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留守番したら異世界でした。  作者: 上城樹
第一章 異世界と私
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28.空の旅は意外と快適だった。

 眼下に広がる焼野原。見渡す限り焼野原。


 目を凝らすと、遠くの方に緑が見えた――ような気がする。


 どれだけ壮絶な喧嘩をしたの火竜さん。

 フォルスは、どこまで遠くへ偵察しに行ったのか未だに姿を現さない。


「寒くはありませんか」

「大丈夫です」


 アルベルトが言葉を発する度に私の耳に彼の息がかかりくすぐったいので顔をそむけ返答する。


 寒さは問題ないけど、話しかける度に耳元に囁かれる方が精神的ダメージ大で大丈夫じゃない。


 耳元で話すの本気で止めてほしい。

 風の音で声が聞えにくいからという理由なら我慢しよう。しかし実際はそんなことはない。

 風はそよそよと心地よい程度で、音に邪魔されることなく普通に声は聞こえる。温度も暑くも寒くもなくちょうどいい。おそらく、何か魔法を使っているのだろう。


 普通に話してほしいとお願いしたのだが、即却下された。


 解せぬ。


 もっとつばが広く耳の防御力が高い帽子をかぶればよかったと後悔中だ。

 祖父が昨年の夏忘れていった農作業用の麦わら帽子とか防御力高かったな。あれにしておくべきだったか。



 さて、代わり映えしない景色を眺めるのも飽きてきた。


 昼寝したいな……。


 立派なシートベルトが腰に巻きついているので、寝ても落ちることはないだろう。しかし、後頭部に突き刺さる視線がそれを許してくれない。

 物言いたげな視線がザックザックと刺さっている。

 何か尋ねたいことがあるのなら、遠慮せずに言えばいいものを。


 上半身を捻り後ろを向けば、アルベルトと視線が合い、美しいアクアマリンの瞳が不思議そうに瞬いた。

 そして、何かに納得したように頷き口を開く。


「あぁ、やはり寒いですか? 温度を上げましょう」


 違う。

 見当違いもはなはだしい。

 いや、それよりも温度管理自由とか、エアコン要らず便利、うらやましい。

 そんなことを考えていると、視界の端に風に自由に靡く手綱が見えた。


 うん? 手綱?


 慌てて手綱を握っていたアルベルトの右手に視線を移動させる。

 本来そこに握っていなければいけない手綱はない。

 空に右手の人差し指で光る文字のようなものを綴るアルベルトの姿に顔からザッと血が引く。


「寒くないっ寒くないから! それより、手綱! 手綱握って! 落ちる!」







 手綱をしっかり握ったアルベルトが半泣き状態の私を宥める。


「すみません、怖がらせてしまったようですね。この鞍には吸着魔法が使われていますから手綱は握らずともそうそう落ちることはありません。ですから安心してください」


 クスリと笑い声を漏らしたアルベルトをいぶかしむ私に対し「ほら、体、動きにくいでしょう」と言ったので、少しだけ腰を浮かそうと試みる。


「……うご、かない」

「ね」


 なるほど確かに、こう磁石で引っ張られるような感覚があり、ちょっとやそっとのことで落ちることはなさそうだ。

 なんだ、焦って無駄な体力使ってしまった。


「安心できましたか?」

「落下対策については安心しました。ついでにお尋ねしますが、先ほどから後頭部に突き刺さる視線はなんでしょうか」


 ぐったりとした体をクスクスと笑っているアルベルトに預けたまま直球に尋ねてみた。


「そんなに刺さりましたか視線」

「刺さりましたね」


 アルベルトは気まずそうに目を伏せ頬を人差し指でかく。

 暫しの沈黙。


「――名を」

「名って名前ですか?」

「はい、私には教えてくれなかったのにフォルスにはあっさり名乗っていたので、あの、そのですね――――フォルスをぼこぼこにする方法を考えてたとは言えないしなぁ」


 意を決して告げられたのは、あまりにも予想外な言葉だった。

 後半なにやら急にもごもごと口ごもったため聞き取れなかったが、まぁいいか。

 後頭部にザックザックと刺さっていた視線は自分より後に出会ったフォルスに私が先に名乗ったことが原因だったようで……。

 確かに、後から来た人に先を越されるのは気に食わないね。っというか、


「私、名乗ってなかったですか?」

「なかったです」


 過去を振り返る。

 ――――あぁ、確かに名乗ってないな。だから一度もアルベルトに名前呼ばれたことなかったのか。

 納得、納得。


 色々と動揺していたから名乗り忘れたんだね。

 うん、動揺していたんだから仕方がない。とりあえず改めて名乗っておこう。


「では、改めまして紗希といいます。これからもよろしくお願いしますアルベルト」


 その場で軽くお辞儀をして、アルベルトを見上げへらりと笑う。


「っはい。任せてくださいサキ」


 色白なアルベルトの頬にみるみる赤みが差し、口元がふわりと綻ぶ。

 花が咲いたような笑顔とは、きっと今のアルベルトを現す言葉だ。

お読みくださりありがとうございます。

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