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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
終章
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終章:フェルミスラオトの精霊戦

 それでなにが変わったかというと、結局、それほど変わらなかったような気がする。

 ユジンがいなくなってしまったのは大きな変化だ。

 しかし、彼はそれほど重い罪を犯したようには思えなかった。魔石については法が整備されていないし、誰かに無理矢理押し付けたこともない。

 契約規範から逸脱した精霊を伴う従業員と、それと知って事務所に雇い続けていたプロポーサのほうが、まだ罪は重い。

 ユジンは今も、俺の知らないところで、志のために頑張っているのだろう。

 それこそ、今までそんなことをしていたことなど、露ほども悟らせなかったように。

 またなにか、間違いを犯すようなら、止めてみせる。あるいは、なにか意見を欲するようなら、できる限り応じる。そのくらいの気構えでいいのだろう。

 楽観しすぎかもしれない。だが、ユジン相手に、あまり重くは考えられなかった。

 俺のほうは、ついに、ノルンも所属している精霊戦部に入部した。

 そこで鎧騎士のころからフェルミ大好き野郎として理解されていたと発覚したわけだが、それは変化というほどではない。学園で唯一の一体連れだったのだから、無理もない。

 ちなみに、ドレイクテイルは新たにドレイクファングとして結成し直したそうだ。頭領のいないドレイクテイルはドレイクテイルじゃねぇからな、とオルギードは言っていた。結局やることはそんなに変わらず、適当に集まってわいわいやって帰るだけの、いい加減な集団らしい。

 そして、魔石がなくなったフェルミも、無事に実体化が解けるようになった。

 俺もフェルミのおかげで暖かい布団を満喫しながら、枕を高くして眠れるようになった。あと風呂には連れ込まなくなった。

 安穏の日々が再び訪れたかというと、必ずしもそうでもない。

「んん……」

 目が覚めて、真っ先に感じたのは、暖かさと心地よい重さだ。のしりと体を圧迫して、ちょうど気持ちよく全身がマットレスに沈みこむ。あまりにも暖かいので、もう一度目を瞑り、再び眠りに落ちかける。

 甘えるように、暖かさが胸の上でもぞもぞと動く。その感触が柔らかくもくすぐったく、なにより温かくて気持ちい

「なにごとォ!?」

 跳ね起きた。のっしりとした重みが体から剥がれて、硬いマットレスを叩く。

 隣を見れば、なんかベニーロいのとハダイロいのが混じったやつ。

「ばっかやろうちくしょうおめぇもうああうわあ」

 逃げようとして壁に頭をぶつける。なぜこいつはいつも部屋側にいるのか。俺の逃げ道をふさぐのか。

「起きろ、フェルミ起きろ! またお前実体化してるぞ!」

「んんー、うるさいのぉー」

「寝ぼけなさんな!?」

 ぐわあ、と空を振り仰ぐ。埃の染み付いた天井は暗く、朝日の差し込まない部屋は朝なのか日暮れ直後なのか分からない。

 そう。フェルミは結局、人間体のままだ。

 最後の焔鎧、あのときフェルミは持てる魔力のすべてを注いでいた。

 魔術を使わずに両手剣で戦うフェルミだからこそだが、彼女は自由に使える魔力すべてで自己強化となる焔鎧を作り出す。

 そのために、魔石の魔力をすべて使い切ってしまったらしい。

 魔力が空っぽになった魔石は、その脆い構造からフェルミに取り込まれ、フェルミは魔石の魔力を完全に自分のものとして回復させていく。

 そうして、高位火精霊フェルミがご生誕なされたというわけだ。

 どうも、誓約精霊は魔導石ではなく人間に核を渡すから、精霊としての在り方が契約精霊とは少し違うらしい。その関係で、魔石がなくなろうが魔力量は変わっていないにもかかわらず、実体化すら解けない張り詰めた状態ではなく、魔力を制御下に置けたようだ。

 なんにしろ、安定状態になったことは、とても幸いなことだと思う。

 しかし不思議なことに、寝るなどして油断すると実体化してしまうことがある。

 普通は逆だ。フェルミに限っては、高位精霊になったときに実体化していたからか、実体化していたほうが落ち着くようだ。

 もっとも、精霊にとって形体の違いなど大した物ではないし、単純に気に入っただけかもしれない。

 早く暖かい布団買わないとな、と思う。

 夏物のローブを買い直し、フェルミの普段着を買ったので、当分そんな余裕はない。

 いつでも極楽な笑顔を浮かべるフェルミを見ていると、ときどき思う。

 ユジンは結局、大したことはできなかったのではないか、と。

 作り直したときに契約が変わるなら、ユジンは、迅凱と誓約を結んでいたのではないか。その誓約を頼りに、迅凱はフェルミのように、魔石の力を我が物としたのかもしれない。

 忠誠という形ではあったが、あの二人は、まるで一個の独立した存在であるかのように、互いを疑わない固い絆で結ばれていたのだから。

 分からない。そんなことを詮索しても仕方がない。

 ユジンは優秀な魔術師だった。それだけのことだ。

 俺の話に戻る。

 もう一つ、変わったこととして、走翔板が一回り大きくなった。

 ドレイクテイルのバンダナ男、ベイブといったか、彼が迷惑をかけたお詫びとして、アジトの廃材を再利用して作ってくれたのだ。

 器用なやつだという評価も尤もで、正直言ってかなりいい。コアとなる飛翔板は廃材では作れないので、それなりにしたのではないかと思うが、ありがたいので使っている。

 今やいつも二人乗りで、索道に乗らずに空を駆け抜けるようになった。

 走翔板が大きくなったおかげで、フェルミの負担は前より小さい。彼女自身も衛島から本島まで飛び降りるのが気に入ってしまったらしい。

 今度、転落防止のストラップを付けられないか、ベイブに聞いておこうと思っている。

 なお、彼はノルンにも詫びを入れ、今はオルギードよりもノルンの舎弟として走り回ることのほうが多いようだ。

 学園の放課後には、やはり、毎日のようにノルンと戦っている。

 ただその場所が、精霊戦部が借り受ける野外練習場に変わった。

「おっすノルン」

「おーすノルンちゃん」

 フェルミが俺の真似をしてノルンに声を掛ける。

 ウェーブがかってボリュームのすごい金髪をなびかせ、ノルンは振り返った。その傍らには、ノルンより大きい獅子カタールの姿もある。

 フェルミに対してのみノルンは笑顔を向けた。

「おう、フェルミ。変態に変なことされたら、すぐ私に言うんだぞ」

 また爆弾なことを言ってくれる。

 天衣無縫フェルミは当然キョトンと首をかしげる。

「変なことってー?」

「されたら嫌だと思うことだ」

「んー。じゃあ今朝。主さまが一緒に寝るの嫌がったの、いやー。ぎゅってして寝るのが好きなのに」

「それはだから、なあ、セイジ。ちょっとカタールの顎に頭挟んで見ないか? どこだったか獅子舞って風習があって、獅子に脳天を噛まれると運がよくなるらしいぞ」

「お前それ絶対生贄の儀式だろ。もしくは新手の処刑だろ」

「嘘じゃないって。ほら、カモンカモン」

 迷惑そうな顔をするカタールのたてがみを掴んで、ノルンは手招きをする。誰が行くか、とその額をはたいて、改めて彼女を見た。

「それより、明日の昼飯もつつがなくおごってもらおうか。貯金しなきゃいけないからな」

「ふん。いつまでも負ける私と思うなよ」

 前髪を整えながらノルンは不敵に笑う。

 老獪な獅子は、懲りない繰り返しに呆れたように大きなあくびをした。

 残念ながら、懲りることはないだろう。

 フェルミと目を合わせて、距離を取る。

 結界を張って魔力を成型、カードを作る。八枚、スタンダードレギュレーション。

 ノルンは相変わらずカタールを使う。その両脇に、重装部隊からトカゲ型の甲冑戦士、白兵部隊から剣持つ有翼の小人。今回は接近戦特化の構成で行くらしい。

 高位精霊になってしまったので、ハンディキャップとして三対一でやるようになった。そうでなければ、フェルミが焔鎧を使うことすらなくなってしまうからだ。

 ノルンはこの状況に大変憤慨しているが、同時にだいぶ戦いやすくもなったようだ。連携こそノルンの精霊戦団の本分だからだろう。

 フェルミは火を噴かない軽鎧をまとって、ゆったりと長大な剣を構える。

「お、焔鎧と戦団長がやりあうぞ!」

「おっと、また観ないとな」

「今日は焔鎧が出るかぁ?」

 最近はギャラリーまでつくようになった。精霊戦部の連中だ。無責任な野次や予想を飛ばしながら、能天気に見物している。

 彼らの間でフェルミはなぜか、称号のように焔鎧の名で呼ばれ始めていた。

 まあ確かに、フェルミの焔鎧はそれだけ鮮烈で、見ごたえがある。戦いの大きな特徴とも言えるだろう。フェルミも、そう呼ばれることはやぶさかでもないようだった。

 ノルンもまた八枚のカードとともに、戦術の確認と戦闘指揮の支度を整えている。

 笑う。

「さあ、戦闘開始だ!」


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