クロエ ”御茶会” を堪能する
前回のイベントが尾を引いています。
クロエの受難は入学半年を経ず、波の様に押し寄せてきます。
うすら寒いね。 季節はもうすぐ冬だもんね。
学院の中庭。 綺麗なのよ。 噴水まであるのよ。 あちこちにガーデンテーブルが置いてあって、季節の花が咲いている筈なのよ、本来は。 まぁ、今の時期は、何にも咲いて無いけどさっ。 小道の所々に、東屋があって、午後の御茶会とかに使わてるんだって。 エルが言ってたよ。 私は、誘われた事ないけどね。
そんな、東屋の一つに居るのよ。 其処には、長テーブルがあって、そこに、四人の先輩方が座っているのよ。 真ん中の御令嬢が、綺麗なアイスブルーの瞳で、じっと私を見つめているの。 なんか、ワクワクしちゃうね。 私の席は、その方々の反対側。 一人で座ってるんだ。 一応、ティーカップもあるけど、なんか、みすぼらしい奴。
先輩方のティーカップは、高級な、白磁のカップ。 なんだ? この差は。 皆さん、一様に厳しい目をしてらっしゃるわね。 そんで、マントにくっついてる、記章は天秤。 そうね、法務官候補の皆様ね。 だいたい、このお茶会の趣旨が分かったような気がするわ。
事の始まりは、今朝、頂いた 「ご招待状」だったのよ。
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本日は安息日。 全日お休み。 朝の鍛錬が終わったら、後は自由時間。 何しようかなぁ……。 エルは、 ” お友達 ” と一緒に「お勉強会」。 ラージェは、騎士見習いと体術訓練。 ミーナは、こないだのエスコートさんと一緒に、内務寮を見学。 私は、……やっぱボッチ。 でだ、あちこち傷んでた、鍛錬用の服を、 ” お直し ” してた。
でね、破けたポケットの内側に、なんかあった。 金属の輪っか…… 今だから判る、それは指輪。 うん、紋章が彫り込まれてるね、大鷲の紋章。 あぁ……あれか。 赤龍大公様の練兵場であった子に貰ったやつだね。 うん、敢えて、気にしない様にしてる。
まさか、あの子が、フランツ第一王子だなんて思ってなかったんだもん。 でも、なんで呉れたんだろうね? この指輪、綺麗だけど、自分で使うのは、ちょっとね。 だけど、もらったモノは私のモノ。 今まで、その存在忘れてたけどね。 ポケットの穴から、内側に落ち込んでたんだ。 ほんと、気が付かなかったよ
まぁ、綺麗な指輪だから、無くすのも、自分から返すのも、なんか、嫌だった。 この際、宝珠を入れてる袋も作り直して、その中にしまった。 大事にしておこう、王子の方から、返せって言われたら、直ぐに返せるようにね。
そんな事をしてると、扉をノックする音がしたんだよ。 私の部屋に、誰か訪ねてくるって、学院に入って初めてじゃないかしら? 誰だろうと思ったら、厳めしい顔をした上級生。 臙脂色の服だから、最高学年のかたね。
差し出された、一枚の紙っぺら。 周囲が赤く塗られている。 招待状って、取っていいのかしら? 封もされてないから、読めばすぐわかる。
【事実関係を確認するので、午後の鐘の鳴る前に、中庭に出頭する事】
素敵な文言ね。 招待状と取っておきますね。 まさか、上級生に呼び出し喰らうなんてね。 私って結構大物なのかしら。
「承りました。 では、午後の鐘の鳴る前に、お伺いいたします」
「うむ……クロエとやらは、まだ、眠っているのか?」
「わたくしが、クロエでございますが?」
「えっ?」
「私が、クロエ、本人で御座います。 なにか、不都合でも?」
「い、いや、なんだ、……そうか、ならば必ず来るように」
「はい」
なんだ? あれ。 ……そうか、お嬢様は普通人前に出ないんだったよね。 扉の前なんかには。 で、あれは、私を使用人と間違えてたってところか。 うん、鍛錬着、着てるもんね、どう見ても、黒龍大公家の ” お嬢様 ” には、見えんもんね。 うん、知ってた。 制服に着替えて、時間を見計らって、中庭に行くことにしたよ。
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で、現在に至るっと。 正面のお嬢様は、誰だろう? 知らんなぁ…… 汚ったないカップでお茶を飲みながら、話を聞くことにしよう。
「それで、何のお話でしょうか? 事実確認とは?」
氷の微笑を顔にへばりつけて、聞いてみた。 まぁ、相手は上級生だけどね。 あっちが名乗らない限り、こっちは名乗らない。 突然、紙っぺら一枚で呼び出したんだものね。 いくら法務官候補といっても、そんな権限は無い。 まぁ、学院は結構な生徒自治権を認められているから、それなりには権限持ってるだろうけどね。
目の前のお嬢様が口を開いた。
「クロエ、貴方の行いに対して、告発状が届いています。 親族の影響力を用いて、脅迫されたと」
「脅迫……ですか。 まず、誰が告発したか。 それから、誰を脅迫?したかを、御教え下さい」
「……告発者は、身の安全の為、秘匿します。 誰を? しらを切るおつもり?」
まずもって、前提からおかしい。 告発されているならば、告発者を云うのが当たり前であり、通常の手順だ。 「誰が誰に何をした」 事実を羅列する、確認作業では必須だ。 それに、私には、なんの権力も無い。 隣の大き目の男の人が、口を開く。
「エルヴィンが、あんなに怯えているんだ。 妹に甘い男が、マーベル嬢に折檻を加えようとしているし、理由を問ても、ただ、 ” コンダンレート公爵家の存続の為だ! ” と、しか言わん。 直前に、お前とひと悶着あったのは、判っている。 どういうつもりだ? 公爵家の人間を、黒龍大公家の権力を笠に脅迫するとは!」
なんか怒ってるね。 知らんよ。 【正当な苦情】を、【正しい人物】に、【寛容を持って】、言い渡しただけ。 何らかの罪が有るとすれば、あちら側。 黒龍大公家に対する、誹謗中傷と、名誉棄損。 さて、どうしたもんかな?
「残念な事です」
「何がだ?」
「せっかくの配慮が無になりましてよ?」
「配慮だ? 脅迫するのが配慮なのか!!」
「落ちついて、モザーク。 クロエ、貴方の返事は不遜に過ぎます。 懲罰委員会の開催を提案いたします」
「「「異議なし」」」
はぁ……馬鹿だ、こいつら。 上級生だと思って、下手に出てれば、これだ。 いいよ、戦だ。 粉砕してやる。
「懲罰委員会の前に、確認しておきます。 ”本当にいいのですね”と」
「あなた、ご自分のお立場が分からない様ね。 流石は噂に違わぬ、”黒龍大公家に取り入った下賤の者” ですわね」
よし、お前、殲滅対象に確定。 先ず、前提ぶち壊し。
「先輩方、一つお聞きしますが、謂れのない、誹謗中傷を受けた場合、受けた者は、黙って受け入れるしかないのが、当学院の不文律なのでしょうか?」
「何を言い出すんだ!」
「まず、わたくしは、わたくしに関わる噂話に対して、如何なる反論も致しておりません。 どのような、悪罵も、ただ聞き流しているだけです。 しかし、こと、黒龍大公家の皆様に対しての誹謗中傷と名誉棄損は、これを認めません。 よく、事実確認をして貰えば、お分かり頂けると思います」
「小賢しい事を! ”女男爵” ネー様。 このような出自の怪しい者の戯言など、聴くに値しません!」
おっきい男の人、激昂しとるなぁ…… 仮にも法務官となろうとしているのに、良いのか? そんな感情的で。 龍王国は成文法の国だぞ? 情緒法なんか、どの法典を見ても無いぞ? 国王ですら法典の前には、膝を折るぞ? 馬鹿なんだな。 うん、決めた、お前名前、馬鹿1号。 お嬢様が、口を開く。
「そもそもね、なんの爵位も持たない、庶民が、公爵令嬢に口を利く事すら、おかしいのよ。 判りますか? 如何に、ご自分が、尊大か?」
なんか、諭すように言って来るな。真っ直ぐに目を見詰めて、事実を云う。 相手が公爵家令嬢ならば、私は、大公家令嬢だ。 序列は私が上だ。 何をとち狂っとるんだ? 貴族年鑑見た事無いのか?
「わたくしは、黒龍大公家の養女ですが? 出自にご不信ならば、公開されている資料をお読みいただければ、ご理解頂けると思いますが? 身元の証明に、エミール=バルデス辺境伯が証書を提出している筈です」
「貴方の、卑しい後ろ盾が、買った物でしょう? 誇り高いバルデス辺境伯が、あなたごときを、御存じであるとは思えませんわね」
へぇ……エミールおじちゃん、結構、評判イイんだ。 ふ~ん、そうなんだ。 どうしても、貶めたいんだな。 前提の前に、こいつ等の認識がおかしい。 もうね、議論や反証なんざ、無意味だね。
「 ” 黒龍大公家も色々と黒い噂のあるお家。 遊女の娘を、王太子殿下の婚約者に押し込む。 犯罪に手を染めて、傍系の方々を失った、悪徳大公家 ” これらの言葉の重さ、お分かり頂けますか? 仮にも由緒ある公爵家の御令嬢が口にして良い言葉では御座いませんね。 万が一、黒龍大公閣下の御耳に入りましたら、 コンダンレート公爵家はおろか、白龍大公家にまでその禍が及びますよ。 これを内々に処理しようとした事が、間違いなのですね? 黒龍大公家に対する誹謗中傷、名誉棄損で公開告発いたします」
目の前の、女男爵って呼ばれてた、お嬢様が目をカッと見開き、大声で言い放った。
「お前のような下賤な、何処の馬の骨とも判らぬ者の言う事など、誰も聴きはしません!! もう、許しません! 学園長の認可を取り付け、放校処分とします!!」
「「「異議なし!!!」」」
めっちゃ、怒ってるね。 冷ややかな視線を送っとく。 別に、するならすればいい。 法の精神を著しく逸脱した者の言う事は、ちっとも、心に響かない。 放校処分? すればいいんじゃない? 別に此処だけが生きて行く場所じゃないし、大手を振って、故郷に帰れるよ。 理由を聞けば、閣下も納得するし。
その代り、お前、社会的に死ぬよ? 覚悟は出来てるんかい?
初冬の冷ややかな風が、渦を巻いて、私の座っている席の周りを駆け抜けていく。 一気に周囲の気温も落ちたみたいだ。 もう「氷の微笑」もしない。 こいつらに感情を動かす事も嫌になった。 好きにすればいい。 ただし、その責は取ってもらう。
冷たい沈黙が、私たちの間に落ちている。 ピンと張り詰めた空気。 ビリビリした肌感覚。 まさしく一触即発だね。 最後通告を出そうかと思ったそん時に………… 抜けた様な声がした。
「やぁ! クーちゃん! 久しぶりだね。 さっきから、 ” とんでもない話 ” が聞こえてるんだけど、それ、ホント?」
軽~い口調で、めっちゃ、 ” いい男 ” が、近寄って来た。 見知った顔? いや、覚えているのは、もうちょっと、幼かったような……
「まぁ! アルフレッド! 久しいですねぇ!」
アルフレッド=バルデス伯爵 エミールおじちゃんの長男。 ロブソン開拓村でお世話になった人の一人。 よく遊んでもらったよ。 そうか、アルフレッド様も学院で勉強してたっけ。 学生だけど、余りにも優秀で、法務官として、すでに宮廷に仕えてるって聞いてたよ。 うん、マント色違うしね。 天秤の紋章も金だし。
「アルフレッド様!」
目の前の四人が絶句してる。 そうだよね、私と面識があるなんて、思いもよらなかったものね。 私にニッコニコ顔だったアルフレッド様、四人に向かって、表情を無くされたよ。 コワ~~~。
「何やら、クロエの身元証明に疑義があるとか……父上、母上、俺が三人で自筆署名したものにか」
「い、いえ……その……」
「なんなら、お前達が今言った通り、クロエを放校処分にしたらどうだ? 別に構わんぞ。 したければ。 そして、それが可能ならばな。 言っておくが、クロエが言ってた、黒龍大公家に対する誹謗中傷、および、名誉棄損について、エルヴィン=トーマス=コンダンレート子爵から、相談があった。 不肖の妹が言った言葉は、コンダンレート公爵家の存亡にかかわる物だったとな。 ” 此度は不問に付してもらったが、どのように償えば良いのか ” と、そう相談されていたんだ…… おまえら、なんで、俺に聴きに来なかった?」
一旦、言葉を止め、ひたすら冷たい目で、上級生の方々を見下ろす アルフレッド様。 いや、もう、法務官の顔だね。
「クロエが寛大にも、この度は、”不問に付す” と、言ってくれたおかげで、彼の家はまだ存続している。 この事が公になれば、黒龍大公家に対する不敬罪として、連座が適用され、コンダンレート公爵家および、その一門は、全ての貴族籍、爵位を剥奪され、市井に落ちる。 更に、白龍大公家も無傷では済まない。 なにせ、一門の中で有力な御家だからな。 ネー男爵令嬢。 ”女男爵”、などと呼称されていい気になるな。 せっかく、クロエの気遣いで抑えられた禍を、お前達は呼び込もうとしているんだ。 判ってるんだろうな、お前ら、当然、お叱りくらいでは、済まないよ。 まとめて、連座で御家、お取り潰しだ」
かなり、お怒りの模様。 うん、確かにその可能性大だよね。 判ってたからこそ、敢えて、目立つようにしたんだよ。 で、衆人環視の目の前で、あの兄ちゃんが、さらなる暴挙に出ようものなら、其れこそ、焼け野原になるよ。
あの兄ちゃん、理解したんだろうね。
その光景が目に浮かんだんだろうね。 で、必死に止めに掛かった。 判るよ。 とっても良くね。 子供の世界のルールと、世間のルールは違う。 まぁ、そのまま世間に出て、痛い目に合うより、ちょっとびっくりして、目が覚めた方がいいだろうと思ってさ。
「今回の事は、ちょっと、大目には見れないな。 ……天秤の記章は返してもらう。 二度と法務には携われんようにな」
そう言って、アルフレッド様は、四人のマントから天秤の記章を剥ぎ取ったよ。 うわぁぁ…… せっかく一生懸命勉強してたのね。 これでアンタ等の「未来」も、おじゃんだ。 と、いっても、可哀想とか思わないよ。
あんなのが法務官に成ったら、それこそ、龍王国の根幹にかかわるね。 茫然としてる、上級生四人を尻目に、アルフレッド様が、にこやかに言い放った。
「馬鹿共は、放っといて、お茶にしよう! どうだい?」
「ええ、美味しいお茶が飲みたいですわね」
東屋に、ものっそい冷気を含んだ風が一陣、吹き込んでいったよ。
受難を、掻き分け、掻き分け、正義を信じ邁進するクロエ。
男前です!




