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第4話  物思い/高速飛行

 高速の風景の中で色々を思う。


 俺、レンマ・トキオンは父親が大嫌いである。ブッコロスの精神で行方を追っている。


【身も蓋もないわねぇ】


 親への無意味な反発からではない。それが証拠に母さんのことは敬愛している。素晴らしい人だ。唯一の欠点が男の趣味の悪さで、そこが心底嘆かわしい。


【わかるわぁ。男はやっぱりブリリアントなバーバリアンでないと。エイドリアーン的な?】

(訳のわからないことを……あと思考を読むな。そして使うなとは言わないが、連発はやめてくれるか? その異世界の謎言語は)


 騙されたのかもしれない。さもなくばどうして母さんのような善人があんな邪悪の権化と駆け落ちなどするだろう。それとも、女とは悪い男を愛おしく思うのだろうか。


【私ならこの人をわかってあげられる、私だけがこの人と共に在れる……そうやって一緒に堕ちていった子を何人か知っているわ。男女の間だけで済むのならそれも一つの生き方だけど……親になるのだとすれば、哀しいわね。子供を不幸にするわ】

(……それは、俺のことか?)

【アンタの母親は「私がこの人をゲットしたぜ! やった! 私優勝!」ってタイプ。実際、よくぞあのハーレムでアンタの父親を獲得したもんよ。血を見ることもなくやってのけた点は神業といっていいわね】


 そうだ。ハーレム。思い出した。


 アイツ、若かりし頃は複数人の女性を侍らせて破廉恥な集団を形成していたのだった。母さんはそこでの恋愛競争に勝利したことを誇っていた。夢見るような眼差しで。


 まさかとは思うが……異母兄弟はいないよな?


【アタシの知る限り、いないはずよ? あれでハーレム主ではあっても下半身でものを考えるタイプではなかったわ。さもなきゃどんな修羅場になってたか……文字通りの戦場にもなったろうし、その戦災は大陸に傷を残す規模になったのかもしれない。そう考えると、アンタ、よくもまあ無事に生まれてきたわね?】

(吐き気のする話だな……)

【そうね。馬っ鹿みたいな話だけど、馬鹿に出来ない話だものね】


 妹はいる。母さんの親戚の遺児という子が妹として同じ家に暮らしていた。その出生にアイツは関わっていないと聞いているが、もしも関わっていたのなら母さんの拳が振るわれていただろう。


【拳が光り出したらとにかく逃げなさい。決して振り向いては駄目よ?】

(知っている。物陰に、ではなく純粋な距離が安全を左右することを)

【……そ。ならいいのよ】

(…………)

【よ、よく生き延びたわね?】


 母さんが悲しむような問題はあってほしくないが、しかし、そこら辺りの恥ずべき事情でアイツが糾弾されるのだとすれば話は別だ。母さんと妹を説得する際に利用できる。


 事成った暁には、悪が滅びたのだと納得してほしい。


 それでようやく俺は頑張ることをやめられる。早く気楽になりたいものだ。


【爺むさいわね。冒険の日々を夢見たりとかしないの?】

(冒険をするまでもない。俺の日常はいつも死と隣り合わせだった)

【それも愉快で楽しい日々よねぇ】


 誰でもいい。三日間でいいから、アイツの息子をやらせたい。


 運が悪ければ即日アイツに殺されるだろう。仮に生き延びたとして、その胸にはアイツへの揺るぎない殺意を抱いているに違いない。


 そうだな……朝、自分の顔面だけが水中だったらどう思うだろうか。


【ウ、ケ、る】

(おい)


 やたらに冷たい水が、どう足掻いても外れない執拗さで顔を覆っている状態だ。どうだろうか。どんな気持ちがするだろうか。


【ク、クフフフ……え、餌をやるぅ……クククク……】

(おい黙れ。おい)


 しかもこの水は大人しくしていない。泡を立てて渦巻く。目ヤニどころか耳垢まで削り取る勢いで。当然ながら鼻や口への侵入には容赦の欠片もない。


 魔法だ。それは。


 史上最高の魔法使いを自認する者の、ありがた迷惑どころか明確な殺意と生々しい死の予感しか感じられないものの信じ難いことに当人にいわせれば善意によるところの、朝の身支度の魔法である。


【惜しいわね。後は界面活性成分を含有させないと】

(何だ、それは。異世界の毒物か?)

【毒なんて使うまでもないわよ】

(そうだな。アイツの存在自体が世界規模の毒物だ)


 ≪作水≫と≪水動≫と≪冷却≫と≪固定≫……汎用魔法を複数組み合わせて調整した合成魔法だ。


 殺されないためには魔法で対抗するしかない。≪壊水≫か≪解呪≫だ。≪水息≫は通じない。アイツの水は妥協なく呼吸を阻害する。魚類をも殺すだろう。


 冷水に首から上を強姦されているような状況で声も出せず、刻一刻と窒息死への秒読みがなされる朝……だいたい三日に一度か……普通はそのまま死ぬと思う。しかし俺は生き残った。


【大丈夫よ。アンタのことはアタシが護ってあげるわ】

(……餌やりすると言ったな?)

【あら、餌やりも護るの内じゃない? 生かすためだもの】

(…………赤い首環か、これは)


 生存努力の結果というべきか、俺は無言詠唱を会得した。さもなくば溺死していたからだ。


 また、これは後で知ったことだが、詠唱する呪文そのものが一般的なそれよりも短かった。圧縮呪文と呼んでいる。


 そして≪解呪≫が得意魔法となった。≪壊水≫の方が容易だが……俺の危機には様々な種類があった。水にしか対応できないでは死んでいただろう。


 十属性の全てに効果を発揮する≪解呪≫は俺が生存するための必須魔法だった。


 水、火、氷、獣、木、風、土、雷の八大属性についてはそれぞれに悪質かつ致命的な合成魔法が編み出され、日々俺の命を獲りにきていた。


【「お、生きてる?」とか店先に挨拶する感じ? こう、暖簾を手で分けてさ?】

(……生死の確認はされていたな。追い打ちが来ることも多々あった)

【ふぅん? よく死ななかったわねぇ】


 最も警戒していたのは獣属性だ。


 用を足しに行ったら魔獣と遭遇するということが十日に一度はあった。そういう物理的脅威には≪解呪≫が通じない。倒すしかない。その後、食べられるものは食べた。そうしないとお代わりが来るからだ。「あれ? 違うのにする?」などという言葉と共に。


【魔獣は後で息子が美味しく食べましたってこと?】

(家族の食卓に並ぶこともあった。見た目の悪いものは専ら俺用だったな)


 光と闇の二極属性については致命的な魔法を作れなかったようだが、それでも嫌がらせはあった。刃物を使っている時に限って≪暗闇≫や≪幻覚≫をかけられた。


 あとは妹を風呂に入れている時に≪発奮≫……そして、あの忌々しい≪催淫≫だ。


【わお! 催淫! 何それ凄いじゃない! え? そういうことだったの? それで妹ちゃんは……!】

(どういうことだったと思うんだ。やめろ。俺は何の間違いも犯していない)


 ≪催淫≫は獣属性も混じった合成魔法で、それを掛けられた日、俺は初めて攻勢に出た。耐え忍ぶのではなく雄叫びを上げて襲い掛かった。全力で魔法を使った。刃物も握った。


「やっていいことと悪いことの区別もないのか!!」と強襲し、「え、ヤッていいわけないでしょ。まさかヤッたの? ヤッてないんでしょ? あはは、照れちゃって!」と返り討ちにあった。俺は素っ裸で空を舞い、五日ほどを寝たきりで過ごす羽目となった。それ以来、無口無表情になった。


【ク……その時、アタシがアンタの首にいてやれたら……! ク、クククッ!】

(おい。笑いが漏れてるぞ)

【アンタの貧相な身体を寒空から護ってやりたかったわぁ】

(そっちか。真っ赤な服など御免だ)

【アンタってクール系……いや、ダウナー系よねぇ。服くらい派手目にすればいいのに。あ、ピンクの迷彩とかどう? 凄く笑えると思う】


 アイツは強い。人間かどうかも疑わしいほどに。


 世界で唯一人、魔法使いの極みたる『魔導師ウィザード』に認定されただけのことはある。


 俺にとっては絶体絶命の連続であった日々も、魔導師にとっては「今日は何して遊んであげよっか。父さん魔法が得意なんだ!」程度の戯れでしかなかった。俺はなぶられていただけだった。


 そうとわかったのは去年の冬のことだ。


 十五歳として過ごす最後の季節を、俺はしみじみとした気分で過ごしていた。


 それというのも、自称「息子をこよなく愛する父さん」とやらがその一年間に限っては俺への攻撃を弱めていたからだ。「十五歳のレンマ君にはあまり構ってやれないけど、大丈夫、十六歳のレンマ君にはちゃんとするから! 父さん、頑張っちゃうから!」などと意味不明のことを宣言していた。


【あら、いいお父さんじゃない】

(…………)

【冗談よ。本気で落ち込まないの】


 日頃からその言動は意味がわかることの方が少なかったが、不気味さに耐え兼ねて俺はその真意を問い質した。「父さんドッキリとかサプライズとか大好きなんだ!」と笑顔で答えられたが、その回答すら理解できなかった。推測するに、奇襲や暗殺の類なのだろう。


【ある意味正しい! 限りなく惜しい!】

(やはりな……)


 決して噛み合うことのない会話、意思疎通の困難、相互理解の断絶……思えば酷いものだ。


 本人曰くの異世界人だからだろうか。


 チキュウだか二ホンだかネリマだか知らないが、きっと嫌な世界なのだろう。あんな奇怪な性格の人間が複数生息しているのだとしたら魔界だな。滅べばいい。滅ぼしたい。どうして滅ばない?


【魔界……まぁネリマも因果な土地だけど、魔界といえばグンマの方が……あら? どちらもアンタと名前似てるわね?】

(どうでもいい。名前を捨てたくなった)

【全っ然流せてないじゃないの……】


 さても思いがけず訪れた比較的平和な日々を、俺は自己鍛錬に明け暮れた。最後の「頑張っちゃう」に切迫した危機感を覚えたからだ。


 大正解だった。


 年も押し詰まったある日、目が覚めると俺は日も差さない石壁石床の部屋に倒れていた。


 就寝したところを拉致され運ばれたらしい。寝間着姿だった上に、常に肌身離さず隠し持っていた短杖まで没収されていた。ちなみに認証ルーラーは発行直後に没収された。


 本気の殺意を感じたものだ。


 そこは、六十階層からなる地下ダンジョンの最下層だったのだから。


【燃える展開ね! 最初の敵はドラゴン!? それともドラゴンかしら!? あ、意表をついてドラゴンなんてのも面白いかもしれない!】

(馬鹿なことを。無理だ。それに奮い立つどころか、ああも絶望に震えたことはなかった)

【惜しいわね……アタシ、もう少し早くアンタと出会いたかったわぁ】

(……同意はしておく)


 もしもあの時、コイツが首に巻き付いていたのなら……随分と違ったろう。


 日常へと帰還するためには地上を目指すしか方法はなかった。数多の罠を掻い潜り、凶悪な魔物どもを時に倒し時に避け、昼も夜もわからない中を黙々と日の光を求めて進むよりなかった。自分以外の動く者を食料とし、浅く短い眠りにうずくまっては怯えたように飛び起きる日々だ。


 赤マフラーが小うるさくいてくれたなら、きっと素晴らしい支えになっていただろう。


 しかし、いてはくれなかったから、俺は別の力で己を奮い起こした。


 ともすれば挫けそうになる心身を力強く支えていたもの……それは「ブッコロス」だ。その言葉はもはや呼吸と化した。ブツブツと口に呟き、沸々と胸を沸き立たせて、俺は抗い続けた。


 かかる理不尽の元凶があの滅ぼすべき魔導師であることは疑いようもなかった。


 状況だけでも察せられるし、要所要所にさりげなくも腹立たしい自己主張を確認して、俺の殺意はいや増すばかりだった。その傾向は今も変わらない。「ブッコロス」は育ち続けている。


【随分と親思いなことよねぇ】


 ふと思う。


 この首に巻く赤マフラーであるところの紅ジャスティ子にとって、製作者たるあの魔導師は親にあたるのではないかと。


 俺はヤツをブッコロスことに欠片の迷いも躊躇いもないが……実のところコイツは複雑な思いを抱えているのだろうか。対決の時が訪れたなら、あるいはコイツは俺の敵に回るのだろうか。


【楽しみよねぇ、親子決戦。ギッタンギッタンにとっちめてやりなさいね? このアタシを十五年もタンスに封印していたような悪逆非道の輩ですもの。ペッタンコにして折り畳んで虫除けの薬垂らすくらいのことはアタシが許すわ。フフ……ウフフフフフフ……!】


 何の心配もなかった。


 俺とコイツは心を一つにして、いつかきっと、悪の魔導師をブッコロスだろう。


【そうね。そのためにも、アンタ、そろそろ飛ぶの止めたら? いい加減にしてさ?】


 あ。


 おや?


 ここは……どこだろうな?

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