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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第一章
6/25

4:第二区

 さりとて第二区は遠く、道程はどうにもならない時間が掛かる。

 このロマニエールという浮遊大陸は、絶海の上空にぷかりと浮いている。その事実はそういうものとしても、陸地が空に浮き続けるために、ある程度精霊が生まれ続けなければならなかった。

 大まかな原理は、走翔板が空に浮くことと同じだ。

 この空域に流れる霊脈、浮遊大陸その物に流れる魔力の流れ、そしてなにより、精霊という魔力。それらが淀みなく存在することで、空に浮き続ける。

 つまり、精霊が生まれ続けるために、大陸の自然を保全しておかなければならないのだ。衛島という代物に集団居住する必要があったのも、用地の限界に由来する。

 森を間に挟む街と街の間。ロマニエール本島――浮遊"大陸"だが、衛島に対応して"本島"と呼ばれる――の五大都市を移動するための手段として、跨座式の単軌鉄道が森をまたぐような高架に敷かれている。

 眼下に眺める森は山まで覆うように密生し、傾いた日差しに照らされて緑を深めている。軽快に進む車両が、トタントタンと線路の継ぎ目を踏む揺れが伝わってくる。ゴンドラよりも高速に走る単軌鉄道は、座席のうえに透板が張られて景色が一望できる。人影もまばらな昼下がりの車内に、手すり棒が寂しげな影を落としていた。

 隣に座るフェルミは、座席に伝わる振動が楽しいのか、嬉しそうに笑っている。

 それを横目で確認し、反対側の隣に座るノルンに顔を向ける。

「河原で見つけたとき、他になにかなかったのか? 精霊が変な動きをしてたとか、怪しいやつがいたとか」

「いたらのんきに拾ってなどおらん。何にもなかったさ。ぽろっと道端に転がってたんだぞ。てっきり、ただの綺麗な石だとばかり思っていた」

 ノルンは腕を組んで、むうと怪訝に口を尖らせて答える。

 ユジンは楽しそうに会話を聞きながら、謎解きをする子どものような微笑を浮かべた。

「もしかしたら、精霊誘拐に関係あるかもしれないね」

「え? ああ、精霊誘拐は第二区辺りで起きてたんだったな」

 第二区は高級住宅街で、その膝元である商店街もまた、高級店が軒を連ねている。山の斜面に沿って街が作られる、風光明媚な場所だ。

 事件場所の性格も手伝って、身代金目的ではないかと疑われていた。ところが、別段そういう要求もなく、当初の見込みが大空振りして事件の捜査は難航しているらしい。

「第二区は山の中腹にあって交通の便は悪いけど、高級住宅街になるのは理由があって、つまりあそこは霊脈が濃いんだよね。だから旧家が集まってる」

「なるほどね」

 ユジンはたまにこういう無駄な豆知識を持っていたりする。勉強はどうしたと毎回思うのだが、勉強どころか豆知識すらない俺は、偉そうに言える立場ではない。

 フェルミが急に俺の手を取って体重を乗せてきた。

「着いたよ、主さま!」

「ん、おう、降りよう」

 なぜこうも要所要所で甘えるモーションをかけてくるのか、心臓に悪い。

 鉄道車両はゆっくりと減速し始める。巻き鐘が停車を報せて鳴り響いた。

 駅舎は高い建物にある。高架路線なので、路線に高度差をつけると敷設・運行・維持管理のすべてに不利が生じるためだ。狭い空間から開放されて早々の、街並みを見下ろす駅からの眺めというのは、なかなか気分がいい。

「わーい、着いた着いた! 空気があったかーい! 風に魔力が濃いー! あ、主さま、おいしそうな匂いがするよ!」

 ちょろちょろと走り回って落ち着きなく辺りを見渡すフェルミに、指を立てて叱る。

「落ち着け、静かに、ゆったりな」

「はぁい」

 しゅんとなった。本当に素直だ、ちょっと可哀想かもしれない。

 ノルンに頭を殴られた。

「いきなり何をやってるんだ、恥ずかしいやつだな」

「仕方ないだろ、フェルミはそもそも第三区以外で実体化したことないんだから」

「はしゃぐことは別問題だろうが。まったく」

 言うだけ言って、ノルンはそそくさと足早に駅舎の出口に向かう。ユジンと顔を見合わせて、苦笑を交わして彼女に続く。

 第二区の河原、といえば一つしかなかった。

 山から滴る河川の多くは地下水で、島の底面から滝として遥か下界の海に流れ落ちていく。そのうちの一つが、この付近で地表に露出しているのだ。川には魔力の流れができるので、ユジンの言う魔力が濃い理由のひとつになるのだろう。

 山の斜面らしい段々坂めいた街並みを下っていくと、焼き石造りの荘厳な橋があり、その下の水門から水がとめどなく流れ出ていく。

 水の貴重な衛島住民としては、これは無駄遣いじゃないかと感じるのだが、別に誰かが占有して垂れ流しているわけではない。貧民の発想である。

 この川に沿ってさらに街を下ると、建物が減って森が混ざってくる。そして土手は舗装が古びて、川辺に下りられるようになる。ここがいわゆる「第二区の河原」だ。

 川のせせらぎがザワザワと囁いている。ここまで下ると流れは遅い。

 点々と道沿いに古い作りの建物があるくらいで、ほとんど土手の向こう側は森に覆われている。川も遠い下流は狭まって、森の中に埋もれていくようになっていく。河原と呼べるのはこの狭い区域だけだろう。

 水が弾けて、空気が湿っていた。雑草の生えた土手は傾斜がきつい。立っているだけで足首に負担が掛かってくる。小さな水精霊と土精霊が取っ組み合って遊んでいた。

「で、具体的にはどの辺で見つけたんだ?」

 あちこち首をめぐらせるフェルミの腕を手綱代わりに掴んだまま、ノルンに声を掛ける。

「ああ、ちょうどあの辺り……」

 ノルンが指差したほうで、ひょこひょこと動いていた。

 動きを止めたノルンが、ゆっくりと俺を振り返る。大きく見開いた目と視線を交わし、もう一度視線を投げる。

 そこには二人の男が、文字通り草の根分けてその場を探っていた。

 大柄で頬に切り傷のある男は腕に、細身の男は目許が隠れそうなほど深く額に、黒地に竜の尾っぽを白抜きで描いたバンダナを巻いている。

「なァ兄貴ぃ、見つかりやせんよー。川に落ちて流されちまったんじゃねっすかぁ?」

「ばっきゃろ、万一そうだったらお終いだろうが! お前が先に諦めてどうすんだよ! いいからチャキチャキ探せ!」

「へえぇーい」

 ノルンは振り返って、俺とユジンとフェルミを見て、うなずいた。

「帰るか」

「まあ待てノルン。お前怪しいやつはいない、って、あれはどうなんだあれは」

「知らん、私が拾ったときはいなかった。いやさ記憶にございません」

「あいつらのバンダナ見たことあるよ。ドレイクテイルだ。この辺を締めるチンピラだよ、結構あくどいこともやってるっていう」

「ノルンてめぇこのいい加減なことばっか言いやがってこのこの」

「やめてデコピン連打はやめていたたたた」

 あ、とフェルミがつぶやいた。

 なにかと顔を上げると、ばっちり連中二人と目が合う。何かに芳しくなくイラついていた彼らの形相が、歪んでいくのが目に見える。

「なに見てんだコラ、見せもんじゃねぇぞ!」

「ああっ! 兄貴、あの女の子、昨日この辺で見たっすよ!」

『なにィ!?』

 兄貴と呼ばれた傷の男と隣のノルンが同時に叫んだ。

 逃げようとした金ぴかの頭を捕まえて、こめかみに両手の拳をねじ当てる。

「お前コラやっぱりバッチリいたんじゃねぇか! どこが怪しいやつはいないー、だ!」

「い、いや確かに見なかったからな! あ、たぶん後ろだ! な、後ろ姿だろ!」

「え? あ、へい、帰ってく姿っした」

「ホラ見ろ! ホーラ見ろ!」

 俺の拳を振り払って、胸を張って勝ち誇る。くっそこいつむかつくわぁ。

「じゃあああかっしゃあ! ガキの乳繰り合いに付き合ってられっかオラぁ! いいから魔石返せ!」

 大柄な傷の男が吼えた。その怒号を聞いた舎弟らしいバンダナの男は、手で口許を覆う。

「ああ兄貴、彼女いないから……ホロリ」

「るっせぇぞダボぉ! 悔しくなんかねーよ! 泣いてなんかねぇーよぉ!」

 バンダナを殴り飛ばした兄貴は雄々しく慟哭して、懐から一握の魔導石を取り出す。

「精霊戦だ! ぶちのめしてやる」

 八つ当たりっぽい気がしないでもないが、こちらの土俵に乗ってきたと言えなくもない。腰のポケットに押し込んである魔導石を握る。

 一応、確認のために尋ねた。

「レギュレーションは?」

無制限(アンリミテッド)だ!」

 だろうと思った!

『精霊喚起!』

 ノルン、ユジン、そして相手の連中が同時に精霊を顕現させる。周囲の魔力が一瞬で膨らみ、密度が高まっていく。

 そして俺の腕に引っ付いていたフェルミも、喜ぶように俺を見上げる。

「主さま!」

「フェルミ。やれるか?」

「もちろん! 私は、主さまのパートナーだよ!」

 フェルミは満面に笑みを煌めかせる。

 炎より眩しいその笑みに励まされ、俺は魔導石を握る。

「精霊喚起、フェルミスラオト!」


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