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第12話  鎮鬼森/六人と一人

「はああああ!!」


 裂帛の気合と共にリゼルが踏み込んだ。突き出されたのは丸盾だ。それは猿蜥蜴エテラプトルの牙の並んだ顔面をのけぞるほどに打った。リゼルは本命とばかりに長剣を振りかぶる。


 遅い。間に合わない。


 見えていないのか? 長い鉤爪が腹部を狙っているぞ。 


っ!」


 斬撃が閃いて二つのものが宙に舞った。猿蜥蜴エテラプトルの腕と首だ。リゼルはまだ剣を振り下ろしていない。鉤爪が地に刺さる音と同時に刀を鞘へ納めた音がパチリと鳴った。


 紫紺の長外套を風にそよがせて……白き衣の月照院の早業だ。


「初撃は良し。必中を期してこれを当てる。見事」


 厳かな口調だ。息を切らせたリゼルが神妙な顔つきでそれを聞いている。


「だが心せよ。これは殺し合いであって試し合いにあらず。試みならばその成否に一喜一憂するもよかろうものの、命をやり取りする場においてそれは致命的な隙ぞ。油断、厳に慎むべし。彼我のいずれかに死が定まるまで絶え間なく攻め立てよ」


 後方で待機するメルクリンたちもまた、静かにその様子を見守っている。


「手数の話にあらず。気構えの話よ。ただ無心に戦うべし。温みを捨てよ。刃は冷徹たれ。今は殺されぬためにこそ殺せ。煎じつめれば、戦いの要諦とは断ずることよ。決意をもって諸事を断じ、必殺すべし」


 草地で行われているその戦いを、その導きを、俺は鬱蒼とした緑色の中に潜んで見物している。何をやらされているのやら。


【勢子っていうんだっけ? アタシ、王族の狩りの時に見たことあるわよ。そういう役目の人】

(……猟犬か何かか、俺は)

【ま、いいじゃない。あの子が強くなる分にはアンタの目的にも適うんだし?】


 月照院から合図が来た。≪石成≫で作った牢に閉じ込めていた猿蜥蜴エテラプトルを三匹全て開放する。


「そうら、仲間を殺された者たちが来るぞ。奴らは親の仇を討ちに来たのやもしれん。子の仇討ちやもしれん。だが殺すべし。躊躇なく酷薄に。さもなくば死あるのみ。それとも死ぬか? 食われる愛とやらを嘯く拝魔主義者のように、腸から順に食われるか? お主の命の価値とやらを魔物の腹の中で証明するか?」


 リゼルの顔は緊張に強張り、恐怖に引き攣っている。瞳は熱い混乱に揺れている。一対一でアレだ。三体一では必死になる。猛然と動く。剣よりも盾、盾よりも足だ。


「肩に一撃もらったぞ。足にもな。腹のそれは貫通するほどのものぞ。千年騎士団への感謝の念に堪えまい。礼を言いに行きたいとみえる」


 守護外套ガーディアンがその機能を発揮している。


 リゼルが魔物の攻撃を受ける度に、淡く魔力光が発せられてその衝撃をすら緩和する。強力なる≪防護≫の魔法……それはしかし有限の力だ。いずれ魔力が枯渇する前に≪帰還≫が発動してリゼルを国際都市へと運び去るだろう。


「どうしたリゼル。護られることを良しとせぬ者よ。己が力で戦ってみせよ。万事を割り切り、諸事を断ち切ってみせよ。お主の秘めたる可能性とやらを、今、見せてみよ。いつかは、などとさえずる者はいつまでも変われん。今だ。今この瞬間にも己を革新せよ!」


 言葉とは裏腹に月照院はリゼルを援護している。刀は振らずとも、絶妙な間合いに身を置き続けることで猿蜥蜴エテラプトルの意識を分散させている。


 三匹はリゼルを囲うことができず、戦いにくそうだ。動きがぎこちないものとなり、リゼルに避け防ぐ余裕を与えている。


「く、あああああ!」


 光が生じた。衝撃音が響いた。


 物凄まじい盾の一撃が、猿蜥蜴エテラプトルの一匹を弾き飛ばした。間髪入れず、斬撃が二匹目の胴を裂き、吹き飛ばした。三匹目に対しても強烈な一撃が決まった。柄頭だ。腕力だけで殴りつけた形だ。ギャヒン、と魔物の悲鳴が上がった。


「ああああ!!」


 殴られ怯んだ一匹へリゼルが襲い掛かる。刺突だ。魔訶の光を伴ってそれは猿蜥蜴エテラプトルの胸板を貫いた。黒い体液が飛び散った。更には蹴り飛ばす。もがき暴れる鉤爪を避けるためだ。


「見事なり」


 月照院が刀の汚れを払いつつ言った。彼女は盾で殴り飛ばされた一匹と剣で殴り切られた一匹との首を落としていた。電光石火の太刀筋だった。


「不思議な力を用いたものよ。≪魔法剣エンチャント≫のようでもあり、≪身体強化アデプト≫のようでもある。あるいはどちらとも違う未知の何かなのやもしれぬ。いずれにせよお主の力には相違ないが……なるほど、可能性は無限大よな」


 語りかけながら、月照院がリゼルの手を解きほぐしていく。剣にしろ盾にしろ硬く握り締めて離れなくなっているだろう。まだ僅かに光を宿してもいるが、月照院はものともしない。


「この月照院が見届けた。お主は今、戦う者のきざはしを登り始めたのだと。後はただ精進あるべし。弛まぬ努力のみがお主を高みへと至らせよう。そして願わくば力に溺れぬよう心をも磨け。この道には絶望の崖もある。しかしその先に続く道もまた確かにあるのだ。覚えておくがよい」


 剣に付着した体液を拭い、盾についた泥を払って、月照院はそれらをリゼルの手に取らせた。リゼルは受け取るなり膝をつき座り込んだ。


「凄いや、リゼル! 凄い凄い!」


 メルクリンが勢いよく抱きついた。リゼルはまだ呼吸を乱したままだ。トゥエルヴは距離をとって静かに佇んでいる。ライアスはその中間で顔を顰めている。


「それがリゼルの才能か……素晴らしい戦力だ」


 ロビアットはとても満足げだ。


「月照院殿の教導を拝見できたこともありがたい。白獅国の突撃兵は四国一と名高いが、その強さの秘密を垣間見た思いだ。それだけでもこの試験を受けた甲斐がある……ロビアットはそう思う」


 月照院はこれという返事もしない。ただ微笑んでいる。そして俺の方へ再び合図をしてきた。≪蔦絡≫で縛っていたソレを解放する。


 ソレは草を蹴って跳び出していく。速い。真っ直ぐに駆ける習性があるソレは狙い違わずリゼルへ向けて直進していく。側にはメルクリンがいる。どちらもソレに気づいた。


 メルクリンは即座に構えた。上手く重心を落とせている。彼女には腹の据わった所がある。守護外套ガーディアンの存在も大きいだろうが、恐れがない。


 リゼルは鞘に納めたばかりの剣を抜かんとして……抜かなかった。盾こそ構えたが、それだけだ。


 二人の足もとを駆け抜けていったのは、一匹の胴長鼠……芋虫が好物という無害な小動物である。


 拍子抜けしたような二人を見て、月照院は「ハッハッハ」と気持ち良さげに笑い、ロビアットは「ふむ」と首を傾げた。トゥエルヴは我関せずだ。


【アンタのせいじゃないわよ? 気にしないように】

(何がだ?)

【……前から思ってたけどさ、アンタ、もう少し他人を気にした方がいいんじゃない?】


 そういえばライアスはどこだ? ああ、あそこか。


 転んでいる。剣を抜きそこない足をもつれさせたか。


「ライアス君さ、その剣、何か不具合あるならいい武器屋紹介するよ?」

「い、いや、これは……」

「鍔んとこの金具だよ、きっと。大丈夫! 安心のバングランプ印を取り揃えたお店だからさ! ね!」

「は、ははは……考えておくよ、バングランプ嬢……」


 その後の戦いにおいてもライアスは精彩を欠いた。


 月照院の提案により一行の戦いぶりを陰から観察および補助している本日であるが、リゼルとメルクリンに長足の成長が見られる一方でライアスの失態が目立っている。


 今は黒蟻鬼ニグレギオンの群れと遭遇させたところだが……。


 相手は全身が硬い外骨格で覆われた蟻で、大きさは人間の子供ほどしかなく、興奮すると直立するという強みとも弱みともつかない習性がある。節足の爪はさしたる脅威ではなく、注意すべきは顎だけだ。それにしたところで頭の重さに対して首が弱いため素早い攻撃とはならない。


 月照院は単身で突出している。


【出ました、突撃の月照院。やっぱり伝統芸よね、これ。魔導師もビビるもの】


 大技を一切用いず、魔法はといえば刀身を強化するのみだ。あとは純粋な剣技で黒蟻鬼の首を飛ばしていく。まるで舞うような戦い方だ。リゼルが憧れるのも頷ける。


 トゥエルヴは月照院の戦果を拡大するように動いている。


【やる気があるんだかないんだかわからない戦い方よねぇ……仕事人的な?】


 最小の動きで回避と打撃とを連ねていく様はどこか人造鬼ゴーレムのような印象だ。冷徹とは違う。戦意なく戦い、殺意なく殺している。無駄がなく効率的ではある。


 この二人だけで黒蟻鬼ニグレギオンの統制は崩されている。そうなるように戦っているのだ。両名とも自身の最大の攻撃力を発揮せず、敵を分散させることを目的に動いている。


 ロビアットは≪風撃≫と≪風爪≫を使い分けて全体を攻撃している。


【優等生ね。教本通りに援護魔法を使ってるわ。こういうのが味方に一人いると楽なのよねぇ】


 ≪風撃≫は空気の塊をぶつける魔法だ。殺傷力は低いが不可視のため回避しづらい。広く撃って集団をけん制したり、絞り撃って個体の転倒を誘ったりと使い方に工夫がある。ロビアットは巧妙だ。≪風爪≫で節足を切断もするから、黒蟻鬼ニグレギオンはまともに戦わせてもらえない。


 そこへ果敢に攻めかかっていくのがリゼルとメルクリンだ。


 リゼルは剣と盾で、メルクリンは拳と脚で、それぞれに黒蟻鬼ニグレギオンへとどめを刺すべく攻撃を加えていく。


【巨大昆虫を血気盛んに滅殺する美少女二人……シュールだわ……】


 リゼルの精霊魔法もどきは未だ発動するか否かにむらがあり、一撃で倒せることもあればそうでないこともある。本人も戸惑っているのか上手く流れに乗れていない。それでも当初より格段に動きは良くなった。


 メルクリンは早くも何かコツをつかんだようだ。リゼル同様まだむらはあるものの、上手いところで敵の懐へ跳び込み、無駄はあれども明らかに魔力の乗った一撃を加えている。素晴らしく思い切りがいい。


 そしてライアスは……空回りしている。


【向いてないわねぇ。あれじゃ剣に振り回されてるわよ】


 細剣へ魔法を宿すことがまず上手くない。魔力自体は見るものがあるというのに、それを編み上げる技術が拙いのだ。まるで用途の合わない杓子で水をすくってでもいるかのようだ。


 剣技も鈍い。今も、折角≪雷剣≫が電光を閃かせているというのに斬り込めずにいる。威力を失う前にと焦って振ったところで当て所が悪い。一撃必殺を謳う≪魔法剣エンチャント≫としてはいかにもお粗末だ。


 戦闘が終わった。


 ロビアットがテキパキと指示を出し、怪我の有無や武器の点検が行われている。その際にリゼルとメルクリンへの戦闘評価も行っているようだ。二人は真剣な顔でそれを聞いている。月照院は笑みを浮かべてそんな三人を見守っている。トゥエルヴも側には立っている。


 ライアスだけが離れている。集合にも応じず、魔物の死体を見下ろし剣を握り締めている。


【アンタさ……アレ見てどう思うわけ?】

(ん? 別に……どうといわれてもな)

【…………そ。可哀想ね】

(可哀想、か。曲がりなりにも戦えているのだから、あとは工夫次第だろう)

【アンタのことよ……】


 よく意味がわからないが……どうあれ、三日間だけだ。


 月照院が提案しロビアットが承諾したのは、今日より三日間をリゼルとメルクリンの実戦訓練に当てるという教導計画だ。それが一行の作戦遂行能力を高め、より良い試験結果を得ることに繋がるという判断だ。俺としても否やはない。リゼルの能力向上は望ましい。二極精霊神の神秘に触れたい。


 夕暮れには合流するよう言われているが……どうだろうな。派手な戦闘が続いた。もう一度周辺を確認しておいた方がいいだろう。


【それにしても魔物が多いわねぇ……ここって国際都市の管理する森よね? こんな危険地帯だったかしら】

(大物は多くないようだが)

【それもおかしな話よ。こんなにウジャウジャ魔物がいるなら、それを食べる大物ちゃんがもっといるはずじゃない。魔物の生態系っていまいちわかんないわー】


 赤いのがぼやくのもわかる。俺も少し驚いている。


 その後も戦闘が多発した。


 昆虫系、蛇系、粘菌系と二十余りの魔物を屠ってからの合流になるとは……どれも小物だが攻撃的だった。ああも獰猛では充分に脅威だ。


 妙な疲労感もある。慣れないことをしているからだろう。戦闘斥候という役割でなければもっと疲れたのかもしれない。


 ああ、耳鳴りがするな……野営地へ行き、少しでも寝ておこう。


 あと二日はこんな日が続くのだろうから。

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