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波打つ心


 空が割れて、魔物が落ちてくる。

 それを目視してすぐ、この場にいる全員の携帯電話が鳴った。

 急いで懐からそれを取り出し、ディスプレイに目を落とす。

 学園から送られてきたのは、魔物の出現位置。

 表示された文字は。


「白波中学――普通校に」


 義務教育を終えるまでは、どの子供も普通校に入れられる。

 魔物との戦闘を前提とした異能校は、すべて高等学校からだ。

 いま戦闘訓練も満足に受けられていない中学生が、魔物に襲われようとしている。


「――」


 魔物の出現位置を知ってすぐ、夕美が立ち上がる。

 それは虹霓学園の生徒としての迅速な対応では、ないように見えた。

 その表情が、必要以上のあせりに満ちていたからだ。

 そして、なにも告げずに夕美は駆けだした。


「あっ、おい、夕美!」


 呼び止めても止まろうとしない。

 一人でも白波中学に向かうつもりだ。

 すこしでも早く。

 その思いが身体を突き動かしているように見えた。


「悪い、詩織。ここは任せた」

「え? あっ、四季くん!」


 皿の上のサンドイッチを手に取り、夕美のあとを追う。

 走りながらそれを平らげ、全速力で駆ける。

 けれど。


「なんだよ、メチャクチャ速いじゃねーか」


 走れど走れど、追いつける気がしない。

 元々の鍛え方が違うのか、距離は開くばかり。

 このままだと夕美を落ち着かせる前に、白波中学にたどり着いてしまう。

 あんな顔をしていたんだ。平静じゃないのは目に見えている。

 そんな心境で、射った矢が当たるものか。


「――四季くん!」


 息を切らして走っていると、詩織の声が聞こえてくる。

 それも後ろからではなく、上空から。

 見上げてみると、背に翼を生やした詩織が見えた。


「手を!」


 伸ばされる手。

 言われるがまま、その手を掴む。

 すると、まるで身体が重みを無くしたかのように空へと浮かび上がった。


「わっと……すごいな」


 空を飛んでいる。

 幼い頃に夢想したことが、現実になってしまった。


「そうでしょう、そうでしょう」


 詩織は自慢気だった。


「あっと、そうだ。夕美は……」


 民家の屋根よりすこし高い位置から見下ろし、夕美の姿を探す。

 視線で道路をなぞり、その先で夕美の後ろ姿を見る。

 すこしも速度を緩めることなく、走り続けていた。


「あそこだ!」

「わかりましたっ!」


 詩織は背の翼をはためかせる。

 その動作から生まれる推進力は凄まじく。

 あっと言う間に、夕美へと追いついた。


「夕美!」


 声を掛けると、走りながら視線がこちらを向く。


「掴まれ! そっちのほうが速い!」


 そう言って手を伸ばす。

 すると、夕美は即座に俺の手を取った。

 そして、すぐに地表を離れる。


「詩織、大丈夫か?」

「二人くらいなら、なんとか」


 人二人を抱えて飛ぶのは、かなりの負担だろう。

 しかし、それでも最短距離を行くには空路を使うしかない。

 ここは詩織に頑張ってもらおう。


「夕美。どうしたんだ、様子が変だぞ」


 いまは何もすることがないので、今のうちに理由を問う。

 あせりの原因は、いったいなんだ?

 緊急事態だからなのか? だが、夕美からはそれ以上の何かを感じる。


「……私の妹がいるのよ」

「妹? ――白波中学にか」


 それであんなに取り乱していたのか。

 俺たちを置き去りにして走り出すほどだ。

 移動手段を確保することすら、頭になかったようだ。

 まぁ、それをどうこう言ってもしようがない。

 幸いにも車を捕まえるより、空路を行ったほうが早く着きそうだ。


「気持ちはわかるが、落ち着いてくれ。そんな様子じゃ、助けられるものも助けられなくなる。矢だって的に当たらないぞ」


 せっかくの異能も、当たらなければ意味を成さない。


「えぇ……そうね、ごめんなさい。すこし、頭を冷やすわ」


 この何もしない、何もできない時間が、夕美にとっては助けになる。

 嫌でも落ち着かざるを得ない。

 白波中学と思しき学校は、すでに見え始めている。

 それまでに落ち着ければいいが。


「――数が多いな」


 白波中学のグラウンドが、はっきりと目視できる位置にて。

 グラウンドを駆け回る魔物の数に危機感を覚える。

 警備員と思しき人たちが戦っているものの、戦況は押され気味だ。


「下りますよ! 備えてください!」


 詩織は高度を落とし、グラウンドに降り立つ。

 位置はグラウンドのど真ん中。

 ここから警備員に加勢して、戦況を覆す。

 はずだった。


「虹霓の生徒か! ここはいい! はやく校舎の中に!」

「魔物が入り込んでいるんだっ!」

「逃げ遅れた生徒がいるかも知れない!」


 魔物が校舎の中に侵入している。

 それは、かなり不味い。


「わかりました! 行きましょう、校舎に!」


 俺たちはうなずき合い、すぐに行動に移す。

 グラウンドから一直線に校舎へと向かう。

 だが、その進路上には障害となる魔物がいる。


「四季くんは正面を! 私と夕美ちゃんで左右を抑えます!」

「あぁ、わかった。正面は任せろ」


 彼らが牙を剥くまえに、こちらから攻め立てた。


「斬り抜けるぞっ!」


 駆け抜け、最寄りの魔物を斬り伏せる。

 断末魔の叫びに耳を貸している暇はない。

 すぐさま刀身を翻し、次ぎの魔物に刃を向ける。

 両の側面では、魔弾と魔矢の雨が降っていた。

 弾丸に、矢に、近づく魔物のすべてが撃ち抜かれていく。

 左右をこれだけ優秀な二人に任せられている。

 そうなれば、なんの憂いもなく正面の魔物に集中できる。


「――抜けたっ!」


 あっと言う間に障害を排除し、魔物の包囲を抜ける。

 まだグラウンドには大量の魔物がいるが、それは警備員に任せよう。

 俺たちは背後を振り返ることなく、校舎の中に駆け込んだ。


「こいつは……」


 踏み込んですぐ、荒れ果てた校内を見た。

 窓ガラスは割れ、廊下はめくれ上がり、天井には穴が空いている。

 壁には深い爪痕が、いくつも刻み込まれていた。


「――誰か助けてっ!」


 目の前の現実に圧倒されていると、遠くから声が響く。

 助けを求める声。

 逃げ遅れた生徒がどこかにいる。


「こっちよ」


 いち早く反応したのは、夕美だった。

 俺たちに一声かけて走り出す。

 ここは夕美の妹が通う中学校だ。

 こんな時のために、ある程度、校舎の構造が頭に入っているのかも知れない。

 俺たちは、そんな夕美のあとを追うように駆けだした。

 そして、廊下の角をいくつか曲がった先の教室で声の主を発見する。


「――」


 教室の片隅に彼女たちはいた。

 身を守るように展開された半透明な防御壁の中。

 すでに酷くひび割れたそれは、今にも壊れそうだった。


「いま、助けるわ」


 魔物は壊れかけの防御壁に最後の一撃を加えようとする。

 だが、その鋭爪は届かない。

 天から降る矢の雨に打たれたからだ。

 流星ミーティアの能力で魔物たちの頭上に造られた矢。

 弦が弾かれることで、矢の一群は勢いよく射出された。

 的確に急所を射抜き、すべての魔物を一撃で絶命に至らしめる。

 それは夕美の心が、完全な平静を取り戻したことを意味していた。


「あっ、あぁ……」


 目の前の魔物が、すべて倒された。

 その事実を目にし、安堵したのだろう。

 彼女たちは、目から大粒の涙を流して泣いてしまう。

 防御壁は、その感情の溢れと共に崩壊する。


「もう大丈夫よ」


 そんな彼女たちに、夕美は優しく語りかけた。

 努めて優しく、安心させるように。


「ゆ、夕美さん」

「――あなた、美佳みかの」


 助けられた彼女たちのうちに、夕美の知り合いがいたらしい。

 美佳の、の先には恐らく友達と続くのだろう。

 恐らくは、それが夕美の妹の名前。


「ごめんさい、ごめんなさい。私、なにも出来なくて」

「そんなことないわ。あなたの異能が、みんなを守ったのでしょう」

「違うの!」


 彼女は、泣きながらに告げる。


「もう一匹いたの。とても大きい魔物が。私たちじゃどうにも出来なくて、だから――」


 懺悔するように。


「美佳ちゃんが引き付けてくれて、一人で屋上にっ」


 取り戻した平静が、大きく揺れる。

 夕美が心のうちに持つ水面に、大きな波紋が波打った。

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