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第5話  物思い/野営魔法

 少し調子に乗り過ぎて、かなり調子が良過ぎたらしい。


 のどかな春空を飛びに飛んだ結果、峠を越えて森も越え、まさか気づかぬ間に宿泊予定地である町をも通り過ぎてしまうとは。


 周囲は見渡す限りの草原だ。魔力の消耗が激しくこれ以上は飛びたくない。日は傾いている。


【どうすんのよ】

(……どうもこうも)

【ここを野営地とするぅ、なの?】

(何だ、そのだみ声は) 


 棒を地面へ向けて≪土動≫を使う。穴を掘り下げつつ壁を作り上げていく。椀を伏せたような形になったところで≪石成≫をかけた。出入り口を作り、補強のための石柱を中央に一つ立てる。


 半ば地に埋もれた形のこれは、簡易的な石洞であり、今夜の寝床だ。


【あら、随分と広く作ったものね?】

(荷物が多い)

【……荷物扱いしかされていないと知ったら、どう思うかしらねぇ。この子】


 抱えて中へと運び込んだのは、二人分の荷物と一人の眠れる少女だ。


 叫んでいたのは最初だけで、後は意識を失ったままここまで来た。≪命探≫の反応からして寝入っているだけだとは思う。


【あらあら、可愛らしい寝顔だこと。狼どもが放っておかないわね】

(襲われないためにわざわざこんなものを作った)

【……ま、アンタはそういうやつよ】


 寝るにはまだ早いが、進むにはもう遅い。


 小鍋に≪作水≫で水を湛え、干し肉の欠片を入れて≪加熱≫した。沸騰したところで冷めるに任せる。雑穀の粉を練って焼いておいたものを取り出し、適当な大きさを切り分けて食む。口の中が乾く。そこで鍋からお湯を飲む。塩気が舌を包む。まだ硬い肉を噛み締める。


 最後に黒い飴玉を頬の内側へと転がした。石かと思うほどの頑強さだが、念入りに舐めていれば甘くて苦いという不思議な薬味が広がってくる。魔力の回復によいとされる品だ。


 横になる。頭の奥に鈍痛が育っている。気だるさにべっとりと汚れている。


【寝るの?】

(……眠りたいとは思う)

【眠くないのね? ならまったりとしてなさいな。そもそも飴玉舐めながら寝るなんて窒息するわよ?】


 赤いのが母さんのようなことを言っている。俺が生まれる五年前に制作されたと聞くから、年齢差としては……いやいや、相手は人工精霊だ。疲れているな、俺は。


 こういう夜に見る夢は、決まってあの呪わしきダンジョンの日々だ。


 壁向こうに風の音を聞きつつ過ごす時間は、ただでさえ止めようもなく過去を想起させるというのに。


【火をおこさないの?】

(薪がない。それに暗闇には慣れている……)

【そ。怖くないのなら、いいのよ】


 赤いのの声が遠い。耳元で聞こえているのに、耳そのものが俺から離れているような気分だ。


 悪夢が来る。いつものように。


 ああ、ほら……やはりかダンジョンが見えてきた。


 宝箱……そう、最初の部屋にはこれ見よがしに宝箱が置いてあった。中には木の棒と皮袋入りの金貨百二十枚が入っていた。


 すぐにピンときた。


 以前聞かされた「竜殺しの物語」を明らかに踏襲していた。


【ファイナルドラゴンハンターファンタジアね。名作中の名作よ】

(ファイ……ド……長い)

【エフ・ディ・エイチ・エフって省略するの】

(どこが短くなったんだ、それは……)


 金貨一枚もあれば都会で三十日以上の寝床を確保できる。大金だ。俺は息を呑み、おかしな話だが却って平静を取り戻した。


 そして俺は、最初の部屋から出ずに三日を過ごした。


 まずは木の棒の有効活用だ。それを武器として使うつもりはなかった。さりとて炬火の芯として使い捨てるわけでもない。


 俺はそれを魔法行使のための触媒……つまりは杖とすべく作業した。


【いい判断をしたわね】

(俺もそう思う。杖の作り方を知っていてよかった)

【でも邪法よね】

(他の選択肢をとるための材料がなかったからな)


 最初に左手の親指へ魔力を込め、赤黒く変色したその生爪を剥いだ。魔晶石の代わりだ。そして出血を墨代わりにして棒の表面に術式を刻み込んだ。右手の爪で。


 激痛で視界が赤く染まった。


 途中で何度も負の感情に呑み込まれそうになった。コロスコロスコロスと呟きながら作業する様は母さんと妹に見せられない姿だったと思う。


【あら、見せたらいいのに。何で隠すのよ】

(俺の問題だからだ)

【……そ。アンタがそれでいいなら、アタシは何も言わないわよ】


 そして、最後に魔力を接続するための儀式を行った。


 自分の血と爪で構成しただけあって恐怖を覚えるほどに魔法伝導率の高い触媒として出来上がった。魔晶石を使っていないから魔力増幅こそ叶わないものの、発動速度はまさに瞬時即応で、操作精度も極めて高かった。≪風爪≫で耳の掃除ができたほどだ。


 そうやって俺の「棒」は生まれた。それがあったから俺は生き残れた。


【ふぅん……銘とかはつけないの? 不格好でもアンタの杖なのよ?】

(折れたならまた作るだけの道具だ。棒でいいさ)


 恃むべきは魔法の知識だ。


 俺は杖の作成に限らず相当数の魔法儀式を理解、記憶している。汎用魔法についても属性による得意不得意はあれどもほぼ全てを使うことができる。


 公式には未登録でも、俺は既に魔法使いなのだろう。


【父譲りの才能ってわけねぇ】

(……やめろ)

【あら、素敵じゃない。同じ武器、同じ力でもって相手を圧倒する……熱いバトルの予感がするわね!】

(…………勝つさ。絶対に)


 魔力を利用した戦闘技法には幾つもの洗練された様式があるが、俺はひたすら魔法に頼るよりなかった。腕力などまるでない頃から死の危険は日常だったのだから。


 倒すべき魔導師の書斎から盗み出した魔術書は今でも宝物だ。必死で覚えた一言一句が俺を生かした。


 かくてお手製の杖を得た俺は、ダンジョン攻略へ乗り出した。必死の帰宅だ。


 棒に次ぐ問題は百二十枚の金貨だ。大金であるがゆえに置いていけず、さりとて重い。歩くたびにジャラジャラと鳴る。魔物を呼び寄せる。


 俺は歩法を試行錯誤した。初めは泥棒になった気がして惨めに思えたが、次第にどうしてか母さんと妹の笑顔のために戦っている気になり、それがとても励みになった。何事も気の持ち様だな。


 魔物の数はそれほど多くもなかった。


 しかし嫌な所で待ち構えていたり、危険な組み合わせで待ち伏せていたりした。


 梯子の上から粘獣スライムが垂れ落ちてきた時は咄嗟に宙へ身を投げ、≪浮遊≫を自動制御にして落下速度を調整しつつ、≪火線≫で着地点を焼き払った。


 完勝ではある。しかし危うかった。


【複数の魔法を同時に使わざるを得なかったから、ね?】

(ああ)

【≪照明≫は放棄するとしても、≪浮遊≫と≪火線≫の二種同時行使ねぇ……よくやったわね。それ】

(必死だったからな……その時も、それまでも……)


 ≪防塵≫や≪照明≫といった簡便で持続させやすい魔法ならまだしも、≪浮遊≫や≪風盾≫のような制御力を要する魔法を自動化させることは難しい。杖が特製でなければ失敗していたかもしれない。そうなれば強酸性の粘獣スライムへと落下していくだけだ。


 もっと酷い階層もあった。


 どういう仕組みなのか砂漠のように砂に覆われていて、深さは少なくとも骸骨剣士の長剣以上。砂の中には獰猛な何かが複数潜んでいて、剣を引き上げたところボロボロに噛み砕かれていた。線獣ワームの一種か。


 歩いて渡ることは困難だ。≪石成≫で足場を作っても足場ごと沈む。さりとて≪飛行≫で飛ぼうにも無数の肉食コウモリが飛び交っていて、全てを魔法で撃ち落とすことは現実的ではない。かといって密に群がられては≪風盾≫で防ぎきれない。


 そこで俺は己の精神力および思考力の限界に挑んだ。


 視界を確保するための≪闇視≫、移動のための≪飛行≫、群がるコウモリを減らすための≪静寂≫、そして群がったコウモリを防ぐための≪風盾≫を同時に使用したのだ。最初の一つはともかく、後の三つはどれもが風属性であり、相互干渉による減退を避けるべく繊細な制御が必要だった。


【非常識な挑戦ねぇ】

(何度も意識が飛びそうになったな……)

【え、それ、ダジャレ? 飛ぶために飛びそうとか、上手いこと言ったつもり?】

(……意味がわからない)


 次の階層へ繋がる竪穴を見つけた時、俺は墜落しかけていた。


 だから、竪穴の壁に貼られていた紙を読んで、怒るより先に安堵してしまった。


 そこにはこう書かれていた。「姿も音もなく飛ぶ、これ即ち≪隠飛翔ナイトホーク≫だ。父さんこれで何度も危機を脱したことがある。『転ばぬ先の俺ツエエエ』だよ。上手く組み合わせて合成魔法を作ろう! そのためにも次の階層は小休止だよ!」と。


【俺ツエエエ、ね。大事だわ。世界がとっても楽になるもの】

(……敵ツエエエ、だろう。アイツがいる限り)

【倒すべき強大な敵がいる……そのことがアンタを強く、より強く、なお強くしていくのよ!】

(迷惑な話だな)


 あの男は頭がおかしいが嘘はつかない。一先ずは安全ということだ。


 はたして張り紙の内容に偽りはなく、次の階層は拠点ともなり得る構造となっていた。水や食料が貯蔵されていたし、各種の研究に便利な機材や空間が用意されていた。


 全てを確認した後、俺は崩れ落ちるようにして意識を失った。


 アイツに与えられた安全に安心しきっての休息など、いかにも油断、どこまでも業腹なわけだが……それも仕方がなかった。限界だった。


 何しろ危険なダンジョンを物資も仲間もなく攻略していたのだ。魔物や罠も脅威だったが、生命を維持すること自体が困難だった。


【エフ・ディ・エイチ・エフ、ワンね。孤独な勇者の戦いよ】

(俺は勇者じゃない)

【ま、ね。でも本当にいるのかしらね、勇者って。魔王軍がどれだけ暴れたって結局最後まで現れなかったもの】

(知ったことじゃないな……)


 まずは渇きだが、これは≪作水≫で全て補った。


 それにしても必要最小限の量を作って飲むようにしていた。魔力温存は無論のこと、排泄回数の抑制のためだ。次の瞬間にも闇が牙を剥きかねない環境なのだから当然の警戒だ。


【いざという時はどっちを護ったの? 尊厳? 命?】

(……命)

【いと哀れ】


 飢えは魔物を食料として命を繋いでいた。


 得られた肉へはまず≪探毒≫をかけた。反応がなければよし、反応があっても≪解毒≫をかければそれでよしだ。可燃物などなくとも≪発火≫を上手く調整して焼き、食べていた。肝の一部は生でも食べた。それをしないでは体調を崩すと知っていた。十歳の時の雪山遭難体験で。


【それは……事故?】

(雪山に無理やり連れ出された上に放置され、しかも魔法で吹雪を起こされた)

【哀しい事件だったわけね……】


 凍えについては不死系アンデッドから衣を剥ぎ、それを≪作水≫で水を溜めた窪みで洗って重ね着していた。毛皮は血の臭いが敵を招くことを危惧して却下した。


【不潔とは言わないわよ。ばっちいわ】

(死ぬよりはマシだ)


 しかし、睡眠環境だけはいかんとも整え難かった。


 障壁系の魔法はその有効対象がそれぞれに限定的である上に持続時間が短く、魔法陣による結界を敷設しようにも必要な道具がまるで揃っていなかった。姿隠しの類も魔法を維持するためには集中が必要で寝ることができず、壁や床に埋まって隠れたところで線獣ワームなどに襲われれば為す術もない。


 少しでも眠るために俺が使った魔法は≪警音≫だった。


 これは有効範囲内に何者かが侵入すると大きな音を鳴らすという魔法で、その単純さ故に長時間に渡り自動状態で放置できる長所がある。ただし幽体系や気体系の魔物には反応しない。


 ≪警音≫を発動させ、気休め程度の簡易結界の中で膝を抱える……それが俺の睡眠だった。


 眠りは浅くしかも短かった。魔物に襲われたことも数度あった。緊張は解れず心は休まらず、むしろ歩き出した時に命あることの安堵を感じたほどだ。少しでも危険度の低そうな場所を見つけてはそんな睡眠を繰り返した。


【アタシがいればねぇ】

(……本当にな)

【寂しくもなかったろうにねぇ】

(……本当に、なぁ……)


 常に眠く、常に眠る場合ではなかったから……安全に眠れるかもしれないと思った途端に眠ってしまったわけだ。睡眠とは生物の偉大な支配者だと思う。魔王だって寝るという。魔導師だって。俺だって。


【おやすみなさい、レンマ……一生懸命に頑張る子……】


 遠く遠く、蕩けるような優しい声が聞こえている。誰かが俺の頭を撫でている。


 うっすらと開いた視界に、赤い髪の女が映った。微笑んでいる。見惚れるほど艶やかだ。


 母さんとはまた違った方向性で、絶世の美女だな……火炎の美貌とでもいうのか?


 目の覚めるような……いや、無理か……寝る。俺は。


 ……いつもは小うるさいのになぁ。

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