クロエ イヴァンを助ける為に、禁呪を使う
その後の事は、断片的にしか覚えていないの。 リュートを放り出して、ドレスのまま駆けだした事。 学院の入り口にある、騎士さんや、他家の執事の皆さんが、馬や馬車が必要な場合、それを貸し出す厩に駆け込んだ事。 厩の馬丁さんに、王弟殿下より頂いていた、第十三番隊の割符を見せて、緊急であることを伝えた事。 鞍を付け終わると同時に、ドレスのまま、騎乗して、一目散に駆けだした事。 黒龍のお屋敷まで、全力で駆けた事。
月がね、行く道を照らして居てくれたの……
それだけが、意識に強く残ってるの……
どうやって、馬から降りたのか、何処を通ったのか、誰にあったのか、全然記憶に無いの。 我に返ったのは、アレクトール医務官の前に立った時。 あの陽気なアレクトール医務官が、難しい顔をしておられたの。 息を詰めて、イヴァン従兄様を見詰めておられたの。
医務室には、ウラミル閣下、エリカーナ奥様、リヒター様、アレクサス御爺様、マリオ、アンナさん、が息を潜めて居られたの。 強く、強く、「死者の香」が匂う。 ダメよ…… まだ、魂は、完全には、離れてない。 足が勝手に、イヴァン様が横になっている寝台に向かったの。 がっくりと膝を付き、従兄様の御手を握る。
「……体は何とか治癒したがの、意識が戻らないのじゃ。 このままでは……脈も弱くなりつつある」
奥様も私の隣に膝を付いて、私の手の上から、従兄様の手を握る。 涙がとめどなく流れていたよ…… もう、時間の問題と云わんばかりだった。
でもね……私は見たの。
胸の上に、水の精霊様が必死にイヴァン様の魂の欠片を掴んでいるのを。 細く、細く、伸び、虚空に消える一筋の光を。 従兄様の手を、奥様に渡し、私は従兄様の首から下げられた護符の上に手を乗せたの。途端に精霊様の悲鳴が聞こえたの。 もうね、号泣してるの。
⦅だめ、行っちゃだめ!! 絶対、ダメ!! あっ、クロエ! 止めてるんだけど……止まらないの⦆
⦅…… うん…… うん…………⦆
⦅叩き出されたの! こんなの、違う!! 普通じゃない!! あいつ等!!⦆
⦅えっ?⦆
⦅このまま行かせちゃ、遠き時の輪の接するところに行けない。 混沌の海の中に引きずり込まれる!!!⦆
⦅妖魔の仕業?……なの?⦆
⦅そう! だから、押さえてるの!!! クロエ!!! 助けて!!!!⦆
悲痛な声に、私は、精霊様の持っている従兄様の魂の欠片を受け取った。 細く細く、脈動が伝わる。手にしっかりと巻き付けたの。 でも、びくとも動かないの…… 意識が飛ばされているのか、何かに囚われているのか……いずれにしても、時間がない事は確か。
迎えに行くしかない。
でも…… イヴァン様の元に迎えに行くには、相応の方の助力が居る。 お願いするには、人が多すぎる。 もし、対価に魂を求められたら…… ダメだ。 皆様には、部屋から出て貰わないと!
「アレクサス御爺様! イヴァン様を迎えに行きます。 でも、……皆様が此処に居られては、精霊様にお願い出来ません。 お迎えに行くとすると、この部屋の中が、どういった事になるのか、予測できません。 わたくし以外の方の御命まで、彼岸に飲み込まれてしまう事だって、考えられます!! どうぞ、どうぞ、クロエの我儘を聞いて下さい。 皆様、お部屋から退出してください!! 時間が無いのです!!!」
アレクサス御爺様が、睨みつけて来た。 あの考える時の目だ。 その眼で、” やれるのか? ” と、問い掛けて来られた。
「今しか無いのです。 やります!! 取り戻して見せます!!!」
私の視線を、真正面から受けた、アレクサス御爺様、ウラミル閣下の肩に、手を乗せられたの。 そして、一言、掛けられた。
「望みは……クロエに託す。 いいな」
「……はい、父上」
沈痛な面持ちで、それでも、私を気遣った視線を送ってこられた。 ウラミル閣下、やります。 必ず、やり切ります!! リヒター様も、沈痛な面持ちをされて居た……
「嫌よ!! 離れない!! イヴァンは、わたくしの子! 絶対に離れない!!」
燃え上がる様な激情に身を包み、私を睨みつけて来る奥様。 ……奥様、ダメです。 奥様の御命の問題なんです。 だから、此処は、お願いだから……
「私の命くらい、いくらでも差出せます!! 危険? それがどうしたの! イヴァンがまさに危険なのよ!! それに、クロエ一人に、させる訳に行きません!! わたくしは、残ります」
……そうだよ、エリカーナ奥様は……母親なんだよ……母様が一歩も引かなかったように、エリカーナ奥様も、絶対に引かない…… そうだよ……エリカーナ奥様は王家の人だしね。 精霊様への対応知ってるはずだし……なら……大丈夫かな?
「エリカーナ奥様。 判りました。 奥様は、私がお迎えに行っている間、この部屋に居てください。 奥様の御心を目印に帰ってまいります」
「クロエ……頼みました」
「はい……全霊を以て」
奥様と、私を残し、皆が部屋を出て行った。 きっと、後ろ髪を引かれる思いなんだろうなぁ。 よし、最初は、この、” 陰気 ” を追い出す。 従兄様が、好きな香りは、開けた草原の香り。 爽やかな風の香り。 そう、教えて下さった。
⦅天と地の精霊の聖名において、我、クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハントが奏上する。 崇高な魂を持って、ハンダイ龍王国にその身を捧げ、魂が肉体を離れしイヴァン。 その魂の在処を見極める為、その身に纏いし汚濁を、彼の者が好みし香りにて払う。 地と樹と水の精霊に助力嘆願す⦆
寝台で眠っているイヴァン様の上下に魔方陣が展開されて、下から草原と風の香りが噴き出して、上の魔方陣が、 ” 陰気 ” を、吸い取る。 「死者の香」の香りも。 部屋に鮮烈な草原と風の香りが充満する。 ” 陰気 ” が、霧散して、穏やかな空気に替わる。 細く細く伸びた、イヴァン様の魂が黄金色に輝きを増した。
次にお願いするのは、闇の精霊様。 人の子が、光の門を抜け、この世界に誕生し、そして、彼岸への門を抜け、遠き時の輪の接するところへ戻る。 その彼岸への門の管理者にして、魂の葬送者である、闇の精霊様に奏上するの。
⦅闇の精霊様。 人の血肉から刈り取られし、イヴァン=エルシール=シュバルツハントが魂、世の理を曲げし妖魔によって連れ去られました。 崇高にして、高貴な魂が、混沌の海に堕ちる前、我が魂を持って、取り戻したく存じます。 彼岸への門、一時開門せしむ事、伏して願い奉らん⦆
辺りが、急に暗くなった。 もし、ここで怖れを抱けば、何の言葉もかけて貰えない。 それは、エリカーナ奥様とて同じ事なの。 でも、心配ない。 奥様は、一心に祈って居られる。
ゴーン
って、重い鐘の音が、頭の中に響き渡ったのよ。 …………来て下さった。
⦅人の子、クロエよ。 取り戻したき魂が有ると。 その為に、彼岸への門を一時開けよと云うのか? お前が逝くか?⦆
⦅はい、闇の精霊様。 我が魂を持って、イヴァン=エルシール=シュバルツハントが魂を迎えに逝きます⦆
⦅お前は、彼岸への門を抜けると云う意味が分かっておるのか?⦆
⦅門を抜け、肉体を一時的に捨て、遠き時の輪の接するところ、刻が意味をなさぬ場所へ至る道へ、逝く。 肉体と魂が、離れると云う事です。 我々人は、それを、 ” 死 ” と、呼びます。 しかし、わたくしは、イヴァン様の魂を見つけ、共に門から還り、肉体に戻り、” 蘇る ” ……と、理解しております⦆
そう、私は、一度、死ぬの。 そして、蘇るの。 体と魂がガタガタになるのよ……知ってる。 だから、こんな方法で、死者を蘇らせる人はいない。 でも、……イヴァン様の場合は違う。 私が迎えに逝かないと混沌の海に堕ち、二度と再び、人には戻ってこれなくなる…… ダメ、絶対にダメ。 私の身がボロボロになろうと、それだけは、許せない。
⦅対価を要求する⦆
⦅如何なるものでも⦆
⦅お前と、イヴァンなる者の魂の往還。 お前の魂の一部を所望する⦆
⦅御意に⦆
どの位、削り取られるのかなぁ…… まだ、やりたい事とか、一杯あるんだけどなぁ…… 暫しの沈黙。 そんで、闇の精霊様が、語り掛けられた。
⦅良き魂だ。 四年分をもらい受ける⦆
⦅御意に……えっ? 四年分?⦆
⦅なんだ、不服か?⦆
⦅いえ、なんでも、御座いません⦆
いや、たった四年分の命……想定外だ。 四十年分とか云われそうだったのに。 でも、闇の精霊様の御気が変わられない内に、門を開いちゃおう!
⦅闇の精霊様、禁呪の魔法を使用します。 宜しいでしょうか⦆
⦅よかろう。 門を開く事、承諾しよう⦆
⦅ありがとうございます⦆
よし、言質は、とった。 後は、私の魔力がどの位続くかだね。 イヴァン従兄様、必ず、助け出します!
⦅遠き時の輪の接するところ、刻が意味をなさぬ場所へ至る道、精霊様のご加護により、この道への門、今より開く。古代大魔法、彼岸への門 開け!! ⦆
禁呪の大魔方陣が、大きく浮かび上がるの。 フッと、体が軽くなるの。 なんか、二重になった感じ……うん、魂が、体を抜けたからね。 一直線に、大魔方陣に向かうの。 歩くとか、走るとかしないのよ。 意識を行きたい方向に向けるだけで良いの。
そして、私は、彼岸への門を抜けたの……
**********
極彩色のオーロラが、漆黒の闇の中に広がってる。 眼を凝らせば…… 果てしなく続く深淵。 あちこちに、迷う魂が居るけど、闇の精霊様に護られた、彼岸への門は見えないらしい。 すすり泣く声、慟哭、悲鳴……辺りに充満する、濃い死人の香り。
そんな中、細い細い、黄金色の一筋の糸が、深淵に向かって下りている。 私は、その糸を辿って、深みを目指したの。
もっと早く、
もっと
もっと
もっと
いつ枯渇するか判らない私の魔力。 時間はそんなに無い筈。
急ぐのよクロエ!
どんどん、深淵に下りていくの。 もう、闇で、黄金色の糸以外、何も見えない。 ただ一心に、その糸を辿るの。
見えた!
糸の先に丸い、黄金色の塊があった。 すぐそこが、深淵の底。 ジリジリと下がっていく黄金色の塊。 もし、底についてしまったら…… 飲み込まれる。 そうなったら、取り返しがつかない。 だから、飛びついたのよ、その黄金色の塊にね……
中に、居た。
イヴァン様が居た
ドンドンと、外側を叩く。 外側は、なんか、膜みたいになってるの。 ある程度、音とかは、通りそうなんだけどなぁ…… やっぱり、イヴァン様、意識を失っているらしいの。 だから、出来る限りの方法で、イヴァン様の意識をこっちに向けさせようとしたのよ。 叩いたり、蹴ったり、大声で怒鳴ったりね。
「イヴァン従兄様!! クロエが迎えに来ました!! イヴァン様!!!」
薄っすらと、目を開けて下さった。 その視線が泳ぐのよ。 もうひと押し!
「イヴァン様!! イヴァン様!! イヴァン様!! イヴァン!!!! 」
ドンドンと、黄金色の外側を叩くの。 やっと、視線が、私の方に向いたのよ。 でね……大きく目を開けられたの。 驚きが宿る視線。 訝しがる視線。 そして、私と認識したの。
「く、クロエか?」
「そうです、イヴァン様! クロエです。 お迎えに来ました。」
「殿下は……助けられたな……背中が見えた……護れた……」
い、いかん……満足してるよ。 此れじゃ、ダメだ。 執着が無い。 くそっ! ダメだよ、イヴァン従兄様。 まだ、護り切って無いよ…… だって……だって……・
「満足するな!! 自分の全てを出し切ったと言えるのか!! 何もかも、さらけ出したと、胸を張れるのか!! パウエル曾御爺様に、ご報告が出来るのか!! 妖魔精霊にやられっぱなしで、満足なのか!! それに、本当に護り切るって云うのは、殿下が大往生する側で、見守ってからだ!!!」
私の絶叫に、イヴァン様の意識が覚醒した。 ほら……人ってさ、痛い所、突かれるとさぁ……怒るじゃない。 そんで、突いてみた。 やっぱ、怒った。 でもね、それを上回る、後悔が有ったらしい。
「そうだよな…… まだ…… 護り切れてないし…… いろいろ、やらかしたしなぁ…… うん、そうだ! まだ、護り切ってない! ……クロエ……なのか、お前」
「そうですわ! クロエです!」
私に目を向けるイヴァン様……途端に、外側の黄金色の膜が破れた。
「なんて恰好をしてるんだ!!」
「えっ?」
「な、なにか、着るもの……でも……なぜだ? とても……十五歳には見えない……」
そ、そっか…… 魂は、十九歳になってんだ…… そんで、ストレートに、魂はその形になってんだった…… そんで、魂は何も着れない…… う、うわぁぁぁ!!! 私、マジ、全裸だ!! そういう、イヴァン様だって…… うわぁぁぁあ!! 見慣れないもの見ちゃったよ!!
でも、動揺してる暇なんか無い。 何時、魔力切れで、彼岸への門が閉じるか判らないもの!
「イヴァン様、この際、どうでもいいです。 此方へ……還りましょう。 皆様の処へ」
ちょっと、イヴァン様も、動揺してる…… ええい、ままよ! ガツッ って、イヴァン様を抱いて、上を目指し、飛ぶの。 意識をしっかり持って…… 頑張って…… 飛ぶの。 最後まで諦めずにね。
グングンと、速度が上がるのよ。 二人分なのにね。 細い糸が、太くなって来た。 高みにある、極彩色のオーロラが、遠くに見えた。 出口だ…… いや、入り口かな? どうでもいいや、瞬刻でも早くあの門を抜けないと!!
でもさぁ…… 物凄い早さで、オーロラが縮小していくのよ。 あぁ……魔力枯渇、かぁ…… でもさぁ……なんとか……なんとか…… ならないかなぁ…………
あぁぁ……間に合わないかも…… せめて……せめてイヴァン様だけでも……
そう思い始めた時、優しい感じの手が……肩に掛かったの。 そんで、押してくれるの。 それで……耳元に、ホントに懐かしい声が聞こえたの。 精霊様との契約が無かったら、きっと泣き出してた。 そんで、振り返って……イヴァン様をブン投げて、門からあっちへ還した後、一緒に、逝こうとしてたと思う。 でも、そんな想いは、聞こえてた、” 声 ” が、打ち消してくれた。
”……頑張りなさい。 誇り高く穢れなく、クーちゃん ”
だから…… 振り返らない。 絶対に、振り返らない。 その手が、更に私を押し出した。 判ってるの、ここで放り投げたら、きっと、同じところには行けないって。 ここで、放り投げたら、 ” 誇り高く穢れなく ” なんて、成れないって。 だって、約束したもん。 ……・みんなと。
だから、……絶対に還る!!!
**********
二人が、ギリギリすり抜けられる、くらいに縮小してた、彼岸への門を抜けた。 奥様と、私が、居た。 医務室の中は、まだ薄暗かった。
⦅還って来たか。 早う、中に入れ。 そのままだと、我が連れて行く事になろうぞ⦆
⦅は、はい…… イヴァン様は?⦆
⦅あの者は……血縁者じゃな。 あの者の手から、還すがよかろう。 …………クロエ、お前にはもう、力が残って居らぬな。 仕方ない、受け取った、お前の誇り高き魂の余禄じゃ⦆
闇の精霊様が、なんかした。 ピッタリくっ付いてた イヴァン様が離れ、奥様へ被さる様に中に入られた。 そんで、奥様の手を介し、イヴァン様は……戻られた。 それを、確認した後、私も、自分の中に入ったのよ…… 寒い! 冷たい!! なんだこれ?
⦅ ” 死んでおった ” からの…… 彼岸への門をくぐるとは、そういう事だ。 お前は強い……その内、馴染もうぞ⦆
⦅闇の精霊様……御助力、誠に有難うございました⦆
⦅祈れ。 祈り届かば、それで、よい⦆
精霊送還呪を、口の中で唱えた。 ガタガタ震えながらね…… なんか、とっても、面白気な雰囲気を纏いながら、闇の精霊様は、お帰りになられた…… 意識が…… 保てない……
周りにいる、精霊様達が、焦っててね。 なんか、叫ばれてるんだけど……よく、判らない。
でも、まぁ……還ってこれた。 魂が定着する……冷たい体だね……
「クロエ! クロエ! イヴァンが! イヴァンが、目を覚ましたの!!!」
奥様の声が聞こえる。 真っ白な視界の中に、チラチラと、奥様の姿が見える。 そうか……取り戻せたんだ…… 良かった。 視界が、だんだん横になる、チラチラ見えてた奥様の姿も、もう、白い靄の中に紛れ込んだ。 辛うじて……奥様の声が聞こえる。
「クロエ? クロエ? …………クロエ!! どうしたの!! クロエ!! アレクトール!! 直ぐ来て!! クロエが!! クロエが…………………………」
奥様の叫び声……
なんか、久しぶりに聞いたよ……
その、キンキン声。
あぁ……もう無理。
ちょっと、休ませてもらおう……
ブックマーク、感想、評価、誠に有難うございました。
中の人、モチベ―ション上がりまくりです。
―――――
まぁ・・・その・・・なんです。
クロエ無双です。 チートです。 書きたかったもの、ぶち込んでます。
異世界ファンタジーの王道です。 やり切った感有ります。 書いていて、楽しかったです。
では、また、明晩、お逢いしましょう!!




