表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
留守番したら異世界でした。  作者: 上城樹
第一章 異世界と私
1/48

プロローグ

 真っ赤な炎に包まれていた。炎は生き物のように這いずり次々に木々を燃やしていく。

 数十メートル先に生えていた大木が腹の底から響く轟音ごうおんを立てながら大地に崩れ落ちた。

 どのくらいの時間で鎮火するのか専門家でないと予測はできないだろう。だが一つだけ知識を有していない私にも予測できる事がある。鎮火した後に広がるのは何も残らぬ焼け焦げ荒れ果てた風景だということである。


「なんてこった」


 つい数時間前まで緑溢れる豊かな森だった風景を思い出しながら、ちょうど良い大きめの石に腰掛、真っ赤に熟れたトマトを丸ごと齧り頬張った。口の中に程よい酸味と甘さが広がる。


「うまー」


 さて、辺り一面火の海の中どうしてこんなにものんびりとトマトを食べていられるかというと、私居る所と火の海の間に目に見えない透明な壁が存在し、炎はもちろん熱風すらも遮断され一切届かないからである。

 絶対安全地帯っていいよね。

 あ、どうも初めまして年齢25歳、性別女、職業クリーニング店員(アルバイト)やってました小島紗希こじまさきと申します。

 しがないアルバイターをしていた私がなぜこんな炎ゴウゴウのデンジャラスな場所にいるかと言いますと……まぁ、色々ありまして。




 時は遡り五月初め。

 初々しい新入社員の心が脆くなり、こいのぼりが大空を泳ぎ、大型連休に心が躍る……そんな風薫る五月に事件は起きたのです。

 

「うん、うん、そうね。そうしなさい。こっちのことは気にしなくていいから。うん、元気になったらまたいらっしゃい」


 携帯の電話を切り。母が暗い表情を浮かべる。


「今の、お姉ちゃんから?」


 リビングの二人掛けのソファーに寝ころび漫画を読んでいた手を止め尋ねる。ちなみに程よい反発があり寝心地最高のこのソファー。某家具屋さんに訪れた時、元値が10万だった物が半額セール品になっていた掘り出し物である。


「そうよ、コウちゃんだいぶ良くなったみたいだけど、今回は心配だからやっぱり帰ってこれないって」


 母がため息を吐く。分かりやすく落ち込んでいる。

 我が家族は仲がいい。万年新婚夫婦である両親をはじめ、嫁に行き年に数回しか帰ってこない3歳年上の姉と私の姉妹も会う度に旦那を放置し一緒にショッピングするほど仲良しである。無論親子の中も言うまでもなく良好だ。

 毎年五月のゴールデンウィークでの姉夫婦の帰省を両親も私も楽しみにしていた。

 特に今年は昨年の11月に生まれた初孫――私にとっての初甥――に会える事を、ベビーカーやら赤ちゃん用の玩具を買い揃え、うきうきしながら待っていた。そんな時、姉夫婦から甥っ子の体調が優れないため今回の帰省は難しいかもしれないという電話がきた。その時は直前までどうなるか分からないから、また電話するとのことであったが、やはり甥っ子の体調は全快とまではいかなかったようで。


「残念だったね」

「えぇ、本当に」


 私の言葉に母は頷く。その顔はやはり落ち込んでいる。

 スマートフォンをポチポチと弄る。2分後ピロンとメールを受信したことを知らせる音が鳴る。メールを読み、ねぇと母を呼ぶ。


「どうしたの」

「お姉ちゃん家行ってこれば」

「でも」

「近くのホテル空きあるみたいだし、東京旅行ついでに会い行っておいでよ。お姉ちゃんも家事手伝ってもらえると助かるってメールきたよ」


 スマートフォンをブンブン左右に振ると、母の目もつられて左へ右へと左右に揺れた。

 我が母ながら面白い人である。


「……さっちゃんもコウちゃんに会いたいって言ってたじゃない」

「いや、仕事あるし。私は留守番してるから」


 サービス業に連休なんてものは無い。通常道理仕事があるのです。

 もちろん事情を話せばシフトを代わってくれる人もいるのだが、名古屋のベットタウンと呼ばれる某市にそこそこの庭とそれなりの広さを兼ね合わせた一軒家で生活をする我が家に対して都会に、しかも首都東京に住まう姉夫婦の家は1LDKであまり広くない。……いや正直に言おう狭い。そんな姉夫婦の家に大人三人で押しかけるのは気が引ける。


「本当に一人で大丈夫?」


 母は私を一人だけ留守番に置いて行くことが、とても心配のようだ。一応25歳なんだけどな、成人してから五年たってるんだけどな。


「大丈夫、大丈夫! 家の事は私が守るから、おかーさんはお姉ちゃんを手助けしてあげて」

「……そうね。なら、さっちゃんに甘えて東京行っちゃおうかしら」

「うん、甘えなよ。コウちゃんの写真いっぱい撮ってきてね」


 母は私の言葉に、腕をまくり任せなさいと微笑んだ。




 こうして可愛い初孫と姉夫婦に会うため両親は私の提案に乗り、折角だからと父が有給もまとめて取り5泊6日の東京旅行へと旅立つ事となったのです。


 一週間後の午前7時、しつこい睡魔を冷水で顔を洗い撃退した私は、時期に到着するであろうタクシーを待つ両親と一緒に玄関にいた。


「本当に大丈夫か?」

「大丈夫だって、それより都会に行くんだから色々と気を付けてね」


 特に泥棒とか泥棒とか泥棒とか泥棒とか掏摸すりとか掏摸とか掏摸とか掏摸とか置き引きとか置き引きとか置き引きとか置き引きとかに。

 心配そうに見つめる父に、私は心の中で注意事項を付け足した。

 天然のほほん適当主義である父はつい先日行われた、さくら祭りで財布を掏られた。幸いカードなどの貴重品は入っていなかったが現金一万円と私が悩みに悩んで選び抜き誕生日にプレゼントした財布は返ってこなかった。

 あの財布そこそこ値段したのに……ぎゅっと、脳内で犯人を絞めておく。


「じゃ、行ってくるよ。さっちゃん」

「食糧は買い込んでおいたから、ちゃんと料理してご飯食べるのよ? 留守番よろしくね」

「ん、いってらっしゃーい。お土産に東京バ〇ナよろしく」


 この数十時間後、気を使わずにシフトを代わってもらい両親と共に姉夫婦の家へ押しかければよかったと後悔する羽目になるのだが……予知能力など持ち得ない私は、そのようなこと知る由もなかった。

お読みくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ