Chap.19 レッテルと結論
「アル」
「リゾット煮てるところだったんだ。お前、食える?」
呼び止めたら、振り向きざまにいきなり聞かれて、レイが思考を止められたような顔をした。
「リゾ‥ット?」
「話、長引いたからな。どうなってんのか俺も判んねえ。調理台はあるし、飯はここにするか。待ってろ」
レイの顔を見ないまま、アルは出ていった。
事実、五分ほどして戻ってきた彼がレイの前に置いたのは、明らかにスープで煮込んだ米のようだった。鶏ガラらしい香りが鼻腔をくすぐる。一見したところコンソメのような色合いで、具材は特に何も見えない。
皿を見つめ、顔を上げ、「あの」とレイはアルに声をかけた。
「嫌なら食うな」
「アル‥、何か、怒ってる?」
問われても答えない。視線もまだ合わせない。部屋を出る直前に調理台に入力しておいた簡単な料理の皿を自分とナターシャの前に並べて席に着く。
おそるおそるアルの反応をうかがいながら、レイは匙を口に運ぶ。
あ、と軽く目を瞠った。
「おいしい」
アルの目が、前の席で、ふっと優しくなった。
あたりの空気が一気に和む。アルがパンに手を付けて、ナターシャも食事に入った。
「お前、女っつっただろ」
「うん?」
「でも実際んとこ、両性じゃん。なんであんな言い方したんだ」
レイの食事の手が止まった。
首をかしげ、しばらく、視線がどこでもない場所をさまよう。夢にも考えていなかった質問をされたようで、口のなめらかなレイにしては考えるのにずいぶん時間を使った。
「俺」
「ああ」
「自分のこと、女だと思ってたのかもしれない」
はじめて気付いたと、レイは呟いた。あまりにも当たり前すぎる前提で、意識することがなかった。
「なぜだろう。確かに法律では両性なんだし、普通の女じゃないし、女じゃないって言ったって構わないんだよな」
不思議だ。
意味もなく自分の両手を見る。右利きだから、右手にスプーンを持っていた。
「言葉は男よね?」
「でもね」ナターシャが相手になった途端にこうも甘ったるくなるこの喋り方を男らしいと言うかは判らないが。「なんか、女だってことを隠すために男のふりをしてたような気分なんだ。体は女だし、あんまり女っぽくすると財産欲しがってるみたいだし」
言いながら、あっと小さく叫ぶ。
「体だけの話でも、別に、女じゃないんだ。ものがある以上は、女寄りってだけで、女には絶対に届かないんだから」
レイが本格的に頭を抱えて悩み出した。
どうしてこんなに根本的なところに今まで気付かなかったのかとしきりと首をひねる。
(女だということを『隠す』…)
ナターシャがしばらく考えて尋ねた。
「あなたの体のことを知っている人はあなたをどう扱ったの?」
「えっ?」
「お母さんとか」
また考える時間が空いた。
「そう、かも」
返答というより、いきなり結論だった。アルが混乱した顔をしている。
「ジェシカや父や医師、それからイワン。みんな俺のことを女だと考えてた。だから俺も自分を女だと思ってたんだ。ああ、そうか。ジェシカだ。母は俺を、男‥は、もちろん、両性だとすら考えなかった。レイノルドって男名前だから、ほとんど使おうとしなかったぐらいだし」
「じゃあ、なんて呼ばれてたんだ?」
特に深い意味もなく尋ねたアルに、少しの間、レイは答えるのを嫌がった。やがて何かを呟いて、二人に聞き返される。
「…天使」
二人とも遠慮なく吹き出した。
「俺はっ…、いっつも嫌だって言ってたんだ!」
真っ赤になって、あのくそ婆とわめく。似合うのに、と、涙目でナターシャが思いやりのない言葉をかけている。
「要するにお前、どっちでもいいんだな」
笑いが収まったところで、平べったいパスタをフォークに刺してアルは言った。えっとレイは聞き返す。
「周りがそう言うから女、女だと不便だから男。自分が本物の男になれたらとか、俺は女なのにとか、本気で考えたことがないんだろ、つまり」
言われてみればそうかも知れない。
手が止まっているとアルに指摘されて、スプーンを動かす。
目で見える具は何も入っていないのに、煮込まれた野菜の複雑な甘みがあった。ずいぶん手間をかけたものなのだろうと判る。
「今はまだ、そのぐらいがいいのかもな」
その何か含んだ言い方と、一瞬、ナターシャと視線を交わしたのが気になった。
「…なに?」
「とにかく生き残らなきゃ、って状況で、無駄に悩むよりいいってこと。お前、すげえ一生懸命だもんな。船の中で暇してないのお前だけだろ」
レイの毎日は忙しい。
船の操縦、管理、メンテナンス。戦闘から日数が開いた時は牙と手合わせをし、自主訓練も欠かさない。ナターシャが乗船してからはブリッジで大量の資料に目を通すようになった。毎日数百カ所の訂正が入る最新版の星地図、経済誌に、株価情報。お前何をやっているんだと尋ねたアルに、少し金が欲しいから稼いでいると返したら唖然とされた。
実際に何をしていたか、具体的には、三人とも解っていなかっただろう。そういうことをしている自分が好きではなかったから何か聞かれてもあまり詳しく答えなかった。だが、予想はついたはずだ。隠しようがない。
「正式参入が決まった。二週間でタンタルが出る。俺が手が離せない間に動き始めたら、子ギツネ、お前がやれ。キロ二万に入ったらそれがゴーサインだ」
そんな指示を聞きながら、アルたちは、レイはライニーにいた方がいいのではないかとこそこそささやき交わしていたものだ。
「アルは、俺が、どっちかの方がいいのか」
男か、女か。
「んーと‥、微妙だな。自分でもよく解んねえ。けど、外側男で、中が女で、両方なのがお前なんだろ。お前が嫌じゃないうちはそれでいいんじゃねえの」
ありのままを受け止めてくれるアルが嬉しくて笑おうとしたはずのレイは、途中で何か引っかかりを覚えて表情を止めた。
お前が嫌じゃないうちは、と言われた。
さっきの『今はまだ』といい、妙に期間の限定が入る。
「そのうち、変わるのか?」
「お前が、な。別になければないでいいけど、まあ、いつか来るんじゃねえ? 男か女、どっちかだけになりたいって時がさ」
「ふうん…?」
よく解らない。
「なんとなく、子宮がなくなればなって思う時はあるよ。せっかく生きてるものだからもったいなくて摘出できないけど、今日みたいな時はさ。出口がないから、何回も注射で吸い出してやらないと、腹がふくれちゃって。だけど、前のやつも結構邪魔かな。寒い時にすごく冷えない? 切除してもいいんだけど名残惜しいし」
がちん、とアルの食器が危険な音を立てた。ナターシャが笑いを堪えている。
「なあ、レイ。お前、もうちょっと表現遠慮する練習しろや」
「え。何か変かな」
元が純粋培養で俗っぽい会話を経験していない上、この話題では医者か母親しか話し相手のいなかったレイは、凶悪に直接的だ。
「そんな調子で牙とも話してみろ。しまいには泣き出すぞ」
「牙」
出てきた名前にレイは思い出したことがあって考え込む。
「やっぱり何か、俺、気付かずに不適当な表現を使っていたのかな。気分を害したみたいだったけど」
「ああ、あれな…」
呟くアルは理由に見当が付いているようだったので、レイは先を期待して、じっとその口元を見つめていた。やがてアルが視線に気付き、肩をすくめる。
「男だと思ってたものが、女でもあるって言われたら、結構驚きだろ。俺だってショックだったんだから、牙みたいな真面目な奴じゃ、時間が要るんじゃねえの」
そうか、と、ナターシャが心の中だけで納得に息をついた。隣でレイは気付いていない。
「隠してたのを、怒ってるのか?」
「それもあるだろうけど、そういうことじゃねえよ。解んなけりゃ無理につつくな。変に謝ったりもするなよ。放っといてやれ」
たぶん、レイが何も解らない方が牙には楽だろう。
第一あいつは、十字を。
口の中だけで呟いて、アルはその先を言わなかった。
サ・カーンに入ってから、『中央』にたどり着くまでに、彼らは予定の数倍の時間を食われた。
何しろ、あんなに大々的にライニー三代目の帰還が宣伝されてしまったのだ。あらゆる種類の追っ手をまくために様々な迂回を強いられたし、通信機はひっきりなしに新しい連絡先を表示した。
「レイってば人気者」
茶化したアルは冷たいひとにらみでその先の会話を禁止された。
レイに冗談を楽しむ余裕がなかったのである。すでに他の仕事は放棄し、船はすべてナターシャに任せている。
決着が付くまで事を荒立てたくない、できるならば株の全譲渡の計画は実現まで悟られたくない、後ほんの少しの辛抱。その思いだけがレイの忍耐を支えていた。そう考えれば、来月には関係がなくなるのだからと、次々と届く著名人からの挨拶も、財界関係者からの打診も、報道陣の矢のような攻撃も、対処をおろそかにするわけにはいかない。これからもどうぞ良好な関係を、という顔をしていなければならないのだ。
「消防機でうちのキツネを護衛だと? くそったれ、全部俺が撃ち落としてやろうか」
こんな調子でぶつぶつと悪態をつき頭を掻きむしる美貌の青年の姿など、親切で警護を申し出た担当官庁にはとても見せられない。
問い合わせも含め、連絡先のリストが一万の大台に乗ったあたりで、ようやく、事態が収束の様子を見せはじめた。
「サ・カーンに入る前に、秘書も、五、六人リクルートしておけば良かった」
湯気の立つ玉露をロボットアームから受け取りながら、ブリッジに入ってきたレイがそんな弱音を吐いてでも微笑できたのは、サ・カーン入りから二十三日目のことだった。
アルに砂糖菓子を渡されて「ありがとう」と、人間らしい返事をする。
見上げたスクリーンのチャートには、すでに『中央』の三惑星がとらえられていた。
「セントラルまで、二十時間ってところか」
「そうね」
「任せっきりだったけど、戦闘はなかったよね?」
「一度も。ちょっと拍子抜けしたくらい」
「プレスがうるさかったから、そのせいかな」
ずっと通信室にこもっていたレイは、ナターシャの座る副操縦席に片手を置いて、つくづくと画面を眺めた。
(ライニーの幹部が一人も接触してこなかった。…なぜだ?)
この銀河に入ってから、とんでもなく騒がしくなったが、やけに平和でもあった。元々サ・カーンでは星に降りなくて済むだけの準備をしてきたから、パペットや刺客との遭遇もない。
『レイノルド』
「なんだ」
『牙からあなたに伝言です。「少し休め」』
その部分を本人の声で再生されたので、通信機越しに直接言われたような気分になった。ナターシャがこちらを見上げたのが判る。バイザーはしたままだったが、機嫌の良い顔でないことは彼女にも判っただろう。茶碗を置いた。
「子ギツネ、彼はどこだ」
『訓練室です』
レーニャとナターシャが止めたようだったが、レイは歩く速度もゆるめずブリッジを出て行った。
アルはその様子を、眺めていた。
「ターリャは、本当は自分で気付いたんだ。見破ったって言うのかな。最初に、俺の顔を見ただけで女の子だと思ったんだろう?」
だからたぶん、気付かなかったのは、彼だけだった。
「へえ…。お前は違うの?」
今からすると、ずいぶん前のことだ。
揶揄するというより、むしろ本当に不思議そうな顔でアルは聞き返した。ごく平和で平凡ないつもの午後で、どういう理由だったか、そこにはレイもナターシャもいなかった。
アルは小首をかしげて牙を眺め、ふうん、ともう一度呟いた。
「俺は割合しょっちゅうだけどな。レイのこと、すっげえやらしい目で見てる。惚れてるから、なのかな。あいつの体とか仕草とか、ぞくっとすんだよね。なんつったっけ、あれ。フルイツキタイっての?」
なんか、肌出てるとこ全部、キスして舐めてやりたいような気分。
さらりと言われたが、午後のお茶の話題ではない。牙はほとんど硬直していた。
「レイってやばくない? 色気きついって言うか。ガキだからだと思うけど、男なんだか女なんだか判んないみたいな妙なやらしさがあるんだよ。特に匂い」
「匂い?」
「体臭がさ、男くさくねえの。女っぽいわけでもないんだけど」
「お前は犬か」
「ちょっと、そういうこと言う?」
体臭って欲望直結よと、けらけら笑うアルに牙は答えなかった。苛ついている時の癖で、拳を握ったりゆるめたりしていた。
「お前は、いつも、奴の隣でそういうことを考えているのか」
「いつもってほどでもないぜ。でも、後ろから抱きついた時なんかな。このまま首に吸い付いたらこいつ、どんな顔するんだろうとか。泣き出すまでいじってみてぇ」
バン、と牙は机を叩いた。
睨みつけた彼に、ちらりとアルは視線を当ててきた。
「気色悪い?」
返事はしなかった。心をなだめようとする呼吸に、自分の肩が上下しているのを感じた。
「俺、レイが女抱くとことか想像できねえ。だからお前みたいにはナタリーに妬けないんだよ。船のことで通じ合ってんのは、そりゃ、むかつくぜ? そっちの話では俺ら、完全に蚊帳の外じゃん。けどキスしてても女同士でじゃれてるみたいで。どっちかっていうと、あいつの側にお前がいる時の方が俺は嫌」
ごく主観的な、ライバルの範囲。
「私は、奴に、十字の誓いを立てた。貴様が淫らな気持ちでレイノルドに近付くなら」
「俺の気持ちを害悪とするか受け入れるかは、レイが決めることだ。あいつが構わないんなら、お前の出る幕はねえよ」
憎悪のこごった声を、鼻で笑って平然とアルは切り捨てた。
「確かに、俺の気持ちは淫らだけどさ。俺としちゃ、あんたが違うって方が不思議だね。もちろんそっちの方が大歓迎」
「どこへ行く」
立ち上がったアルへ牙は鋭い声を投げた。
「さあ。久しぶりにあいつ寝てるし、レイの部屋にでも行ってこようか?」
にやりと。
牙は気配もなく床を蹴って間合いを詰め、左の拳を相手の胸板に押し当てた。そちらの手袋にはナイフが仕込んである。
「俺が怪我すると泣くんだぜ、あいつ」
知ってる?と。
アルの手が牙の頬を叩いた。
「心配しなくても何もしねえって。手ぇ出せるかよ、あんなガキに。体も十五って感じじゃないが、中はもっと小さい。恋愛がどうこう以前に人間不信が治りきってないんだ。衝撃与えたら壊れちまう」
「壊さない理由が、お前にあるか?」
「馬鹿言ってんなよ」
アルが笑った。
「さかるのも守りたいのも惚れてるからだ。いいか。俺は、あいつに、惚れてる。理由なんか、それ以外あるか」
気付いていないのは、牙だけだった。
視線に殺気をこめただけで、牙は素早くニードルの狙いを定め、それがレイだと気付いて腕を下げた。
完全に覆われた牙の顔面。
しんと時が止まって、しかし牙はレイの横を抜けて出て行こうとした。
「牙」
足が止まる。
「もう三ヶ月だ」
明日、遅くとも明後日には『中央』に入る。
「三ヶ月、俺はあなたの目を見ていないし、声も聞いていなかった。それで、やっと口を開いたと思ったら、子ギツネ越しだ。この間も言ったけど、何を怒っているのか教えてくれないと謝りようがない」
再び歩き出そうと牙の足が動いた途端、ぴしゃりと扉が閉じる。
振り向いた牙が睨んできたのが痛いほど判った。
「閉じただけだ。鍵はかけてない」
バイザーをはずし、耳から通信機を取り、壁の棚に置いた。これで、子ギツネに直接命令を伝えることはできない。
「顔を見せてくれ」
長い沈黙。
そして牙が頭の装備を解く。
レイの表情が誤魔化しようもなく歪んだ。見下ろしてくる宝石の目は、シャッターが降りたように何の感情も映していない。ゴーグルで隠されていた間の方が暖かみが感じられたほどの、冷め切った何もない顔だった。
「俺が、そんなに、嫌ですか」
これほど丁寧な物言いは、出会った最初の日以来だ。
拳を握る。
「ふたなりは、そんなに、気色が悪いか!」
視界から、見えている視界からすらも排除しようとするほどに。
怒りで目がくらんだ。
差別というものをレイは体験していなかった。アルに呆れられるほど男女に頓着せず健やかに育ったのは、両性であることの苦労が身体的なものに偏っていたからだ。両性と知られればまず金の話になった。自分自身を否定されたことがなかった。
「くそ…」
何かが溢れそうで、下を向く。力を入れすぎた拳が震えていた。
レイを相手に、たった五万でアルを売ろうとした。
本当に彼らは知らないのだと、不思議な感動を覚えたものだ。ライニーの名を聞いても牙は態度を変えなかった。信用していたわけではない。何かの時は自分の手で殺せると思ったから船に乗せた。ナターシャのように、裏切られたら自分が辛いのではないかと悩むこともなかった。信用はしていなかった。
ただ、誰かに背中を預けて戦う心地よさを、その高揚感を知ったから。
互いに認め合っていた瞬間があったから。
それを、こんな理由で、人の見方を決めてしまう人だと思いたくなかった。
「あと‥一週間でいいのに‥」
ぴくりと。
牙の肩が動いたのをレイは知らない。
「あと一週間、俺を騙してくれたら、それで良かったのに!」
上を向いたら涙が散った。
失望とか、怒りとか。
けれど、ただ悲しかった。裏切られてもいいから嫌われたくなかった。こんな風に顔を背けられたくなかった。
ドッと肩に衝撃があって、突き飛ばされたと気付いた時には背が壁にぶつかっていた。銃を抜きたくなくて、体が押さえつけられるままにする。
息遣いを、耳近くに感じる。
牙は両腕を壁に押し当て、体でレイを閉じこめていた。彼が息を乱すなど珍しいことだとレイはぼんやり思った。
「なぜ」
押し殺したような、絞り出すような、その声に、胸と喉がぐっと締め付けられた。
彼も、苦しんでいるのだ。
嫌われるよりも嫌う方がエネルギーがいることがある。能動と受動の違いだ。憎悪ならなおさらだ。三ヶ月も嫌悪を持続させるのは、心苦しく辛かっただろう。それでなくても牙は真面目で、己の誠意に忠実で、優しく…本当に優しい人だから。
「なぜ、もっと早くに、話さなかった」
「はやく‥」
「あの誓いを立てる前に、聞いていれば」
念を押すかのように丁寧に襲ってくる悲しみに、レイの頬を新たな涙がすべり落ちた。無意識に淡い笑みが口元にのぼる。
人殺しのくせに。
こんなに、嫌われるのは辛い。
「知っていたら、俺たちを守ると誓ったりしなかった…?」
「しなかった」
牙の体温を感じる。
涙が止まらない。こんなことだから、アルやナターシャが、子供扱いをやめてくれないのだ。
生ぬるい、異様な感触がある。
何が起こっているのか、よく解らなかった。涙を舐め取られる感覚はあまりにリアルで、だから、現実味がなかったのだ。
「お前を主に定めてしまったから、言うことが許されない」
「牙…?」
目尻に、牙の唇がある。腰を抱かれている。
「あの誓いのせいで、私は、お前に、求婚することができない」




