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第11話  鎮鬼森/斥候と補給

 月下の森を駆ける。


 守護外套は羽織らず、左手には特製の棒を握っている。


【十一時の方向、黒虎蜂グランベイ、七匹。四時の方向、影色狼ブレガルム、四匹。六時の方向上空、夜翼鬼ナットアンゲル三体。地中からも何か来るわよ】


 速度をそのままに≪探単音ピントーン≫を打つ。囲まれつつある。もう一度≪探単音ピントーン≫。相対速度を把握。迎撃手段を確定。


【後ろ! 影色狼! すぐ!】

「……炎よ、立て」


 跳びかからんとした一匹を巻き込むように≪炎壁≫を発動させた。夜を払って噴き上げる熱気の向こう側に残り三匹の姿も認める。


「捕らえよ、蔦草」


 右手で指させば≪蔦絡≫により三匹の足が地に縛りつけられた。すぐにも解かれようが、今この瞬間は動けまい。


「舐めろ、火の舌」


 未だ残る火炎の壁を利用し、そこから≪火線≫を伸ばした。草ごと焼き殺していく。


【正面、蜂!】


 火の色に照らされて、俺の上半身ほどの全長をもつ七匹の蜂が滞空している。凶悪な顎をガチガチと鳴らせている。火炎を背景にしていなければすぐにも襲われたろう。


「火よ、動け」


 ≪火動≫で≪炎壁≫による延焼を操作する。俺と蜂とを隔てるように。蜂の周囲を囲うように。あとは≪火薙≫で一挙に殺せる。間に合うか?


【直上! ≪闇弾≫!!】

「我は風なり」


 ≪飛行≫を発動。熱気に乗り植生の天井を突き破って、星を散らせる空へ。


 黒い高速飛翔体三つの合間を縫うように飛び、月を背に翼を広げる魔物のもとへ。


【≪闇弾≫また! 上位種かもしれないわ!】


 骨身に響く音を立てて飛び来るそれを回避。赤をたなびかせて飛翔。敵に背を見せて大きく旋回。唱えるのは必殺の呪文。


「ギュフ、ファレッグ、マンズ、ヒポクラム・バイル……ラッド、ミカエルン・アウィス……」


 発音し、魔力を編み込んでいく。≪飛行≫は切った。自由落下状態だ。


 風が轟々と音を立てている。黒い翼人のような姿の夜翼鬼ナットアンゲルが追いすがってきている。≪闇弾≫の第三波が放たれようとしている。回避しなければ死ぬ。


 だが、問題はない。


「飛び行き追い打ち焼き砕け。緋の火、燕の炎、疾くも疾く」


 俺の方が早く、強い。


 さあ……死ね。


「≪追火弾レッドフォックス≫」


 火球を撃ち放つ。一発、二発、三発……四発。立て続けに。


 流星のようにそれらは飛ぶ。俺の注視する先へ。


 描くは火の軌跡……三体の夜翼鬼ナットアンゲルへ。


 先頭の一体に直撃した。爆発が大輪の花を咲かせた。黒煙には黒い肉片も交じる。残る二体とて逃しはしない。散開したとて二方向。こちらの火弾はあと三発生きている。


 追え。どんなにか速く上手く飛ぼうとも、当たれ。俺が見ている。


 追え。曲がれ。当たれ。そして焼き滅ぼせ。


 そら……終わった。


【見事なもんね。アンタが切り札にするのもわかるわ】


 夜空に追加された二輪の爆炎と、地上にも咲いた一輪とを見渡せる空中で赤いのの声を聞く。≪浮遊≫で降下していく。


【ミサイルを想像してたんだけど、アンタの魔法の方がよっぽどエグいわ。速度も機動性もとんでもないんだから。小回りが違うのよね】


 感心しているのか呆れているのか、判別のつかない口調だ。


 着地前に≪命探≫を使う。いる。地中に大物が。長さがないところから判断して地中獣モールの類か。空からの一撃で蜂を屠った辺りに静止している。難物だな。逃すと後々厄介だ。


「土よ、石を成せ」


 地に触れた足先で≪石成≫をかける。地中獣モールの周辺を覆うように。地表へも出させない。魔力を注いで頑強な棺桶を作った。異変に気づいたか? もう遅い。


「土よ、水を成せ」


 ≪水成≫で棺桶の内部を占める土を全て水へ変化させた。敵は暴れている。魔力を注ぎ続ける限り棺桶は壊れやしない。


【エグいわねぇ……安全確実だけど、アンタ、涼しい顔して本当にエグいことするわよね】

(殺し方に優劣があるのか?)

【ないわね。死に方に美醜はあるけど】


 地中は静まった。この死は美しいのか、醜いのか。時が経てば棺桶は土に戻り、敵の死体もまた森を巡る養分となろう。花の一輪にでも繋がればいいのか。


 違うな。敗死は全て醜いものだ。


 俺の人生は美醜いずれに決着する?


【そろそろ疲れてきたんじゃない?】

(……少し)

【戦果的にも充分なんじゃない?】


 今夜の戦果はどんなものだったか……。


 地中獣モールらしき何か、一体。黒虎蜂グランベイ、十五匹。夜翼鬼ナットアンゲル、三体。影色狼ブレガルム、四匹。豚鬼ゴブリン、九体。猪鬼ホブゴブリン、二体。犬鬼コボルト、三体。幽鬼ガスト一体。鬼火ウィスプ三個。


 まずまずか?


 夜闇に不吉な姿を見せた幽鬼ガストらを蹴散らし、岩窟に豚鬼ゴブリンの巣を発見してこれを襲い、最後はわざと身を晒して敵を誘い出し殲滅した。


 受験者一行から独り離れての戦闘斥候……それが俺の役割だ。


 ロビアットの提案だった。


「レンマ・トキオン。お前は恐らく周囲と足並みを揃えることができない。良し悪しではなく、いるのだ。そういう者は。敵の意表をつくことと味方の作戦を乱すこととを区別なく実行してしまう者……軍にとって幸いとなるか災いとなるか判断のつかない者……英雄となるか戦犯となるかは時代が決めるという」


 生真面目な顔でその軍服の少女は言った。


「ロビアットはお前が怖い。第一印象からだ。あの白い部屋に入ってきた時、お前は我ら全員を実に冷めた目で見ていた。静かに睥睨していたのだ。まるで青果市場に並ぶ春紅玉を見回し、その粒の小ささに一気食いを意図したロビアットのように……取るに足らないものとばかりに」


 例えはよくわからなかったが、俺を危険視していたことは確実だ。そして俺は弁解しなかった。


【もう帰ったら?】


 耳元にそっと囁かれる声を聞く。戦意を鎮めて考える。≪探単音ピントーン≫で得た情報によれば周囲に脅威は存在しない。明くる朝に一行がこの辺りを通っても問題はないだろう。


【野営地へ行く】

(そうなさい。きっとアンタの荷物を抱えて待ってる子がいるわよ?)

【身軽でいい】


 闇を汚すあちらこちらの残り火へと広く≪消火≫をかけ、夜を夜らしいものとする。そして俺もまた暗闇の中へ。≪潜伏歩フォルスネイク≫発動。


 独り夜を行く。


 木々の作る隙間天井には遥かな世界が覗ける。暗闇の底を這うような己のちっぽけさを思う。


 魔導師は……どちらの側だ?


 俺の手は……届くのか?


 星には届かなくとも、アイツにくらいは……!


 走る。これという訳もなく。


 赤マフラーが首を温めてくれている。


 やがて見えてきたのは、俺の散らかした火とはまるで違う色で灯る、焚火の明かりだった。 


「お帰りなさい、レンマさん」


 リゼルだ。温かさと明るさの作る小世界の縁に立って、金髪碧眼の彼女が俺を迎え入れた。夜空の色の守護外套ガーディアンをその身に羽織っている。


「遅かったので心配しました。怪我はありませんか? あ、今お水を持ってきますね。それと、お鍋に干し肉入りの山菜煮込みが残してあるんです。すぐに温め直しますね」


 促されるままに火の側へ腰を下ろした。ここは妙に居心地がいい。敷設した結界の影響か。


 頬に熱を感じながら、揺らめくようにして照らされている小世界を眺めた。


 俺とリゼル以外の誰もが皆、火の周りで静かに休んでいる。


 月照院だけは……あれは起きているな。


 背嚢を背に得物を抱え、目を閉じているだけだ。まるで隙がない。


【月照院はやっぱり月照院ね。伝統なのかしら】

(似ているのか?)

【気をつけなさい。アレがアタシの知るタイプなら背後から近づくと斬られるわよ。近づかずに殺気を飛ばしても遠当てがくるの。くしゃみにも注意。思わず斬撃出したりするから。アンタの父親も死にかけたわよ? あの頃のアタシは忠義者だったから必死で防いだけど】

(……物騒な生き物なんだな、月照院というのは)


 リゼルが来た。満面の笑顔だ。


「はい、どうぞ。お代わりもありますから」

「ありがとう」


 碗を受け取り、すする。干し肉の旨味と塩気が山菜の薬味に整えられていて味わい深い。麦粉を練ったものも入っていた。つるんとした感触で、噛むとモチモチとしている。今しがた入れて茹でたものらしい。汁と共に喉へ下すと柔わらかく胃の腑へ下っていく。腹がじんわりと温まる。


 ふと見ればリゼルが隣に座っていた。何かを期待するような眼差しを俺へ向けている。待てと言いたい。お代わりはまだだ。


「……美味いな。味わって食べる」


 だから待て。お座りして。それに自分でよそえる。


「わあ、良かったです! 今夜の鍋は自信作なんですよ。いい山菜が集められましたから」


 リゼルは嬉しそうな顔で両手の拳を握りしめた。所作のいちいちが昔飼っていた犬を思い出させてならない。頭を撫でたり顎の下を掻いたりすると尻尾を振って喜んだものだ。


 思えば色々な動物を飼ってきた。与える餌が名前代わりだった。犬の「ニク」、猫の「サカナ」、鳥の「タネ」、兎の「ヤサイ」、いたちの「ネズミ」、猿の「ウマイノ」……その法則でいえば俺は「マモノ」か。ロビアットは鋭いな。


「ロビアットは凄いですね」


 リゼルが語り出した。


「戦術っていうんでしょうか。いつも自分一人のことだけじゃなく、全員をよく見て指示を出してくれます。魔物が出たら月照院さんとトゥエルヴが前へ出て、メルクリンとライアスがそれを援護、ロビアットは全体を見ながら魔法を使います。私のことを側で護ってもくれます」


 六人は月照院頼りの戦い方をしている。説明されるまでもなく俺はそれを知っている。何度か遠巻きに観戦したからだ。


 巧みな隊形と戦術だった。月照院を先頭で自由に戦わせ、トゥエルヴはその援護と討ち洩らしへの対応役となる。少し下がったロビアットは防衛の要だ。輜重隊に等しいリゼル、素人で戦闘どころではないメルクリン、実力の足らない様子のライアスを護りつつ指示と魔法を飛ばす。


 月照院、か。


 今も静かにこちらの様子を窺っている。寛ぎの中に過酷を思い息を潜めて……月照院にとっての赤マフラーはあの反り身の片刃剣、太刀か。名のある一振りなのだろう。


「……月照院さんも凄いです。私、≪魔法剣エンチャント≫を使った戦いって初めて見たんですけど、魔法が剣に宿るんですね。剣が届かなくても敵を斬ったり、何本も剣が増えたように斬ったり……しかも綺麗です。斬る前も、斬っている時も、斬り終わった時も。見惚れちゃいます」


 声に憧れの響きがある。魔法に詳しくないリゼルにとって、剣技に魔法を乗せる戦闘技術は具体的な凄みをもって感じられるのかもしれない。


 リゼルは火を見ている。そこに何かを覗いている。


 火が小さく爆ぜた。枝が崩れて赤々としたものが覗いた。


「私は、ずっとお父さんに護られてきました。戦争がなければ、今もきっと……」


 いい父親だったのだろうな。


「伯爵家へ引き取られて、自分がどれほど護られていたのかを知りました。どんなに豪勢な暮らしをさせてもらっても、私の心は凍え、飢え、痛みましたから。誰も護ってくれませんでしたから。もうこれ以上は耐えられないと逃げ出した先で……レンマさん、貴方に出会ったんです」


 俺も凍え、飢え、痛い思いをした。あのダンジョンの冬に。こんな所に居てたまるかと脱出もした。


「貴方は言ってくれました。私に強さがあると。今はこんなですけど……可能性があると。貴方が見てみたくなるような、そんな未来があると」


 光の精霊と契約できそうな人間だ。当然だろう。


「嬉しかった……お父さんが命を懸けてくれただけの価値が、輝かしいものが、私の命に秘められているのだと……そう思えましたから」


 命の価値か。俺のそれは魔導師を倒せるか否かで決まる。


「私も、戦いたいです」


 煌めく瞳が俺へ向けられている。火の照り返しか? それとも別の何かか?


「護られるのではなく護れるように、お父さんの死が報われるように、私が私を誇れるように……そして何より、独りでどこかへ飛んでいく貴方の側にいられるように……私は強くなりたいんです」


 返事をすべきなのだろうか。欲張りだな、と。


 赤いのは黙ったきりだ。下手なことを言うと首を絞められる気配がある。


 これは……難しいな。


 火の音を幾つ、瞳の煌めきを幾つ数えたろうか。


 わざとらしいほどに足音を立てた女が、厳かさを漂わせて、言った。


「話は聞かせてもらった。この月照院が助太刀いたそう」


 黒髪に月風を受けて、白獅国の強者が嫣然として微笑んでいた。

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