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Game Continued -ゲームの続き-  作者: 茶川左子(旧:シリカゲル)
第三章「おいかけっこ」
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Chap.11 対戦前夜

「うわっ!」

 突然スピーカーが叫んで、脇目もふらずに作業をしていたナターシャは顔を上げた。

 裏口の防犯トラップに誰か引っかかっている。

「誰?」

「すいません、宇宙船フォックスから出前っす」

 ゴーグルを上げて立ち上がる。

 四方八方からロボットアームに羽交い締めにされていたのは、一人の白人青年だった。

 片手にカバーのかかった盆、片手に酒瓶。

 金色の髪に青い目。決して優しそうな顔立ちではないが、照れたような情けない笑顔で場を取り繕うとする様子が、やけに人懐こい印象だった。

「うちの船長が、持ってけって」

「食べ物ですか」

「サンドイッチです。良かったらつまんでやってください」

 アームを操作して盆を受け取らせ、酒瓶は自分で取る。金髪の青年が解放されてほっと息をついていた。

「今年のロサ・ニーニャ」

 呟いて目を大きくしたら、青年が吹き出した。

「お姉さん、俺と大して年は変わんないっしょ。やばいよ、そんなディープな好み」

「自分で持ってきておいて、人のせいにするのは感心しませんね」

 満面の笑みで言い放ち、大切そうに瓶を撫でる。

 仕事が混んでいる間は飲めないが、すべてが終わったら是非開けたいと思った。

「ちょっと見てっていいですか」

「どうぞ」

 ジャンクから作った商品を並べてあるスペースのことだと考えて返事をしたが、青年はナターシャの後ろについて作業部屋に入った。別に、人がいても気になる方ではないのでそのまま黙認する。

 長い間、一言も口を利かずに青年はナターシャの作業を眺めていた。やがてナターシャが声をかける。

「あなたがレイノルドさんの言っていた友人ですか」

 青年がにっこりした。

「そんなこと言ってましたか」

「船名を、銀ギツネにしたいと言っていると」

「ああ。俺ですね」

 無意識に皿へ手を伸ばして、サンドイッチを一切れ口まで運ぶ。作業の邪魔にならないように、気を遣ってくれたのだろう。具材もパンもかなり小さく切ってあった。

「ただのキツネより、ありふれてるでしょう?」

 相手は会話を続けるつもりのようだ。

「というと」

「狐は目立っちゃいけないんです。いつも猟犬が狙ってますから」

 ナターシャはちらりとそちらに視線を流した。

「お名前は?」

「レッド・アイ。最初のRを取って、アルで呼んでください」

「それじゃあ、アル」

 ゴーグルのズームを変えて、屈み込むような姿勢でナターシャは小さな部品を調整する。中指のサックから伸びた細長い針の先で、線を触れ合わせると熱をくわえた。金属が溶けて接合される。

「それは、私に聞かせたい話ですか」

 青年が笑ったのを、ナターシャは見なかった。

「そっすね。是非」

「じゃ、聞きましょう」

「あいつ、金持ちなんです」

「どのくらい?」

「物凄く」

「なるほど」

 ゴーグルを遮光に切り替える。右手に握った器具が光を放った。飛び散る火花の形の変化を注意深く見ながら尋ねる。

「たとえば、パペットに狙われるくらい?」

「そう。たとえば、パペットに狙われるぐらい」

「牙に愛されてる」

「俺にも」

 ナターシャは微笑んだ。「私にも」

 息を吐き出して背骨を伸ばし、上からクレーンのおもちゃのようなものを引き出して、今まで作業していた部品をセットする。操作卓へ指を走らせ、画面に表示されるデータを追う。

「牙とは父の時代から足かけ六年ほどの付き合いですけど、劇的に変わりましたね」

「信じます? 奴が変わったのって、たぶん、ここ五日のことです」

「五日」

 片方の眉が上がった。「牙が乗船した場所は?」

「シュナキア」

 牙が拠点を置いていた場所、アルが誘拐に遭ったステーションの名前だ。

 ナターシャは大きくため息をついた。

「アル。私は、あなたがチェイスを諦めろと言いに来たのか、是非やれと言いに来たのか判らないんですが」

 とんでもない速度だ。

 時空跳躍をどう巧く使っても、それだけではここまで辿り着けるはずがない。あの船に、誰かスピード違反のキップを切ってやって欲しい。

「やりたい?」

 問われて頷く。

「レニーは自分を、ただ獲物(ゲーム)と呼びましたが」

 設定に文字列を入力して、他の機器との同調率を計測する。「頭に(ビッグ)を忘れています」

 ビッグ・ゲーム。『大物』だ。

 多少の危険を伴っても、腕に覚えがあれば手を出さずにはいられない。

「船の操縦、巧いんだって?」

「狐を追いかけたくなるくらいには」

「ジャンキー?」

 その名で呼ばれても、彼女は表情ひとつ変えなかった。

「牙ですか」

「今もレイのこと説教してるんじゃないかな。戻ってきてから、うるさいのなんのって。ジャンキーは異常だ、まともにやり合ったら死ぬって」

「褒めすぎですね」

 そもそも、このあたりのスピード狂たちは皆、ジャンク屋の意味に引っかけて麻薬中毒者を表すジャンキーの愛称で呼ばれていた。

 だが、ナターシャが現れて事情が変わった。

 軽蔑と親しみを込めた総称は、最もイカレた一人への揶揄を含んだ尊称になった。

「私は、牙ほど自分を買えません」

「て言うと?」

「七対三で、厳しいと考えています。あのレニーを、死ぬ気で行くしかないと思わせるだけ煽れるかどうかは」

「どういう意味」

「二割は、私が追いつけないかも知れないという危惧で、五割は、彼が本気で逃げないのではないかという危惧です。彼が私に許したのは、あくまで見送りですから」

 もちろん、速度を上げるまでどこまででもついていく気ではある。ただ徹夜明けの身にあまり長時間低速のままで粘られると辛いのも本当だ。こちらが諦めかけた瞬間にさっと逃げられては意味がない。

「今回は、砲撃や体当たりで無理やり試合を開始させたくはないですし」

「それは勘弁」

 アルが引きつった笑いをこぼす。

「そう。フォックスにはあなたたちがいる。だから、本当に危険なことは避けてしまうんじゃないかと」

「ああ、それでか」

「え?」

「レイから伝言っす。『見送りがあるなら、俺は小型戦闘機に乗る。きっと、気にしていると思うから』」

 はじめて、ナターシャの作業の手が止まった。

 額に拳を押し当てて、天井を仰ぎ、顔中を笑いでくしゃくしゃにした。

「レイノルド・セルゴヴィチ…!」

 感嘆の声だ。

 なんという愚直な船乗りだろう。自分のハンデを礼儀として切り捨てるとは。

 船と戦闘機は違う。

 たとえて言うなら拳銃と仕込みナイフが違うように。

 どちらが得意なのかは解らないが、たとえレイが戦闘機を苦手としていても、こちらがそれを気遣うのは礼節を欠くことになるだろう。本気でやると彼は宣言したのだ。

 一対一の、真剣勝負。

「アル」

 指で軽く招き、応えて身を乗り出した青年の唇へと口付けする。触れるだけ。けれど、彼の肩が揺れたほど熱く。

 驚いた様子ではなかったが、アルは体を引いた後、かすかに目を瞠っていた。

「愛してるって、レニンカに伝えて」

 そっと左の頬を撫でて、ナターシャは婉然と微笑んだ。

「派手にやりましょう」



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