クロエ 謹慎する
砦の到着から、五日目。
レオポルト様は、此処に着いた、その足で王都に帰られた。 多分……罪状確定する為なんだろうな…… 王族だし。
二日目にメイドズがやって来た。 私の姿を見て、涙ぐんでた。 そんなに汚いかな? まぁ、罪人なんだし、こんなもんでしょ。鉄心入りの木の棒も、取り上げられた。 なんも出来ん。
罪人と親しいと、何かと問題が有る筈だから、口を利かずに、窓の外ばっかり見てた。 エルも、ラージェも、ミーナも、何か話したそうにしてるけど、全部拒絶した。
だって、可愛そうじゃん、メイドズ。
私と関わったばっかりに、こんな辺鄙な所まで、こさされたんだよ。 ほんと、ついてないね。 だから、部屋に閉じこもった。
もうすぐ死ぬんだから、ご飯も要らない。 お腹はすくけど、そんなに食べたくないし。 あぁ、天龍様との約束は、約束だから、呼吸鍛錬だけはしてる。
呼吸鍛錬しないと、なんだか体の中の魔力が汚れる気がしてね。 そんで、どんどん宝玉に注ぎ込んでる。 日によって違うけど、日々の減り方は判って来た。
まぁ、あとちょっとなんだけどね。 それまでは、続けるよ。
部屋の前には衛兵さんが居る筈。 中から固く錠をおろしているから、外の様子は知らない。 メイドズも、部屋には入れない。 ごはんを持ってきてくれるけど、これも、要らない。
ただ、じっと外を見てる。 部屋の空気を入れ替える為に窓は全部大きく開けている。 最初は寒かったけど、今は、あんまり感じない。 椅子に座って、外を見てた。 この砦は、王都と、辺境伯領の中間位になるのかな。
畑が砦から見える。 農家の人達が、精一杯働いて、大地の恵みを受け取っていた。 いいなぁ…… あの中にいる筈だったのになぁ……
きっと、最後の時まで泣かないと思うね。 だって、父様や母様達が、亡くなった時にも、流せなかった涙だもんね。 なんか、体がふわふわし始めてんのよ。 うん。 だいぶ痩せたかな…… 無い胸がホントに無くなったよ。
水浴びして、浄めて、眠る。 起きたら、呼吸鍛錬して後は、水浴びまで、窓の側に座ってる。
時間が判んなくなって来たよ。 お日様の位置で大体は判るんだけどね。 外から声が掛かったら、取り敢えず返事はしとく。
「大丈夫です。 心配いりません」
これだけ、……だけどね。
なんか、眠くなってきたよ。 おかしいよね。さっき起きたばかりだと云うのにね。
月がね、とっても綺麗な夜だったの。
ホントは寝ていたはずだったんだけどね……目が覚めた。 ベットの脇には父様と母様が座ってた。 困った顔をしてた。 どうしたんだよ。 なんで、困ってんの? そう口に出そうとしたけど、出来なかった。 言葉が、出なかった。 お祭りかな、ドンドンって太鼓の音がしてるよ。 いいよね、お祭り。 母様に手を引かれて、夜に聖堂に祈りに行った事思い出したよ。
父様の紺碧の目の色がとっても綺麗。 母様が手を取ってくれてる。 温かいなぁ……
父様、……まだ、赤ちゃんだった頃みたいに、ぎゅ~~~って抱き締めて欲しいな……やっぱり、永久の別れの時に泣けなかったから、怒ってる? ゴメン。 逢えるかなぁ…… 自分で永久の別れの聖句いえるかなぁ…… 古代キリル語で聖句を言ってみた。
⦅ 遠き時の輪の接するところ、刻が意味をなさぬ場所……⦆
あはっ、聖句だけは口に出来るんだ。 そこで、父様、母様、爺様、婆様に会えたらいいな……
「ダメだ! クロエ! 逝くな! まだ、ダメだ! 離さんぞ! 絶対にだ!!」
父様がなんか言ってるよ。 ん、 抱き上げてくれた。 ぎゅ~~~って抱き締めてくれてる。 あは、うれしいなぁ。
「体力増加と、疲労減衰、それと………… あぁ、もう何でもいい! 有るもの全部よこせ!!」
父様、慌てんぼさんね。 そんなに一遍にポーション使うと勿体ないよ。 よく、効能を確かめてからじゃないと……
そして、私は、意識を失って、深い深い眠りについた。
*************
気が付いた。 あら? 父様も母様も居ない…… 見慣れない天井だった。 なんか、ポーション臭いよ。 此処は……どこだろう? 視線は揺らぐし、ぼんやりしてる。 此処が彼の地だったら、変な場所だね。
「気が付いた! クロエが気が付いた!!」
大声出さないでよ。 うるさいなぁ、もう。 誰だ?
浅い蜂蜜色の髪と、紺碧の瞳が私の目に入った。 父様、若くなったんだね。 ん?違うぞ、誰だこれ? 色んな人の顔がザザッて頭の中で流れる。 プロフィール付きでね。 あった。 合致する人あったけど……ホントに、この人かな?
「リ、リヒター様?」
「そうだ、リヒターだ! おい、みんな来てくれ! クロエが気がついたんだ!!」
私の周りが、なんだか騒々しい。 どやどやと、近寄って来る、人の気配がした。 うん? 色んな人が顔の前に来るよ。 うわっ! アレクサス黒龍大公翁閣下! あれ?この人誰だっけ? リヒター様によく似てるけどちょっと幼い……
「イヴァンだ! まだ、挨拶すらしてないだろう! 元気になってくれ!」
そんなに近くで叫ばんで欲しい。 耳が痛いよ。
そんで、……最初は父様かと思った。 ウラミル黒龍大公閣下 なんか、涙ぐんでるよ。 そんで、私を抱き起して、ぎゅ~~~ってしてくれた。 なんか恥ずかしいなぁ……でも、暖かかった。
「戻って来て呉れた。 クロエが戻って来て呉れた」
絞り出すみたいな声だった。 そっか……ここはまだ彼の地じゃないんだ。 ……そっか。
「済まなかった。 本当に、済まなかった」
ウラミル黒龍大公閣下、泣き出してるよ。 どうすんのこれ。 まだ、体に力入んないし……
「あ、あの、……ウ、ウラミル閣下?」
「なんだ? 何か欲しいのか? 喉が渇いたのか? どうした?」
そんなに、矢継ぎ早に聞かれても……取り敢えず伝えなきゃならない事を伝えよう。
「苦しいです。 腕を……緩めてもらえませんか?」
ハッとした顔をして、バツが悪そうに、そっと、私をベッドに横たえてくれた。 そっか……ここ、お屋敷の医療室だ。 壁を見て思い出した。 お爺ちゃんの、お医者様が、暇にあかせて作ってた薬草の押し花が壁に飾ってあったから、わかった。 そっか……王都に戻ってきちゃったのか……
「皆様、クロエ様には、もう少し、休養が必要です。 意識が戻ったので、もう、心配ありません。 後は、お食事をして貰て、眠って貰うだけです。 ……この年で、この精神力は……凄い事ですよ」
お爺ちゃん先生――― アレクトール医務官様が、そう言うと、みんな心配そうだけど、お部屋を出て行った。 先生が私が寝ているベッドの脇に、椅子を持ってきて、お座りになった。 優しい目をされている。 私の方も、意識がしっかりしてきた。
「クロエ様……無茶が酷すぎます。 此処に来られた時、もうダメかと思いました。 この爺を心労で殺すつもりですかな?」
「……ゴメンなさい。 でも、クロエは罪人で、もうすぐ処刑されるんでしょ?」
「誰が、そんな酷い事をクロエ様に、言ったのです? この爺がとっちめてやりますよ。 しかし、なんでまた、屋敷を出られたのですかな。 良かったら、この爺に訳を教えて貰えんでしょうかな?」
コクンと頷く。 でも、何でだろう? 分かり切ってるじゃん。 要は……迷惑かけたくなかったんだよ、
「あの日……王室舞踏会の日、王太后様に、酷い事言われて、……妃殿下にも……、素性の判らない下賤なモノって言われて、ムカついて、天龍様に会った後、王太后様の話、全部無視して、王城から出ちゃったから……不敬に当たるんでしょ? アナスタシア様、ナタリヤ様、……怒ってるよね。 王族に対する不敬は……たしか、死罪だったと教えて貰ったし……だから、クロエは、黒龍大公家を出たの。 こんなにお世話になってる、黒龍大公家の皆様に、ご迷惑かけられないし、私が出て行ったら、責は私一人にある事になるでしょ? 大公家には何の責も無い様に、屋敷を出ました」
「メイド達の世話を断ったのも?」
「とっても、良い人達なんですよ。エルも、ラージェも、ミーナも。 だから罪人の私の世話なんかしたら、彼女達も罰を受ける事が考えられるじゃないですか……相手は王族なんですから。 私の為に、そんな酷い目に合わせるなんて、出来ないもの」
お爺ちゃん先生は、なんか、納得してた。 禿げ上がった頭をツルリって撫でてた。 これ、お爺ちゃん先生の癖。 何か難しい事が判ったり、話を理解した時に出る癖。 判って貰えたかな……
「……そう言う訳ですか。 この爺によく話してくれました。 もう少し、眠ってもらいますぞ。 貴方には、休養が必要なんです」
「……わかりました。 処分が決まったら、教えてね」
ニッコリとお爺ちゃん先生は私に笑いかける。 安心できる笑顔だね。 ホッとして眠くなって来たよ。
「ハイハイ。 判りました。 クロエ様。 この爺は嘘は言わんつもりですよ」
「有難う。 少し……休ませてもらうね」
微睡が、私を覆いつくす。 夢と現の合間で、お爺ちゃん先生の声が聞こえた。
「クロエ様は、黒龍大公家への責を避ける為、というより、ウラミル様、貴方の迷惑に成らぬようにと、出て行かれたそうです。 メイド達を遠ざけたのも、同様の理由です。 御家を恨んでの行動では、御座いませんでした。 ……クロエ様は、ご自身の事をつまらない者と、呼んでおられます。 決して、我儘などと言うモノではありません。 聡い御子です。 思うに……クロエ様の御心には深い傷があります」
「やはりな……そうだと思っていた。 心の傷……か。 根深いものなのだな」
「子供らしくあれ……とは言えませんな。 私では、クロエ様の本心を垣間見る事しか出来ませなんだ。 誠に申し訳ない」
「アレクトール……お前の責ではない。 これは、黒龍大公家の全体の問題だ。 これからの事はレオポルト王弟殿下とも図っていく。 一番、”責” を、受けねばならんのは……私だ…………」
「旦那様……」
消えゆく意識の中で、そんな会話が聞こえて来た。 やっぱり迷惑をかけてんな……私……
*************
死刑にはならなかったみたい。 お爺ちゃん先生は、もう心配いらない、罪にも問われないって言ってくれた。 よかった。 体の方は、基本、何も食べて無かっただけだから、喰って寝てたら良くなった。
あんまり食べたくなかったけど、アレクトール先生が、一緒に食べて欲しいって、朝、昼、晩とごはんを持ってきたんで、食べなきゃならなかった。
一週間もすると、体力も戻って来たよ。 お爺ちゃん先生にお願いして、呼吸鍛錬を再開した。 首から下げた袋の中には、ちゃんと”宝珠”もあったから、きちんと魔力の注ぎ込みは続けている。 途切れた事は……たぶん無いと思うけど……な。 まぁ、タップリ残ってるから、天龍様にはわかんないと思うよ。
朝に夕に色んな人がお見舞いに来てくれてたよね。 お礼言わなくちゃね。 ウラミル閣下をはじめ、主だった家人。 そっと来てくれてたメイドズ、アンナさん、マリオ…… ちっちゃい紙に、 ” 元気になってください ” って書いて寄越してくれた、他の人達。
みんな有難う。 それに、ちょっと、 ” びっくり ” なんだけど、赤龍大公閣下も来た。 もっとびっくりだったのが、レオポルト王弟殿下も来られた。 王弟殿下、大型バスケット一杯の御菓子の差し入れ持ってきてたし……
「各騎士団の連中からだぞ。 全部、喰え。 奴らの気持ちだ」
無茶言うなよ…… 一年分くらいあるぞ? 生菓子すら入ってるぞ? どうすんだよ。 お爺ちゃん先生笑ってないで、何とか言ってよ! レオポルト様、頭をガシガシ撫でてくれた。 ちょっと爺様思い出した。
―――――
「あの……」
「何かな?」
「そろそろ、朝の鍛錬……始めたいと思うの……ダメ?」
今回の事で、黒龍大公家になんのお咎めも無い事が判って、ちょっとホッとした。 そしたら、さぼってる朝の鍛錬の事を思い出した。 やべぇ……爺様に怒られるよ。 それに、鉄心入りの木の棒・・あれ、何処に行ったのかな?
「そうですな…… 随分良くなりましたから、お部屋に戻っても、宜しいでしょうな。 アンナを呼びましょう」
「ありがとう御座います」
って……答えて無いじゃん。 まぁ、仕方ないよね、お爺ちゃん先生的にはねぇ。 医療室に、メイド長のアンナさんがやって来た。 お仕着せをキッチリ着込んで、ひっ詰めた髪型、透明感すら感じる、表情。 アンナさん、お手数かけます! いつも通りのアンナさんで良かった。 色々と心配かけて、ごめんなさい。
「クロエ様。 お帰りなさいませ。 長い王室舞踏会でしたね。 お部屋の用意は出来ております」
「ただいま。 帰りました。 また、お世話になります」
ペコリと頭を下げる。見てる間に、 ” あの ” いつも固い表情のアンナさんの瞳に涙が浮かんできた。 零れ落ちそうになった涙。 ……なんか、本当にすまん。 アンナさんに、ガッツリ抱き締められた。
「クロエ様……もう、黙って出て行っては成りませんよ。 どれだけ心配したか! でも…… お帰りなさい、……よかった……また、貴女と逢えて、本当によかった」
うん、今、私もそう思った。 王都に戻ったと気が付いた時に、覚悟は決めてたんだよ。 死を覚悟して、其処から戻ると、なんか、全部が眩しく見えるね。
―――――
戻って来た……この部屋に。 そうだねぇ…… 戻ってきちゃたんだね、私。
「「「お帰りなさいませ」」」
メイドズが、涙を浮かべながら、ニッコニコで挨拶してくれた。
「ただいま……ゴメン。 なんか、色々と……」
エルが私の手を取ってくれた。 今まで、こんな事された事無いよ……
「お嬢様……クロエお嬢様……もう、黙って行かないで下さい。 もし、お屋敷から飛び出されるなら、今度は私達もついて行きます。 だから、黙ったまま行かないでください 約束してください」
ラージェも、ミーナも同じように、手を繋いでくる。 みんな目が真剣。 ほ、本気か? この約束受けちゃったら……まぁ、仕方ないよね。 心配かけたし。 遠ざけたから、怒ってるだろうし。 それでも、こうやって、心配してくれる。 だから、いいよ。 貴方達の事は私が全力で守るから。
「判ったわ。 約束する。 もう、黙ったまま行かない」
三人の瞳から涙が零れ落ちる。 そんで、三人が私に抱きつき、声をあげて泣いてくれた。
「ありがとう……・」
目の端に、鉄心入りの木の棒が入った。 きちんと、 ” いつもの場所 ” に、置いてあった。 取り返してくれたんだ。ほんとに、有難う。
その日は、王都脱出行の話を三人に話して終わった。 メイドズ、この王都の下町出身なんだけど、駅馬車とか知らなくて、目を丸くして私の話を聞いてくれたよ。
万が一、この三人と、王都を出る羽目になったら、私が如何にかしないと、絶対にダメだね。 ほんと、そう言った事なんにも知らないみたい……さっきの約束……反故にしていい?
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私が居なくなってからの御屋敷の様子も聞けた。 ザックリ言って大惨事だった。 ウラミル閣下、私が居なくなったと判った瞬間から、大激怒だったらしい。 アレクサス黒龍大公翁は体調崩してひっくり返るし…… 私が帰ってきたら、帰ってきたで、どっかに行って、帰ってこなかったり…………
リヒター様は婚約を取消すって騒ぐし、国王様から直々に諭されたようだけどねぇ。 イヴァン様は私を見た事も無いのに、物凄く心配してくださったよう。有難いよね。
そんで、今回の騒動の原因にもなったエリカーナ奥様。 ウラミル閣下の逆鱗に触れたらしく、お屋敷への出入りが禁止になったって。 エリカーナ奥様別段、” 気にしてない風 ” だったらしいけど、事態は急変、どうも、王城からも叩き出されたみたい。 動いたのはレオポルト王弟様。 で、今は供回りと一緒に、ウラミル閣下の領地の別邸に押し込まれたらしいよ? 知らんけど。 だいぶ暴れられたみたいだけどね。
半分軟禁状態だって。 へぇ……あの性格は治らんのでは? って言うと、メイドズ、コロコロ笑ってた。
一応何らかの決着がついたみたい。 私へはちょっと謹慎って感じだって。 もともと外にあんまり出ないから、関係ないよね。 うん。 まぁ……よかった? のかなぁ……
で、お屋敷全体の意見があるって。 なんだろうって思って、メイドズに聞いてみた。
「クロエ様は何をするか判らない」
だってさ。




