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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第一章
8/25

6:獣人

 落雷。

 空間すらも叩き割るようなその一撃は、雷にも似た轟音を上げて河原を強かに叩き、大きくえぐる。押しのけられた土が、煙として舞い上げられて噴流のように迫ってきた。

 寸でのところで離脱した迅凱は、身軽な動きで向き直って構える。あの一瞬で、ユジンは強化を与えていたらしい。相変わらず並外れた魔術の技能だった。

 しかし迅凱の大柄な背中も、瞬く間に土煙に呑まれて見えなくなってしまう。

 視界を奪われてはたまらない。俺がカードを構えて使うよりも速く、ノルンのカタールが煙を吹き払ってくれる。

「助かる」

「いや。それより、なんだあの力」

 ノルンの横顔は強張っている。

 割れた砂利石の欠片を振り落としながら、むく犬面の巨大な獣人は鉈を持ち上げる。涎を垂らし、破壊衝動のにじむような唸り声を発する獣人の目に、知性の光は見えない。

 決して、高位精霊ではなかった。

 精霊戦において力は大いに制限される。だが仮にその力を存分に振るったとしても、あれほどの膂力はありえない。

 ととん、と軽くバックステップを踏んだフェルミが、長大な剣を構えて叫ぶ。

「主さま! あの犬っぽいの! 首にあの綺麗な石が埋まってるよ!」

「なに!?」

 むく毛に埋もれるようにして、確かに小さな石……彼らの呼称を借りるなら、魔石が、そこに埋め込まれていた。

「はっはァ! 精霊二体倒して、勝てると思ったか? こっちは一体で充分なんだよ!」

 傷の男が勝利を確信した顔で哄笑する。あれだけの力があれば、慢心も納得がいく。

 精霊の、不自然に強い力。

 どうやらあの魔石は、思った以上に厄介な代物かもしれない。

「おら、どんっどん行くぜ!」

 傷の男の戦意に触発されるように、獣人は鉈を振り回す。ちょっとした小山と戦っているような気分だ。

 ノルンが気圧されたように、俺を見上げた。

「ど、どうやって戦う?」

「どうもなにも、な」

 見るからに体力馬鹿です、といった図体に、絡まりあって鉄索のような強度になっているだろうむく毛だ。ぬるい攻めでは押し切られてしまうだろう。迅凱も足を止めて待ち、ユジンは面白そうに俺をうかがっている。

 俺に背中を預けて、長大な剣を真っ直ぐ獣人の眉間に向けて構えるフェルミが、呼ぶ。

「主さま!」

「ああ」

 応じて、笑う。

 カードを三枚割って、フェルミに導き、組み立てる。精霊強化。

「所詮、でかいだけだ。あんな大きすぎる得物なんて、いなしてしまえばどうってことはない。行け、フェルミ! お前の剣なら、あれくらい貫けるだろう!?」

「もちろんだよ、主さま!」

 背中で笑って、フェルミはふわりと踏み込み、河原を撫でるように走り出す。

 あまりになめらか過ぎて、自然に過ぎるその走りは、動いていることにも気付かずに見とれてしまうほどだ。

 空さえ赤く染める輝きを引っ提げて、河原を走り、獣人に迫る。

 おおお、と河原中の砂利に響くような重い雄たけびとともに、獣人は鉈をなぎ払った。

 フェルミはそれを飛び上がって避ける。空中でひらりと剣を振りかぶり、炎の軌跡も鮮やかに、袈裟懸けに叩き下ろした。

 表面を撫でるように刃が抜けて、切り裂けずに落ちる。

「硬い! ねぇこれすっごい硬いよ主さまぁ!」

「面で斬るから毛で受け止められるんだ! 隙間を縫うように突き刺せ!」

「そっかぁ! わかったー!」

 気の抜けた返事をしながらも、獣人の蹴りを避け、鉈を避けて、巻き上げられる砂利の嵐をかわす。重い剣と体の重心を使い分けて、俊敏に動いていた。

 その横合いから、槍を小脇に構えた牛頭の大男が飛来する。迅凱だ。獣人の横顔に傷を作り、とんと飛び上がって伸長宙返りひねりで綺麗に着地する。

「難しいね」

 迅凱の一閃を見て、ユジンが険しい声をこぼした。

「せっかく切り込んでも、刃に毛が絡まって逃げられなくなりそうだ」

「ん、そうか……なおのこと、一撃必殺にするしかないな」

「存分にやればいいさ。私がフォローしてやろう」

「頼む。ノルンも団体戦なら頼りになるな」

「どういう意味だ」

 言葉通りの意味だ。

 獅子型の魔獣カタールの特性は、戦況の操作に偏っている。魔力を敵の周囲から奪い、それを精霊に直接流し込んで強化させる。一方的に有利な戦場を作り上げるのだ。団体戦に特化したノルンの精霊戦団の要を担うに足る、稀有な大規模魔力制御能力だった。

 フェルミは斜めに叩き下ろされる鉈を、内側に滑り込むようにかわす。動きを剣に乗せ、大きくなぎ払うように斬りつけた。

 やはり、手傷を与えるには至らない。

 傷の男が豪快に笑う。

「無駄だ、ははは! ちょろちょろと逃げ回るのが、いつまでも続けられると思うなよ!」

 彼は魔導石を掲げ、周囲の魔力を導いて魔術を組む。大振りだった獣人の動きが、にわかに精密さを増した。武具適性。余裕を持ってかわしていたフェルミの表情が引き締められ、跳び、転がり、かわす中に剣を打ち合わせて受け流す場面が増えるようになる。

 鉈を空中で払って着地したフェルミを、獣人の蹴りが吹き飛ばす。

「フェルミ!?」

「だいじょうぶ!」

 くるりと空中で回転したフェルミは、四つん這いでぺたりと着地する。そのまま蛙のように跳躍し、追い討ちの鉈を回避した。

 息をつく。なんとしてもフェルミは守らなければならない。

「くっ、手ごわい」

 ユジンまでも顔に焦燥を浮かばせていた。迅凱が空中で鉈を食らって吹き飛ばされている。刃こそ受け止めて実際的なダメージはないだろうが、大きく距離を離された。

 歯がゆそうにノルンがやきもきしている。

「な、なんとかならんのか」

「なんとかしないとな」

 応えて、俺もカードを握って見守るしかできない。

 振り下ろされる鉈の一撃をかわし、フェルミは一跳びで間合いを詰める。長大な剣身が蛇のように踊り、剣尖を鋭く構えた一瞬で獣人の腰を打ち貫いた。

 獣人は苦悶に顔を潰して叫び、鉈をなぎ払う。

 即座に応じて、剣を抜こうとするフェルミの動きが、突っ張ったように止まった。

「ん、あわっ」

 剣尖がむく毛に絡まっている。引き抜くまでの一瞬が、鉈をかわす時間を奪った。

「フェルミ!」

 カードを割って防壁を作るが、膂力の前に容易く引きちぎられる。長大な両手剣はなぎ払われた巨大な鉈に吹き飛ばされ、土手に突き刺さってギィンと鈍く呻いた。

「くぅ」

 フェルミは剣を放して地面に身を投げ出すことで、辛うじて鉈をかわしていた。跳ね起きる体に、返す刀でなぎ払われる鉈が襲い掛かる。

 防壁で受けようとするだけ無駄だ。強化したところで、フェルミは体勢が整っておらず動けない。フェルミの体を吹き飛ばして、強引に避けさせるしかない。そのための魔術を組み上げて、カードを割ろうとする。

「間に合え」

「任せろ!」

 ノルンの声。カタールはすでに吼えていた。

 土精霊であるカタールの魔術が、土を盛り、フェルミの足をすくって跳ね上げる。鉈に打ち砕かれて、フェルミを救った土は爆発したように飛び散った。

 どうやら紙一重で助けられたらしい。

 空中で体勢を立て直そうともがくフェルミの頭を、突然、石つぶてが打ちぬく。

「な……っ」

 髭面の小男が、バンダナ男の前で狡猾に笑っている。

 そうだ、あいつは、まだ仕留めていなかった。

 脳天に衝撃を受けて、フェルミは致命的に体勢を崩していた。空中で無回転に陥ったフェルミを、そのまま叩き潰すように、獣人は鉈を振りかぶっている。

「これでトドメだ」

 傷の男は口角を喜悦に歪めた。

 あれではかわしようがない。カタールの助けも望めない。俺が避けさせても、おそらく着地するより先に二撃目が振るわれる。その余地がある。

 土の打ち上げは、助けるに充分な速度をフェルミに与えた。それが今は、高く飛びすぎるという形でフェルミを危地に追いやっていた。


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