Chap.5 白馬の騎士
「思ったより早かったな」
彼は呟いた。
そう広くもない部屋に六体の壊れたパペット、三体の死体、爆発で壊れた機材。それに彼と、まだ生きているパペットが四体。開け放されたドアの向こうには別に二人の死体が横たわっている。
彼は壁にもたれていた。
手を出さなければ、最初からパペットが攻撃してくることはない。強襲に驚いて攻撃を仕掛けた彼らを――それを予想して仕組んだとは言え――少し哀れに思った。
「条件該当者、一名」
機械の割には滑らかな電子音声で、一体のパペットが発言する。
「これより確認をいたします。ご回答が得られない際は、強硬手段を取る場合がありますのでご了承ください。あなたはレイノルド・ライネイ・アバルキン氏ですか」
「そうだ」
「その発言を肯定と受け取ります。声紋が登録されたサンプルと一致しました。あなたをレイノルド・ライネイ・アバルキン氏と認めます。私どもの任務は、あなたの身柄を確保することです。ご同行を願えますか」
「断ったらどうする?」
「その発言を質問と受け取ります。私どもは今回の任務遂行にあたり、障害除去の許可を得ています。また目標であるアバルキン氏の抵抗が一定の度合いを超える場合は、暗殺に任務を切り替えるように求められております」
「つまり、力ずくででも連れて行くし、抗えば殺すという意味か」
「その発言を質問と受け取ります。はい、その通りです、サー」
「解った。同行する。だが、私は自分の足で歩きたいし昏倒させられるのも嫌だ。お前が先を歩けばついていく」
「その発言をご同行に承認を得たと受け取ります。ご理解ありがたく存じます」
「それから」
遮るように手を振って彼は言葉を続けた。
近付いてきた二体のパペットに触れるなと告げる。
「私が目的であるなら、これ以上、他の人間を傷付けることは明らかに障害除去の範疇を越える。この建物の内外にかかわらず、お前たちに人を攻撃する口実はないはずだな」
「その発言を質問と受け取り」
「いや、違う」
レイは冷え冷えとした声で遮った。
「これは要求だ。今すぐ、誰にも敵対行動を取らないことを確約しろ」
パペットが厄介なのは、数だ。
人間と較べても一体ずつはそれほど優れた格闘能力やずば抜けた体力を持っているわけではない。しかし、たった一体でも相手にしたら、際限なく追っ手がよこされる。個体の情報は二十秒おきに十五メートル四方の同型パペットに伝えられ、共有が行われるため、一度敵だと判断されたら周辺のパペットをすべて根絶やしにするまで戦闘は終わらない。そして同様の理由で、一体でも逃がせば敵襲は永遠に続く。
自分の個体情報を敵として認識したパペットが、全宇宙に億を超える数で散らばる。
ぞっとしない想像だ。
体力を使いすぎないようにセーブしながら次々と現れるパペットを壊しながら、自分が笑みを浮かべていることに牙は気付いた。
こういうのを、焼きがまわったとでも言うのだろう。
相場を軽く超える報酬で確実なはたらきを提供し、畏怖を持って名を知らしめ、特定の相手と組むこともせず、携わった仕事のほとんどを成功させてきた。
その自分が、依頼を放棄して人質を逃がし、挙げ句にはその命を救うために身代わりとなってパペットを敵にまわした。
半日前の自分にこの状況を説明しても、絶対に信じまい。
だが、体が勝手に動いたのだ。
何が起こっているかを頭で理解する前に、駆け出してあの若者を助けていた。浅く息を吐いて蹴りを突き出し、パペットの認識タグが砕けたのを確認すると屈んでひとつ頭部を手に取った。手袋に仕込んだナイフで器用に後頭部を開く。
ひゅ、と空気が唸った。新たなパペットが二体。牙は視線もくれずにレーザーを水平に薙ぐことでそちらの始末をつけた。
小さなチップを取り出したところで、頭部を捨てる。
走って下の階へ移動しながら、手のひらぐらいの大きさの端末を出すと蓋を開けて中にセットした。チップの読み込みとゴーグルへの同調が平行して行われる。
人質は、もう建物の外へ逃げただろうか。
一階まで降りるのはもう少し時間を置いてからの方がいいかとちらりと考えた牙の前、前触れもなく五体のパペットが現れた。問答無用で足止めを食い、相手をしていたその時だった。
突然、攻撃が止んだ。
訝しく思って牙は眉をひそめる。動かないパペットに手を出せないのは、習慣というか、体に染みついた癖だった。
と、ほぼ同時にチップの読み込みが終了し、周囲のパペットとの情報共有が始まった。
ゴーグルに流れる数式ばかりのデータを目で追った牙は、思わず機材の故障を疑った。自分や他の人間を標的からはずす指示がパペットたちの間に流れていたのだ。この指令を信じるなら、『障害』の情報はリセットされている。再びこちらから手を出さない限り、パペットが牙を攻撃してくることはない。
(何が起こった…?)
敵と認識された人間がパペットの標的からはずされるなど、聞いたこともない。
二階と三階をつなぐ階段の、踊り場。
そこでパペットたちと立ちすくんでいた牙は、急に上を振り仰いだ。『最優先事項』を『実行中』の数体が、『目標を確保』した状態でこちらに向かっていると知ったからだ。
人形たちの足音が重なって響く。
やがて目に見える形で、無数の灰色の足が階段の上に現れた。近くのパペットは次々と彼らに合流していて、時間と共に『最優先事項』を『実行中』の数が増えていく。
「ああ」
かすかな声を、音声と認識して牙の耳の増幅器が拾った。不思議な安堵が吐息に滲んでいる。明らかにこちらに聞かせるつもりのない音量の声で、その人物は独り言をこぼす。
「良かった。まだ生きている人がいたのか」
途端に牙の胸を、心臓が何かでぎゅっと縛られたような強烈な感覚が襲った。
さっきまで盗聴していた、あの声だ。
パペットたちの中央。
彼らに『確保』された『目標』。林立する人形たちより背が低く、隠れてこちらからはよく見えない。思わず最も近くのパペットを選んでその視覚情報にアクセスすれば、息を呑むような怜悧な美貌を隣に見下ろす映像がゴーグルの内側に映った。
まだ、ほんの、少年。
その漆黒の髪と耳元にきらめいた青いピアスを見た瞬間、牙は脳髄に焼けた金属を流し込まれたような錯覚に陥った。頭が焼けるようだ。
「お前、は…」
その声を聞きつけて、少年が顔を上げる。もちろんパペットの方を向いたわけではないので、牙はその動作を横から眺めることになった。
「道を開けろ」
「その言葉を要求と受け取ります。要求の範囲があいまいです。詳細な条件をお申し付けください」
「あちらの人物と話が出来るように場所を空けろという意味だ」
「訂正を受け付けます。あなたは現在、私どもに身柄を拘束されております。自由にすることはできません」
「間違えるな。私が同意したのはお前たちに同行するという部分だけだ。要求が通らない場合、私はお前たちに抵抗する用意がある。彼と話をすることで逃げ出すつもりもない。ここで数分間の遅れを許容することと、私の抵抗を受け任務の切り替えを行うことでは、どちらがより建設的かを検証しろ」
「その言葉を要求と受け取ります。要求に従い、検証に入ります」
子供のくせに、理路整然としていて口が達者だった。パペットたちと同調を続けている牙のゴーグルには怒濤のごとくシミュレーションのデータが流れていく。とても牙の目では情報を追いきれなかったが、出された結果は明瞭だった。
「要求に従います」
よく仕込まれた軍隊のように一斉に、パペットたちが道を開けた。
階段の上。
踊り場から、牙は真正面に少年を見上げている。画像が必要なくなって、ゴーグルから映像を切った。
彼はゆっくりと降りてくる。
まるで、整列した近衛兵の間を歩いてくる王のようだった。囚われの身でありながら、圧倒的な威厳をもってその場に君臨している。また実際、誰かがこの少年を傷付けようとしても、パペットたちが身を挺して守り抜いただろう。彼が害されることは、確実に彼らの任務の妨げであると判断して。
ことん、と、小さな足音ひとつで、少年は止まった。
階段を二段分、牙より高い位置に立っていたが、目の高さはそれでも牙の方が上だ。
「パペットを言葉で丸め込むとは、大したものだな」
「あれは扱いやすいんです。より有益な選択肢を選ぶように作られていますから、こちらでもうひとつ不都合な条件を作ってやれば大体の要求が通ります」
「なるほど」
自分の体が震えているのではないかと、牙は恐れていた。
喉が干上がったようになっている。
「必ず最優先のターゲットになる立場でなくては言えない台詞だ」
その挑発を、相手は瞬きだけで受け流した。
「他に生存者は?」
「さあな」
「じゃあ、ここに最初何人いたか知っていますか」
なぜ答える義務があると言ってやろうかと思ったのだが、口は勝手に「五人だ」と返事をしていた。ごく一瞬、少年の表情が歪む。
「では少しの間、パペットを止めておきます。先にこの建物を出てください」
「何」
「この建物は、崩壊するかも知れませんから」
生意気な言い方をする。
「奴らのターゲットから私をはずすように命じたのはお前か」
「はい」
「なぜだ」
「人質に攻撃をさせるわけにはいかなかったんです。だから、俺以外を度外視するように求めました」
「良かった、と言ったな」
「え?」
「まだ生きている人間がいたと」
わずかに、少年が困ったような顔をした。ひんやりした印象が崩れて、目を奪うほどに愛らしい表情になる。牙の胸がざわっと波立った。
「聞こえていたんですか」
「私は、お前から身代金をせしめようとした一味の人間だ」
「今もでしょうか。人質は逃げて船に戻り、あなたの仲間は全員パペットに殺されました。俺は、人質さえ無事ならそれでいい」
「…私にまで」
ぎりっと、牙は奥歯を噛んだ。絞り出すような声で吠える。
「人形にするような喋り方をするのはやめろ。なぜ貴様は私を助けようとする」
何を叫んでいるのだろう。
相手の言葉は理にかなっている。それ以上の何を求めているのだろう。
「なぜって…」
子供が困惑している。
自分は、彼に、何を言わせたいと言うのだ。
「死んで欲しくないから、じゃ、理由には足りませんか」
眉を寄せて少年は牙を見つめた。
解っている。
ありえないと知っている。望んでも意味がないと知っている。これは赤の他人だ。
(くそ…!)
右の拳を横へ振り下ろした。シュッと空を切って、手袋の甲の部分から細身の刃が飛び出す。反動そのままに少年に向かって突き上げる。
相手の黒い目が愕然と丸くなり、いっぱいに牙の姿を捉えた。
驚愕を与えたことに、わずかな喜びを覚えた。
「何をっ」
ギィンッ、と刃が弾かれた音がする。ゴーグルには『障害発生』のコマンドが点滅した。パペットがこちらへ向き直る。
「来るな!」
それでも牙を庇おうと、子供は叫んだ。彼もまた手練れだ。動きに無駄がなく応戦する一打が厳しい場所を突いてくる。その上こちらの相手をしてもなお、頭を働かせる余裕があった。
「お前たちパペットは足手まといだ! 却って私を傷付けるぞ」
その言葉の検証が始まって時間が出来る。
「何故です」
と少年は牙へ叫んだ。
「殺したいからでは理由に足りないか」
「足りません!」
「こっちもだ、お前はなぜ私を」
「あなたを死なせたくないんだって言ってるだろう、それ以外あるか、分からず屋ッ」
ナイフが、折られた。
だらりと牙の腕から力が抜ける。相手は燃えるような目でこちらを睨んでいた。
頭がぐらぐらと煮えていた。
正常な思考が働かない。
「人を、どこまで辱めれば気が済む」
喉が震えて、弱々しい声になったと自分でも思った。
「私を救おうとするな」
颯爽と現れて。
優しい言葉をかけ、無条件に助けてくれる人。それが白馬の騎士だ。
それにすがる自分が、それを待ち望む自分が許せなかった。他力本願を、弱者の甘えを、自分の中にあるものだから嫌悪した。
本当はいつも、誰かに助けて欲しかった。
(誰か、とは誰だ)
それはたぶん、理想としての誰かではなくて。黒髪で、青いピアスをつけた、美貌の。
「だったら、誰があなたなど助けるか!」
激昂した少年の声が、矢のように牙の胸を貫いた。
立ちすくんだ隙をついて胸元に駆け込み、彼はレーザーナイフの柄を逆手に握ったまま思いっきり牙の胸ぐらを掴んだ。
「助けることは、あなたには侮辱になるのか。助けられることはあなたには屈辱か。なら俺を侮辱するつもりでいればいい。俺はあなたを助けない。あなたが俺を助けてくれ」
言われた内容が理解できなかった。
驚いて見返すと、ゴーグルでこちらの目は見えないはずなのに、子供は強く頷いた。
「あなたが、俺を助けるんだ」