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プロローグ~Chap.0

 運命を信じるのなら、彼らのことも信じなくてはならない。

 はつみ、という生き物がいるのだ。

 初見である。

 意味は後から与えられた。

 それが役目を担っていると考えられるようになったのは、世界に言語を持つ生き物たちが生まれはじめて、だいぶ経ってからのことだ。本当は、はつみに役目などないのだろう。たとえば植物は酸素を生み出す役割があると言えばもっともらしいが、個々の植物に本来役割など存在しない。

 同じように、はつみも本来はただ「いる」だけの存在だ。

 言葉を持つ生き物がそれを他と区別するのは、いついかなる状態であっても、「それ」は存在するからだ。姿を変え、形を変え、命を繰り返し、存在し続ける。

 はつみが死ぬと、必ず、別の場所にはつみが生まれる。

 平たく言えば転生。


 ある時、はつみは小さなカタツムリだった。

 ある時、はつみは大気だった。

 ある時、はつみは、人によく似ていた。

 いつも生きて、いつも愛されて、いつも死んだのだが、人間の中に、その代のはつみを少し愛しすぎたものがいた。

 名前を『埜流』という。

 のる、である。

 幾度となく生まれるものなのであればもっと一緒にいたいと願った、その時に、運命がはじまった。

 これは、いつか、決して遠くはない世界での、はつみの話。




Part 1. Chapter 0.


 ぎくっ、となった。

 見ず知らずの男とあまりにはっきり目が合ってしまったからだ。それも、ただ知らない男というだけではない。異様なぐらい、綺麗な男だった。

 アルは、大体の男性がそうであるように、顔のいい同性というのはあまり好きではない。いい顔の男なら話してみたいと思うが、顔だけが女のようにつるりと綺麗な男など、嫌悪こそ湧いても好感を持てるはずがなかった。

 だが、それにしても、その男は目を引いた。

 好きだとか嫌いだとかの以前に、その美貌には誰でもはっと振り向かずにはいられないものがあったのだ。

 ステーションの雑踏の中、人々はちらちらと視線をそちらに向けては決まり悪げに目を逸らし、歩きながら、またそっと彼の姿をうかがい、うかがい、後ろ髪を引かれるらしい様子で去っていく。彼に気付いた瞬間、人の歩みは遅くなり、咄嗟に足を止めたのも一人や二人ではなかった。

 大理石風の広い床に、広告を映し出す光の円柱が定間隔で置かれている。映像や画像を映す空間に人が入らないよう、周囲をぐるりと銀色の柵で囲ってある、その柵に彼は軽くもたれて人の波を眺めていた。

 すらっとした痩身に、全身を覆うチャコールグレイのコート。

 両手をポケットに緩く突っ込んでいる。

 柔らかい乳白色をした肌に、薄い唇、通った鼻梁。髪は艶やかな漆黒で、伸びかけなのか、ピアスをした耳の下で毛先が跳ねている。

 背後の広告塔から、白っぽい光があふれて体の輪郭を輝かせていた。

 そんなつもりはなかったのに、いつの間にか立ち止まって、アルはその男を見ていた。何を考えていたわけでなく、ただその存在感に圧倒され、ぼうっと目が離せなかった。

 そういう時だったから、不意に、その顔がこちらを向いた瞬間、心臓が飛び上がりそうになったのだ。

 黒い目だった。

 こちらが先に見ていたものだから、そこから誤魔化すのも馬鹿らしいほど完全に視線が出会った。まなざしが音を立てるものなら、がちり、と部品が噛み合って固定されたような確かな音がしたことだろう。

 わずかに相手の目が大きくなって、唇がかすかに開く。

 思わず耳を澄ましたが、それ以上彼の口は動かなかった。代わりに、突然その男は体を起こし、ためらいなくアルへ向かって歩き出した。

(え…、え――‥っ?)

 どうして、と愕然となった。

 まっすぐにアルを見据える瞳は、不安になるぐらい黒くて、底なしのブラックホールを連想させる。周囲の人間が目だけで二人を注目している。

 思わず及び腰になって、アルが一歩下がった瞬間、はっ、と相手が止まった。軽く目を瞠り、熱いものに触れたかのように片手を胸の前に引いて立ちすくむ。

 呆然と一瞬、アルを見て。

 彼はこちらへ向かった時と同じように唐突にきびすを返し、まるで逃げるように雑踏の中へ消えていった。



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