協力要請
魔物による白波中学強襲から数日の時が経った。
夕美の妹である美佳の回復は順調のようで、立って歩けるようになったらしい。
破損箇所の多い白波中学の校舎も復旧が進み、来週には平常運転に戻るようだ。
そして、矢傷を受けた俺はというと。
「――退院したばかりだと言うのに、随分と元気なのね」
異能による治療のお陰で、すでに傷は完治していた。
いまでは日課の素振りも、問題なくこなせるようになっている。
「入院してサボった分を、取り戻さないと行けないからな」
まぁ、とはいえ、入院していた期間は、経過観察を含めて二日ほどだけれど。
異能を駆使した現代医療は凄まじさを、改めて確認することができた。
「美佳。もう歩けるようになったんだって?」
素振りを続けながら、夕美にそう問いかける。
「えぇ。いまリハビリの真っ最中よ。退院したらあなたに直接お礼が言いたいって、頑張っているわ」
「そうか。なら、はやく退院できるよう応援してるって伝えておいてくれ」
「もちろん。そう伝えておくわ」
礼を言われるのは、すこし複雑な気分がするが。
こんな俺でもリハビリの役に立てるなら、その日を楽しみに待つとしよう。
はやく退院して、元気な姿を見せてほしい。
「あなたには、感謝してもしきれないわ」
それは恐らく、心からの感謝の言葉なのだろうけれど。
素直に受け取ることは、やはり出来そうにない。
相変わらず、面倒な性分だ。
「――と、言っても。あなたは素直に受け取らないのでしょう?」
「……知ってたのか?」
そういう口ぶりだった。
「えぇ。あなたに会うまえに詩織からね。とても面倒臭い人だからって」
「……あの野郎」
まぁ、否定はしないけれども。
「後天性サヴァン症候群。それで得た超人的な剣術。身の丈に合わない能力を後付けされたことで、自分の力と認めることができなくなった」
「あぁ」
勝ち取った訳でも、願った訳でもない。
ただ降って湧いた力。
だからこそ、凡人たる俺は力を持った責任を果たさなければならない。
「他ならぬあなた自身の中に眠っていた才能が開花したのだから。その剣術もあなたの力だと私は思うのだけれどね。まぁ、こんな台詞は聞き飽きてるか」
「耳にたこができるくらいにはな」
母さんにも、父さんにも、普通校の友達にも、言われた台詞だ。
けれど、だからと言って、考え方が変わるとは限らない。
誰になにを言われようと、認められないものは認められない。
「いつか……そう、いつか。自分の力だと認められる日がくると良いわね」
「……そう、だな」
恐らく、そんな日はこないだろうが。
受け入れられるほど、俺の器は大きくない。
「ところで、私からも、あなたになにかお礼がしたいのだけれど」
「いいよ、べつに礼なんて」
「いいえ。たとえ迷惑だとしても、私はあなたにお礼をする権利があるわ」
その台詞、詩織も言っていたっけな。
「なにが良いのかしらね? あなたの言うことをなんでも聞く、とか?」
「取り返しがつかないことになるから、やめておけ」
「あら。取り返しがつかないことをされてしまうのかしら?」
「しないけど、やめておけ!」
そんなことを簡単に言うものじゃあない。
ましてや、同年代の異性なんかに。
相手が俺じゃなかったら、大変なことになっていたぞ。
「なら、私はあなたにどんなお礼をすればいいのよ」
「だから、しなくていいって」
「それだけは絶対に嫌よ。たとえ、あなたが泣いて懇願しても私はあなたにお礼をするわ。地獄の果てまで追いかけてやるから」
そう言われると、お礼という言葉の意味が反転して聞こえてくるな。
なんだか、追い詰められているような気さえしてくる。
「あー……じゃあ、わかった。あとでなにか奢ってくれ。それでいいから」
どうしてもと言うなら、それくらいでいい。
ジュースとか、スナック菓子とか、そんな可愛らしいものでいい。
「なるほど。なら、なにが良いかしら? 車? マンション?」
「そんな大それたもん求めてねーよ!」
出てきたものが、とんでもなく可愛らしくない。
こちらがびっくりするほど無骨だった。
夕美は俺をいったい、どんな奴だと思ってるんだよ。
「ふふっ、冗談よ」
「まったく」
冗談にしても質が悪い。
思わず素振りも中断してしまった。
まぁ、本来の目標数は達成したあとだからいいけれど。
もう素振りをするって心境じゃなくなってきたな。
そう思い、刀をオドに帰して手ぶらとなる。
「――ずいぶんと盛り上がってますね」
そうすると近くから聞き慣れた声がした。
そちらのほうを見てみると、この雑木の庭に詩織の姿を見る。
偶然か、意図したものか、最近よくこの場所で会う。
「なんの話をしていたんですか?」
「なんの話って。そりゃあ美佳のこととか、あとは……あ、そうだ」
ふと思い出して、詩織に近づいた。
「な、なんです?」
そして、その頬を掴んでかるく引っ張った。
「な、なんへっ!? なんれへふかっ!」
「とても面倒臭い奴だって言われた仕返し」
よくも俺を面倒臭い奴だと夕美に言ってくれたな。
まぁ、事実だからしようがないけれど。
自分で言うのはいいが、誰かに言われると腹が立つ。
だから、ちょっとした仕返しを。
詩織の頬は、相変わらずよく伸びた。
「ふー、すっきりした」
詩織は最後まで頭に疑問符を浮かべていたけれど。
こちらはもうすっきりしたので、この件は水に流そう。
「それで、詩織はどうしてここに?」
両の頬に手を当てる詩織に、夕美がそう問う。
「へ? あっ、そうですそうです。私たち、先生に呼ばれているんですよ」
「先生に?」
なんの用だろうか。
先の一件の報告書なら、きちんと提出したはずだけれど。
「なんでも討伐隊から協力の要請が来ているみたいで」
「――それ、本当なの?」
いの一番に反応したのは、夕美だった。
そのためにこの学園にいる夕美としては、聞き逃せないことだった。
「はい。まだ詳しいことは私も聞かされていませんが」
討伐隊からの協力要請。
それも俺たちが名指しされている。
ということは、切っ掛けは白波中学での出来事か。
その働きを聞きつけて、名指しされた。
「とにかく、私と一緒に来てください」
俺たちは、詩織のあとを追うように雑木の庭を後にする。
討伐隊に入るという目標を掲げた俺たちにとって、大きな一歩を踏み出した。
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