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異能世界


「ある日、空が二つに割れました」


 少女は語る。


「空中に走る大きな亀裂。その隙間から降り立つのは、凶悪な異世界の魔物たち」


 昔話を。


「彼らを退けるには、重火器だけでは足りない。もっと強力な力がいる。その時です」


 少女――多文詩織は、右手に焔を灯す。


「人類に異能がもたらされたのは」


 握り潰すように、焔を掻き消した。


「兵器と異能。双方の力を持って、人類は生活圏を守り抜きました。そして、それは今現在、この時まで維持されています。それは偏に討伐隊や防衛隊の尽力があってこそ!」


 そして、と彼女は続ける。


「我が虹霓こうげい学園の卒業生は、そのほとんどが討伐隊や防衛隊に入隊しています!」


 こちらに手が伸ばされた。


「さぁ! あなたも虹霓学園の一員になって、未来のこの国を守りましょう!」

「いや、そういうのに興味ないんで」


 俺はそれを華麗にスルーして、俺は彼女の隣を通り過ぎた。


「どうしてですかぁ! こんなに一生懸命スカウトしているのにっ!」


 このまま置き去りにしてやろうと思ったけれど。

 まだ諦めていないようで、俺の後ろにぴったりと付いてくる。


「いままで十数回と聞いた台詞を、性懲りもなくまた言われてもな」


 歩道の固い地面を踏みながら、後ろに向けてそう応える。

 虹霓学園のPRなら飽きるほど聞いた。

 そのたびに、同じ返事をしているはずなんだけれど。

 どうにも彼女はスカウトを諦めてくれない。


「虹霓学園は良いところですよ。施設は充実してるし、学食は美味しいし、寮生活だって苦じゃありません。四季しきくんは特待生になるので、学費も掛かりませんよ」

「へー、そう」


 興味なさげに返事をして、横断歩道のまえで止まる。

 早く信号が青にならないかと思っていると、隣に彼女が立った。

 逃がさないとでも言わんばかりに。


「虹霓学園を卒業して討伐隊か防衛隊に入れば、既存の法律をいくつか無視することだって出来ちゃいます」

「無視?」

「そうです! たとえば銃刀法とか、重婚とか」

「重婚って」


 討伐隊か防衛隊に入隊すれば、一夫多妻やら、多夫一妻が可能になるってことか。


「興味を持って頂けましたかっ!?」

「むしろ失せたね」


 考えただけでもぞっとするな。

 両親を見ていればわかる。

 人間、生涯のパートナーなんて一人が許容限界なのだと。

 そこから先は英雄の領分だ。

 一般市民には、なし得ない領域にある話だ。


「なんでですかっ! 同年代の男の子なら、一も二もなく食いつくのにっ!」

「下半身で物事を考えているような奴らと一緒にするな」


 男なら一度は憧れるものだけれど。

 そこは否定しないけれど。

 二人以上の妻をもつことの大変さなんて、簡単に想像がつく。

 しがない一般市民には絶対に身が持たない。


「興味ないんだよ。この国を守るとか、魔物と殺し合うとか、そういうの」


 信号がやっと青になる。

 足を進めると、まだ彼女はついてきた。


「あなたはかつて神童と呼ばれていました」


 今度はその話か。


「あなたが身につけた超人的な剣術は、日常の中に腐らせていていいものではありません」

「だからチート使って無双しろってか? 冗談じゃない」


 横断歩道を渡り終え、また歩道の上に乗る。


「チートだなんて」

「チートみたいなもんだろ。自力で勝ち取った訳でも、強く願った訳でもないんだから」


 たしかに今の俺は超人的な剣術を身につけている。

 いまこの周囲にある程度のものならば、ほぼすべてを断ち切れるほどのものだ。

 鉄柵や道路標識、自動車にいたるまで、斬れないものはない。

 魔物と戦ったことなんてないけれど。

 もし戦うことになっても、負ける気はしない。

 そのくらいの剣術が、俺の身に降って湧いた。


「いいか、よく聞け。水色」

「水色?」


 あぁ、不味い。

 余計なことを口走った。


「とにかく、聞け」


 足を止めて、彼女と向かい合う。


「何度も言うが、俺は転校する気はないし、魔物と戦う気なんて更々ない」

「でも、あなたには才能が」

「俺に才能なんてものはない」


 そう突き放すように言って帰路につく。

 流石に、今度は追いかけてこないようだ。

 ほっと、安堵の息をつく。


「――あの! 最後に一つだけ!」


 まったく。


「今度はなんだ?」


 足を止めて、振り返る。


「さっき言いましたよね? 水色って。どういう意味ですか?」

「……」


 どう答えたものか。

 彼女に本当のことを言ったら、また勧誘されるかも。


「……パンツの色だよ」

「なななっ!?」


 こうとでも言っておけば、もう近寄ってこないだろう。


「なっ、なんで知ってるんですかっ!」


 顔を赤らめた詩織は、両手でスカートを押さえていた。

 嘘から出た実とは、こういうことを言うんだな。


「――ただいまー」


 帰路を歩き終えて家にたどり着く。


「おかえりー、四季」


 靴を脱いだその足で、二階にある自室に向かう。

 ばたんと扉を閉めると、荷物をその辺においてベッドに直行する。

 そうして制服のまま寝転がり、四肢を擲った。

 大きく、息を吐く。


「なにが才能だよ」


 思い返すのは、中学生のころのこと。

 割れる空から降ってきた魔物に襲われ、頭を二十針ほど縫う怪我をした。

 その直後からだ。

 刀剣というものに強烈な興味を抱き、超人的な剣術を扱えるようになったのは。

 後天性サヴァン症候群というらしい。

 脳に負った外傷が原因で、とある分野に対して超人的な能力を得る。

 音楽、芸術、数学、記憶力。種類は多岐に渡り、一つとして同じものはない。

 俺の場合は、剣術だった。

 それからと言うもの、俺は神童などと持て囃され、勝手に将来を期待された。

 きっと魔物から俺たちを守ってくれるに違いない。

 魔物から土地を奪い返してくれるはずだ。

 この子は英雄になれる。

 大人たちの身勝手な期待に、将来を決められそうになった。

 だから、いくつか来ていた異能に関する高等学校からの誘いをすべて蹴ったのだ。

 異能とは無関係の普通校に進学し、期待を踏みにじってやった。


「……俺の才能じゃねーっての」


 それに、それにだ。

 俺は今でも、この剣術を自分のものだとは思えないんだ。

 現実味がなく、実感が湧かない。

 自分のものだと認識できない。

 自力で勝ち取った訳でも、そうありたいと強く願った訳でもない。

 たまたま降って湧いた、超人的な能力。

 それはまるでチートみたいだ。

 みんながルールを守っているのに、自分だけが違反をしているように感じる。

 だから、この剣術を有効活用しようとは思えない。

 剣術を使って恩恵を受けることが、卑怯なようで後ろめたいんだ。


「……あんなことにならなきゃな」


 ふと、頭に手をやる。

 魔物に襲われた際の傷跡は、ほとんど消えてなくなっている。

 細い糸で二十針も縫ったからか、傷跡はよくよく見なければわからないほどだ。

 それを指先でなぞり、思いを巡らせる。


「……ん?」


 そうしていると、不意に妙なものを見る。

 ちょうど視界の端に窓が映り、空に生じた異変に気がつく。


「――おいおいおい」


 ベッドから飛び起きて空を凝視する。

 窓越しに見た空には、間違いなく亀裂が走っていた。

 空が、割れている。

 そう認識した直後、亀裂から魔物が落ちてくる。

 まず何よりも先に到達するのは、ひどく重い音。

 そして、遅れて強い振動が家を揺らした。


「うそ、だろ」


 一キロも離れていない目と鼻の先に、魔物が降り立っている。

 それも奴の全長は、住宅街の屋根を軽々と越えていた。

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