表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/16

架かる虹


流星ミーティア。それが私の異能よ」


 学生食堂にて。

 朝食を取りつつ、夕美の話に耳を傾ける。


「能力は弓と矢の具現化。威力を調節することで、殺傷非殺傷の切り替えができるわ」


 俺に向けて矢を射った際は、非殺傷だったと言う。

 飛来した矢はすべて捌いたので、この身に受けて確かめた訳じゃないけれど。

 拳で殴られる程度の衝撃にまで、威力を抑えることができるらしい。


「射程はおよそ四百メートル。けれど、これはただ矢を遠くに飛ばすことだけを考えて出した距離よ。攻撃として成立するのは二百メートルから。確実に仕留めるなら、もうすこし縮むわね」

「なるほど」


 話を聞きながら、朝食に手を伸ばす。

 朝は美味しいと評判のカツサンドだ。

 なんとか、確保することができた。

 口の中に広がる味は、前評判に違わぬ美味しいもの。

 この味なら、人気になるのも頷ける。

 俺も、病み付きになってしまいそうだ。


「ちゃんと聞いてる?」


 心の中を見透かされたように言われてしまう。


「もちろん」


 そう言って、カツサンドのことは脇に置いた。


「でも、あの時、四方八方から矢が飛んできただろ? あれはどうやったんだ?」

「それも異能の能力よ。私を中心とした半径百メートル以内なら、好きな位置に矢を造れるわ。あとは弦を弾いてしまえばいい。まぁ、威力や強度が設定値より下がってしまう欠点があるのだけれどね」

「道理で姿が見えないわけだ」


 身を隠しながら矢を射られる。

 姿を見せるのは、自身が矢を射る一瞬だけ。

 四方八方から攻め立てて、生じた隙を縫うように一矢を放つ。

 矢の強度に気づくのが遅かったら、危なかったかも知れない。


「夕美ちゃんも同じ特待生ですから、私を含めた三人で行動することが、何かと多くなると思いますので。そのつもりでいてくださいね、四季くん」

「あぁ、わかった。ところで、人数はこれ以上、増えないのか?」

「人数ですか? いまのところ、予定はありませんけれど」

「そっか」


 じゃあ、当分はこの女所帯で行動することになるのか。


「あら。両手に花のこの状況が不服なのかしら? 三人目の女がほしい?」

「べつにそんなつもりで言ったんじゃねーよ」


 なんだ、三人目の女って。


「ただ、そろそろ男友達がほしいなって思っただけだ」


 みんな、転校生の俺によくしてくれている。

 けれど、どこかよそよそしい。

 胸を張って友達だと言える人が、まだ出来ていないのだ。

 ただでさえ、今後は班行動が増えると言う。

 なら、せめて班員に男が加わればと思ったのだけれど。

 しばらくは、それもなさそうだった。


「え? でも、たしか居ましたよね? 友達」

「例の戦闘訓練の話ね。派手にやりあったって聞いているけれど」

「影司は……まぁ、いろいろと複雑なんだよ」


 まだ俺を許していないし、胸を張って友達とは言えない。

 すくなくとも俺のほうからは。


「さぁ、もういい時間だ。はやく出ようぜ」


 皿の上にあるカツサンドを口に放り込み、食器を持って席を立つ。

 その話題から逃げるように。

 二人も察してくれたのか、それ以上はなにも言わなかった。

 その心遣いにほっとしつつ、学食を出て校門へと向かう。

 校門前では、桜坂先生が待っていてくれた。


「第七十二班。全員、揃ったな」

「はい」


 整列し、声を揃えた。


「よし、なら行ってこい」


 桜坂先生に見送られ、俺たちは街の警備に出発した。

 初の参加とあって、すこし緊張気味に道路を歩く。

 登校のために通る道が、いつもと違って見えた。


「――えーっと、次ぎはこっちか」


 端末機と睨めっこしつつ、設定された巡回ルートを通る。

 まだまだ街の構造に慣れていない俺には、このナビが手放せなかった。


「懐かしいわね、それ。私も入学当初は持たされていたものよ」

「そうなのか? まぁ、そりゃそうか」


 道に迷ったりでもしたら大変だ。

 その間に事件が起こるかも知れないし、現場へ到着するのが遅れるかも知れない。

 そのためのナビ。

 警備に慣れないうちは、無理せず頼りにするべきだ。


「ナビを持っているうちは半人前だって、よく言われましたっけ」

「なるほど。じゃあ、はやく一人前になれるように頑張らないとな」


 いつまでも半人前ではいられない。

 巡回ルートを憶えて、一人前にならなくては。


「しかし、暇だな」


 街の警備に出たからと言って、何かが起こるとは限らない。

 出先で必ず事件に巻き込まれるなら、そいつは疫病神か死神だ。

 街はいたって平和な様子で、穏やかな時間が流れている。


「警備が暇なのは良いことですよ、四季くん」

「わかってるよ。魔物が降ってくるより、平和なほうがいいに決まってる」


 空がずっと割れなければいいのに。

 そんな風に考えたのは、一度や二度じゃない。

 それでも割れるものは割れてしまうのだ。

 俺たちはいつだって後手に回り、被害を最小限に食い止めるよう努力するしかない。


「案外、魔物よりも人間に注意を向けるべきなのかも知れないわね」

「異能犯罪って奴か」


 異能は人によって異なるもの。

 融通の利かないものや、汎用性の高いものもある。

 犯罪に適した異能だって、存在しているのはたしかだ。

 防衛隊の役割には、そう言った犯罪者の逮捕も含まれている。

 まぁ、飽くまでも警察の補助ということに、なっているけれど。


「平和がずっと続けばいいんだけどな」


 そう呟いて、警備は続く。

 その後も特に事件らしい事件も起こらず、時刻は昼時となる。

 俺たちはちょうど巡回ルート上にある喫茶店で、昼食を取ることにした。


「ふー……意外と、疲れるもんだな」


 窓際のテーブルにつき、一息を入れる。

 長い距離を歩くこともそうだが、一番の疲労は精神面だ。

 平和だからと言っても油断はならない。

 いつ何時、空が割れてもいいように、常に姿勢は正していた。

 それが気疲れの原因となって、予想以上の消耗を生んでいる。

 単純に緊張して無駄に力が入っているだけ、と言われれば、それまでだけれど。


「巡回も折り返しで、あと半分ですよ。頑張ってください」

「でも、食事は軽めにね。食べ過ぎるとあとが悲惨よ」

「わかってる。じゃあ、今朝と同じサンドイッチにするか。えーっと」


 メニューを眺めてすこし悩み、注文を済ませた。

 サンドイッチが運ばれてくるまでの間、胸の中に宿るのは非日常の文字だ。

 平日の昼間に学生服を着て喫茶店にいる。

 しかも誰に咎められることもなく、堂々と。

 そのことが新鮮で、現実味がなく、だからかすこし落ち着かない。

 けれど、悪くない居心地の悪さだった。


「おまたせしましたー」


 店員がやってきて、頼んでいたものがテーブルに並ぶ。

 どれも軽めのもので、食べるのに時間の掛からないものだ。


「いただきます」


 サンドイッチを手に取り、口へと運ぶ。

 レタスと卵とハム、それにチーズ。

 ありきたりだが安心する味が口の中に広がった。


「これを食べたら、次は――」


 そう話す詩織の声に耳を傾けつつ、外の景色に目を移す。

 今日は天気がいいせいか、人通りが意外と多い。

 だからこそ、思う。

 これだけ多くの人の安全を、俺たちは守らなくてはいけないのだと。


「――四季くん? 聞いてますか?」

「え? あ、あぁ、うん、聞いてた聞いてた」

「そうですか?」


 詩織は疑いの目を向けてくる。


「ずっと外を見ていたように見えましたけど」

「見てたは見てたけど。それは……ほら、空が割れてないかの確認をだな」


 そう取り繕うように言って空を見上げる。

 窓越しに見た、雲一つない空。

 澄み渡る青が広がる中に、だが不可思議なものが映る。


「――虹?」


 空に虹が架かっている。

 それ自体は特に珍しくもないけれど。

 問題は、今朝からずっと晴れていたということだ。

 雨も降っていないのに、虹が架かるものなのか?


「虹? 見えないわよ、私には」

「なに?」


 見えない?


「私にも見えませんよ。空のどこにもありません、虹なんて」


 詩織にも、夕美にも、見えていない。

 俺だけに見える、空に架かる虹。

 それはつまり。


「オド、なのか? でもどうしてあんなところに」


 空に集まったオドが虹のように見えている。

 あんな何もないところで、どうしてオドが集結しているんだ?

 思考は巡るが、見当もつかない。

 けれど、その疑問の答えはすぐに提示された。


「な――」


 オドが集結していた訳じゃない。

 オドが放出されていたんだ。

 異世界からこちらの世界に、流れ込んでいた。


「空が――割れた」


 割れた空。

 走る亀裂から落ちるは、数多の魔物たち。

 またしても、魔物たちが侵攻してきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ