クロエ 学院で【精霊祭】を、前倒す
二年目の王立魔法学院も、もう直ぐ夏休暇。
授業もそんなに無いよ。 五日間の特別なお休みがあったけど、そのほかは全部出席してたから、取りこぼしも無いしね。 でね、マリーのサロンに行ったのよ。 ちょっと、お願いがあってね。
マリーのサロンで、ボリスさんに出迎えられ、にこやかにお部屋に入って行ったら、マーガレットに、いきなり言われた。
「アゴーン!」
「おい!」
思わず素で、言っちゃったよ。 噂が噂を呼んでるらしい。 なんでも、凍り付いてる、「氷の令嬢」が、蒸発しそうな程、上気して、高々と鉄扇を掲げ、”アゴーン!”って、叫んだって。
い、いや、間違いじゃ無いよ……かなり、興奮してたし……オッちゃん生徒の分隊長と、その仲間の気持ち、めっちゃ嬉しかったし……騎士の誓約まで、受けちゃったし…… でもね、此処でそれ云うわけ? 恥ずかしいじゃん……
みんな笑ってくれたけどね。
ギルバート様も居たんだ、マリーの部屋に。 どうも、常連と化してるらしいのよ。 いいけど。 でね、ギルバート様が、真剣な面持ちで私に言うのよ。
「あの場では、流石に言えませんでしたが……、クロエ様に何故、褒賞が無いのか……疑問に思います」
「あぁ……ギルバート様は、御存じありませんが、わたくし、フランツ殿下を謀りましたの。 殿下、大層お怒りで、お許しを頂ける代わりに、わたくしへの褒賞は一切無いという事になりましたのよ」
「そ、そうだったのですか…… しかし、存外に、殿下も御心が狭い……」
「良いのですよ、それで。 幸い、お許し下さいましたし……」
この言葉を聞いて、アスカーナがぼそりって感じで言ったのよ、狙ってた効果をね。
「クロエ様が、褒賞を貰えたら、この度、叙勲された方の名誉が一段も二段も下がるからですか? クロエ様が、指揮官として叙勲される、” 部隊として ” の、叙勲よりも、個々の兵が勇戦し勝利したという方が、本来、彼等が受けられる栄誉よりも、更に高い名誉が与えられるから? ……クロエ様、貴女はどうして、そんなに……」
うえぇぇぇ………… だから、頭が良くって、あの、”ゲーム”に、精通している人って、難しいのよ。 戦術級の思考で止まらず、必ず、戦略級の思考で状況を見るのが癖になってるからね。 そうよ、その通りよ。 私……死にたくなかったし、あの人達の栄誉が一番だしね。 私が、殿下を謀ったって事で、叙勲を避けたのは、二つの意味でも、是非とも必要な事だったの。 だからね、誤魔化すよ? ほら、私、”悪魔を身の内に飼う女童”じゃ無いからね。
「あら、何の事かしら? 私は、只ついて行っただけよ? その場に次席指揮官が居なくちゃならない、決まりがあったから……」
ウインクしといた。 アスカーナ、フィナンシェ食べながら、頷いてた。 彼女、私の表情で、読んだね。 私が、” 望んで無い ” ってのと、狙ってやったって事。
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でね、本題。 みんな居たし、伝えたの。 やりたかった事。
「あの、皆様に、お願いがあって……」
「「「あら、めずらしい!」」」
なんだよ!! でも、お願いは、ホント。
「あのね…… 明後日なんだけど…… お時間頂けますか? 中庭でなんだけど……」
「え~~~、あさってなのぉ~~、わたしぃ、ちょっとぉ~いけないかもぉ~」
なんだ、先約があるのか……ビジュリー……マリーも微妙な顔してるしねぇ。 ……こりゃ、無理かな?
「今年の【精霊祭】も、黒龍のお屋敷に帰らねばなりませんの……それで、前倒しで、皆様と……と思ったのですが……お忙しいですよね。 ゴメンなさいね」
ちぇ~~~。 やっぱり事前の根回しは必要よね。 ごめんね、聞き流して。 みんな、なんか変な顔してる。 なんでだ? みんな、ビジュリーを見てた。 そんで、彼女、ちょっと、バツの悪そうな顔をしてから……
「それじゃぁねぇ……マクリーンの ” 交響曲3番 第三楽章 ” が、いいなぁ~」
はっ?
「リュートはぁ…… クロエ様のぉ…… ” ブラッディ ” でねぇ~」
ちょ、 おま、 なんで、その、 ” リュート ” の名前まで……
「聞いてるよぉ~ わたしぃ、お抱えのぉ、服飾屋さん居るのよぉ~ でねぇ~ あちこちの【精霊祭】に出ないといけないのにぃ~ ドレスがぁ…… ちょっとぉ…… アレなのよぉ~ でねぇ~、お直しをぉ~しようとぉ~したらぁ~、職人の人がぁ、全部居ないのよぉ~。 でねぇ~、やっと捕まえた人にぃ~ 聞いたのよぉ~ 凄い事したのねぇ~ クロエ様ぁ」
そうか、あの職人さん達からか! なら、なんで、その選曲か理由が判った。 ずっと弾いてたからね、鎮静音楽。 そんで、マクリーンの交響曲3番 第三楽章って、最適なのよ。 ゆったりとして、なんか落ち着けるのよ。 音楽だけ聞いてたら、寝ちゃうくらいにね。 判ったわよ。 でも、いいの?
「お時間頂けるは、有難いのですが…… 宜しいのですか? なにかご都合でもあったのでは?」
にへらって笑ったの、ビジュリーとマリーが。 マリーが、ちょっと、困惑気に話し始めた。
「あの……サプライズを用意しておりましたの…… 同じ日に、中庭で……クロエ様が思って居られたのと同じ 『【精霊祭】の前倒し』を……」
え? そ、そうなの?
「クロエ様がお忙しいのは、判っておりますし、わたくし達も、屋敷に帰らねばなりませんし……それに、この度の事で、だれも、クロエ様をお褒めになっていませんでしたので…… ゆ、ゆ、友人として、クロエ様に賞賛をと……思いましたの。 ……ご迷惑かしら?」
う、うはぁぁぁ! う、嬉れっしい!!!
「とんでもございませんわ! わたくし、とても、嬉しく思います。 では、ご一緒に、【精霊祭】が出来ますのね?」
「ええ、ええ、そうですわ!」
なんか、盛り上がって来たね! いいね。 やっぱり、持つべきものは、友達だよ!! みんな、ニコニコしてた。 とっても嬉しい、御茶会だった。 なんかホントに嬉しいなぁ…… 早速、ヴェルに、リュート取って来てもらおう! あの「ブラッディ」をねっ!
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そんで、二日後……
中庭に行ったら……
なんか、とんでもない事になってた。
なんでさ。 なんで、こんなに人が居るのさ。 エルは、知ってたのか、平然としてた。 ヴェルはちょっと引いてた。 ラージェは…… なんでか騎士の礼装を着込んでた。 ミーナは…… 私に大魔法かけてた…… ミーナ自身は制服だったよ……
ちょっと、集まって、【精霊祭】の真似事して、お茶でもしようと思ってたのに……なんで、こんなに人がいるの? いつもの東屋につくまで、結構時間掛ったよ。 そんで、普段はあんまり見ない、騎士科の人も、なんでか、ラージェと同じ騎士の礼装に身を包んでいる人多かったし……騎士科の制服姿も多かった。そんで、みんな、にこやかに私に頭下げるの。 騎士科の人に至っては、胸に拳を当ててる始末……
で、ちょっと後ろを、荷物を持ってついてくる、エルに聞いてみたの。
「なんですの? これだけの人が集まってるなんて……」
「お嬢様、本日は、中庭での、”大公家のお茶席”にて、【精霊祭】をすると、各家の使用人達に通達が回りまして、手隙の者が全て、ええ、全て集まりました」
「騎士科の方も?」
「ギルバート様が、騎士科の叙勲された方にお話になったようです。 ” クロエ様の栄誉を称えたければ、来い。 来ないと、後悔するぞ ” だ、そうですわ」
頭、抱えたかった…… 東屋に向う私に、其処に集っている方々が、スッと頭を下げるのよ。 騎士職の人は、胸に拳を置いたりしてね………… 何だってんだ? どうなってんだ? 私が、東屋に着いたら、マリー先に来てた。 そんで、グラスを銀器でチンチンと叩き、其処に居た人達に、言ったのよ。
「皆様! クロエ様、御到着です。 これより、【精霊祭】の精霊様と、クロエ様の栄誉を称え、各人の信奉する精霊様に、祈りを捧げます! よろしいですか?」
声を上げるマリー…… あなた、人見知りで、社交が苦手じゃ無かったの? すんごい、ホストぶりよ?
「では、皆さま! ……世界に加護を与えし精霊様! 我らが真なる心よりの祈りを捧げます。 感謝と、よき友に栄誉を!!」
うわぁぁぁぁ………… ざわついていた中庭…… 一気に聖堂みたいになったよ。 私は天龍様と、いつもの五大精霊様にお祈りを捧げたよ。 ブワッって、何かが出たね。 そんで、複雑に絡みながら、お空に上がって行った。 みんなの集中した祈りが聞き届けられたって…… そんなふうに感じたんだ。 なんか、キラキラした空気になったよ。 ホントだよ。 すんごく、澄み渡ったって感じ。 夏は…… 良い事有るかなぁ……
「お祈り」が済んだら、あとは、歓談。 気の置けない仲間達とかは別に、他家の使用人さんとか、騎士科の人とか、庶民階層の人が多かったよね。 皆、口々に、【精霊祭】おめでとう! って。 なんか、使用人さん達、いっつも忙しくしてて、なかなか、こんな風にお祈りする機会がないんだって。 良い事したよね。 祈りには、貴賤はないもの。 純粋な祈りは、精霊様に近づくっていうしさ。
で、私の別な本番。
持って来たリュート、 弾きましたよ。 リクエスト通りね。 鎮静音楽だけどね。 日はまだ高いけど、御茶会だしね。 素敵ドレス姿で、東屋で、頑張りました。 ” ブラッディ ” って、割と「いい音」出すのよ。 そんで、音量も大きいしね。 遠くまで聞こえたんじゃなかろうか?
ビジュリー、ニッコニコで、……寝てた。
いいよぉ…… どんどん寝て! 気持ちイイよね! なんか、まったりと時間が過ぎて行ったよ。 もってたクッキーとかサブレとか、みんなに食べて貰ったしね。 わたしが作ったんだよ! わたしが!! 久しぶりにね。 ちょっと不揃いだったけど、美味しいよ? 変なモノ、混入してないよ? 作ってる時には、マーガレット、いなかったしね!!
来てた人とも、仲良くお話出来たし、面白話も聴けたし。 よかった、よかった。 そんで、ちょっと見直したのが、分隊長さん。 すんごく礼儀正しいの! 私と同じような、きっつい目付きしてんだけどね、私と目が有ったら、ニカって笑うのよ。 ちゃんとお髭も当たっててね、カッコいい青年騎士に見えるのよ。 案の定、他家の使用人さん達から、激烈なアピール喰らってた。 うふ、嫁さん見つかると良いね!
ある意味、とっても、サプライズだったよ。 楽しかった。
さぁ……黒龍のお屋敷に帰るか!!
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一旦、黒龍のお屋敷に帰ってから、ご領地のフーダイに向かったの。 今回は強行軍でないから、ちょっとした観光もしたよ! 手の入ってない森とか、薬草園とか…… うん大体、私の興味のある所。 まぁ、魔法科関連のね。 実習で採取した、結構貴重な薬草とかは、灰になっちゃったしね。 ホントに、欲しかったし…… 買うんじゃなくて、自分の目で生えてる所見て摘みたかったしね。
そんなこんなやってて、ちょと遅めに、別荘に到着。 ヴェルは疲れ知らずで、あれやこれや手伝ってくれたよ。 ほんと、「ザ・執事!!」って感じだよね。 うん、いいね。 普段通りにしろって、アレクサス黒龍大公翁にも言われてたしね。 うん、普段通り、動き回ったよ。
別荘には、ウラミル閣下と、奥様と、リヒター様、ソフィア様、そして、今回は、イヴァン様もいらした。 アレクサス黒龍大公翁は、お留守番だって。 だから、アスカーナ置いて来た。 うふふ、楽しんでくれっかな?
「クロエ! ……ちょっと見ない間に、随分と大人になったな! 見違えるほど綺麗になったよ」
「イヴァン様! そんな事有りませんわ。 ……まだ、きちんとお礼を申し上げて居ませんでしたわね。 エル達のエスコートさんを厳選して頂いて、ホントに感謝しております。 エル達も…… 喜んでいますわ」
「それは、重畳。 ちょっと、気にはしてたんだ。 あいつら、年喰ってる割りに、奥手だからな。 訳アリなんだが、いい奴らなんだ。 気に入って貰えたら、いいな」
「勿論です。 紳士的にお付き合いされて居られますわ」
玄関ではなんだからって、さっそく、居間の方にエスコートされたよ。 イヴァン様、なんか、大人びてるよね。 かなり鍛えられてんじゃないかな。
「ああ、なかなか、王都に戻してもらえなくてね」
「あら、どこかへ?」
「うん、あちこち。 国内の実情を見分し、問題点を洗い直せって、上司が……」
「上司?」
「……リヒター兄上だよ…… 人使い荒いのなんのって! 自分が足を延ばせない場所は、全部振って来るんだ…… そうそう、これ、会えればって、渡されてた!」
一通の書状 イヴァン様は大事そうに、私に差し出したの。 宛名は、” クーちゃんへ ” とっても、懐かしい筆跡だったよ。 思わず、抱き締めてしまった。 もう、この筆跡見ただけで、誰だか判るよ。
「北の辺境まで行かれたのですか?」
「ああ、伯父様、大叔父様、奥様、大奥様のお墓にも、花を手向けて来た」
「イヴァン様……」
「アルフレッドに案内してもらった。 凄い所だね……あそこで生まれたんだよね、クロエは」
「はい……なにも無い田舎ですが、私には……とても、大切な場所です。 ロブソン開拓村は……」
「村の人達も皆、気さくで良い方ばかりだった。 色々と『お話』を、聞かせて貰ったよ」
「……『お話』?……で、出来れば……何を話されたのか……お教えねがえませんか?」
「いいのか? 村長の息子さんのエリック君と、君の古い友人という、ソーニャさんという方が、話してくれたよ……ホントに、口に出していいのか?」
「いえ、結構です!! それに、エリックの話は、事実を五倍くらいに大げさに語ります!!」
「えっ、五分の一でも……」
くそエリック! 何言いやがった!! 今度会ったら、とっちめてやる!
―――――
歓談もいい感じに進み、一旦、着替えてから、夕食にしましょうって事で。 お部屋に行ったのさ。 何つうかな…… 豪華な部屋だったよ。 ほんと、なんで、そんなに甘やかすんだ! いいんだよ! 別に納戸の隅でも! アルフレッド様のお手紙は、後で、寝る前にでも、読もう! なんか、勿体ないし…… で、お風呂で水浴びして、ちょっとしたドレスを着せてもらった。 部屋付のメイドさんに聞いたのよ。
「あの……このドレスは?」
「奥様がご用意されました。 お寛ぎ用として使うように、命じられております」
ニカって笑われた。 ほんと……なんて言うのだろうね……奥様の気持ちが想いが……重いよ……ダイニングでお食事に行かなくちゃ。 頑張って社交外交しなきゃね。 奥様の想いに報いる為にも。
美味しい、晩餐と、楽しい会話。 私は主に聞き役。 イヴァン様が色々な所に行ってて、その話を聞きながら、お食事したのよ。 ウラミル閣下も、興味深げに聞いてらしたわ。 リヒター様は時々突っ込み入れながらね。 食事も最後の飲み物が出た頃、リヒター様が、イヴァン様にお聞きになったのよ。
「イヴァン、そろそろ、行けるか?」
「……あと、二、三回りたい街が有る。 主に裏関連でね」
「そうか……気を付けろ。 あっちは、何かと物騒だ」
「なら、こんな事命じないで下さいよ、リヒター行政官!」
「仕事だ……すまん。 心から頼りに出来るのが、お前くらいなんだ……」
「大丈夫ですよ! 兄上。 仕事だけじゃなくて、友人としても、護ってやりたい方ですからね」
「そうか……」
なんの話だ? 頭に ” ? ” が浮かんだよ。 内容から、大体は類推できるけど…… まぁ、暫くは休暇、貰ったみたいだし、” 御守 ” でも、あげとくかぁ……
イヴァン様、 お仕事お疲れ様です。
イヴァン様、 十分、気を付けて下さいね。
なんか、首筋に寒気が走って、
凄く嫌な
「予感がした」、から…………
ブックマーク、感想、評価、誠に有難うございます。
クロエの二年生生活も、半分を過ぎました。
社交外交のシーズンです。
”家族” と呼べる人々が、あつまりました。
団らんの一時でした。
クロエが、気後れするくらい、”家族” の皆さまは、クロエが大事なようです。
また、明晩、お会いしましょう!




