クロエ 準備する
黒龍大公翁 暇なんだね。 ずっと、旧執務室に籠ってるよ。 何故か私もね。 朝の鍛錬を終えて、朝ごはんを食べたら、就寝前まで、旧執務室の薄暗い部屋に監禁されてる。 うん、まさしく監禁。
黒龍大公翁放してくんないもの。 トイレだって、旧執務室にはあるし、ほんと、出られない。 お昼ご飯も、晩御飯も、ココで食べてる。 食事っても、軽食みたいなモノ。 温かいスープが懐かしいよ。 もう、いっその事、戦闘配食で構わないんじゃない?
熱心に教えてもらって、フルスペックのルールも覚えた。
ほんと、黒龍大公家の人達って、容赦ないわね。 私の頭の容量はもう無いよ。 歩いたら、零れるよ。 黒龍大公翁、出来るまで、反復で模擬戦仕掛けて来るんだもの、嫌でも覚えたよ。 でも……面白かった。
今、使ってる図版は龍王国と、その周辺国の地図盤。 私の担当は、東側の結構好戦的なミルブール王国。 山がちな地形と、少ない穀倉地帯。 豊かな森と、散在する魔物の森。 貧乏かって言うとそうでもない。 交易も十分だし、国民の民度も高い。国軍の初期配置も納得のいくものだし、資源だって悪くない。
問題は、この良好な状態が食糧問題で危険水域に近づいている事ぐらい。 三季連続で風水害が出ると、辺境では、餓死者が出る。 そんな感じ。 よって、ココは西隣の龍王国の穀倉地帯の一部を切り取らねば、国民が餓えて、王家の権威が失墜する。 ちょっと、無茶しないといけない。
勝利条件は、状況開始から、三十季目で講和テーブルに付いて、その時、ミルブール王国が初期状態よりも版図を広げている事。 国民が餓えておらず、王家の権威が護られている事。 の、二つだった。
ゲーム内で、三十季が過ぎるまで、三週間かかった。 講和条件で、龍王国の東側の穀倉地帯の三分の一を捥ぎ取った。 黒龍大公翁、頭を抱えている。 一時は、ドラゴンズリーチに迫ったもんね。 黒龍大公翁の素早い対処で、すぐ引いたけど、あれで、黒龍大公翁、直接軍事衝突から、より血の流れない後方攪乱、非正規戦に移行したよね。
抜かり無く対処したよ。 地下組織のモグラたたき。 反対に色々と仕掛けた。 で、やっとこ、有利な条件での条約締結に持ってこれた。 内緒だったけど、龍王国、国王暗殺のオプションもあったよ。 後の感想戦でその事云ったら、黒龍大公翁、顔色がどす黒く変わったよね。 ほ、ほら、げ、ゲームだし……。 ゴメン、最悪の想定しただけ……
そんなこんなで、黒龍大公翁に、怒られながらも、褒めてもらった。 閣下も時々、旧執務室にいらして、戦況を見てらした。 ある時、気になる事、黒龍大公翁に、コソコソ云ってた。 私に聞こえない様に、喋っているつもりだったのでしょうが、私、耳、良いんだ! 聞こえちゃったよぉ。
「一部、現状と合致します。 暗部を使って観察します。 もし、クロエが考えている事を、あちらも考えているとすれば、厄介な問題となります。 早い段階で潰してしまえれば、宜しいのですが……」
「ウラミル、やれ。 追い詰められる前に、潰せ。 有利な状態を維持せねば、暴発するぞあの国は」
「御意に。 ……しかし、父上様……この盤を使うのは遣り過ぎでは?」
「聡いぞ、クロエは。 白龍の外務のモノより、現実を見ている」
「……これを見ればわかります……が、しかし……」
「なに、外に知られなければ、いいのだ。 クロエ、非正規戦も、お手の物だぞ。 試してみて驚いた」
「本当ですか! リヒター……負けますね。 あの子は潔癖だ」
「……あの年頃の漢は、そうで無くてはな。 現実を見て、汚れて行くものだ」
「では、クロエは?」
「……現実を見過ぎている。 開拓村の過酷さは想像は出来ても、体感できぬ。 この盤上を見れば、切実さが判る。 クロエの思考は、生き残る事に集約されておる。 もし、あの国にクロエの様な者が登用されておるなら、備えなければ、ならんな」
「御意。 早速、内務の手の物を使って、洗います」
「うむ、頼んだ」
私には、内容は、良くわからないけど、閣下と黒龍大公翁の間で、現実世界のお話があったみたい。 二人が頭をガシガシ撫でて、笑ってくれたから、それで、いいけれど。
でも、黒龍大公家の男の人って、どうしてこうやって頭をガシガシ撫でるんだろう? 父様も、爺様も同じだったよ。
疲れ切って、部屋に戻った。 黒龍大公翁に拉致られてる間にリヒター様が何度か、お越しくださったみたいだ。 お手紙書こう……、”ごめんなさい、全責任は黒龍大公翁にあります”ってね。
*************
早いもので、そんな事をしているうちに、今年の「降龍祭」の日、になった。 閣下は気にしてたけど、王室からは、何にも言って来なかった。 よしよし。
街はお祭り気分に浮かれ通しだった様だけど、私は、相変わらず、黒龍大公翁に捕まってる。 今度は、もっと図版を小さくして、架空の国同士の暗闘をテーマにやってる。 もろ諜報戦。 色んな手管に加え、独特のルールも追加。
うん、独特だよ。
広域魔法と高位魔法の使用。 通常なら使わない。 というか使えない。 各国ともそんな、”高位魔法使い”、いないからね。 使う側は、使用制限が掛けられてる。 反対に言えば、制限を超えると、確実に使ってきて、片方が首都喪失して、状況終了。
「何故、こんな特殊な条件下で?」 って聞くと、
「状況は最悪を想定するもんじゃろ?」
と、一言の元に切り捨てられた。 やっぱ、前のゲームで、龍王国、国王暗殺計画、怒ってんだろうなぁ……。 うん、判ってるけどさ。 判ってるけど、なんで、私の方は使っちゃならん側なのだ? めちゃくちゃ不利じゃん! どうしろって云うのさ。 で、言葉を選んで聞いてみた。
「とても、勝負になる状況では、御座いませんわ。 これでは、最初から、”状況終了”しているでは、ありませんか」 ってね。
帰って来た返答が、コレだ。
「死ぬ気で、掛かってこい」
そんな事、云われたら、死力を尽くして、頑張らなきゃ、ならなかったさ。 そうしないと、一瞬で終わるよ。 ” 手を抜く、諦める ” そんなのは、黒龍大公翁、望んでいない事バレバレだし、もし、そうしたら、” 大激怒 ” ものだものね。 何事にも、” お遊び ” ですら、全力を出す事が、この黒龍大公家の皆さんの本分らしい。 似てるねぇ、父様と。 やっぱり一族なんだね。 ……ふぅ。
気が付いたら、盤面の事ばかり考えてたよ。
「降龍祭」までには、こっちの勝利条件を満たして、状況終了に、もっていこうとしたけど……
ダメだった。
当日も、監禁された。 かなり、” いい線 ” までは、行ってるんだよ。 お互いの懐の中で、色々、画策してんだけどね、調略行動が、上手く行かない。 何をやってもダメ。
もう、思いっきり犯罪、犯してるんだよ?
” すんごく嫌 ” だったけど、ルールにあるから、” 禁じ手 ” では無いよ。 攫って、脅して、拷問して……自分が極悪人になった気分。 でも、そうしないと、国が滅んでしまう。 失敗すると、大部分の善良で勤勉な市民が、” 塗炭の苦しみ ” に落っこちて、滅亡が待ってる。 やるしかなかったよ……
「降龍祭」の日、かなり遅くまで掛かって、やっと、一週間の激闘の決着をつけて、暗澹たる勝利を手にして、部屋に戻った。 ほとほと、疲れたよ。 ホントは、抜け出して、お祭り行きたかったよ。 許してくれなかったよ、アレクサス黒龍大公翁。 決着つけたら、付けたで、黒龍大公翁、また、頭を掻きむしってたよ。 髪の毛無くなっちゃうよ? そんなに掻き毟ったら。
よし、これで、暫くは解放されるはず! トボトボと、部屋に戻ったら、メイドズが珍しく居なかった。 そうだった! そう言えば、「降龍祭」の日は、”お休み貰っても、良いですか”って、三人にバラバラに言われてた。 その都度、「いいよ」って言ったもんだから、今日は三人。”まとめて” お休み。
ヘロヘロになって、部屋に戻って来たのは、もう夜も遅く……晩御飯、また、クラッカーと、ヤギ乳だった…… お腹すいた……眠い……もうヤダ! 水浴びして寝よう……
水浴びして、お風呂を出たら、なんか、物凄く済まなさそうな顔をした、エルがいた。 どうした? 今日は休みじゃ無かったのか?
「どうしましたの? こんな夜遅く?」
「す、すみませんでした。 てっきりラージェか、ミーナが居るものだと思って……」
「あぁ・・いいの、いいの。 みんな、”お休み” になっただけ。 だって、今日は、みんなが楽しみにしてた「降龍祭」でしょ? 楽しかった?」
「ええ、……た、楽しかったです」
「それは、よかった」
満面の笑みで、そう答えた。 うん、ホントに良かったと思ってるよ? いつも、大変だもんね、私の世話。だから、休みくらい、ゆっくりしなよ。 ほら、もう寝る時間だしさぁ…… あくびを噛み殺しながら、エルを見てると、何だかモジモジしてる。 後ろ手に、何かもってんだけど……何かな~?
「あの・・御夕食は?」
「食べた……かな?」
「あの……その……お腹すきません?」
「……まぁ……ネ」
「よ、よろしかったら……これ……」
エルが、後ろ手に持っていた袋を、差出して来た。それは、屋台で良く売られてる、私も知ってる、御菓子の袋。 ちょっと、ボリュームが有る奴。 まさか、くれるの? 自分の分じゃ無いの? ホント? マジ?
「コレ?」
「……お嬢様……こういったモノ、食されないかなって。 お祭りの事、良く聞いてらしたから・・今日も、大公翁様が、御呼びになって、おられましたし……少しでも、……雰囲気でも・・と、思いまして・・」
「凄いね。 エル、よく、私の事、見てるね。 うん、私コレ、好きだよ。 村のお祭りで食べたよ。 食べていいの? ホントに? やっほい!」
「よ、よかった……」
「今日は天気も良くって、良かったね」
「ええ、「降龍祭」には珍しく、雷鳴もそんなに多く無かったですね」
「ふーん、そうなんだ。 では、では、いただきます!」
美味しかった。 めっちゃ美味しかった。 モシャモシャ食べたよ。 もう、一気食い状態。 ” はしたない ” とか、考えていられなかった。 ホント、お腹すいてたもん。 エルが気を利かせて、紅茶入れてくれた。 それも、美味しかった。 エル、そんな私を見て、ニコニコしてくれてる。 ほんと、よく見てるよね、私の事。 有難いなぁ!
お腹も、満ち足りたし、寝よう! 明日は、閣下に呼ばれてるからね。 アレクサス黒龍大公翁、明日から相手すんの無理だからね。 諦めてね! その為に、今日で、”決着”付けたんだからね。 暫くゲームの盤面見たくないよ……
おやすみなさい!!!
*************
朝日が気持ちいいね。 「降龍祭」の翌日なのに、雨じゃない。 とても、眩しい朝日だった。 気持ちよく朝の鍛錬ができた。 すんごくいい。 身体も軽い。 うん、絶好調!
水浴びして、お嬢様仕様に化ける。 メイドズが手伝ってくれた。 今日はウラミル黒龍大公閣下に、呼ばれてるからね。 お部屋以外は、多段重装型猫鎧が標準装備になってきているよ。 私の安住の地は、この部屋だけかな……ちょっと凹む。
朝ごはんを、閣下と一緒に取る。 王城へ、ご出勤前に閣下の執務室に連れていかれた。 マリオがガッツり、背後にいる。 逃げないよ。 ちゃんとお話しするよ。 約束したでしょ? 部屋に入って、机の前に立って、閣下の御言葉を待つ、私。 目を逸らしたり、オドオドしない様に、しっかりと、閣下をみる。 いっつも、雰囲気に飲み込まれて、とんでもない事、約束させられるから。
気合を入れて! にっこり笑って! 視線に力を入れて!
閣下は、私に向かって、にこやかに微笑んでらっしゃった。 でもね、その笑顔、意味ありげだね…… ほんと、怖い笑いだよ。
「クロエ、君の入学準備を始めようと思う。 君も十一歳になった。 あと一年で、王立魔法学院に入学だね。 学院では、社交もある。 アンナに聞いた。 君のワードローブは、随分と寂しいようだね。 黒龍大公家令嬢としては、不都合が有るくらいだと、報告があった。 クロエ、ドレスを作ろうか」
有無を言わせない迫力があったね。 そうだよ、私あんまり服に興味が無いから、用意されているモノをそのまま着るの。 あれが欲しい、これが欲しいって、言った事、無いもの。 だから、ワードローブの中は結構スッカスカ。 メイドズがいつも、溜息をついているの知ってる。 でも、私から欲しいって言わない限り、この屋敷の男の人達は、失念する。 アンナさんが見かねて、閣下に告げ口したらしい。
「……お願いします。……できれば、華美にならない様に……」
でもね、ホントに、要らないのよ。 豪華なドレスとか、何処に着て行くの? 学院って、学校でしょ? 制服だってあるんでしょ? だったら、それで十分じゃないのかなぁ……よくわかんないよ。 でも、黒龍大公家の面目は潰せないし。 私のせいで、閣下に迷惑かけられないし……ここは、素直に頷くしかないよね。 でも、釘は差す。
「わかっているさ。 マリオ、手配を」
「御意にございます」
「もう一つ、伝えることがある」
ほら、来た。 閣下に呼ばれる時って、なんか、有るんだよ、いっつも。 それで、私の自由が消えていくんだよ。 囲い込まれると云うか、縛り付けられると云うか…… 喰い破るけどね。 なんだろうなぁ?
「何でございましょうか?」
「リヒターが卒業する。 そして、結婚準備に入る」
うん、知ってる。 相手はソフィア王女様。 めっちゃ美人の、イヴァン様と同い年の、お胸のふくよかな、キラキラしてる、お姉様。 相手は王族だから、受け入れる方も準備が大変なんだって。
「はい、存じております」
「その一環として、卒業式の日に、ソフィア王女が屋敷に来る」
「えっ……わ、わたくしは……」
マジで……白塗り仮面みたいに、王城に住んで、通いの夫婦になるんじゃなかったの? 違うの? なんで、来るの? 敵情視察、みたいな感じ? わたし、隠れてた方がいいんだろうなぁ……
「クロエは、当然、当家の令嬢として、お相手をしてほしい。 出来るな」
「……はい。 承りました」
うん、隙を見せるなって事で、宜しいのですね? 出来れば、仲良くしなさいと、言う事ですね。 分かりました。 出来るだけ、力の限り、お相手、申し上げますよ。
「うむ。 それまでには、新しいドレスは、出来ているだろうね。 マリオ、頼んだよ」
「御意にございます」
「では、行ってくる」
話は終わった。 特大級の厄介ごとを残してね。 ウラミル閣下は、そう言い残して、颯爽と、お仕事に向かわれた。 色々と厄介な、”面倒事”を、抱えられているらしい。 この間、お休みの日に、居間でご一緒に、お茶してた時、ボソッと、”早く、リヒターに、”面倒事”押し付けたいなぁ”って、呟いてらしたもんね。 かなりお疲れの御様子でね。
だから、私は、頑張るね。 少しでもウラミル閣下の、心配事や、厄介ごとが減らせるようにね……




