死んで。
アイツだけは死んで欲しい。
こんな奴が何で生きてるんだろう。
価値のない生命を灯し続けるくらいなら、惜しまれつつ世を去った人達の寿命に充てればいいのに。
あなたは、こうして誰かの死を願った事はある?
子供は無邪気だ。罪の意識を抱かずに命を毟り取る事が出来る。
花を千切り、虫を潰し捕らえ、笑顔で人を迫害し死に追いやる。
だったら、私も誰かの生を奪っていい?
私もまだ成人していないから、立派な子供でしょう?
あなただって、一度はしたことがあるんでしょう?
私だって勿論あるわ。母に暴力を振るう父に何度死ねと言い放った事か。欲しいから奪う、意に沿わないから力で服従させる、人の野蛮な習性は現代でも古代でもちっとも変わってはいない。
だからかつての小さい私は。
無邪気だった頃の私は。
父に向かって刃を向けた。
「死んじゃえ。」と、舌足らずな声で、そう言った。
世の中に平等なんて無い。幸も不幸も、希望も絶望も酷く偏って分配される。だったら、少しくらい足掻いたって良いじゃない。
お母さんはいつだか私の肩を掴んで言った。
「もし何時かお母さんが居なくなっても、茜は生きて。」
その頃の私には、その言葉は理解できなかった。
―――刃物を取り落とし殴り返され、私の顔は痛みに歪んでいた。
「このクソガキがぁっ、誰が生んだと思ってるんだ!」
私を産んだのはお母さんだ。この人間の血を引いているなんて考えたくない。気道が押さえ付けられ、意識が朦朧とする。お母さんが必死に父の手を引き剥がそうとしているのが見えた。
ふと、鍵の閉まっていない家の戸が開いた。どたどたと靴を履いたまま、何人かの知らない人が上がってきて、お父さんを取り押さえ何かを両手に繋いだ。私を殺す手が離れ、喉が咳き込みながら空気を吸い込む。
「ごめんなさい、何も出来なくてごめんなさい……」
私の体をきつく抱きしめたお母さんが、耳元でそう呟き続けていた。
後から知ったことだけど、近所の人が通報したみたいで、父は家から居なくなった。
結局父とは別れ、家を出て母と二人で暮らすことになった。
それは私達が掴んだ、ほんの僅かな幸福な時間だった。
だけどあの時の恐怖は拭えない。やっぱりたまに思い出して私は口にするのだ。使っているシャープペンシルをくるくると回し、その先端を虚空に突きつけて。
「死んじゃえ。」
舌足らずではない、はっきりとした口調で。