41.室内戦闘は控えましょう。
ホラー系でよくある場面。テレビの中からずるりと幽霊が出てきたり、鏡に映った顔が違う人の顔になっていたり、古ぼけたトンネルで車がエンストし大勢の手が車の窓ガラスバンバン叩いたり、悪魔に憑かれた子供がブリッジしながら迫ってきたり、ウィルスが感染した死人が怪物になって甦り人間に襲いかかってきたり……。
あ、最後のホラー系違うゾンビ系だった。
まぁ、どちらもドキドキハラハラする(恐怖で)という点では同じだね。
私としてはドキドキハラハラ(恐怖)よりも動物系の感動癒しほのぼのが好きだな。犬とか猫とか兎とか狼とか、もふもふ可愛い。あの素晴らしいお腹に顔をうずめたい。
なんて脳内現実逃避をしながらも、視線は窓の外のナニカに釘釘付けだ。
うねうねうぞうぞ動くナニカ。
姿がはっきり見えず非常に不気味である。
部屋の中には入ってこない……よね。
ナニカがぐにゃりと揺らめき、バンっと窓をガラスを叩く。衝撃で窓ガラスにひびが入った。
……窓ガラス割れないよね。
直後ガンっと音がして窓ガラスのひびがさらに広がり、ミシミシと窓枠が音をたて歪んだ。
あ、これ、ヤバイ感じ。
ひび割れた窓ガラスの隙間から黒い靄のようなものがゆっくりと流れ込んでくると同時に、ツンとした臭いが漂う。
……クサイ。アンモニア臭っぽい。
悪臭漂わせるな、部屋から出てけ不法侵入だぞこら。こっちにくるな。
そうこうしている間にも黒い靄がじわりじわりと私に近づいてくる。
左右にうねうねする動きが気持ち悪い。
緊張で喉がカラカラだ。
逃げたい。この異様な空間から逃げたい。
全速力で逃走したいのにピクリとも動かないこの足が憎い。本体の意志を無視するとは、小癪な。
頭の中はクリアなのに体は全く付いてこないなんて実際あるんだね。物語の中だけの話だと思ってたよ。
黒い靄がもう少しで私に触れるというところでドンドンと部屋の扉が荒々しく叩かれ「サキっ」と私の名を呼ぶ声がした。
その音に驚いたのか黒い靄が微かに後ろに後退し、様子を窺がうようにふよふよとその場にとどまる。
「サキっ、サキ! そこにいるのかっ!?」
普段の穏やかさを微塵も感じない切羽詰まった声でアルベルトが私の名を呼ぶ。
あぁ、よかった。これで助かる。
なんの根拠もないが、そう思った。
アルベルトの登場に安心し気が抜けたのか、ぴくりとも動かなかった体が後ろに傾き尻餅をついてしまった。
「いっ」
尾骶骨を強打し、あまりの痛さに悲鳴を上げる。
これ、骨折してないよね、打撲だよね。
涙目になりながら打ち付けたおしりを撫でていると、再びガンガンと扉を叩かれる。
「サキ! そこにいるんだなっ! 無事かっ!?」
「い、いますっ。一応無事ですっ」
アルベルトの声に、はっと我に返り声を張りあげる。喉が乾燥し掠れた声だったが聞こえるだろう。
「ドア開けられるか?」
「無理ですっ」
残念なことに腰が抜けて動けない。
「……サキ、今部屋のどのあたりにいますか」
「ベットのすぐ横ですっ」
「…………そこから動かないでくださいね」
動きたくても動けないんですが。
再び迫ってきている黒い靄から少しでも離れようと背を反らす。
本気でクサイ。鼻が曲がる。
「わかりましっ」
私が返事を言い終える前に、ドゴッという音と共に目の前を木の破片が無数飛んでいった。
アクション映画でよくあるシーンだ。爆弾とかで扉が吹き飛ぶあれですよ。あんな感じ。
「サキっ」
「うぐっ」
茫然とベットの横で座り込んでいた私の腕が力強く引っ張られ、アルベルトの胸に抱きこまれた。
勢い余って頬を立派な胸板にぶつけた。皮膚を擦りむいたようでひりひりと痛む。
「サキに近づくな、消え失せろっ」
アルベルトは私を片腕で抱きしめたまま威嚇するように形を変える黒い靄を鋭く睨み付け地を這うような低い声でそう吐き捨てた。
構えていた剣を黒い靄を薙ぎ払うように一振りすると、一瞬の静寂の後、室内を暴風が吹き荒れる。
飛ばされないよう、とっさにアルベルトの背中に手を回ししがみ付き、目をギュッとつぶる。
ガン、ゴン、ガシャン、ベキ、ドシャッ、ガッ、メキョ。
破壊音のラッシュが続く。
暴風がおさまり、ゆっくりと目を開くと黒い靄は跡形もなく消えていた。
とりあえず助かったらしい。
すごいなアルベルト黒い靄一瞬で片づちゃった。
現状把握のため視線を動かし部屋の中を見回すと、原型がわからないほど粉々砕け散った扉、窓枠のみを残した風通し最高な窓、切り刻まれたベット、足の折れた椅子、一文字に抉られた煉瓦の壁と凄まじい惨状がそこに……。
家から持ってきた荷物はシャワーを浴びる際、着替えを取り出すのが面倒で荷物の入った鞄ごと脱衣所に持っていき、うっかりそのまま脱衣所におきっぱなしにしていたので無傷だと思われるのが唯一の救いかもしれない。
大事な物は鞄に詰め込む癖があってよかった。
もし部屋に鞄をおいておいたら細かく切り刻まれ、外に吹き飛ばされていただろう。
我ながらナイスうっかりだ。
「遅くなってすみませんでしたっ、サキ怪我はありませんか? 無事ですか?」
「ぶじ、です。た、すけ、てくれて、あり、がとうございます」
剣を床におき自由になった両手で私を抱きしめるアルベルト。
ちょっと背骨がギシギシいってるんで、もう少し腕の力をゆるめてくれるとありがたいです。
え? 無理?
あと少ししたら離れるから我慢してほしい?
そうですか。まぁ、助けてもらったしそのくらい甘受しましょう。
ぎゅーっと絞め殺す勢いでアルベルトに抱きしめられた状態のまま乾いた笑いを浮かべて考える。
――――ところで私、今日どこで寝ればいいですかね。
お読みくださりありがとうございます。




