クロエ 夢を見る
ちょっと、信じられないモノを見てたのよね……
視界は、ぼんやりとしているのよね。 古いお屋敷の窓ガラスみたいに、周囲が曇って、真ん中だけが見えてるって感じなのよ…… あぁ…… まだ、ちゃんと意識が戻って無いのね。 ふんふん、そうだよね…… 魔力の完全枯渇なんて、そう滅多にしないもんね。
前に、アレクトール医務官のお爺ちゃんが、言ってたよね、そういえば。
” ……魔力切れで、死に至る事も有りますぞ! くれぐれも、お気を付けください!! ”
ってね。
うん、今まさにその状況ね。 でも、ああする他、仕方なかったんだもん。 それでもさぁ………… 闇の精霊様が、なんか、制限掛けてくれてたと、思うのよ。 だって、体の欠損は無いんだもの。 冷たい体の中に入ってから、闇の精霊様の云う通り、徐々に馴染んできたら、判ったの。 まだ、動かせないけど…… ちゃんと、生きてるってね。
そんで、さっきから見ているモノ……
ロブソン開拓村に居る、私と家族なのよ…… でね、その中にいる私……本来だったら、居ない私なのよ。 大人になってたの。 背丈は、母様と同じくらいかなぁ。 まぁ、行動は、あのまま、あそこに暮らして居たら、ああなってた、だろうなぁって、思うような事してた。
爺様と一緒に、剣を振り回して、近場に出た魔物を倒したり、 父様の手伝いで、魔法薬を生成して、村の人に売ってたり。 そんでね……なんか、「 良い人 」も、居るらしいの。 カランカランって、扉に付けてあるドアベルがなって、逆光で顔は見えないけど、男の人が立ってるのよ。
父様と一緒に、” 店 ” の中に居た私は、なんかとっても、ドキドキしてね。 そしたら、父様が云うのよ。
” 今日は、もういいから、行っておいで ”
ってね。 モジモジしてたら、その顔の見えない男の人が、手を差し出してくるの。 はにかんで、恥ずかし気に、そっと、手を握るのね。 そんで、男の人が私を、扉の外に連れ出して呉れたの…… そのクロエだけね…… 私は、その二人の背中を見てるの…… 眩しい光の中に、二人の背中が溶け込んで行くのをね……
” クロエ、貴女の望んだ世界よ。 穏やかに、優しい世界。 それは、私が望んだ世界でもあるわ ”
物凄く、聞き覚えのある声。 威厳に満ちて、優しく、厳しく、そして、何処までも私に甘い人の声。
”セシル御婆様…… そうですわ。 わたしの、望んだ光景です”
”素晴らしくも、平穏で、皆の安寧が護られている世界。 望まずにはいられませんね。 ……クロエ、今の貴女には、この光景を護る力が備わりました。 判っていますね”
”はい……”
”以前にも、貴女には伝えました。 『どんなに素晴らしい能力が有ろうと、その能力を使う意思が無ければ、無いのと同じ。 何をするかを常に心に』、と”
”はい……”
”見つかりましたか? 貴女の護るべき人達の姿は”
色々な人の顔が浮かぶ、マリー、ギルバート、黒龍家の人達、御茶会の面々、先生方、騎士の人達、官吏の人達、パン屋のおばちゃん、精霊教会の修道女さん達、孤児院の子供達、行商人のおじさん、新天地に向かう、ちょっと疲れた人達、下職に精を出す人達。 …………フランツ殿下。
”その人達の笑顔の為に、クロエ、貴女は何が出来るの? 何をするの? 此処で、倒れてて、いいの?”
”まだ……倒れられません”
”そうね、そう言うと思った。 私の可愛いクー。 人一倍、強情っぱりで、人一倍、優しい貴女だものね”
”……婆様”
”なに?”
”婆様は、幸せでしたか?”
”もちろんよ。 カールを追いかけて、カタリナが生まれて、エルグリッドと恋仲になり、そして……クロエ、貴女が生まれたの。 貴女を胸に抱いた時、どれ程幸せだったか! 語っていいのなら、何時までも、語れますよ”
”婆様……わたし……みんなの子供で良かった。 生まれて来て、本当に良かった”
”今度は、貴女の番ね”
”はい……婆様。 あの……母様も来てくれたの?”
”もちろんよ。 貴女を助けるために、カールとエルグリッドが、” お願い ” して、カタリナが、助けに行ったの。 あの子以上の魔術師は、そうそう居ないわ。 理の道を逆走してね。 大丈夫よ、もう、帰って来てる”
”お礼を……ありがとう って”
”伝えておくわ。 その言葉を聞いたら、さぞかし、喜ぶことでしょうね。 さぁ、行きなさい。 貴女を待っている人がいるわ”
”はい……行きます。 胸を張ってみんなに逢えるように、頑張ります。 誇り高く、穢れなく”
婆様の笑顔…… とっても素敵な、笑顔が視界一杯に広がって、私の中に入って行った。 心がとっても、暖かくなった。 これは、夢かな? 夢でも、婆様に逢えたし、いいよね。 でも、婆様、あの彼岸への門の中の事、諦め かけた私を救ってくれた、母様の事、知ってたし…… いいや、そこは…… 逢って、お話が出来た。 とっても、嬉しいなぁ……
戻んなきゃね。 約束したもんね。
視界が白濁して……
覚醒した。
**********
痛い、痛い、痛い!!!!
なにコレ!!!
体中が軋みを上げてる!!! 関節、捥げそう!!
目をうっすら開け、視点が定まると、アレクトール医務官の顔があった。 脂汗流して、なんか必死に私の胸を押さえてた。 医療魔法? を掛けてくれてたんだ。 今になって、気が付いた。 私、寝汗が酷く体に服が貼り付いてるの。 気持ち悪い…… かすれ声だったけど、辛うじて言葉になった。
「……あ、アレクトール様」
「も……戻ってくれたか……戻って……」
いきなり、クシャって、顔を歪められたのよ。 そんで、大粒の涙がポロって落ちた。 心底心配して、出来る限りの手を尽くして、それでも尚、届くか届かないか…… うん判る。 その気持ち、ホント痛い程にね。 でも、体の痛みは止まんないのよ…… トホホ…… やっぱり、相当無理がある術式なんだよね、アレ。
「……ただいま、アレクトール様。 ……それで……イヴァン様は?」
「……イヴァン様は、快方に向かわれている。 ただ、激しく消耗されているのでな、暫くは、絶対安静じゃな。 しかし、クロエ! 儂を、……儂を殺す気か!!!」
「あぅ……イヴァン様を取り戻すには……」
「聞いておったわ!! その為に、姫様が仮死状態になったのもな!!! 痛いだろう、苦しいだろう……ど、どうして、其処まで……」
「だって…… 私の事…… ” 家族 ”って、言ってくれたのだもの」
また、アレクトール医務官の目から、大粒の涙が零れ落ちた。 薄暗い部屋には、私とアレクトール様しかいなかった。 時間も…… 何日くらいたったのかも分からない。 でも、こうやって、二人で居る事、前にもあったよね。 本当に、世話になりっぱなしだ……
ありがとう
やっと、アレクトール様が、私の隣を離れ、なんか、ゴソゴソしてる。 振り向いて手に持った、魔力回復ポーションを飲ましてくれた。
「三日…… 三日間、昏睡状態だった。 何も受け付けずにな…… 水すらも…… ゆっくり飲むんじゃよ。 まだ、クロエお嬢様の魔力は、危険なほど少ないんじゃからな」
沁みたよ…… ホントに体中に染み渡った。 乾ききったスポンジに水を垂らしたみたいにね。 ゴッキュン、ゴッキュン飲んじゃったよ。 そしたら、私の中の魔力回復回路が勢いよく回りだして……うん、回復に向かってるね。 いや~、ホントに完全消耗してたんだ…… まず、止まらない魔力回復回路が回んない位まで……
ヤバかったね…… ほんと、ヤバかった。 あれ、婆様が来たのって、私に来るなって、言いに来たのかなぁ…… これ、云うのやめとこ…… また、みんなが心配するから。 でね、まだ、私の状態って物凄く危険なのよ。 だから、アレクトール医務官の観察の元、10日間、絶対安静を言い渡された。
眠って、起きて、食べて、眠って、体を拭いてもらって、眠って、食べて…… なんか、甘やかされてるねぇ…… そんなに、酷かったんだ…… でも、まぁ、お陰で、ベットから立ち上がれるように、なったんだよ……
あれ? あれれ? あれれれ?
視線が高い…… なんだ?コレ
「クロエお嬢様は、急激に大きくなられた様じゃな」
「えっ? どういう事でしょうか?」
「言ったままじゃよ。 体が大きくなられた……そうさな……十五歳と云うより、十八、九……もう、子供の身体つきでは、ないの」
くぅぅぅ………… やっぱり、そうか…… 闇の精霊様に四年分、差し出したもんなぁ…… 魂の年が失われると、それだけ年を経るのか…… もしさぁ、闇の精霊様に四十年分とか云われてたら、外見が五十五歳に成ってたって事ね…… う、うわぁぁぁ! ちょっと、嫌かも………… なんかお願いする時には、気を付けよう……
でね、それまで着てた服が全滅…… 壊滅…… 下着までね…… どうしよう…… でね、エル達がこっそり呼ばれてね、あぁ、アンナさんも一緒にね、絶句してた。 うん、私も、絶句したよ。 姿見が病室に持ち込まれてね、初めて自分の体を見たの……
うん、突然ね。 ほんと、突然、大人になった。
あんなに気にしてた、ストン体型がね……ちゃんと、メリハリついてるの…… お胸もね……膨らんだの。 ちゃんと谷間作れるのよ……補正無しでね。 髪の毛だって…… 薄い蜂蜜色から、濃い蜂蜜色に変化してるの……見ようによっちゃ、金髪ね。
うん……言葉が出ない。
言葉を失ったのは、エル達も一緒。 そう、お洋服が全滅したから…… 制服どうしよう……
「直ぐに、採寸を。 いいですね、エル。 準備を」
アンナさんが、いち早く気を取り戻した。 そんで、暫く、エル達の下着とか、服とかを回してもらったの。 まだ、お外には出してもらえないから、古着屋さんに行くわけにはいかないしね…… エルがポソッて、言ってたの、” 既製品の服は、ちょっと合わないかも ” って……
ウハッ! なにそれ! よし……、体型維持しよう……
でね、やっとこ、エルの服着こんで、イヴァン様の病室にお見舞いに行けた。 アレクトール医務官が許可をくれたからね。 窓にはカーテンが掛かって、薄暗い部屋の中。 規則正しい寝息が聞こえているの。 傍には、奥様が座ってらした。 じっとイヴァン様を見て居られた。
そっと、御側によって、お声を掛けたの。
「エリカーナ奥様……クロエです」
「クロエ……ありがとう。 イヴァンは、戻って呉れました。 貴女のお陰です」
そう言って、振り返られた。 でね、絶句しておられた。 そうね。 判る。 それまでの子供の私じゃ無くて、大人な私が居たもんね。 多分、誰でも、同じ反応をすると思う。
「く、クロエなの?」
「はい……奥様。 闇の精霊様に魂の一部を差し出しましたので、この姿に」
「……そう……そこまでして……クロエ……」
「家族ですから。 それに、妖魔精霊などに、負けたくなかったからですわ」
ニッコリと笑う。 うん、大人の外見でこの笑顔を作ると、破壊力が上がった気がするの。 奥様、ビックリしてたよ。 でもね、微笑んでくれた。 私の気持ち、良く判ったって。 そんで、奥様の隣に腰を下ろして、イヴァン様を見てたの。
奥様が、今回の襲撃の事、少し話してくれたのよ。
今回の地方視察で、随身されていた方々にかなりの被害があったの。 地方巡察だから、大部隊じゃ無くって、編成は中隊規模らしかったんだけど…… ほぼ、全滅だったって。 生き残りは、イヴァン従兄様も含め、三、四人だって。 一名は行方不明だって。
赤龍大公家から随身されていた、ギルバート様の御兄さま。 重傷。 でも、一命は取り留めたって。 凄い戦いぶりだったって。 救援に駆けつけた、レオポルト王弟殿下の部隊が到着するまで、戦い抜かれてたって。 御二男なんだけど、近衛親衛隊の騎士でね。 赤龍大公閣下の秘蔵っ子って、そう言われていた方なのよ。 武に優れ、性格は穏やかにして、高潔。 その方のたっての願いで、今回は随身されていたって。
青龍大公家の傍系の方。 マリーの叔父様に当たる方なんだけど…… フランツ殿下を庇って、お亡くなりになったって。 両手を大きく広げられて、全身に魔法の矢を受けられてたんだって…… 財務寮の中では、地方の財務に明るくらして、何が、何処で、どれ程、必要か、即時にお答えできる、有能な官吏だったそうよ。 青龍大公閣下の強い推薦で、フランツ殿下の御側に付いていらしたらしいの。
白龍大公家の傍系の方。 同じく、フランツ殿下を庇われて、お亡くなりになったの。 殿下の退路を護る為に、余り得意でない魔法を使ってね…… 魔力が限界まで削れて、魔力枯渇で…… 御名前を伺って、私は、言葉を失ったわ。 ユーフス=エルム=コンダンレート公爵。 エルヴィン子爵と、マーベル様の御父様…… 南方諸国の実情に詳しい、得難い人物と聞いていたわ…… 白龍大公系の方には珍しく、職務に実直で、誠実な人となり。 龍王国の為に生きた方って御噂があるの……白龍大公翁の強い勧めで、随身されていたんだそうね。
黒龍大公家、二男の イヴァン=エルシール=シュバルツハント子爵は……なんとか一命を取り留めたの。 でも……重傷で、今も絶対安静。 うん、目の前に居るし……お迎えに行ったの私だし……。
従兄様、内務寮なのに、戦闘力高くてね。 赤龍大公家の御二男と一緒に、防戦されてたんだって……。 御二人とも、フランツ殿下の学生時代からのお友達でね。 今回の地方巡察が決まった時に、随身には、当然のように入っていらした。
そして………… 行方不明なのが、第一王太子フランツ殿下なの。 皆で必死に退路を作って、近衛親衛隊の騎士様が馬を渡して逃がそうとされたの。 駆けだされた時に、馬にアイススパイクが当たって……殿下は投げ出されたけど、立ち上がって……その背中を、イヴァン従兄様は見てたらしいの。
今も生死不明。 大々的に探索が始められているけど…… いまだに足取りが掴めないの。 魔物の森の近くだったから、紛れ込まれたかも…… そんな噂が有るらしいの。 概要は……そんな感じ。
ポツポツとお話してくださる、奥様の横で、奥様の手を握りながら、聞いていたのよ。 私に出来る事は、それ位しかないし、イヴァン様から直接その時の状況を教えてもらうまでは、全てが予断になるから、被害だけを、聞いていたの。
フランツ殿下…………
どうぞ、御無事で……
貴方が生きている事が……
何より大切な事ですから。
―――――
奥様がね、ポソッと口に出されたの。 イヴァン様を見詰めながら。 ちょっと、戸惑い気味にね。
「こんなところで、云うのは……でも、伝えておきたいの」
「何でしょう?」
「あのね……ソフィアが……身籠ったの」
「おめでとう、御座います!」
そっか……だから、あの場に居なかったのか。 みんな、隠したんだろうね。 エルザさんの姿も無かったしね。 だからかぁ…… イヴァン様もお戻りになられた。 ソフィア様もご懐妊された。 黒龍大公家には……
また、新しい未来が綴られるのね。
護んなきゃ。
絶対に、護んなきゃ。
キュッと、奥様の手を、握りしめたよ。
ブックマーク、感想、評価。 誠に有難うございます。
モチベーションがうなぎ上りです。
そして、ついに、ブックマークが400件を超えました。
ひとえに、皆様のお陰です。
有難うございました。
では、また、明晩、お逢いしましょう!!




