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ヌーヴォー・アヴェニール   作者: 龍槍 椀
たとえ、悪者になっても
60/111

クロエ 歓迎舞踏会と中庭の夜

 


 準備は間に合った。 良かった。 本当に良かった。 一番、役に立ったのが、全体進捗表。 一目で、遅れている処が判ったもんね。 手が足りない所に、人手が回るのよ。 これ、事務長の采配。 気配りと目配りが出来ている人は、仕事だって素晴らしいわね。


 なんで、知ってるのかって言うと、ほぼ、毎日、事務官の部屋に行ってたからね。 私が任された受付も、色んな所とお話しなきゃならんかったしね。 特に親衛隊の騎士様への根回しは、必須だったし。 今年は、警護の方に混ざって、親衛隊の騎士様をお貸しして下さるように、お願いしたの。


 グレモリー様対策って事でね。 馬鹿が何やらかすか判らんし…… でね、その事を聞きつけた、フランツ殿下が、事務官の部屋に来られたのよ。 ちょっと焦ったわ。 なにせ、事務官の皆さまの中に混ざって、腕まくりして、進捗管理してたんだもん。





「クロ……シュバルツハント? 何故、君が?」


「フランツ殿下、ご機嫌麗しゅう」


「あ、ああ……いや、何故君が此処で、事務官たちと一緒に作業を?」


「学生会からの直接要望ですわ。 お手が足りなくて、手伝うようにとの、ご指示でした」





 まぁ、ホントに手が足りないというか、通常業務も出来ないくらい、とっちらかってましたけどね。 行政内務科で勉強してて、ホントに良かったと思ったよ。 あれ? コレって、自由研究の課題に出来んじゃない? 



 ウハッ! ついてんね、私!



 フランツ殿下、なんか複雑そうな顔をされて居たけど、まぁ、戦場の司令部天幕の中みたいな、とっ散らかり方してる事務官の部屋の中を見て、深く溜息を洩らされただけだったね。





「この、親衛隊の騎士の協力依頼も、君の発案か?」


「ええ、左様で御座います。 この度の新入生歓迎舞踏会では、ミルブール王国のグレモリー様がご出席です。 さらに、グレモリー様は、三年次からでは御座いますが、新入生なので、出来るだけの歓待を、との学生会からの要望が御座いました」


「……ミハエルか……」


「会場の警備に不安が御座いましたので、騎士の方にも、お手伝いを頂きたく。 グレモリー様は、国賓として招かれた訳では御座いませんが、学院の警護衛兵様だけでは、心もとなく思っております。 警備には万全を期したいと、願っておりますので」


「わかった、私からも文書を出す。 しかし、それ程、危険なのか?」


「最悪を想定致します。 それに……」


「それに?」


「護衛対象へのアプローチを掛けるのは、何も敵ばかりでは有りませんので」


「……そうか。 わかった。 学院の警備には、通常龍王国は口を出さないが、グレモリー様を国賓として指定しよう。 少し窮屈な思いをされるかもしれぬが」


「有り難き幸せ。 歓迎の意を汲んで下さると、確信しております」




 腹の探り合いって、嫌ね。 ホントは過剰な戦力投入よ、親衛隊の騎士にお願いするなんて事は。 さらに、学院の衛兵様の顔を潰す事にもなるわね。 龍王国の学院への不介入を破る事にもなる。 横紙破りまくってるのは、十分承知しているの。 




        でもね、学生会の、” 要望 ” なんだもの。 




 彼等の望みは、 ” グレモリー様を一級の国賓として遇せ ” ってことね。 だから、全てのレベルを国賓待遇に引き上げるのよ。 警備だってそうよ。 ガッチガチに固めるからね。 遅参のペナルティなんて、屁でもないくらいにね。


 当然、危険物等、持ち込みは一切禁止。 贈り物だって、装飾品だって、身に着けているモノでもね。 さて、どうなるかな? グレモリー様? きっと、喜んで下さるわ。 だって、第一級国賓の対応ですもの。 そして、理解してくださるの、彼女が望んだことを、ぶち壊しているのが、学生会だってね。


 さてと、私の役目は、此処までね。 




 ―――――




 ボールルームの入口に早くから座ってたのよ。 そうね、かなり早く。 今年の新入生歓迎舞踏会は、受付のお手伝い。 事務官さん達と一緒に来たよ。 事務官室で、なぜか私挨拶してたよ? どして? 事務長様が、何か一言を、皆に下さいと仰ったものだから……ね。



「皆様、ご苦労様でした。 今年の新入生歓迎舞踏会は、何から何まで異例尽くしでしたが、皆様の尽力のお陰で恙なくこの日を迎える事が出来ました。 ひとえに、皆様の御力で御座います。 王立魔法学院の生徒として、最大の感謝と、賛辞を贈らせていただきます。 誠に有難うございました」



 深々と頭を下げる。 ホントに有難いわよ。 無茶苦茶な事ばっかり言って来るんだもの…… よく対応できたと思うよ…… 真摯に頭が下がる……


 顔を上げてみると、皆が沈黙を守って、神妙な顔しとるね…… あぁぁ……私から言っても、……ダメか……





「それでは、皆さま、本日は、どうぞよろしくお願い致します。 行きましょう」


「「「「 はい 」」」」





 皆、持ち場に散って行ったわ。 私は受付。 ちょこんと座る。 魔法具を出して、招待状一覧と、御名前確認票を出して置く。 目の前には、ちょっと大きめの水晶玉。 会場に入られる方は、この水晶玉に手を乗せて貰うのよ。 お客様の内なる魔力を読み取って、本人確認するの。


 第一級国賓対応って、そういう事もするのよ。 身分の怪しい者は、会場にすら辿り付けない。 でね、刻々と時間は経って行くのよ。 学生会の方々と、グレモリー様は、主催者側として、別方面から入室されるのよ。 此処は、一般入場口。 というか、学生会以外の人は、みんなここを通らなければならないのよ。


 あぁ、そういえば、エリーゼ様は、学生会の、 ” お手伝い ” に、任命されてたわね。 あっち組。 白龍大公系の公爵令嬢とか、侯爵令嬢とかと一緒にね。 


 マリーが来た。 エスコートはギルバート様。 なんか、泣きそうな顔をしてたけど、ニッコリ笑っとくよ。 ギルバート様も、渋いお顔…… ほら、舞踏会なんだから、楽しそうにしなきゃ! マーガレットも、アスカーナも来た。 彼女達はいつも通り、一人でね。 此方も、心配そうにしてたから、ニッコリ笑っといた。


 で、エル、ラージェ、ミーナ。 本日も妖精さん仕様。 うん、可愛いよ。 エスコートさんも年々洗練していくね。 そんな彼女達も心配そう。 でも、大丈夫よ、私は平気。 そんで、彼女達には色々とお願いしておいた。 主に会場内の情報収集。 後で、レポート提出だからね。 包み隠さず書くんだよ。 


 後は、流れ作業ね。 蔑みの目を向けるのは、高位貴族の男性。 憐れみと嘲笑の瞳を向けるのは、高位貴族の女性。 




 無視、一切 無視。 




 ほら、考えたって、何したって、変わらないもの。 そんな事に時間取られるくらいなら、サクサク処理して、ボールルームに放り込むのが吉よ。 あぁ、その視線、今年の新入生も変わりなかったよね。 よく教育されてますこと! 


 で、やっぱりいたよ、ギリギリにやって来る馬鹿が。 早くしろって思っても、お喋りに夢中で、なかなか手続きに来ない。 でも、私、腹黒だから、注意しない。 それは、従者の仕事だしね。 案の定、時間になっても、まだ、手続きに来ない人達がいる。 主に高位貴族の人。


 でだ、もうすぐ扉を閉めますよって、事務官さんが声を掛けたの。 めっちゃ不快な視線を向けてやんの…… 容赦しないよ、私は。 傍らに控えてくれていた、親衛隊の騎士様に目配せしてから、時計を見詰める。 





 …………三、二、一、 時間です。





 よし、重防御魔方陣展開。 施錠完了。 魔法具を片付ける。 そして、私は、立ち上がるのよ。





「おや、扉が……おい、入れろ!」


「時間となりました。 入場は出来ません」


「なに! 来ていただろう! 例年ならば……」


「招待状にも記載されております通り、本年は、第一級国賓待遇の方が居られますので、警備が厳重になります。 時間までに入場されない場合、出席は出来ません。 悪しからず」


「こ、この、下賤な者が!!」





 手を振り上げる、お馬鹿さん。 重装備の親衛隊が、一気に間合いを詰めた。 私と、その馬鹿との間に入り、馬鹿の拳を、胸当てチェストプレートで、受け止める。 





          ガシン





 周囲の騎士さん達が、一気に抜刀。 その馬鹿を詰める。






「この場は、近衛親衛隊が治めておる。 第一級国賓の方へ捧げられる舞踏会において、親衛隊への暴力沙汰、これは看過出来ぬ。 暴漢とみなす。 異論が有れば、法務官に伝えよ。 重営倉に連れて行け!」


「な、なにを、俺はラーク侯爵の息子だぞ、こんな事をしてただで……」






 ははは、馬鹿だろ、こいつ。 ラーク侯爵って…… 確かに高位だけど、その爵位、此処じゃ無意味ね、残念ながら。 下手すりゃ連座で侯爵様も断罪ね。 お可哀そうに…… 馬鹿な子供を持つと…… さて、まとめた資料、提出しに行こうかな。 後ろで、ギャーギャー騒いでる人達も、早く諦めたらいいのに……


 女性だからって、容赦しないよ? 近衛親衛隊には、女性騎士も居るしね。 簡単に排除されるよ? 下手に騒げば、放り出されるだけでは済まないわよ? 判ってらっしゃるのかしら? まぁ、私には関係ないけど。 ちゃんと、事務官……さん達が、注意申し上げて居たしね。





       じゃぁの! ごきげんようアバヨ





 私は事務官の部屋に向かった。 そんで、バウワー事務長に名簿資料全部を渡した。 これで、作業完了。





「お疲れ様です。 半分は終わりましたね。 恙なく、舞踏会が進行している事を願います」


「大丈夫ですよ。 クロエ様。 進行は、逐次報告が参ります。 差し当たって問題は御座いません。 やはり、親衛隊の方が居られるのが宜しかったのでしょう。 警備衛兵隊長も、安心されて居られました」


「警備衛兵隊の立場を危うくしてしまって、申し訳なく思っております。 この度は異例の事と、何卒、ご容赦を」


「クロエ様、貴女が居てくれなかったら……混乱の極みだったでしょう。 これは、わたくしも自戒するべき点で御座います。 そして、皆への訓示……ありがとうございました」


「へっ?」


「皆、口には出せませ……なんだが、クロエ様に深く感謝しております。 常に共に作業をし、苦労を厭わず、身分すら気に掛けず……アシュリーなど、心酔しております」


「???」


「……クロエ様が回復魔法で癒した事務官です。 噂など……全く当てには成らないと、皆、心に刻んだ事でしょう」


「噂???」





 ” しまった ” 、って顔したね、事務長。 そっか…… やっぱり、あっちの人達が流してる噂って、あっちこっちに、沁み込んでるんだね…… もう、訂正とか誤解を解くとか、面倒だったから、捨て置いたんだけどね…… そっか…… きっと、私の顔、「 氷の令嬢 」の標準仕様に切り替わったね。 事務長、ちょっとひるんでた。





「わたくしに関する 「 悪い噂 」 は、わたくしの耳にも、入っております。 気にもしておりません。 此度の舞踏会でも、一部の貴族の方々から苦情が出るやもしれません。 事務長、全てはクロエが、差配した事。 そう申し伝えてください。 よいですね」





 事務長の表情が固まった。 後で、苦情を入れて来る輩は必ず出る。 それを、” 全部私の責任にしときなっ! ” って言ったのよ。 私の悪評があって、それに上乗せされる事で、事務官さん達が護られるならね。 あんだけ、頑張ったのに、それで、文句言われたら、やってらんないわよね。 事務官さん達の心の平安の為だったら、悪評が積み重なるくらい、微々たる影響だしね。 





「……御意に」


「では、わたくしは、これで、部屋に帰ります。 ごきげんよう」





 ニッコリ微笑んで、踵を返す。 事務長さんも、ホント、お疲れ様。 さて、ちょっと休んでから、時間見計らって中庭に行くか……






*************






 そろそろ、宴もお開きになるね。 まだ、寒くないけど、夜風が気持ちイイ。 手元には私の、” ブラッディ ” ほら、ビジュリーに貰ったリュートは、こんな屋外で弾くには、繊細だもんね。


 で、ビジュリーをまってんの、中庭の東屋で。 ちょっと薄暗いけどね。 ヴェルが控えてるのよ、陰でね。 まかり間違って暴漢が来ても、直ぐに対応できるようにってね。 で、同じく暗部の人達も…… どうやって、許可取ったんだろう? 


 気配察知の魔法は常に展開してるからね。 だから、私が動く時、彼等の護衛範囲から出ない様にしてる訳。 これヴェルにも言ってないの。 気を使わせちゃうでしょ。


 そんで、持って来たお茶と、茶菓子をつまみながら、私の、” リュート ” を爪弾いてたの。 曲はドハーエの、 ” ノクターン ”。 月がね…… とっても綺麗だったから。 




        中庭に流れる、澄んだ音。 


        いいよね、心が落ち着く。




 ザワザワしてたもの。 私の「悪い噂」かぁ…… いわゆる、どこの馬の骨とも判らないって奴。 そんで、普段の表情たかのめ、……… 冷たい「 氷の令嬢 」 ……さらに、鉄扇の事。 あげたらきりがないわね。 そんで、調べもせず、軽々と、そんな扇動に惑わされる人。 もうね……なんも、言う事が無いよ。


 閣下おじさまに迷惑が掛からない様に、ホントに北の辺境に帰りたくなったね。 あそこじゃ、 ” 黒龍大公令嬢のクロエ様 ” なんていないし、みんな、クーちゃんって呼んで呉れてた。 よく、無茶やって、拳骨も貰ってたし…… 懐かしいね。 





    みんなのお墓もあるしなぁ……。





     ……帰りたいなぁ……





 夜の風とか、月の光とか、感傷に浸るには、持って来いの情景だね。 そんで、弾いているのが、ノクターン……


 月の光に、音がポロポロと溶けていく…… 風が優しく頬を撫でる。  精霊様も気に入ってくれっかな? 何度か、リフレインして……・また、最初から。 


 綺麗な音がちょっと 「 ささくれた心 」 を、撫でるのよ。 自分で、癒してる感じ? まぁ、そうね。 そのとおりね。 




        持って来た、お茶も無くなった。

        お菓子も残りわずか…… 



            遅いね。 




 来ないなぁ…… ビジュリー……誰かに捕まったか? まぁね……彼女、この頃、楽聖って呼ばれるらしいわね。 うん、彼女から流れ出る音楽は、まさに天上の音楽。 誰だって聞きたいよね。 特に音楽に深く親しんでいる人は…… きっと、そうね。 


 まぁ…… グレモリー様辺りかな…… もう一曲、もう一曲ってね。 なんか、想像できるね。 そんで、真剣に聞いてるの、ビジュリーも頑張っちゃうね。 




         今夜は…… 無理か……




 そろそろ、眠りにつく時間だし…… ヴェルも近くに来た。






「お嬢様……」


「そうね……いつまでもって訳には、行かないわね」


「はい……」






 あと一曲弾いて、月がね、建物の影に隠れたら、帰ろうか。 最後はねぇ……ベーザベルのソナタ……通称、 ” ムーンライト ”。 ちょっと、感傷おセンチ、入ってるかな? そん時に、人影が差したの。 ビジュリーかなって思ったら、男の人だった。 






「クロエ嬢、誠に済まない。 妹がグレモリー様に曲を所望され…… ミハエル殿下も強くお求めになり…… いまだに……」


「そうですか。 仕方ありませんわ。 グレモリー様なら、ビジュリー様の音に大変満足されるでしょうね」


「誠に…… しかし、妹は、ココに……」


「判っております。 気にしないでください。 第一級国賓待遇の方です。 ……バンデンバーグ子爵様、もし、よろしければ、拙い手では有りますが…… 一曲、奏でたいと思います。 ビジュリー様に、捧げとう御座います。 そして、お伝えください。 クロエはいつでも、貴女と共にいますと」






 男の人は、バンデンバーグ子爵…… ビジュリーの御兄さまで、宮廷楽士のコンマス。 頷いてくれたよ。 でね、弾いたの。 精一杯ね。 届いてくれてたら…… いいんだけどね。




         月の光よ、お願いします。


            この音を


           ビジュリーに


           届けてください





          彼女の心の平安の為に





ブックマーク、感想、評価、大変ありがとうございます!

本日のお越しも、大変うれしく思っております。

今後とも、宜しくお願い申し上げます


――――


クロエの想いは、優しく、温かく。 届いて欲しいなぁ・・・


中の人切実に思っています。

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