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異世界脱糞ーdappunー  作者: ゴロピーにゃ
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プロローグ

 日曜の夕暮れ、俺こと 御手洗 和式 は電車を降り帰宅するべく少し早足で駅を出る。

 駅前の道は自分と同じく帰宅するであろう人々で多少混雑していた。

 ブラック企業に勤めている俺に日曜というものは当然ない。朝から体調が悪かったが休むという選択肢は俺には無かった。10年ブラック企業で働き調教され続けた結果だ。

 心も身体も痛みに対して鈍くなっていた。それがいけなかった。


 ――俺は強烈な便意に全身を蝕まれていた。


 家まで持つだろうという油断が招いた結果だろうか。

 軽い便意は職場を出、電車に乗ったところで強烈な腹痛へと変わった。

 駅のトイレは混む時間だし、俺は自分の耐久性を信じて急いで自宅に帰るという選択肢を選んでしまった。


 (ぐっ……思ったよりも便意の侵食が疾いな)


 帰宅する他の人々を早足で追い抜いてゆく。あくまでも早く歩いて、だ。

 どんなに便意が酷かろうと、体幹が激しく上下に動くために走ることはできない。このクラスの便意だとあっという間に臨界点に達してしまうだろう。


 右手で腹を抑えながらも歩みは止めない。もう止まれば終わりのような気がしてきた。

 周囲の騒音にかき消されてはいるが、ゴロロロロ……と腹からの異音が鳴り止まない。

 弱気な心に喝を入れるかのごとく俺は汗ばんだ自分の肛門を今以上にキュッと締め付け直した。


 (フッ、帰宅までの残り20分……耐え切ってみせる。俺ならできるはずだ)


 歩きながら数秒目をつむり自分に軽い暗示をかける。ブツブツと同じ台詞を心の中で呟く。

 耐え切ってみせる。耐え切ってみせる。耐え切ってみせる。耐え切ってみせる。

 俺がブラック企業で培った自己暗示のスキルがここでも役に立つ。決して現実逃避ではない。

 

 不思議と便意が引いていく(気がする)。暗示の成功に、ほっと安堵した瞬間――


 ドンッ!!!


 目を閉じたのがいけなかった。こちらに歩いてくる女性にぶつかってしまった。

 手に持っていた女性のスマートフォンが落ちる。歩き……スマホか?

 ぶつかった衝撃で後ろに一歩後退する。その衝撃に脳が校門の締めつけを一時的に緩めてしまう。


 「ご、ごめんなさい」


 女性の謝罪を最後まで聞くことなく、俺の肛門は決壊した――


 一言で形容するならば、マグマ。ブシュリブシュリと肛門から湧き出た熱いマグマ(下痢便)が内ももを伝わり下へ下へと下ってゆく。

 あっという間に靴下に染み込み、なおも溢れ続けるマグマが足と靴の中の隙間を埋め続けている。

 不思議と下痢便特有の大きく不快な脱糞音はしなかった。

 今現在もブジュリブジュリとマグマを生産し続けているにもかかわらず、だ。

 おそらく立ったままの脱糞により座るよりも肛門の開きが小さく音が鳴らなかったのだろう。周囲の人々はまだ気づいた様子はない。まあそれも時間の問題だろうが。


 女性は申し訳なさそうに俺の足元に落ちた自分のスマホを拾おうとして手を止めた。

 自分のスマホがぶつかった男の足元に突然できた茶色の水たまりにひたひたと浸かっていたからだ。

 女性は訝しみながらも再び手を伸ばそうとし、臭いの異常さに気づいたのか顔がみるみる青ざめてゆく。

 温かい珈琲や紅茶などの匂いは良い香りで部屋中を埋め尽くす。温かい俺のマグマの臭気が周囲を彩り始めたのだ。


 「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 スマホに浸かっているソレが何か理解した女性が恐怖の声を上げる。


 「な、なんだ」

 「クッサ! なにこの臭い」

 「やだっ……あの人脱糞してるっ!」

 

 悲鳴に驚き周囲がザワつきはじめる。そして俺の脱糞に気づき皆一様に距離を取る。

 駅からの帰宅路の途中、そこそこの混雑にもかかわらず俺の周囲数メートルから人が消えた。

 やれやれ、たかが脱糞したぐらいでこの場に悪魔でも現れたかのような驚きようだな。

 

 俺は一人、天を仰ぐ。後悔は……ない。


 失ったものもあるのかも知れない。だが得たものも大きかった。

 30歳を超え、人前で脱糞など中々できる経験ではない。それも取り乱すことなく堂々と。


 家族も恋人も友達もいない天涯孤独の俺だったが、自分で自分を褒めてやろうと思う。

 

 ……ただこのスマホは弁償しなきゃだろうなぁ。

 歩きスマホはいけないことだが、その罪として、下痢便スマホ漬けの刑は些か重すぎる罰だろう。

 俺は足元のスマホを拾い上げようとした。

 

 周囲に再びザワつきと悲鳴が起こる。

 

 「あ、あぶない!」


 スマホを拾うだけで危ないってなんだよ、と拾いながら苦笑いを浮かべる。

 スマホを拾い、顔を上げた瞬間に俺が見たのは眩しい光。車、こちらに迫るトラックのヘッドライトだった。


 「……え」

 

 ヘッドライトの眩しさが限界まできた時、グチャリという嫌な音と共に俺の意識はそこで途切れた。

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