればイメージしやすいから」

「なるほど、たしかにイメージしやすそうですね」


 実際に存在するものを手本にする。

 それなら具体的なイメージが出来るはずだ。


「では、四季くんはどうなんですか?」

「俺は……一応、雷にしてる」

「雷ですか。ぱっと聞いて、刀から連想できるものではありませんが」


 たしかに、そうだ。


「紫電一閃って言葉があるんだよ。研ぎ澄まされた一振りによってひらめく鋭い光。だから、雷にしようと思ってさ」


 それに光と熱だ。

 色々と応用が利きそうでもある。


「よく知ってましたね、そんな言葉」

「まぁ……な」


 中二病全盛期の時に、辞書を片手にかっこいい言葉を探していた。

 なんてことは言えるはずもなく、適当にはぐらかした。

 人生、なにがどんな役に立つのか、わかったものじゃあないな。

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