第21話 逆襲のレンマ/駆逐速攻
国際都市の明かりを遠くに望むその空は、既にして戦場だった。
紫紺の長外套……守護外套を来た魔法使い五人が数十羽の魔鳥を相手に激闘を繰り広げている。魔法の光が閃くたびに魔鳥が落ちていく。
【あらま、あの五人は……】
(……どこかで見た連中だな)
【助けた方がいいと思うなー。審美眼のある男どもだから、死なすのは惜しいなー】
リゼルと歩いた街道で出会った面々だ。
五人は連携して戦っている。近距離では≪飛行≫を使いつつ各自で武器を振るう。遠距離では一人を周囲が≪浮遊≫させ、その一人に攻撃魔法を放たせる。熟練した動きだ。
【空戦といえば黒竜国ってイメージがあるんだけど、千年騎士団も中々やるじゃない。でも……ねぇ?】
(……ああ。あれで鬼面の連中を落とせたとは思えない)
話を聞かなければ。
≪風爪≫と≪火薙≫で魔鳥を打ち払いつつ五人のもとへ飛んだ。指揮官はあの中年男だったか。
「おお、赤襟巻の少年! まさか空中戦もこなせるとは!」
「魔鳥の本隊は? 青鬼面は、どこに?」
「うむ、足止め叶わず国際都市へ抜けられた! つい今しがたのことだが……」
近寄りつつあった一羽へ≪風爪≫を放つ。別な一羽は中年男が片手剣で斬り落とした。
「ここは構わん! 行ってくれ! 恐らくこの中では君が一番速い!」
「了解」
「よし、突破口は任せてもらおう!」
中年男の指示が飛び、五人は雄叫びも高らかに魔鳥の包囲の一画へと突撃した。散々に剣やら槍やらを振り回し、更には三人で二人を≪浮遊≫させた。≪風爪≫と≪風撃≫が俺の進路を開いた。
「今だ!」
言われるままに飛び込む。遠く灯る国際都市の光へと急ぐ。
【随分と素直に言うことを聞いたけど、いいの? 一緒に戦って、一緒に国際都市へ向かうって選択肢もあるのよ?】
(……戦う者の矜持、というものを聞いた。それにあの連中なら負けはしない)
【フフ……そうね。いい判断だと思うわよ?】
飛ぶ。
魔力の残量はそこそこ。状態は良好。
飛びに飛んで……見えてきた。
三百羽を超える魔鳥が大群を成して飛んでいる。瘴気を発しているものか、その辺りは紫色の霧がかかっているようにすら見える。
【凄い数ねぇ……でも数えないから。アタシ、野鳥を見守る会とかに所属してないから】
(ダークエルフはいるとして、サイコドワーフはどうかな……ああも多いと把握しきれない)
【どっかで追い抜いたかもね。でも目的がわかってれば問題ないわ。味方がいるかいないかに比べたら、敵が多いか少ないかなんて些事も些事。大些事一杯の調味料よ】
(…………)
【……い、今のなしっ。最後のとこっ。なしだから! お願い聞かなかったことにして!】
(……ああ。やることは変わらない)
【そ、そうよ! やぁっておしまい!!】
高度を払う。棒を構える。
見える……それはつまり射程距離ということだ。
「≪追火弾≫」
夜闇へ撃ち放った火球は八つ。
速く鋭く獰猛なる火炎の飛翔体だ。遮蔽物もないこの空中においては防ぐ手段も限られる。
狙いよりも手前での爆発は二つ。
残る六つは横に並んで爆発した。轟音の中には絶叫も混じる。無数の魔鳥が飛び散り落ちていく。
【中距離空対空ミサイル……何かもう、アンタと空で戦う相手って気の毒でしかないわ】
(少し残っている)
【逃げ散っていくのがね。攻める群れとしてはもうお終いよ。それとも一羽残らず殲滅する?】
(妨げになれば)
次の目標は既に定めた。ダークエルフだ。二発の≪電撃≫でもって火球を迎撃したから位置は知れている。赤いのの端をつかむ。息を整え下腹に力を入れる。
「我こそは疾風なれば行き着かぬ場所の一つとてなし」
全身に衝撃。視界が色を失う。
超高速飛行。
これは何度やっても慣れるものではない。思い返せばリゼルなど気絶していた。
≪飛行≫の上位魔法≪迅飛≫……曲がることはおろか息も吸えないほどの速度で飛ぶ魔法だ。ここへ至るまでも何度か使用したが、最後にもう一度、急加速のために発動させた。不意をつくためだ。
「馬……鹿……な……」
そら。
もう声の届く距離だ。
速度とは反比例的にねばつく時間を掻き分けて、剣と化した赤いのを構える。既に≪迅飛≫は切っている。彼我の位置関係は予想の範囲内だ。赤いのが身の丈二人分ほどに伸びれば届く。
「参れ、雷」
「ぁぐっ!?」
雷気が刀身に行き渡るのと、それがダークエルフに触れるのとがほぼ同時か。またぞろ足場となっていた黒いのが何をする暇もない。ダークエルフが吹き飛んでいく。
【峰打ちだけど骨バキバキいったわ。感電もしてるし……死ぬわよ、アレ】
(生かすさ)
【そうねぇ……このダークエルフ、いいとこなしだもんねぇ……ちょっと気の毒かも】
落ち行く先へと飛ぶ。脱臼した右肩を≪治癒≫しつつだ。≪迅飛≫を戦闘で使うのは初めてのことだったが……奥の手にしておこう。加減が難しすぎる。
「力よ、念ずるままに」
≪念動≫をかけてダークエルフを捕らえた。徐々に減速しつつ着地する。そしてすぐに≪治癒≫だ。明らかにダークエルフは死につつある。斬らないからと≪雷剣≫の威力を上げすぎていたようだ。
【来るわよ】
(……人工精霊はああいう風に自立移動するのか)
【どうしてもって時にだけね! 前も言ったけど、ウチの業界的には超恥ずかしいから! ああああ、見てて辛いっ! アタシが恥ずかしいっ!】
黒髪を振り乱して黒衣の少年が駆けてくるのが見える。見上げた忠誠心だ。
他にも同様の人工精霊が造られたのだろうか。そうだとしてサイコドワーフは所持しているのか? 誰の手により制作されたのかも聞き出したい。
まずは治療の終わったダークエルフを封じよう。
「オイ、呑んでおけ」
足元に告げる。俺の影に潜むものへ……闇の精霊もどきへと力の行使を命じたのだ。
【それがアンタの精霊魔法……】
(ああ。理屈なしに感得するものらしい)
影から色々が伸びてくる。不揃いで大きさも様々なそれらは……どこか小動物のようにも見える。ひどく懐かしい輪郭のようにも思えるが……何にせよ機能しさえすればそれでいい。
影色のそれらがダークエルフに触れ、包んで……そして呑み込んでいく。
音もなく重さも感じさせず、ダークエルフは俺の影の中へと沈んでいった。地面にはポツリと青色の鬼の面が残った。
(区別なしに、斟酌なしに、底なしに……何もかもを呑み込みしまっておく。ただそれだけの魔法だ。いい名を考えてくれ)
【そうね……『影』を表す言葉と『蔵』を表す言葉を混ぜて≪虚影大蔵≫なんてどうかしら? とっても魔術的な響きがするわ】
(じゃあ、それで)
そうこう話す間に黒い少年が到着した。浅黒い肌が青ざめている。さてはダークエルフの沈む様が見えたか。歯ぎしりし、怒りも露に俺を睨みつけてきた。
「封じただけだ。治療もしてある。聞きたいことがあるから、殺しはしない」
そう言うと目に見えて安堵した。すぐに怒りの表情へと戻したが。
「ただし、俺が死ねば、助からない。選べ。俺と戦うか。それとも関わらないか」
【うわぁ……物凄く悪役っぽい……見た目子供相手に……】
赤いのが細かに震えている。そういう機能は本当に無駄だと思う。
黒いのもまた震えている。拳を握りしめ、唇を噛みしめ、俺を射殺さんばかりの視線を寄越している。早く決断してほしいところだ。またぞろサイコドワーフに不意をつかれても面白くない。
「話、聞いたら……」
話せるのか。いや、赤いのがこうもおしゃべりなのだから当然だな。
「お前、ブルウ様を……殺すのか?」
「邪魔をするなら、排除する。邪魔をしないのなら、どうでもいい。封じ続けてもいい。そのうち忘れるだろうが」
【うわぁ……ひくわぁ……うぅわぁ……】
黒いのの顔には苦悶と逡巡がある。早くしろ。
【大丈夫よ、黒い子。アタシは覚えとくから。それに前にも言ったけど、コイツ、アンタの大切な人を無意味に傷つけたり淫らに辱めたりする気は少しもないから。無関心なのよ。価値を認める認めないの話じゃないの。寂しい話なの。ロリコンでマザコンで草食系の天然スケベなのよ……多分きっと恐らく察するに】
十を数える内に決めろと、そう言うつもりで口を開いたが。
「忘れるな。クロは、どこにでも、いる。お前を見ている」
そう言うなり、黒いのはその姿を変えた。鼠だ。チュウと一声鳴くなり身をひるがえし、草むらへと消えた。
(アレ、できるか?)
【動物への形態変化? 嫌よ。アタシはヌーディストじゃないの。真っ裸で四足とか何の拷問よ】
(毛皮がある)
【ウーパールーパーにはないわよ。赤裸々な部分を晒して歩けっての? このアタシに?】
(動物は毛で隠すだろう)
【だからウーパールーパーにはないっつってんの! いい加減にしないとセクハラの罪で締め殺すわよ!】
赤いのの怒号を聞き締め付けを味わいつつ、空へ。まだ戦いは終わっていない。
(……どうだ?)
【アタシのレーダーにも反応ないけど……あのサイコドワーフ、妙なステルス能力があるのよね】
場所を変えつつ何度か≪探単音≫を使う。周囲には誰もいない。
【どちらかよね、こうなると】
(ああ……)
夜風を受けて見据えたのは人の営みの灯火……国際都市だ。夜にも黒く煙が上がり始めた。
(……大したヤツだ)
【そうねぇ……最初からその気だったのかどうかはわからないけど、ダークエルフを陽動として見捨ててるものね。初めは自分が陽動だったんだから、ま、お互いに恨みっこなしなのよ。きっと】
(志を同じくする、ということか)
【革命の同志ってやつね。一途な分だけ厄介よ。世の中ってのは複雑であればあるほどに多彩かつ豊潤に文化が育つものなの。百花繚乱を支える土壌は汚いくらいで丁度いいのよ。そこへ何がしかの原理主義に凝り固まった真面目君が切り込んでくる……悲哀を抱えもして】
消毒した土地になんて雑草も生えないのにね、と赤いのは溜息を吐いた。夜を飛ぶ俺には返事のしようもない。ただ世界とは在るがままに美しいと知るだけだ。
飛ぶ。眠くはないがさすがに疲れてきたな。
夜に身を委ねたくなるが……≪飛行≫を使いつつも身の内の魔力を整える。
国際都市の上空へと至った。
眼下、街には多少の混乱は見られるものの事態は収束に向かっているようだ。戦禍が正門付近に集中していて街中にまで及んでいないからだろう。
紫紺の守護外套をまとった者たちが二十人ほど集まっている。あの白毛はトゥエルヴだな。
【またあの化け物芋虫……外禍蟲だっけ? アレを出したみたいね。案外呆気なく退治されたようだけど……その意味するところは?】
(千年騎士団にはアレを知りアレに対処できる人間がいる)
【そういうことね。茨の子が違うとなると……ま、モーちゃんかしらねぇ?】
(……どれが中身だ?)
【中身……ああ、ほら、今瓦礫ですっ転んだ子よ。よく足の小指ぶつけるのよ。あーあー、プルプル震えちゃってまぁ……】
該当する人物を見る。あの薄い金色の髪をした女か。足の小指を押えてうずくまっているから顔はわからない。小柄で頼りない風にも見えるが、雷属性の精霊使いだ。侮れない。
(サイコドワーフが捕まっていない)
【そうね。それはつまり、今夜の戦いがまだ終わっていないということよ】
(一途、か……確かに厄介だ)
【アンタもそこは同類だけどねぇ?】
暗がりの多い場所を選んで街へと降り立つ。降り立ててしまう。
≪潜伏歩≫を用いてリンドリム宮殿の敷地内へと入る。入れてしまう。
誰に見とがめられることもない。
(陽動に次ぐ陽動……しかも人の安心を誘って隙をつく、か)
【いやらしいヤツよね。仕留めとかないと面倒よ、こういう敵は】
(捨て身につきあう気はないが……好きにさせるつもりもない)
中庭だろうか。花壇が設けられた草地の中央に立つ。
(……ここか)
【迷わずに、ということは……モーちゃんの失態ねぇ】
急いていたのか、それとももはや隠す必要もないと判断したのか……ここには魔法の痕跡が露だ。土が波打った形で固まっている。
「我、地に沈みゆく」
土が水の感触となった。俺は沈んでいく。≪潜土≫だ。ここでサイコドワーフが使ったであろう魔法だ。視界は土煙の中にいるかのように濁る。石や根が茶色に透けて見える。
走りはしない。真っ直ぐに下る。微熱を孕む地中を沈降していく。
そういえば、リゼルたちは無事に≪帰還≫できたのだろうか。
一息の間に、俺はそんなことを考えていた。




