クロエ 事務官と共同作業をし、ビジュリーの想いも聴く。
歓迎舞踏会は、もうすぐそこだったから、迷わず事務官室を訪れた。 眼を覆う様な惨状ね…… もうね、みんな疲れ切ってるのよ。 はて? そんなに大変なの?
「お嬢様……今しばらくお待ちください。 通常の業務の者が参ります……」
眼の下にクマの出来た、事務官の女性が、でっかい書類ケースをフラフラ持って、そう声を掛けて来た。 んでね、大変かと思って……
「お持ちしましょうか? 重そうですよ?」
と、尋ねてみた。 事務官の女性、ズッコケた眼鏡の向こうの目を真ん丸にして、私を見てたの。 声が出なかったみたい…… 返事の無いのは、了承の印。 で、奪うようにその書類ケースを持って、ニッコリ笑って、言ってみた。
「どちらへお持ちしましょうか?」
なんか、事務官、ポロポロ泣き出した。 ええぇぇぇぇ!! なんで? どうして? 困惑したよ。 ホント。 どうにも出来ない。 周りからは、非難がましい目で見られるし…… 困ったなぁ……
「お、お嬢様……あの……その……に、荷物は、彼方へ」
「はい。 大丈夫そうではありませんね。 お疲れが溜まって居られるようですね。 医務室へ行かれるか、お休みされるか……」
言われるがまま、書類ケースを運んだあと、もう一回、女性の事務官の顔を見た。 ホントに疲れてるみたい。 今にも倒れそうね。 よっしゃ、任せろ! 彼女のたる~んとした両手を取り、ちょろっと、魔力を流す。 そうよ、いきなり全開で流すと、好転反応がキツイ。 だから、ちょろっとずつね。
「癒しの魔法、我に助力を……」
ボンヤリと、両手が温かくなる。 んで、その女性の中に沁み込んでいく。 ジョワジョワ音たててるよ。 彼女の体が、ぼんやりと薄く発光する。 もうちょっとね。 光の粒が、昇華を始めるのよ。 疲れが解放されていくのよね……
「お、お嬢様? なにを?」
「あまりに、お疲れだったものですから、少し回復魔法を施しました。 幾分、楽になりましたでしょ?」
「え、ええ、 それは、もう! で、でも……」
「皆様、お疲れの模様ですが、何かありましたか? わたくし、クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハントと申します」
女性事務官のズッコケた眼鏡の向こう側で、限界まで見開かれてたよ…… なんだ? この反応は? 嫌だったのか? それは、悪い事したね…… でも、倒れる寸前みたいな顔してたよ?
「く、クロエお嬢様……シュバルツハント黒龍大公令嬢……「氷の令嬢」……」
なんだ、失礼な人だな……そのあだ名、あんまり好きじゃ無いんだけどね。 まぁ、愛称って言えば、そうなんだけどね…… 誰だよ、最初に呼んだ奴……
「あの、申し訳ございませんが、新入生歓迎舞踏会の、受付について、御教え願いたいのですが……」
「……あ、あの…… こ、氷の令嬢が……わ、私に……回復魔法? な、何が起こったの? 疲れすぎて、幻視? 幻聴? ……ど、どうしよう……」
「あの! もし!」
ちょっと、声高に声を掛けた。 正気に戻ってよね! 目の前に居る私は、夢や幻じゃ無いよ!!
「え、ええ、あっ はい!」
「すみませんが、新入生歓迎舞踏会の、受付について、御教え願いたいのです」
「えっ? 何故?」
「ミハエル殿下より、学生会執行委員の依頼として、歓迎舞踏会の受付、” お手伝い ” を指示されました。 事務官の方に、ご教授頂こうと思いまして、参じました」
事務官の女性…… つうか、眼鏡のお姉さん、黙り込んだ…… なんだ? この反応? ほんと、よくわからん。 暫しの沈黙の後、眼鏡のお姉さんが、上司の人を呼んだ。 なんか、向こうで、ゴニョゴニョ話し合ってるね。 メンドクサかったら、手順書なり、手引きなりを渡して呉れたらそれでいいんだ。
やっとこ、上司の人が来た。
「クロエお嬢様、少々お時間を頂けますか?」
「ええ、そのつもりで参りましたので…… でも、事務方の方々…… なにかとてもお疲れの模様…… 日が悪ければ、変えますが?」
「いえ、そのようなお気遣いは…… ただいまご説明申し上げます。 此方へ」
そういわれて、事務室の奥の部屋に通された。 多分この人の執務室。 書類、山積みだった。 ほえぇぇぇ チラッと見る限り、何かの要望書だったみたい……
席に着き、互いに顔を見合わせ、礼を交わす。 お互いに名乗り有ったのよ。 この方、バウワー事務長様って仰る方だった。 そんで、私の事情を切り出した。ミハエル殿下の要望で、歓迎舞踏会の受付をする事に成ったとね。 そんで、資料なり、手順書なりあれば、頂きたいと、お願いしたのよ。 そしたらね……ミハエル殿下、色々やらかしてたみたいね。
「……ここにある要望書は、全て、今回の新入生歓迎舞踏会 絡みのモノです。 さらに言うと、ほとんどが学生会執行委員様達の要望です……」
あれまぁ…… 結構膨大よ? 何してたの?
「要望が日によって変わり、次々とお話されるので、処理が追いつきません。 いまでは、何が何だか……」
「バウワー事務長様、いけませんね。 それは」
叱責ととったのか、バウワー事務長様が項垂れた。 もう! 事務長様に言った訳じゃ無いの! この状況を作り出した、学生会にちょっと憤りを覚えただけ…… よし、わかった。 手伝えって言う命令を、拡大解釈しちゃる!
「バウワー事務長様、学生の不手際を、事務方の皆様に、押し付ける訳には参りません。 お手伝いいたします。 取り急ぎ、皆様を御集め下さい」
「へっ?」
「要望を時系列に纏めます。 此れより、要望の処理は一本化致します。 さらに、学生会に対し、要望の提出は、提出期限を過ぎておりますので、本日までとし、相反する要望に関しては、日付の新しい物を採用いたします。 以上が基本方針です。 問題が有れば、シュバルツハントが仕切っていると、仰ってください。 それで、収めて下さい。さぁ、まいりましょう!」
そんでね、事務室で半分壊れてた人達をみんな集めて、要望書を全て出してもらったのよ。 大体の概要は決まっていて、要望と擦り合わせるだけだった例年と比べ、今年の要望は、式自体を滅茶苦茶にするような、要望だらけだったよ…… 此れ出した奴、頭、可笑しいんじゃないか?
そんで、ザックリと目を通して、分類分けして、日付の古い物順に並べ直して…… うん、相反するような要望が多数あるね。 ザックリ切飛ばす。 で、日が傾くころには、大体の枠が見えて来た。 ふ~ん。普通の舞踏会に収まりそうね。 食べ物豪華に、音楽ゴージャスに、ボールルームを華やかにする方向。 そんじゃ、各担当に仕分けしましょうか……
でね、晩御飯前には、かなり、ハッキリとした道筋になったのよ。 発注するモノとか、折衝先とか。 うん、いいね。 なんか、みんなの顔が、ホッとしてた。
「さて、大体の道筋が見えました。 あしたより、実務に入ります。 本日は、皆さまお休みください。 美味しい物を食べて、よく眠って、英気を養いましょう! 歓迎舞踏会まであと十日有ります。 皆様の御力で、素晴らしい歓迎舞踏会に致しましょう! では、お疲れさまでした!」
声を張って、そういうと、皆、重そうに、足を引きずって、部屋を出て行った。 顔だけは、にこやかだったね。 疲れがピークに達して、倒れる前で良かったよ。
「クロエ様……本当に、助かりました。 近年、このような事は無かったのです……わたくしの、力不足です……」
「いいえ、事務長様。 違います。 この要望は、無理難題と言います。 行き当たりばったりで、何がしたいのかが判りません。 こういった場合は、有象無象の要望は聞かぬ事です。 ただ、怒らせては成らない人の要望だけ、聞いたふりをすれば宜しいのですわ。 彼方だって、全てを覚えている訳ではありませんし、一番近いものくらいしか、思い入れはありませんわよ」
「……クロエお嬢様」
「事務長も、お帰りに成れば? わたくしも、明日また、参りますから」
「はい……」
乗り掛かった舟だ、やっちゃるよ。 でも、まぁ、酷いね。 ホントに、酷い。 で、事務長にちょっと、残るって言って、要望書の精査を開始したの。
深夜、部屋に戻らない私を心配して、ヴェルが見に来た。 事務官の部屋の前で、帰ってもらってたからね。 そんで、私と、私の周りに散乱してる書類を見て、大きな溜息をつかれたよ。
「お嬢様……何をしておいでです。 それは、貴女の仕事では有りません」
「困っている人が居て、さらに、私は手伝いを命じられたのです。 これは、わたくしの仕事です」
「……お嬢様……判りました。 このヴェルもお手伝い致します。 宜しいですね!」
「その言葉を待っていたわ。 ありがとう」
「お嬢様……」
ヴェルに手伝ってもらって、一気に仕事は、はかどった。 ヴェル執事としての能力もピカ一だもんね。 結局、ほとんど朝まで掛かったけど、大体の仕事は済んだ。 あとは、任せても大丈夫なくらい、指示書も書いた。 これで、間に合うはずだね。 追加の要望は聞かないよ!
コッソリとお部屋に戻って、朝の鍛錬をして、水浴びして、着替えて、もう一回、事務官の部屋に行ったのよ。 みんな、いい顔してた。 ちゃんと眠れたかな?
「おはようございます。 皆様へのお仕事、大筋は指示書として書きました。 全体進捗表も壁に有ります。 あとは、皆様の本来のお仕事。 どうぞ、よろしくお願いします。 そして、素敵な歓迎舞踏会に致しましょうね!」
「「「「はい!」」」」
うん、いい返事! 清々しいね。 バウワー事務長が壁に張り出してある、進捗表をみながら、しきりに頷いていた。 そして、わたしの方を向いて、ニッコリ微笑まれたよ。 もちろん、私もニッコリね。
「クロエお嬢様……誠に、誠に……」
「バウワー様、あの、それで、受付の事なのですが……」
「おお、そうでした。 例年は、このようになって居ります!」
一冊のファイルを貰ったよ。 内容をザックリとみると、まぁ、なんだ、……普通だね。 諸注意も取り立てて、変な所も無かったしね……ただ、今年は、グレモリー様がいるよね。 ……あれだけの要望の八割方は、グレモリー様関連。 だから、こっちもその対応を迫られるね。
考えられる事は……
時間一杯おしゃれして、駈け込んでくる人が多数。
閉扉時間までに来れなかった人多数。
”入れろ”と騒ぐ人、多数。
そんで、その人が、高位貴族の方々と。
そうね、一番目にする事は、学生の皆さまへの、開始時刻と、本当の開始時刻をずらす事ね。低位貴族の皆さまは、もうちょっと早めに設定っと。ゴネる貴族様対応に、親衛隊の騎士の方数名をお借りする。 名目は、グレモリー様の護衛っと。 大体まとめて、必要な所へ、必要な人とモノのお願いをしてさ、” ご用意致します ” の、お返事、頂いたのよ。
よしよし。
追加の要望書も来てたけど、事務長が提出期限切れって事で、追い返してたよ。 うん、それでいいのよ。 それでもゴネる人は、私が仕切ってるって言ったら、渋々、帰って行ったね。 なんか言おうものなら、返り討ち間違いないしね。
よし、おわり!
お部屋に帰ろっと! ちょっと眠いしね。 お昼寝もいいかも!
*************
お部屋に帰ったら、ブー垂れた ビジュリーが居た。 ホントにブー垂れてたよ。
「クロエ様ぁ……ホントに、受付するのですかぁ……」
「ええ、命じられましたから。 正規の命令ですもの」
「なんでぇ~」
なんか、食い下がるね…… どうしたの? ビジュリー。 いつもの、貴女らしくないわよ? 下向いて、ブツブツ言ってるビジュリー。 なんかあったの? ほら、言ってみ。
「だってぇ~ クロエ様とぉ、またぁ、演奏したかったんだもん」
「ボールルームでですか?」
「うん、そう。 ほらぁ、いっつも、クロエ様にぃ、なんかするじゃないぃ~、あの人達ぃ~。 だからぁ~、円舞曲をぉ、一緒に弾こうってぇ…… 考えてたのぉ…… 御兄さまとぉ~お話してぇ…… お許しもぉ、頂けたんだぁ……」
うわぁぁぁ、そんな目立つような事しないよぉ。 でも、気持ちは嬉しい。 私は、いかに、欠席するか考えてたんだよ。 ゴメンね。 どうしよっかなぁ………… お仕事、有るしなぁ……
「ビジュリー様、お気持ち本当に嬉しく思います。 でも、ご指名のお仕事は、外せませんので……」
ガバッって感じで、顔を上げたビジュリー。 そんで、目を吊り上げて、怒りが前面に出てた。 何に対して怒っているのかは…… わかんないよ。
「なんで、いっつも、クロエばっかり!!!」
おや? ビジュリーの口調……どうしたの?
「なんで!!、なんで!!、なんで!!!」
「ビジュリー様?」
「だって!! クロエはいっつも、私の事、考えてくれてたよ! 私が演奏の強要が嫌いなのも、お昼寝がリラックスと、意欲の源なのも、全部受け入ててくれてる!! そんな人、他に居なかった!! それなのに!!」
あぁ…… ビジュリーって感情的になると、普通に喋るんだ。 あの、おっとり、穏やかな喋り方は、彼女の鎧だったんだ…… そっか…… そうなんだ。 激昂して、顔を真っ赤にして怒っているビジュリー。 なんか、可愛いね。 思わず抱き締めちゃった。
昔、むか~し、癇癪を起した私を、母様が抱き締めてくれたの、思い出したからね。
うわぁぁぁぁん
大きな、泣き声だこと。 そうそう、私もそうだったなぁ…… こんな時はね、泣くといいよ。 結構すっきりする。 私にはもう、出来ない事だけどね。 柔らかいビジュリーの髪を撫でるのよ。 ゆっくりと、何度もね。 怒りが、悲しみに…… そして、涙に昇華されて…… あとは、ちょっと、恥ずかしくなるのよね。
音楽の精霊様は、ビジュリーの心を子供のままに留め置く事を願っているのかも知れないね。 素直で、可愛いビジュリー。 ずっと、このままで居て欲しいなぁ……
「ビジュリー様…… 中庭で、御一緒に演奏しましょうか。 全部、終わった後で、誰に聞かせるわけでも無い、天上の調べを。 わたくしと、二人っきりになるかも…… それじゃ、嫌?」
私の無い胸の中で、泣きじゃくるビジュリー……首をブンブン振るのよ。
「嫌なわけない! 嫌な訳、無いじゃない! 絶対に来てよ! 約束よ! 待ってるから!! うわぁぁぁん」
泣きながら、怒りながら、それでも、笑いながら…… 変なテンションのビジュリー。 感情の起伏が凄いね。 ほんと。 でも…… 可愛いね。
うん、判った。 必ず行くよ。 どうせ、歓迎舞踏会が始まったら、お役御免だ。 出席簿、纏めて事務官に渡したら、お部屋に帰っておくから……ね。
なんだか、私も、楽しみになって来たよ。
ブックマーク、感想、評価、誠に有難うございます。
誤字の指摘が、嬉しいです。 推敲が物凄く苦手です・・・ダメですね。
本当に感謝しております。 今後とも、宜しくお願い申し上げます。
―――――
受付嬢をする事になったクロエ。 それ以上の惨状になっている事務方の手伝いをしました。 彼女にとっては、行政内務科で、勉強している事を実践している感じでしょうか。 それにしても、ミハエル殿下・・・なにやっとんじゃ? な、感じです。
また、明晩、お会いしましょう!!




