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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第三章
22/25

20:決裂

 あまりにも大きすぎる隔絶に、悔しさばかりが虚しく降り積もる。

 ぎり、と歯噛みして、言葉を振り絞る。

「お前は、間違ってる」

「……分かってもらえないんだね」

 小さく深呼吸して、ユジンは首を振った。

 彼は踵を返して部屋を戻っていく。

 息を吸って、クラリと足元が揺らいだ。フェルミが腕を取って支えてくれる。

 その温かみと握る痛みに、意識がハッキリする。

 そう、負けるわけにはいかない。

 その背中を許すわけにはいかない。

「ユジン、俺はお前を止めるぞ。お前のやろうとしていることは、精霊を傷つけるだけで、何も生み出しはしない!」

「ご勝手に。ただ邪魔しようというなら、僕は」

 平然と、振り返った。

 忠臣のように控えていた迅凱が、ユジンの前に立つ。

 それは彼の手足のように、意思に応じるかのように、両の巨腕に武器を構える。

 ユジンは冷厳で怜悧な表情を、いささかも揺らがせることはない。

「友達でも、容赦しないよ」

 軽くユジンが言った、その瞬間。

 迅凱の巨体がするりと動き出し、同時にフェルミも両手剣を抜いて駆け出す。

 応じる迅凱はフェルミの体に戟を振り下ろした。

 カードを割ってフェルミの体に加速を掛ける。フェルミはすれ違うように刃をかわし、柄を蹴って飛び上がった。巨腕に剣を叩きつける。相変わらず刃は通らない。

「迅凱、刈れ」

 ユジンの声と同時に魔術が掛けられる。

 迅凱の振り返る一歩が、圧倒的な力感を得る。

 紫電一閃。

 硬い鞭がしなるように、迅凱は電撃的な速さで戈をなぎ払った。

 火花を散らし、フェルミは剣で受け流す。敢えて大きく吹き飛ばされることで、体勢を崩されることを防いだ。

 迅凱は戟を鋭くフェルミに突き向ける。戟の刃を打ち払って、というより剣で打つ反動で体を動かして、フェルミはさらに避ける。

 機敏に動き、打ち合い、フェルミはなんとか凌いでいく。

 戈の斬撃を、間合いを詰めてかいくぐり、フェルミは迅凱を見上げる。

 惑った。

 迅凱に戟を持った腕での肘鉄を食らい、フェルミは地面で受身を取って、ギリギリで戈の追撃をかわす。フェルミの視線は、どこか揺れている。

 袈裟に切り下ろす戟を見落としていた。

「フェルミ!」

 手持ちのカードの多くを費やし、防壁で攻撃の勢いを殺して、無理矢理フェルミの体を動かす。長い髪の端が斬り飛ばされた。

「ご、ごめんなさい!」

 フェルミは焦ったように礼を言った。こちらに意識が向いている。集中していない。

 現に迅凱にさらに追い込まれて、盾にする剣が連撃の衝撃に踊っている。

 動きが明らかに鈍っていた。

 どうしたんだ。

 胸が冷たくなる。なにか調子が悪いのか。魔石になにか異常でも起こったのか。

 もう一撃、戈を凌いで、指が空を握る。右手のカードがなくなってしまった。

 左手にあと六枚。

「うあ!」

 フェルミは悲鳴をあげた。

 防御の間隙を縫って振るわれる戈を、受け流そうとして両手剣が吹き飛ぶ。

 その弾みだけで、フェルミの細身の体は床を離れた。

「くっ、フェルミ!」

 カードを割る。今度は止められた。

 防壁にもたれて空を滑るようなフェルミを受け止める。

 直撃ではなかったのに、フェルミはぐったりとして、顔は苦しげにしかめられていた。

「おい、大丈夫かフェルミ!」

「ううっ」

 ずあ、と空気の押しのけられる圧迫感。

 顔を上げるそこに、真っ暗な影が立っている。

「ずいぶん、調子悪そうだね」

 ユジンが気の毒そうに言った。

 迅凱は動きを止めなかった。

「ぐっ!」

 振り下ろされた戟を、フェルミを抱えて避ける。がつり、と石畳に肩を強く打った。

 鈍い痛みにフェルミをかばう腕が痺れる。空振りした戟の空気を裂く音が聞こえていたことを、今さら認識する。

 これぽっちで、もう抵抗は終わりだ。

 迅凱の向こうで、苦笑するように、ユジンが肩をすくめている。

「友達が死ぬところは、あんまり見たいものじゃないね」

 ふざけやがって。

 体は粘ついた錘に包まれているかのように重い。俺はフェルミのようには動けない。

 フェルミは俺の腕を掴んだまま動かない。その腕がかすかに震えていて、悪夢に怯える子供のように固く目を閉じている。

 ぎしと筋肉さえ軋ませて、迅凱は重量を感じさせない動きを見せる。

 戟の刃は死角に消えて、俺には見えない。

「大馬鹿者、ええい手間をかけさせる!」

「クソ、見捨てられるかよ!」

 ぐい、と服が引っ張られた。

 軽く首を絞められて、喉に鉛の詰まったような痛みに襲われる。

 バキンと鉄板を打つような音が高く響く。

 見上げればそこにカタールがいた。しかし普段よりもはるかに小さく、まるで子猫のようだ。それが俺の外套を噛んで、小さな翼で引っ張っている。

 限定実体、器用な魔力操作能力もここまで来れば大したものだ。

「もう、もうダメだ。これっきりだ。もう指一本動かせん」

 ノルンがバッタリと大の字に伸びる。

 同時にひゅうるりとカタールの実体化は解かれて、体がまたもや石畳に打ち付けられた。見事に背中の中心を打って、息が詰まる。

 壁に寄りかかったまま腕を掲げているオルギードは、肩の傷が開いているのか、血がにじんでいた。まるで気付いていないかのように、オルギードは強く笑って拳を握っている。

「へっ、メイザルにつけないでよかったぜ。よォ、あの変な男が言ってたよな。魔石は、魔術に使うこともできるってよ」

「やれやれ……時間稼ぎにしかならないよ」

 体を起こす。

 魔法陣をまたぐ部屋の向こうで、迅凱は魔術の鎖に縛られて膝を突いていた。

 ユジンはつまらなそうに迅凱を眺めている。対抗魔術を使う気も起きないらしい。

 しかし迅凱の力だけで鎖が破られるのも、そう遠い話ではなさそうだ。メキメキと魔術の鎖が軋んで破片がこぼれている。

「なぁフェルミ。大丈夫か?」

 腕の中のフェルミに声を掛ける。うつむいていたフェルミは勢いよく顔を跳ね上げて、辺りも状況も構わずにすがり付いてきた。

「やだよ主さま! 私やっぱり戻りたくない!」

「おいフェルミ? なんの話だ!?」

「ヤダよ、私鎧騎士に戻りたくないよぉ!」

「はあっ!?」

 突拍子もなく、とんでもない状況で、冗談ではすまないことを言い出す。

 フェルミのほうは、どうしてそんなに泣けるのかというくらい、ボロボロと大粒の涙を赤らんだ頬に転がしていた。

「主さまは、なんでいいって思えるの? 私とお話しするの嫌だったの?」

「それとこれとは話が別だろ!」

「別じゃないもん! 戻っちゃったら、もうお話できないよ? そんなのヤダよぉ!」

 ヤダヤダ、と激しく体ごと首を振って、フェルミは大泣きした。


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