22:焔鎧
迅凱が大きく全身を回し、戟を叩き下ろす。
フェルミはそれを避けずに、長大な両手剣で、正面から受け止めた。
「なんだって!?」
ユジンが初めて大きく表情を動かした。
さすがに、魔術強化には頼っている。俺は二枚目のカードを割った。
加速を与えられたフェルミは、火の尾も長くたなびかせ、風より速く間合いを詰める。燃え上がる長大な剣が弧を描き、迅凱の胸を切り裂いた。
絶句するユジンに、笑みを返す。
「忘れたのか? フェルミの火は、焼くものじゃない。戦うための力だ」
炎の衣、いや焔鎧は、装いだけでなく実際にフェルミを強くする。場を支配し、魔力さえも焼き尽くし、戦場で剣を手に踊る。
堅く、強く、速い。
それが鎧騎士としての、フェルミの強さだ。
これまでは高位精霊としての膂力で、なんとか鎧騎士と同じ身のこなしを保っていた。
焔鎧をまとう今の動きこそ、フェルミという火精霊の真の力だ。
なぎ払われる戈に対し、フェルミは剣を構えてためを作る。
カードを割る。
魔術強化された一太刀は、その戈を逆に切り払った。
続けてもう一枚。
迅凱が逆の手で振るう戟を、加速したフェルミは飛び越えてかわす。剣を向け、跳躍の余力だけでふわりと間合いが埋まる。
フェルミは迅凱の肩に剣を突き立てた。悲鳴が上がる。
「くそ、やってくれる!」
ユジンが叫び、迅凱に強力な強化がかけられる。
その一撃をフェルミはいなし、かわし、受ける。
どんなに強い一撃も、フェルミを傷つけることはない。
戟を切り上げて滑り込み、迅凱の足をすり抜けざまに切り裂いた。
「なんで、なぜだ!? 条件は同じはずだろ? なんで勝てないんだよ!」
焦れたユジンは、俺に魔導石を向ける。
整った顔を怒りと憎悪と、なによりも恐怖で埋め尽くして、声を張り上げた。
「セイジ、お前ええぇぇ!」
「させない!」
放たれた魔術の光線は、フェルミの剣劇が打ち払う。
その隙を狙う迅凱に応じ、防壁とフェルミの強化を同時に掛ける。
ユジンは防壁を破る魔術を加え、フェルミは迅凱の戟をかわし、俺がフェルミの動く隙を補い、また空振りした迅凱の隙を長引かせるために魔術の槍を落とす。ユジンが槍を打ち消して、切り込んだフェルミと迅凱が地力で切り結び、衝撃で石畳が割れた。
魔術の応酬は加速度的に増加していく。
剣劇は走り、長柄が振るわれ、炎は猛り、霞が散る。
戦いは加速する。
いつも笑っているユジンの表情から、余裕の笑みが消えていく。
そして俺は、戦闘が激しくなるに連れて、笑みが深まっていく。
相変わらず、ユジンと迅凱は、強い。最高に強い。こんなに強いペアは見たことがない。
そして、それでも、俺とフェルミのほうが、強い。
フェルミが剣を振ってから加えた魔術強化で、迅凱の巨大な胴腹を、盾として構えた戟の柄ごと打ち貫いた。
柄の断たれた戟が巨腕からこぼれ落ち、牛頭の巨人は膝を突く。
キン、と剣尖を床に引っ掛け、間合いを取ったフェルミは凛と立つ。
「ねぇ迅凱。ずっと思ってたんだけど、なんで何もしゃべらないの?」
迅凱の牛頭を見上げ、フェルミは問いかけた。
ユジンは、ハハと乾いた笑い声を上げる。
「迅凱は、中位精霊のまま高位精霊の魔力を持っただけだから、しゃべる能力はないよ」
「そんなの、関係ないよ? 私たちはことばを集めるだけの魔力があれば、話せるもん。ねぇ、迅凱。どうして、あなたの主に、なにも言ってあげないの?」
フェルミの言うことはよく分からない。もともと精霊というものについて、それほど多く分かっているわけではないのだ。
高位精霊というのも、主に言葉をしゃべれる、ということを目安に言っているに過ぎない。中位低位の区分に至っては、主観で決めて適当だ。
迅凱はゆっくりと立ち上がって、フェルミを見下ろす。
「私、は」
耳慣れない、若々しい声が響いた。
「私はただ、我が主が励まれていることを、お助けする。――それだけだ」
声は澄んでいて、優しく、また誠心に満ちている。
見た目の醜悪さにそぐわない、どこまでも真っ直ぐな声だった。
ユジンの表情が、凍りついている。
それを背にかばい、迅凱はただ忠臣のように、両の足で立ち続ける。
フェルミは兜の中で表情を変えた。
悲しそうな声で、問いかける。
「それでいいの? そのためにあなたは、そんな姿になってるのに」
迅凱はもう答えなかった。
彼にとって、すでに言葉は不要なのだ。
虚空から取り出した槍を構え、フェルミに穂先を向ける。
応じてフェルミも、剣を構えた。
「主さま」
「ああ。任せろ、フェルミ」
「はい」
フェルミは重心を低く構え、するりと足を踏み出す。
魔導石を構えるユジンはなにも言わず、迅凱は何も応えず、ただフェルミに対応して構えを取り、間合いを詰める。
刃の交差は、なかった。
魔術強化された速さと強さを持つ槍は、俺の防壁などかすめただけで弾き飛ばす。
その先にフェルミの姿はない。フェルミは、穂先に合わせて張った防壁を踏んで跳躍し、一突きで迅凱の喉を刺し貫いている。
燃え盛る焔鎧から溢れる炎は、まるで翼のように、フェルミの刃を彩っていた。
「ごめんね、迅凱」
フェルミは迅凱の首を蹴って宙返りし、引き抜いた剣を振りかぶって、一閃。
唐竹割りに真っ二つに切り裂いた。
実体化を保てなくなった迅凱は、砕け散るように霞に消えて、その巨体を霧消させる。
石造りの部屋が、急激にだだっ広くなる。
床に敷かれた魔法陣が光を失い、同時に過濃度を保っていた魔力が流れ出していく。
「勝ったよぉ、主さま!」
着地したフェルミが炎をまとい、焔鎧を脱ぎ捨てるように炎の隙間から飛び込んできた。
おうよ、と胸で受け止めた、その異様な柔らかさにギョッとする。
「ちょお、おま、ええ、えぇええぇえええっ!?」
抱き溜め続き! とフェルミは叫んで体を押し付けてくる、その距離が今までより薄い。
さっき火柱が立っていたとき、邪魔な着衣は消し炭になってしまったのかもしれない。夏物のローブがなくなった。
戦闘を終えたばかりで興奮しているせいか、フェルミの体はまだ熱い、っていうか熱い! 痛い! 焼ける!
背後から浴びせられる零下の視線も、ざくざくと突き刺さってくる。
「なあ金髪、気のせいか? 今一瞬、フェルミが肌色に見えたんだが」
「ああデカブツ、お前もか。私もそこのセイジが変態に見えてならないんだ」
幸か不幸か、ちょうど俺の体に隠れてフェルミの実態が見えないらしい。フェルミは幸せそうに腕に力を増して、俺の腹部臓器を圧迫する。喉が詰まる。
なんだこの状況、新手の拷問か。
「あ、主さまごめんなさい。熱かった?」
「ああうん大丈夫だから今体離されると目に毒、でもくっつかれても精神が削れるなあ」
引き剥がしてローブを脱いで手渡す、という一連のプロセスをする勇気がない。
俺が見るのも嫌だし、たぶん気にしないからこそ他人の目に触れさせるのが忍びない。でも今も逃げ出したいほど辛い。かといってフェルミを一人で置いていけるわけがない。
「ん? あ、私裸だぁ。ねぇ主さま! 私、今のでやり方覚えたんだよ!」
「なにが? うわあっ!」
フェルミの体が燃え上がった。
途端、体の要所を隠す軽鎧姿になる。
皮の帷子があり、なぜか肩とヘソが見えているものの、よほど精神衛生にいい姿だった。それに動きやすそうで、両手剣でない武器を運用するときには、こちらのほうがいいかもしれない。
速攻で精霊戦に思考が流れたが、まあ、よし。よくやった。頭を撫でると、フェルミはだらしなく顔を緩ませる。
「相変わらずふざけているね、セイジ」
低い声が聞こえた。
ユジンは白く筋が浮かぶほどきつく魔導石を握りしめている。
「僕は、間違ったことは、していない」
まっすぐに俺をにらみつけ、一つひとつ念を押すように短く区切って告げた。
フェルミが俺の袖をキュッと握る。その表情は不安そうに揺れていた。
息をつく。
「なあ、確かに俺は、お前みたいに立派で確かな志を持って、生きてきたわけじゃない。このフェルミと誓約するくらいには、俺も大概お気楽なもんだ」
「そうだろうね。思考停止している君には、何も分からないさ」
ユジンは皮肉っぽく口の端を吊り上げて笑う。
彼に敵意を向けられる日が来るとは、夢にも思わなかった。
胸が、喉が重く締め付けられ、口が重くなる。
これ以上言っても、取り返しがつかなくなるだけではないか。そんな不安が駆け抜ける。
顔を上げて、しっかりユジンを見た。
完全には元に戻れない。それほどの決意を、すでにユジンは持っている。
だからこそ、彼とともに戦ったこともある俺が、応じないわけにはいかない。
「……お前も、プロポーサも、不自然なんだよ。なんでお前ら、笑ってるんだ?」
ずっと腹にたまっていたことを、口にする。
ユジンは虚を突かれたように目を丸くした。
「フェルミを見てみろよ。こいつもいつも笑ってるけど、楽しくないときは笑わない。悲しいときは落ち込むし、気に入らないときはすぐ膨れる」
自分が引き合いに出されるのが嬉しいのか、フェルミは微笑んで首をかしげる。たぶんなんの話か分かっていない。
それが分かるほど、フェルミはまっすぐ生きている。
「俺は、これが尊厳だと思う。お前の言う社会が、どんなに立派で便利なのか分からない。でも、こういう生き方を阻害して、笑顔を曇らせるものなら。それは決して、いい変化なんかじゃない。それなら、変化なんていらないだろ」
話していて、思い当たる。
それはある意味で、魔石と同じなのだ。
一見強くなって優位に見える。しかし、その不自然な変化はひずみを起こし、ふとしたことで呆気なく崩落してしまう。辛うじて均衡を保つなかに、安寧は見つけられない。
不自然は、つまり変ということなのだ。
ユジンはうつむいて歯を食いしばる。その間から唸るように言った。
「じゃあ、僕がしてきたことは間違ってるって、そう言いたいのか」
「全部が全部じゃない。ただ他にもやりようがあっただろ」
「他の、やり方なんて、どうすれば」
「話せばいいんだよ」
「え?」
ユジンが間抜けた顔を向けた。その先に、もっとアホみたいな笑顔がある。
「話すの。お話!」
フェルミはアホみたいにまっすぐで輝く笑顔を、満面に浮かべている。
「ちょっとじゃなくて、たくさんたっくさん! だって、私と主さまも、たぶん話してなかったら、分かんなかったよ。鎧騎士になったら、前みたいに、ううん。前よりもっと、ずっと寂しいさびしいって思ってたと思う」
どん、と体をぶつけるようにして、俺の腕を抱いてくる。
俺を見上げて、にまーと笑った。
「でも今は、何にも怖くないよ。だって主さまも私も、ずうっと一緒にいたいって思ってるって……分かってたけど、でも! もっと分かったから!」
どストレートに言われて、恥ずかしくなる。
いや確かにフェルミの言う通りなのだが、なんていうか。そうなんだよなぁ。
オルギードが馬鹿を見る目で俺を見ている。そんな目で見るんじゃない。
ユジンに向き直る。
「お前がいい社会を目指しているのは、悪いことじゃないだろ。お前のやり方には協力できないけど、だからこそ、一人で凝り固まってないでさ」
手を差し出した。
「手伝うぞ。友達だろ」
「……セイジ」
ユジンは苦笑して、俺の手を取った。握手をする手はペンダコだらけだ。日夜励んでいるという言葉に、嘘はない。
なぜだか、笑えてくる。結局、世のため人のために働く、お人よしなのだ。
「これからもよろしくな。もう無茶なことすんなよ」
「そうだね、考えておくよ。よろしく、セイジ」
「ユジン様!」
大声に振り返る。プロポーサが広間に飛び込んできた。
握手を切られて、さっと影がすり抜けていく。
ユジンが逃げた。
「おいユジン!?」
「また会おう!」
軽やかにターンして手のひらを向け、爽やかに笑う。
フェルミは驚いて、とっさに手を振り返している。
面食らっているノルンとオルギードも、体の不調で動けない。
止める間もなくプロポーサと合流して、彼らは魔術の黒い霞みに包まれた。
「待て、おい!」
霞が再び拡散していく合間に、いなくなってしまったらしい。走ろうとしたときには、すでに二人の姿はどこにもなかった。
なんてことだ。
苦笑が浮かぶ。
まだ、諦めていないらしい。
止めようと体を倒し、肩の痛みに顔を歪めていたオルギードが忌々しそうにつぶやく。
「ち、粘着質なやつだ」
「軟弱そうに見えて、キッツイのがユジンだからな」
人柄を知っているノルンは肩をすくめている。口許は笑っていた。
オルギードは首をねじる。
「そんなに鷹揚に構えていいのか? また何かやらかすかもしれないんだろ?」
「まあ大丈夫じゃないか? また会おうって、言ってたからな」
答えて、無人になった出口の枠を見る。何も気にすることはない。
こう見えて俺は、ユジンの性根を信頼している。




