第9話 宮殿/魔法適正検査
王城とも神殿とも見える白い建築物群……それが国際都市の政治中枢であり、人類の英知が結集する学究機関であり、世界最大の鎮守大結晶の在所でもある「リンドリム宮殿」だ。
年に二度の魔法適性検査はその敷地内会場にて行われる。
リゼルは希望に燃えていた。
「私は天涯孤独の身の上です。国へは絶対に帰りたくありません。魔法適性検査で何としても良い結果を出します。そして千年騎士団の入団試験にも合格します。レンマさんと一緒にいるためになら、私……私は……!」
俺としては二極精霊神の一極との契約も期待している。それら全てがリンドリム宮殿で叶うのだから、勇んで当然なのかもしれない。
メルクリンもまたやる気に満ちていたな。
「僕はバングランプ家の人間だからね。世界を相手に大きな商いをしたいんだ! そのための拠点とすべきは国際都市! 目指せ、永住権! ちなみに僕、いくら教わっても全っ然魔法使えないんだけど、一回だけ火を出せたことあるんだよねぇ?」
不思議な話だった。魔法を使えない人間には二種類がいる。心身に湧き出ずる魔力量が少ない者と、魔力は湧けど体外へそれを放出できない者とだ。母さんは後者にあたる。
リゼルに張り倒されたライアス・ビームガンという男も魔法適性検査の受検者だった。
「んだよ、お前も受けんのかよ。そういや国際都市って犯罪者が逃げ込む先っつーもんな。国から追われたって、ここじゃどの国もでかい顔できねぇし……何だその目は。俺は違ぇぞ。俺はここで栄光の第一歩を踏み出すんだ。同じ魔法使いっつったって、どこの国の認定よりも国際都市の認定が格上だかんな」
魔法適性検査は鎮守大結晶の機能を利用するため、各国の首都と国際都市との五か所で実施される。受検した場所によってその後の国籍や就職先が左右される。
俺にも赤鳳国の首都で受検する選択肢はあったが、それを選ばなかった。アイツを探し出し討ち果たそうとするならば国際都市に所属することが最も理に適う。
そう……だから後悔はない。決して。
たとえ裸に剥かれ、ドワーフの毛むくじゃらの手にもみくちゃにされようとも。
「なんじゃあ、こりゃ! 細っこいくせに頑丈な体じゃのお! 何の肉食って作ったんかのお!」
「傷、多いのぅ。数も種類も多いのぅ。資料として保管したいのぅ」
「柔らかで繊細なものを扱う手じゃな……切った張ったは合わん。奏でる者の指をしとる」
たとえ薬液を飲まされ、エルフの冷たい視線にためつがめつ眺められようとも。
「異常。その一言に尽きる。この世に生を受けて二十年と経つまいに、かくも魔力に染まりきるとは」
「まるで魔法を使うためにこしらえた人造鬼のよう……明確な開発方針が感じられる……」
「ふむ、剛なる属性のようだ。ただし変移が認められる。生来の属性を薄めようとした形跡が……」
ドワーフ。
ずんぐりむっくりとした体格と美髭が特徴的な妖精族で、酒を愛し鍛冶を得意とする。人間が十属性を万遍なく取り扱えるのに比べ、彼ら彼女らは火、土、獣、雷、闇の五属性しか扱えない。その代わりに人間では及びもつかないほどにその五属性が強力だ。剛の属性ともいわれる。
エルフ。
すらりと手足の長い体格と美貌が特徴的な妖精族で、花を愛し薬学を得意とする。人間やドワーフに対して彼ら彼女らは柔の属性を持つといわれ、その内容は氷、風、水、木、光の五属性だ。やはり極めて強力であり、もとより魔法を得意とする種族のため高位の魔法使いが多いと聞く。
この世界の最大多数は人間であり、エルフやドワーフは強力なれどそれぞれの隠れ里とも縄張りともいえる鉱山や森林の奥地に篭って滅多に人間と交流を持つことをしない……というのが常識だ。
何でリンドリム宮殿にはこんなにも彼らがいる?
妖精二種族は深刻な敵対関係にあるはずでは?
どうしてこの検査内容が噂として出回っていない?
疑問を投げかける相手もいないままに翻弄され蹂躙され、気がつけば全裸で衣装籠の前に立ち尽くしていた。悪い夢を見たような気分だ。
とりあえず肌着をと伸ばした腕へ赤マフラーが絡みついてきた。蛇か。
【アイツよ! アイツの差し金よ! この春からなのよ、こんな突飛な検査になったのは!】
(どういう……)
【見たの、アタシ、モーちゃんを! あ、ほら、こないだ話した風紀委員よ!】
(千年騎士団の精霊使い……)
【そう、モーデンキア! 何か出世してたわ。それで、アタシのこと見てぼやいてたの。コレが持ち込まれたからにはアイツの言葉を認めざるを得ないって! 検査の徹底化が間に合ってよかったって!】
(それは……つまり……)
【アンタの父親はここへ来た! モーちゃんと会ってここの検査内容を変えさせた! そしてアンタは千年騎士団の幹部に目をつけられたってことよ! もうお家騒動は起きないと思うけど……】
眩暈がする。聞きたいことが山ほどできた。
(家……?)
【アンタの母親絡みよ。知りたきゃ手紙でも書きなさい。アタシからは何も言わないわ】
(何で……?)
【血筋なんざアタシにはどうだっていいからよ。覚えておきなさい、正義の心ってのはね、遺伝しないの。魂で感得する心意気なのよ。いつかアンタがそれに目覚めた時、そのお手製の正義をアタシが真っ赤にたなびかせてあげるわ!】
俺は励まされている?
鈍いままの頭をどうにかしたくて、額に手で触れた。
「おい、お前……おいって! 聞けって!」
声の方を向くと、櫛を手に派手な服の男が立っていた。ライアス・ビームガンか。
「いや、その、気持ちはわかっけどよ? 俺もまさかこんな目にあうとは思ってもみなかったというか……今すぐにも酒かっくらって色々と忘れたい気分だけどよ? まあ、何だ……元気出せって。さすがにそりゃないって。な?」
恐る恐るといった風に、ライアスは俺の肩に触れてきた。温かい。
「服を、着ろ」
眉根を寄せたライアスにひどく真剣な口調で言われた。
「ないって。裸で首に赤布巻いてるだけってのは。何かもう……気の毒で……」
うながされるままに服を着て、引かれるままに次の部屋へと向かう。まだ魔法適性検査は終わっていないからだ。
「レンマさん!」
「レンマ!」
「……どうしてお前にだけとは思うんだが……今はいい。元気になってから俺の踏み台になりやがれ」
ライアスに背を押され、リゼルとメルクリンに迎え入れられた。二人は元気そのものだ。
「私、初めて妖精族の方と会いました。さすがは世界の中心、リンドリム宮殿ですね」
「ホントだね! 僕、いきなりの商機に大興奮したんだけど、相手にしてもらえなかったよ」
「ふ、美しい花とは愛でられることにも慣れているということか。お二人は、その……やはり色々とされたとは思うのだけれども……ど、どうなの、そのあたり。何された? ねぇ、何された?」
「……別に、普通の身体検査です」
「ちょっと緊張したけどね! ドワーフの女性って子供にしか見えないからハラハラしちゃうし、エルフの女性って美人だからドキドキしちゃうし!」
「し、身体検査……ハラハラ……ドキドキの……女同士の……!」
「目つきがいやらしい……何なんでしょう?」
「色好みは不治の病っていうよね。とりあえず殴っとく!」
白い部屋だ。飾り気はなく姿見が何枚か壁に掛けられている。閑散としたものだ。
最初の広間で説明を聞いていた際は百人近くの受検者がいた。今は七人しかいない。俺、リゼル、メルクリン、ライアスの他には女が三人きりだ。
黒髪の女は一目で出身国が知れる。
独特な長衣といい、腰に帯びた反身の剣といい、東方白獅国の人間に間違いない。長身だ。目を閉じ、頭がもう二つあるのかというほどに大きな胸を腕組みで支えている。どこか高貴な印象もある。
桃色髪の少女は背が低く細い。幼い。
年下なのだろう。その割に着込んでいるのは黒竜国のいかつい軍服で、作りから判断して士官のものに見える。腰に銀鎖でぶら下げている短杖には魔晶石が輝いている。軍人然とした態度が容姿に不似合だ。
白毛の短髪の女は……何者だろうか。
灰色の運動服から覗く手足は青白く生気が感じられない。体重も察せない。存在感がない。そのくせ無視できない。薄水色の瞳が一度だけ俺を見たからか。それとも……鏡に映る自分を見たような気分だからか。
三人は無言で佇んでいる。知り合いではないようだ。
「それにしても、何でこれしか人がいないんだろ? 魔法適性検査って合否判定とかじゃないよね?」
「何を言うやら、可愛らしい君よ。リンドリム宮殿の魔法適性検査といえば世界最高の選抜試け」
「そうですね。あくまでも魔法の行使に向いているかどうかを調べるもののはずですが……」
「ゴホン、だからそれは違うのだよ、可憐なる君。真に才ある者を見出し、いずれ英ゆ」
「実は僕、魔法使いでなくてもいいんだよね。税制優遇はおいしいけど、ここを拠点とする権利さえもらえれば何とでもなるし」
「ちょ、あの、俺の話を聞」
「私は魔法使いになりたいです。何としても」
見知った三人はといえば今も何やら騒々しくしている。
合図もなく扉が開けられたが、驚いたような仕草をしたのはうるさい三人だけだった。
「諸君、待たせたな」
くぐもった声と共に姿を見せたのは紫紺の長外套をまとった……骸骨だった。
うるさかった三人が更にうるさくなった。黒髪の女と桃色髪の少女もそちらの側へまわった。無反応は白毛の女と俺だけか。ん? また俺を一瞥したな。
さて、どうする。
これは入室といよりは侵入というべきなのだろう。骸骨が直立不動で異様な雰囲気を放っている。どういう魔物だ?
【ああ、あれがモーちゃん。あのドクロ仮面は彼女の私物よ。仮装用品の収集と装着が趣味なの。自作もしてたわ】
千年騎士団の幹部は暇人らしい。
「どうした? 受検者九十八名の中から選りすぐられた諸君らのことだ。まさか対魔戦闘の未経験者などはおるまい? この程度のことで取り乱すようでは見込み違いも甚だしいということになるが」
【おおー、凄い凄い。雰囲気出してくるわね。やるじゃない、モーちゃん!】
黒髪と桃色髪は既にそれぞれの得物に手をかけている。ライアスに至っては抜剣し……てはいないか。手間取っている。
モーデンキア。雷属性の精霊使いだったか。実力は確かなようだ。一触即発の雰囲気を作り出しておきながらも自らは何の構えもとらず落ち着き払っているとは。
「断言しておく。諸君らには選択肢は二つしかにゃ……二つしかない」
【噛んだわね】
「フ……クックック……運がいいのか悪いのか……クックック……!」
【不自然な笑いで落ち着くための時間を稼ぐ、と。やっぱりモーちゃんねぇ】
茶番だ。部屋は緊迫した空気に包まれているが。
座ってウトウトとしていてもいいだろうか。白毛、今小さくあくびをしたか。そういえばリゼルとメルクリンはどこだ? ああ、俺の後ろに回っていたのか。
「一つ、ここで見聞きした全てを忘れて逃げ去る。お薦めの選択肢だ。向こう三年間は監視をつけるが、平和な日常へと立ち戻ることができるぞ。ああ、魔法適正検査については受検した記録も残らん」
長衣の袖から白骨の腕が表れ、その人差し指をピンと立てている。袖の中で模型でも操っているのだろう。
「一つ……これはあまりお薦めできない選択肢ではあるのだが……千年騎士団の入団試験を受ける。つまりは命懸けの試練に挑むということだな。魔法適正検査の結果については望む内容を記してやろう。何なら相性のいい属性も教えてやるぞ?」
俺と世界とを隔てる赤い布へ吐息した。
【……わかってるわよね?】
瞑目する。
わからいでか。露骨過ぎて吐き気がするほどだ。
誘っている。
煽っているしか思えないその誘いに、隠すつもりもなさそうなその罠に……乗ろう。
ダンジョンを一季節で抜けたところで届かなかったようだが、ならば次は更なる予想外を成すだけだ。距離は縮まっているに違いないのだから。
【気づいてる?】
(ああ……)
白毛が俺を見ている。薄水色の瞳には何の感情も読み取れない。どうでもいい。お前が何者であろうとも、もしも邪魔をするのなら排除するだけだ。
左腕に触れようとして、右手が動かしにくいことに気づいた。
リゼルが袖を指先で掴んでいた。
まあ……いいか。
俺はそれを振り払わなかった。静かに息を吸う吐くし、桃色髪が二つ目の選択肢を選ぶと宣言する声を聞いていた。黒髪がその後に続きそうな様子だ。
俺の番は白毛の先になるか、それとも後になるか……それが少し気になった。