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第16話  鎮鬼森/再戦と封印

 鬼面の姿は見えない。


 春の気の抜けた青色を背景にして、魔鳥の軍勢が天に布陣していた。


【ええと……≪咆雷鳥サンダーバード≫、≪風喰鷲ベズルフェルニル≫、≪火玉鳥ホノサマ≫、≪女面鳥ハルピュイア≫、≪脳吸鳥モーショボゥ≫、≪刀翼鳥スティムパリアン≫……ああ! もう! 多すぎよ! アタシはバードウォッチャーじゃないのよ! とにかく沢山よ! 鬱陶しいったら!】


 赤マフラーが高速の斬撃を繰り返している。襲い来る魔鳥をことごとく切り払っていく。俺は≪飛行≫に集中して高度を稼ぐ。血生臭い大地から離れていく。


 風の音を凌駕して高音の耳鳴りが響いている。耳障りだが、探知系魔法を使う手間が省ける。見る者は見られるのだと知れ。


 ≪飛行≫一時停止。高速で詠唱……発動。


「≪追火弾レッドフォックス≫」


 八発だ。俺自身も数えれば九発の襲撃者だ。


【魔力反応! ≪電撃≫が来るわよ!】


 火弾の操作を一時放棄。≪飛行≫。


【わお! バレルロール!】


 螺旋の軌道を飛んで≪電撃≫を回避する。電気の性質から多少の枝分かれが身体をなぞるが、魔力によって収束されている以上、主たる部分は直進しかしない。


 ≪飛行≫停止。風圧に両手を広げて。


「……行け」


 火弾の内、三発を先行させる。とぼけた形で浮く白雲の位置へ。


 爆炎の花が咲く。一輪、二輪、三輪。


 飛び散るものといえば魔鳥の血肉ばかりだ。しかし見えずともわかっているぞ。もう逃さん。


【ちょ、アンタ、信頼してくれるのは嬉しいけどさ!?】


 落下の風が身を切り刻むかのようだ。実際には赤いのが月照院もかくやという勢いで魔鳥を切り刻み続けている。俺は残り五発の火弾を操っている。そら、捉えた。


「クハ……ハハハ!」


 二発分の爆風にあおられて、魔鳥ではないものがクルクルと宙を舞った。闇色の長衣の魔法使いと、黒くのっぺりとした牛馬。≪隠飛翔ナイトホーク≫を維持できなくなったか。


「ハハハハ! クハハハハハハ!!」


 さあ、あと三発行くぞ? 捌くところを見せてみろ!


【高度警報! 馬鹿笑いしてる場合か! おっ、ちっ、るぅぅぅっ!!】


 ≪飛行≫を再開する。全身を圧する風に胃の腑の中身が込み上げた。吐き捨てる。赤いのは器用にそれを避けた。


【アンタさぁ……!】

(アレ、できるか?)


 鬼面の乗る黒い塊が触手を伸ばし、自ら火弾にぶつかっていく。爆発を引き起こして消滅していく。蜥蜴の尻尾切りだ。


【できるわよ。でも、やんないわよ! あんな使い方、アタシが勿体ないわ!】

(同意する。俺たちは対等だ)

【あらそう? アンタがアタシに仕えてるのかと思ってたけど?】

(嘔吐するぞ)

【締め殺すわよ】


 風を裂いて飛ぶ。最後の一発は俺自身だ。一直線に鬼面へ。


「調子に乗るな! 呪わしき混界人ワールドハーフめ!!」


 もう声も届く。そしてどこかで聞いたことのある言葉だ。言う者が違うと聞こえ方も違う。


【アタシのは愛があるからねぇ】

(その愛なら歓迎だ)


 黒い触手が来る。もはや犬ほどの大きさしかないが、十本ほども繰り出してきた。


【はんっ、この程度】

(ああ、この程度は)


 小刻みに軌道を変えて全て避ける。骨身が軋む。しかし敵は目前だ。


「電よ、叩け!」


 やはり≪電撃≫か。咄嗟に出せる魔法は限られる。


 しかし、俺はもう、相打ちにするつもりなどない。


「参れ、雷」


 ≪魔法剣エンチャント≫の一つ……≪雷剣≫。


 ライアスの使う様を何度も見て覚えた。


 雷気を帯びた剣を振り抜く。≪電撃≫を絡め取って更に電力を増す赤色の刃……赤マフラーの変じた姿だ。色だけは決して変えないが、形も硬度も思いのままに。触手にでも包帯にでも剣にでも。


「な……!?」

「落ちろ」

 

 さして力も入れずに、一振り。


「がっ!?」


 身体を一度大きく痙攣させて、鬼面が地上へと落ちていく。杖を切断したから≪飛行≫も≪浮遊≫も使えまいが……鬼面は助かるかもしれない。


【……ホント、忠義者ね。あの黒い人工精霊】


 マフラー形態に戻った赤いのがしみじみと言った。


(身を挺したか……)


 斬る瞬間、黒い塊は服か鎧のように鬼面の身体を包んだ。


 もとより杖狙いだったとはいえ、ついでに腕の一本くらいはもらうつもりだった。黒い塊がもう少し大きいままでいたなら危なかったのかもしれない。


【あら? 落ちてっちゃうけど、いいの?】

(黒いのの力が未知数だ。落ちるに任せる)


 魔鳥が統制を失い散っていく。鬼面が力を失ったことは確実だ。耳鳴りもしない。


 ≪浮遊≫で降りていく……アレか。


 草と泥とに汚れて闇色の長衣が突っ伏している。ピクリとも動かない。傍らに青い鬼の面が落ちている。不用意には近づけない。護衛者がいる。


【あらま、恥ずかしい。ウチの業界的にはとっても赤裸々な感じ】


 首が熱い。言葉通りに恥じてでもいるのか。


 鬼面を護るようにして立っているのは、黒衣黒髪の十歳くらいの少年だ。肌も浅黒いから黒目の周りと歯の白さが際立つ。犬歯を剥き出しにして俺を威嚇している。


(どうすれば無力化できる?)

【攻撃魔法一発で済むと思うわよ? だいぶ弱ってるみたいだし……けど、それ、アタシに聞くかなぁ】

(殺し方を聞いたわけじゃないだろう)

【似たようなもんだから! アタシたちに気絶とかないから!】


 それならば物理的に押さえこむとしよう。


「力よ、念ずるままに」


 ≪念動≫で拘束する。形状変化対策として全方位からの圧迫だ。抵抗はない。ただ俺を睨み続けている。


「……起きろ」


 鬼面の外れた女の肩に足をかけ、仰向けに転がした。


 青紫色の肌……やはりダークエルフだ。こういうのを妖艶な美女というのか?


 しかし長かったはずの黒髪は長い耳を隠せないほどに短くなっている。見れば頬の下から首にかけて酷い火傷の跡がある。それは長衣の下にまで広がっているのだろう。


【ふふん。競り勝ってたわね! さすがはアタシを巻く男!】


 赤いのは嬉しそうだ。少年は歯ぎしりをした。


(そういうものなのか?)

【そういうものよ。格っていうのかしら? ほら、騎士だって名馬を求めるじゃない】

(馬か、俺は)

【よしよし……どうどう?】

(吐く)

【締める】


 ダークエルフは目を覚ます気配がない。黒いのがどこまで電気を遮断したのかにもよるが、≪雷剣≫の上に≪電撃≫も一部乗っていたから、重傷かもしれない。


「根よ、捕らえよ」

【……変態?】


 赤いのの声を無視して≪根縛≫を使う。ダークエルフを木や草の根で地面に拘束する。


「光よ、癒しを」


 ≪治癒≫は苦手な魔法の内の一つだ。光属性は総じて魔力を編みにくい。それもリゼルの精霊魔法に興味を持つ理由の内の一つだ。弱点は補強したい。


「光よ、目覚めを」


 更に≪覚醒≫をかける。≪念動≫と≪根縛≫を維持しつつの苦手魔法だ。かかりが甘くなった。


「う……うぁ……ああ……」


 うなされ声を聞く。


「い、嫌だ……嫌だぁ……やめろ……そんな……」


 獣の遠吠えも聞こえる。魔鳥が原因してか鳥の囀りは聞こえない。


【黒いアンタ、そんなに睨むんじゃないわよ。ウチのレンマはセクハラとかラッキースケベとか意識的にはやんないから安心なさい……って、言っててアタシが不安だわ……でもほら、触れようともしてないじゃない?】


 魔物を従える魔法……≪召魔≫とでも呼ぶべきか。≪召鳥≫と≪召獣≫は獣属性として、あとは闇属性の何だろう。≪支配≫、≪繰屍≫、≪魔醸≫……どれもピタリとはまらない。そこも聞き出したい。


【ちょっと疑ってるのよね、ロリコンじゃないかって。シスコンっぽいし。マザコンでもあるっぽいけど、そこはちょっと神聖視入ってるから、性癖的には妹ちゃんみたいなのが好きなのかなーって。ここんところもロリな軍人娘の言うこと、きっちりバッチリ守ってたしねぇ】


 何種を合成したかも気になる。≪隠飛翔ナイトホーク≫らしきものを使っていたからにはやはり四種か。俺にも使えるだろうか。


 ……待て。


 二種だったら?


「ダ、ダークエルフとて……この世界の……住人だ……」


 俺の合成魔法がそうであるように、コイツの≪召魔≫もまた二種の合成だとしたら?


 俺はコイツが魔鳥を招くところは視認したが、魔獣を招くところは直接に見ていない。


「ウチを、ウチを……異界者よそものに、しない、で……!」

「≪探単音ピントーン≫」


 ≪念動≫と≪蔦絡≫はそのままに、強力な一発の探知波を放つ。すぐにも返ってきた情報に身の毛がよだった。


【う、嘘……これって……!?】


 囲まれている。


 大小数百体を超える数の魔獣が俺を囲んでいる。木々の合間にただ息を潜めているだけではない。何か強力な探知防御が働いている。≪探単音ピントーン≫だからこそ効果を得られたものの、それにしたところで普段に比べれば曖昧な輪郭しかわからなかった。


「フゥム……確かに良い魔法使いじゃ」


 振り向く。さして離れていない空間に色が滲み像が結ばれていく。


 ≪幻影≫を解いて現れたのは闇色の長衣をまとうずんぐりとした体格の男だ。その顔には緑色の鬼の仮面……青いそれが顔の全面を覆っていたのに対し、こちらは目元と鼻までしか隠していない。それでも素顔は窺い知れない。白い髭が頬と喉とを隠している。


 コイツか。


 コイツが魔獣を従えている魔法使いか。


 俺や魔導師と同種の、異様異質な魔力を漂わせて。


「言うなれば十年魔剣じゃな。強大な敵と戦うべく己を磨き抜いてきた者の鋭利さがあるわい。その若さで大したもんじゃ」


 ドワーフだろうか。


 そうだとすれば普通のドワーフではない。


 ≪幻影≫は闇属性の魔法だが、それだけで接近を許すほどに俺も赤いのも鈍くはない。風属性の≪静寂≫も使われたはずだ。まるで俺の≪潜伏歩フォルスネイク≫のように。


【アイツ……まさか『サイコドワーフ』かしら。ダークエルフより性質が悪い戦闘種族よ】


 エルフにおける異端としてダークエルフが存在するように、ドワーフにおいてはサイコドワーフが存在する。柔の属性をも使う強力な種族だ。枯葉色の肌をしているという。


「しかし、ま、何とも妙な話じゃよ。魔導師打倒の志を同じくする儂らがどうして争うとる? 聞けばブルウが挨拶もなしに≪電撃≫を馳走したということじゃが、尋常の者どもならばいざ知らず、儂らであればさして怒る理由にもならんじゃろうに。魔法の応酬なぞ、それこそ挨拶じゃろ?」


 得物はその戦棍のような杖か? もうここは間合いの内か?


「ほれ、このように。≪首水刑ドロウネック≫」


 早い! しかもこの合成魔法は!


 視界が歪み呼吸が阻害された。水だ。首を水で包まれた。すぐに≪解呪≫し水を破る。反射的に無言詠唱を始めていた。冷たくもなければ激しくもない水だった。≪作水≫と≪念動≫の二種合成か。


「ホッホ、水も滴るいい男というやつじゃな。お前さんは魔導師に顔の作りが似とるが、表情はまるで違うとるのう。彼奴めは世界を見下し笑いものにしとる。お前さんは世界に凍え寒い寒いと震えとる」

「火よ、薙げ」


 戯言に耳を貸さず火炎で薙ぎ払う。そしてその効果を確かめずに空へ。状況が一変した以上、ここに留まることは危険だ。


【後ろ!】

「ぐっ!?」


 背に強烈な衝撃を受けた。≪飛行≫が制御を失い天地が回転する。緑鬼面が戦棍を振り下ろした姿がチラと見えた。急速に地面が迫っている。


「力よ、念ずるままに」


 ≪飛行≫を諦め≪念動≫をもって落下の角度を変えた。地を削るような着地だ。土埃を吸ってむせる。打撃にしろ擦過にしろ赤マフラーが俺を護ってくれた。


「ホホゥ……お前さん、あまり魔法使いとの戦闘経験がないようじゃのう。水を馳走した時に≪幻影≫と≪風話≫で作った虚像にすり替わっとったんじゃが、気づかんかったか?」

【近接戦闘は避けなさい! 一撃が重すぎて衝撃を殺しきれなかった!】


 赤いのが防いでこの威力。まともに食らったら肩が消し飛んだか。

 

「礫よ、飛べ」


 そこらに転がる石を≪飛礫≫でもって撃ち出す。これならば幻は幻とすぐにわかる。


「ホッホ。土属性で空を撃つ。強引なことよ」


 速い。直下へ降りる速度は着地を考えたものではない。幻? いや、違う。


「炎よ、立て」

「風よ、護れ」


 ≪炎壁≫を≪風盾≫で突き抜けただと?


 そのまま地面スレスレを高速で迫り来る。


「我は」

「≪首水刑ドロウネック≫」


 先んじられた。この合成魔法の発動速度は驚異的だ。


 飛べず、水を飲まされたが、即座に≪解呪≫する。そして≪幻影≫を疑う。


「≪探単音ピントーン≫」


 やはり実体なき幻だ。本体は地に片手を着き静止している。息切れか姿隠しか別の何かか。どれであれ俺が幻に反応した隙をつくつもりだろう。


 させるか。


 俺と幻とをつなぐ延長線上に潜んだのは悪手だ。攻撃の好機だ。≪火弾≫を唱える。


「火よ、打ち砕け」

「土よ、風を成せ」


 火球を放つ瞬間、周囲の地面をごっそりと消された。≪風成≫だ。風が砂を巻き上げる。目が見えない。呼吸ができない。火球はあらぬ方向へ飛んでいく。落ちる。


「力よ、支えよ」

「風よ、叩け」


 ≪浮遊≫を上回る威力の≪風撃≫が来た。駄目だ、落ちる。


「封じるは、夜闇の帳」

「ぐ……!!」


 落下の衝撃に息が詰まったところへ≪闇牢≫が来た。質量を持つ暗闇が俺にのしかかる。暗黒の泥沼に沈んだかのようだ。


「ホッホ。驚くべき強さじゃが、まだまだ戦下手よのう。戦いとはいかにして敵の得意を潰すかじゃぞ?」


 息苦しい。重苦しい。濃密な闇属性の魔力に浸されてしまって俺の魔法が発動しない。


「このまま封じてやってもいいんじゃが、ま、若さを許すことも老いの楽しみの一つじゃからして……話でもできればよいのう。ブルウが頷けばじゃが……さて……」


 世界が遠ざかっていく。意識はそのままに。


 赤いのの声すら……聞こえ……ない……。

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