クロエ 黒龍大公家のお屋敷で、背後に蠢くモノを知る
「マリオ、話が有ります」
学院の入り口に待っていた豪華は馬車。 執事長のマリオが居た。 よし、文句言ってやる。 エル達を泣かせた事は、許せんからな。 これは、絶対に曲げられない。
「何のお話で御座いましょうか?」
馬車に同乗し、黒龍のお屋敷までの間、マリオに告げた。
「マリオ。 エル達、私の従者は、他家の従者とは全く違います。 彼女達にしか出来ない事が有るのです。 彼女達の行動は全て、わたくしが命じております。 彼女達は、彼女達のすべきことを十二分に理解し、実行しております。 マリオ…… 私から、彼女達を取り上げないで……」
共に死線を超えたエル達…… これに勝る人は居ない。 判ってるよね。 元騎士だもんね。 マリオにピタリと視線を合わせて、そう告げたの。 「怒り」だけではなく「本心」。 これなら、マリオも理解する筈
でも、知った上で、マリオは食い下がって来るのよ。 うん、もう執念だね。
「クロエお嬢様……私達は、お嬢様の身を……」
「有り難く思っております。 しかし、特に此度の事は、ああするしかありませんでした。 さもなくば、だれも、生き残れなかった。 あれは、皆が生き残る、最善の方法でした。 貴方達の気持ちは、痛い程判ります。 さぞ、心労を掛けたと思います。 ごめんなさい。 此れでも、彼女達の事は、とても頼りにしているのですよ」
強情だよ、私。 梃でも動かないよ。 視線が絡む。 マリオも本当に私の事を心配してくれている。 とっても有難いよ。 でも、譲れないよ、これは。
「判りました。 お嬢様の気持ち。 あの者達は、お嬢様の御側に、これからも仕えて貰います。 ご安心下さい」
折れてくれた。 よかった。 マリオの言葉は、黄金より価値が有るもの。 エル達……これからも一緒よ。 これで、心配事の一つは終わった。
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ウラミル閣下には、きっと叱責される。 でも、学院とか重装騎士団には、報告しなかった事を言うつもり。 私の推測。 これは、アレクサス黒龍大公翁にも、聞いて貰う。 これから先、何が起こるか判らないもの。
私が判らないのは、『 なぜ、私が狙われたのか 』。
ウラミル閣下なら、何か知ってるかもしれないし、アレクサス黒龍大公翁なら、色々な情報から、相手の意図を推測できるかもしれない。 だから……今回は、本当に真剣に向き合うよ。
麗らかな初夏の日差しを浴びて、豪華な馬車は歩み進める。 心地よい風が頬を撫でるの。 妙に落ち着いてた。 此れから叱責を受けるってのにね。
私の別な意味での、” 戦場 ” へ、向かうのよ。
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黒龍のお屋敷に付いて直ぐに、ウラミル閣下の執務室に通された。 ホントに待たれてたんだ。 其処にリヒター様も居た。 さらに、アレクサス黒龍大公翁も同席されていた。珍しい。 黒龍家のトップ三人が揃い踏みなんだよ。 どんだけ、怒ってるんだ?
「おかえり、クロエ……何で呼ばれたかわかるかい?」
重厚な執務机の向こうから、穏やかに、ウラミル閣下が、そうおっしゃった。 いつもの笑み。 いつもの笑ってない目。 そうだよね、怒ってらっしゃるね。 反対に厳しい目をして、ムッツリ黙っているのが、リヒター様。 そんな二人を面白そうに見ているアレクサス黒龍大公翁。 三人の顔をしっかりと確認してから、私は、おもむろに口を開いた。
「はい、此度の魔物の襲撃に際し、何故、わたくしが、現場指揮官になったのか、という事ですわね」
「クロエ、お前なら、いくらでも方法が有ったろうに…… 訳を教えて貰おう」
「はい……此れからお話する事は、この部屋の中でのみとして頂けるのであれば」
「当然だ」
「では、ご説明申し上げます」
ウラミル閣下の目を見詰めながら、先ず状況の説明からした。 魔物の編成が通常とかけ離れている事。 誰かを、それも、女性を探して居た事。 真っ直ぐに、野営地に侵攻した事。 この事から、魔物の群れが、軍事知識の無いモノに操られていた可能性を思いついた事。
魔物の群れが、野営地に到着後、興味を救護天幕にのみ注いでいた事。 天幕を魔法で引き剥がす時に見えた、魔物に刻印された、東の国、ミルブール王国の、「ミルブール国教会の紋章」。 引き剥がされた天幕の中に準備していた、白衣白帽の私の傀儡を見て、
『ミツケタ。 聞いてた話の通りだ、コイツだ。 白い服のこいつだ。 後の者は、お前たちの好きにするがいい』
の言葉。 この言葉から、探して居たのが、私だったと確信した事。
最後まで、名前を名乗らなかった、魔物を操っていたモノ。 そのモノに、魔物の手に刻み込まれた「ミルブール国教会の紋章」の事を話すと、絶望したような眼をした事。
一旦、口を閉じた。 ウラミル閣下が腕を組み、目を閉じる。 頭の中で状況と、私の判断を整理されているの…… きっと、そうに違いないわ。
「しかし、なんだって、クロエが殿の指揮を取らねばならなかったのか! まだ、十三歳だぞ!? 」
リヒター様が、当然の質問をぶつけて来たね。 そう、常識では考えられない事よね。 でも、あの場ではそうするしかなかった。 情報収集段階から、それを考えていた。
「リヒター様、お気持ち嬉しく思います。 ご心配おかけいたしました事、誠に申し訳なく思います。 ですが、あの場で頭をよぎったのは、” もしや、魔物達の目的は、わたくしではないのだろうか? ” と、言う疑問でした。 まだ、なにも判らない内に、その考えが浮かんだのは、セラフィム青龍大公翁様の、御言葉です」
そう、学院でのクッキー事件。 セラフィム=エルグランド=アズラクセルペンネ青龍大公翁様の推測。 あの事件が、私への「暗殺計画」かもしれないって、仰った。 どこかで、引っかかってたんだね。 だから、初動時にその可能性が思い浮かんだの。
だから……
リヒター様の疑念に、答えた。
撤退支援戦の情報収集段階から、自分を囮にした。 その為には、部隊の大多数の人と、フランツ殿下には、何としても、その場から、可及的速やかに撤退してもらわねばならなかった。 野営地に居て貰っては、被害が拡大してしまうし。 相手の狙いは、「クロエ」で有り、何者かが、「クロエ」を無き者にしようとしている。 この疑念の「確信」が持てなくなるしね。 だから、年齢とか、経験の事は、度外視したのよ。
やらなければ、やられるもの……
沈黙が執務室を埋める。 だれも、口を開かない。 みんな、考え込んでいる。 もちろん、私も。 アレクサス黒龍大公翁が、重い口を開いた。 例の怒っている様な顔つきでね。
「よく見た。 まさしく、その通りじゃったな。 推測を元に作戦を組み立てるは、さぞや、心細かったであろう。 よくやった。 思考と行動は、時として乖離する。 よくぞ、思い切った。 ウラミル、例の件、進めるがいい」
「御意に」
アレクサス黒龍大公翁の言葉は、とっても重いのよ。 一族の長の言葉だもの。 長年、龍王国を支えてきた人の言葉は、それだけで、勅命と同じ重さがあるのよ。 ウラミル閣下も、リヒター様も、もう何も言えないわね。 有難うございます。黒龍大公翁!
「もったいなき、お言葉。 此れからも、ご指導宜しくお願い申し上げます」
そう言った時の、リヒター様の顔……もうね、なんか、泣き出しそうだったの。 ホントに心配かけたね。 あれ? それとも、矜持に触った? それなら、もっとゴメン。 ほら、私、居候じゃん。 黒龍大公家の次代の当主とは、命の重さが違うのよ。 判って下さる? でも、それに耐えるのも、当主の役目なのよ。
歴代の当主の方々が、爺様とか、父様を、泣く泣く切り離した事に通じるわね。 リヒター様、強くなってください。
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「クロエ、お前の考えていた事、した事は、理解した。 その理由と決断の意味もな。 私からも言おう、良くやった」
ウラミル閣下、やっと笑ってくださったよ。 よかった。 叱責もここらで、終わろうよ。 結構、時間掛ったよ。 お腹すいたよ。 美味しいごはん、食べたいよ。 そんで、早く帰らないと、明日の授業間に合わないよ……
「特別休暇が通っている。 校外実習の9組全員に対してだそうだ。 本日より、五日間だそうだ。 その間に、叙勲も行われる。 クロエ、その間は屋敷に居たらどうだ? エリカーナも、ソフィアも、喜ぶ」
え? 休暇? お休み? そうなの?
やっほい!
でも、お屋敷で過ごすって言っても、私の居場所有るのか? お客様対応じゃぁないよね。 んじゃ、また、ソフィア様が嫁して来た時の、一階の守備隊の横の部屋? いいけど……なんか、悪いわね。
「有難うございます ……でも ……いいのでしょうか?」
「勿論だとも、ここは、クロエの家だ。 ゆっくりとするといい。 部屋も用意してある、新しい部屋をな」
あ、新しい部屋って、なに? えっ? どういう事? そんな事、考えて無かったよ。 ちょっと、慌てたよ。 黒龍大公翁! 何とか言って!
「この黒龍大公家の姫君たる、クロエの部屋じゃ。 気合いを入れたぞ」
なんだと~~~!!! 私は居候だぞ!!! もう……もう……なんか……言葉が……出ないよ。
「……ご厚意、誠に……・」
「ん、つかれておるじゃろ、休め」
「はい」
なんか混乱しながら、執務室を出る。 きっと、中では色々と話されてるんだろうね。 此れからの事とか、龍王国を取り巻く状況やら…… ” 十三歳の子供 ” は、オトナシク退散しよう。 外でマリオが待ってた。 そんで、新しい私の部屋に連れてってくれた。
とっても、素敵なお部屋にね。
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ホントに素敵なお部屋。 うっとり……
アレクサス黒龍大公翁の全力、見せて頂きました。 淡いモスグリーンの壁紙。 よく見ると、それこそ、これでもかって位に、防御魔方陣が織り込んで在りますねぇ…… で、それを起動させるための魔石。 それ自体光を放っているので、燭台の灯に加工してある…… でっかい魔石だよ。 幾らするのよ、これ単体で?
で、お部屋に付随するバルコニー。 ソフィア様が居られる、前の私が使わせてもらってたお部屋より、小さいけれど、十分な広さが有るのよ。 ちゃんと、東向き……判ってらっしゃる。 お部屋はこじんまりと四部屋構成。 居間、寝室、お風呂とトイレ、それに衣裳部屋。 みんな、広いよ? 一部屋だけで、ロブソン開拓村の爺様の家位あるの。
で、アレクサス黒龍大公翁らしい所。 寝室の天井画が、龍王国の地図なの。 ベッドに、ばさぁ~って倒れ込んで、上を向いた時に、目の前にドデンと有るのよ。 もうね、笑ったわ。
お腹抱えてね。
さすが、大公翁。 まだ、私物なんにもないけど、ホント、落ち着くね。 なんかいい香りがするなぁって思ったら、枕の下に、ラベンダーのポプリ…… これ、きっとソフィア様ね。 有難いわ。 ほんと、気分が落ち着く。
ダラッってしてたら、お部屋がノックされたのよ。 まだ、誰も居ないから、自分で出たの。 そしたら居たのよ、メイド長のアンナさんと、それに連れられた、メイドズ。 ちょっと、びっくりした。
「クロエ御嬢様、お帰りなさいませ。 ……マリオ様にお聞きしました。 これからも、この三人の事を宜しくお願い申し上げます」
「アンナさん、それは、わたくしがお願いする事ですね。 本当に有難う御座います。 此れかもよろしくお願い申し上げます」
アンナさん…… 心配かけたよね。 そう思って、頭を下げた。 メイドズが扉を閉めたとたんに、アンナさん、音もなく近寄って来て、ガシッて抱き締めて来た。 うぉぉぉぉ! なんか、柔らかいモノに包まれた!!!
「お嬢様、お嬢様、お嬢様……」
うん、……ゴメン、ホントにゴメンね。 暫く、何も言わず、そうやっていた。
「もう、こんな思い、させないで下さい。 大切な黒龍のお嬢様が戦働きなど、あってはならない事です」
「……じゅ、授業の一環で……気を付けます」
マリオと同じ。 意志の強い視線が痛い。 なんとも言えない間。 メイドズが早速お茶を入れてくれた。
「アンナ様も如何?」
「いえ、わたくしは、先触れとして参りましたので」
「えっ?」
「奥様、若奥様が、お返事をお待ちです。 クロエ様の部屋にお邪魔したいと」
「勿論で御座いますわ。 何時でも。 お待ち申し上げております」
「では、さっそく」
アンナさん、さっきまでの、何とも言えない表情を、お仕事仕様にバッチリ変えて、部屋を出て行かれた。 あの落差はなんだ? ……ツンデレさんか? そういや、私服の趣味って、めっちゃ乙女だったし・・ う~ん、掴み切れない性格だなぁ……
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エル達も機嫌を直してくれたかな? まだ、表情が硬いね。 でも、マリオから言質取ったよ。 此れからもずっと一緒だよ? いい?
「お嬢様…… 私達で…… 本当に宜しいのでしょうか?」
エル~~。 まだ、そんな事、言ってんの? 当たり前でしょ。
「貴方達以外、誰が私の面倒を見られるの? 貴方達しか、居ないでしょ?」
「「「お嬢様・・・・」」」
ほら、泣くなよ! 三人とも! もうすぐ、奥様とソフィア様来るんでしょ! そんな所、見せられないよ! ほら! アンナさん見習いなよ。
丁度その時、都合よく、ノックの音が響いた。 奥様と、ソフィア様がいらしたようね。
久しぶりに顔を見たよ。 厚化粧やめた奥様、清楚で綺麗ね。 ソフィア様も、なんか、輝いてる。 うんうん、いいね。 そんで、色々と謝った。 ほんと、色々と。 【降龍祭】の後の晩餐会の事とか、せっかく心を込めて作ってもらった、素敵なドレスをダメにしちゃった事とか・・ 心配かけまくってる事とか、白龍大公家の人達と上手くやれない事とか……ね。
その都度、否定されてたけど、なんか、本当に申し訳なくってね。 そしたら、奥様云うのよ。
「わたくしは、王家の人間でした。 嫁して後、黒龍大公家の者となったのです。 其れまでとの、生活と全く違う事に戸惑い、必要とされて居ないと感じ、我儘を通していました。 クロエ……貴女は、そんな私に、自分を取り戻させてくれたのですよ。 あんな事をした私を、必要だと云ってくれたのです。 ……おかげで、わたくしは、紛れもなく名実ともに黒龍家の人間になれました。 貴方は、黒龍家の令嬢。 つまり、わたくしの娘でもあるのです。 そうなのです。 血など、問題では無いのです。 わたくしには、素敵な娘が二人も居るのです。 誇らしい事なのです。 だから……謝るのはやめましょう……お互いに……」
な、なにが有ったの? ほんと、人間がこんなに変わる物って知らなかった。 ……でも、なんか、こっちの奥様が素で、あの白塗り仮面の奥様は、精一杯虚勢を張って居られたのかな って、そう思った。 感情の振れが大きくって、物事を突き詰めて考えて、時として自分を見失う程に激しい……うん、奥様だ。
いいね、ホントに、いいね。
ソフィア様も頷いておられる。 この部屋の内装もきっと、お二人が提案してくださったのね。 上品で落ち着いてて…… 趣味が良いもの。
和やかに時間は過ぎるの。 いろんな、お話をして貰えたわ。 この方々と話していると、洗練された会話とか、仕草とか、勉強になるよね。 でだ、今年の【精霊祭】の話になったのよ。 前年、黒龍の別荘で行った、” 奥様と私の試練の精霊祭 ” 奥様、黒龍大公家一家に、嫌われるかもしれない事を承知で、私を鍛えて下さった、” あの精霊祭 ” おかげで、対外的な社交の経験値、爆上げした、” あの精霊祭 ”
今年も、去年と同じく、黒龍大公家の別荘で行いたいと、打診があったの。 今年はちゃんと前触れアリね。 もう、試練でも何でもないし、きちんと外交しないとね。
「一つ、事前に『お話』を、して置きたいのですが、今年の精霊祭には、『ミルブール王国』大使夫妻の出席が難しいみたいなの」
ソフィア様、ちょっと嬉しそう。 苦手だったもんね、あの夫婦の事。 ズケズケ物言うわ、探り入れて来るわ、甘い顔見せたら、何処までも付け込んで来るわ…… 奥様くらい経験が無いと、ちょっとしんどいよね。 それがお休み? 何でさ。 あの人達、来年も絶対来るっていってたじゃん。
「なんでも、お国から ” 特別に ” いらしていた、ミルブール国教会の導師様が、急逝されたらしいのです。 いま、大使は、ご遺体と本国にお帰りに成っているとか…… 大変ですわね。 異国の地でお果てになった導師様も、さぞ無念な思いで御座いましょう」
奥様……残念そうに言ってるね。 でも、多分、それ…… 私がやった。
魂の輪廻の可能性まで、完膚なきまで潰した。
やっぱりね。
ミルブール国教会か……
ブックマーク、感想、評価を頂き、誠に有難うございます。
たくさんの感想を頂き、本当に嬉しかったです。
更新時に、不安を覚えつつも、皆様の読んで下さっていると云う事実に、続きを描く勇気を貰っております。 頑張り屋さんのクロエ共々、宜しくお願い申し上げます。
クロエ夏季休暇前の準備編です。 色々と準備してます。 ええ、色々と。




