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虹色蝶々


「屋上に、行ったのね」


 呟くように言葉を漏らす。

 起伏も抑揚もない、極めて平坦な声だった。

 夕美は踵を返し、廊下に向けて走り出す。

 だから、教室を出ようとした夕美の手を掴んで止める。


「離して」

「ダメだ。いまのお前は冷静じゃない」


 冷静でいられるものか。

 家族が、妹が、魔物を引き付けて一人でいる。

 それがいかに危険な状況なのかは、考えなくてもわかることだ。

 そして、それを聞いた姉が、平静でいられる訳がない。


「はやく行かないと美佳がっ!」


 取り乱す夕美を見て、これはダメだと思った。

 だから、俺は右の平手を振るう。


「――っ」


 けれど、その頬を打つ直前に減速させ、音だけを派手に鳴らした。

 痛みは、恐らくそんなにないはずだ。

 引っぱたくと言うよりかは、貼り付けるイメージに近い。

 この緊急時に無駄な負傷を追わせる訳にはいかないから、そうした。


「目が覚めたか?」


 右手を夕美の顔に貼り付けたまま、そう問う。


「……えぇ、お陰様で。とっても」


 ショック療法は、どうやら上手く行ったようだ。

 とりあえず、無謀な救出行動は止められた。


「なら、俺たちが今一番に考えなくちゃいけないことはなんだ?」


 頬から手を離しながら、また問う。


「この子たちを、安全な場所へ送り届けること」


 魔物を引き付けたという夕美の妹も心配だ。

 けれど、まずはこの子たちのことを考えるべきだ。

 さっきまでの夕美には、それすら見えていなかった。

 そんな心境のまま助けに行っても、妹は安全に助けられない。


「では、その役目は私が担いますよ」


 事の成り行きを黙って見ていた詩織が、そう名乗り出る。


「私の異能ならこの子たちを一人でも守り切れます」


 たしかに空想テラーなら、それが叶う。

 本来なら一人で行かせるようなことは避けるべきだけれど。

 今から三人で、この子たちを護衛する訳にもいかない。

 夕美の妹を助けにいくには、ここで二手に分かれる必要がある。

 なら、その護衛は詩織が適任だ。

 この中の誰に任せるより、確実で安全に守り通してくれるはずだ。


「だから、二人はその美佳ちゃんを助けに行ってください」


 夕美の思いを汲んで、詩織は名乗りでた。

 一人でも守り切れると断言してくれた。


「詩織――ありがとう」

「いえいえ。ほら、はやく行って上げてください」


 俺たちは顔を見合わせて頷き合い、教室をあとにする。

 詩織と別れ、夕美とともに屋上を目指す。

 荒れ果てた廊下を駆け抜け、階段へと足を掛ける。


「大きい魔物か……」


 階段を駆け上がりながら、考えるのは彼女たちの言葉だ。


「……この廊下に収まる程度で大きいなら」

「えぇ。恐らくは、中型でしょうね」


 中型の魔物。

 小型のように機動力が高い訳でもなく、大型のように破壊力が大きい訳でもない。

 だが、彼らには他にはない特別な力を持っている。

 それは、オドを扱う力。

 つまり中型の魔物は、俺たちと同じように異能が使える場合があるということ。

 この事実だけで、中型の対処難易度は小型や大型をはるかに上回る。


「異能に気をつけろ。対処を間違うと、取り返しが付かないぞ」

「えぇ、もう大丈夫よ。二度と、取り乱したりしないわ」


 その言葉が聞けて、ほっとした。


「信じてるぞ」


 階段を駆け上り、最上階にたどり着く。

 しかし、そこから先の階段がない。


「屋上にいくには、別の階段を使わないと」

「場所はわかるか?」

「この廊下の先よ」

「よし、行こう」


 一刻も早く駆けつけようと、俺たちは廊下を駆け抜けた。

 しかし、十歩ほど足を進ませたところで、障害が向かい側から現れる。


「――魔物」


 目視した限りでは小型が計五体。

 牙を剥き出しにした四足獣が、こちらに迫る。


「私がやる」


 即座に夕美が対処に移る。

 空中に矢を展開し、弦を弾いて掃射した。

 放たれた矢の群れは魔物たちへと向かい、その急所を貫いた。

 けれど。


「――っ」


 一匹、取り逃す。

 走りながらも身を低くして矢を躱し、そのまま跳びかかる。

 唸りを上げて、牙と爪が夕美へと迫った。

 だが、その軌道上に割って入り、魔物を斬り伏せる。

 その牙と爪は何者も捕らえることなく地に落ちた。


「大丈夫か?」

「なんとか、ね」


 まだ完全には、あせりが抜けていないらしい。

 本調子なら、すべてを射殺せていたはずだ。


「安心しろ」

「え?」

「何度失敗しても俺が守ってやる」


 だから、せめて。

 すこしでも安心して矢を射られるように俺が守ろう。

 この刀が届く範囲でなら、守り通して見せる。


「――そう、頼りにさせてもらうわ」

「あぁ、そうしてくれ。行こう」


 魔物を排除した廊下を駆け抜け、屋上へと続く階段を見つける。

 一息に駆け上り、屋上の扉を開け放つ。

 そうして視界に映った光景は。


「――」


 広がる青空と街並みを背景に、宙に浮かぶ一匹の巨大な蝶。

 両翼は数多の色で彩られた、まるでステンドグラス。

 虹色の鱗粉を散らして羽ばたくその魔物の元に、彼女はいた。

 横たわっていた。


「――美佳っ!」


 矢を番え、撃ち放つ。

 魔物の不意を打った一矢は、その胴を貫いて過ぎる。

 脆くも引き千切れた魔物は、二つに分かたれて宙を舞う。

 ふわりと軽く、羽根のように地に落ちた。


「やった、のか?」


 呆気のない幕引きに戸惑う。

 その傍らを、夕美は駆け抜けて美佳のもとへと向かった。


「美佳っ、美佳っ! 返事をしてっ!」


 ぐったりとする美佳を抱え、夕美は必死に呼びかける。

 その声が、姉の思いが届いたのか。

 美佳はゆっくりと、その重い瞼を上げた。


「おねえ……ちゃん?」

「そうよ、美佳っ! よかった……」


 意識があり、受け答えも出来ている。

 なら、とりあえずは一安心。

 あとは、病院に運んで精密検査だ。

 それからのことは、医者に任せよう。


「あー、水を差すようで悪いんだが、そろそろ――」


 そろそろ安全な場所へ移動しないと。

 そう言おうとして、俺は口を噤んだ。

 妙な音を聞いたからだ。

 それは今朝に聞いたものと似た音。

 風を切り、虚空を貫くような、危険な音。

 即座に反応し、刀をそちらへと薙ぐ。

 刀身が斬り裂いたのは、矢と思しきもの。

 そして、それを射ったのは。


「なん……だと」


 夕美に撃ち抜かれ、二つに千切れたはずの蝶。

 宙を舞う二匹の魔蝶から、放たれたものだった。


「分裂っ――したのかっ」


 中型の魔物は異能を有している。

 かの魔蝶の場合は、分裂と矢。

 二つの異能をあわせ持っていた。

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