20:決裂
あまりにも大きすぎる隔絶に、悔しさばかりが虚しく降り積もる。
ぎり、と歯噛みして、言葉を振り絞る。
「お前は、間違ってる」
「……分かってもらえないんだね」
小さく深呼吸して、ユジンは首を振った。
彼は踵を返して部屋を戻っていく。
息を吸って、クラリと足元が揺らいだ。フェルミが腕を取って支えてくれる。
その温かみと握る痛みに、意識がハッキリする。
そう、負けるわけにはいかない。
その背中を許すわけにはいかない。
「ユジン、俺はお前を止めるぞ。お前のやろうとしていることは、精霊を傷つけるだけで、何も生み出しはしない!」
「ご勝手に。ただ邪魔しようというなら、僕は」
平然と、振り返った。
忠臣のように控えていた迅凱が、ユジンの前に立つ。
それは彼の手足のように、意思に応じるかのように、両の巨腕に武器を構える。
ユジンは冷厳で怜悧な表情を、いささかも揺らがせることはない。
「友達でも、容赦しないよ」
軽くユジンが言った、その瞬間。
迅凱の巨体がするりと動き出し、同時にフェルミも両手剣を抜いて駆け出す。
応じる迅凱はフェルミの体に戟を振り下ろした。
カードを割ってフェルミの体に加速を掛ける。フェルミはすれ違うように刃をかわし、柄を蹴って飛び上がった。巨腕に剣を叩きつける。相変わらず刃は通らない。
「迅凱、刈れ」
ユジンの声と同時に魔術が掛けられる。
迅凱の振り返る一歩が、圧倒的な力感を得る。
紫電一閃。
硬い鞭がしなるように、迅凱は電撃的な速さで戈をなぎ払った。
火花を散らし、フェルミは剣で受け流す。敢えて大きく吹き飛ばされることで、体勢を崩されることを防いだ。
迅凱は戟を鋭くフェルミに突き向ける。戟の刃を打ち払って、というより剣で打つ反動で体を動かして、フェルミはさらに避ける。
機敏に動き、打ち合い、フェルミはなんとか凌いでいく。
戈の斬撃を、間合いを詰めてかいくぐり、フェルミは迅凱を見上げる。
惑った。
迅凱に戟を持った腕での肘鉄を食らい、フェルミは地面で受身を取って、ギリギリで戈の追撃をかわす。フェルミの視線は、どこか揺れている。
袈裟に切り下ろす戟を見落としていた。
「フェルミ!」
手持ちのカードの多くを費やし、防壁で攻撃の勢いを殺して、無理矢理フェルミの体を動かす。長い髪の端が斬り飛ばされた。
「ご、ごめんなさい!」
フェルミは焦ったように礼を言った。こちらに意識が向いている。集中していない。
現に迅凱にさらに追い込まれて、盾にする剣が連撃の衝撃に踊っている。
動きが明らかに鈍っていた。
どうしたんだ。
胸が冷たくなる。なにか調子が悪いのか。魔石になにか異常でも起こったのか。
もう一撃、戈を凌いで、指が空を握る。右手のカードがなくなってしまった。
左手にあと六枚。
「うあ!」
フェルミは悲鳴をあげた。
防御の間隙を縫って振るわれる戈を、受け流そうとして両手剣が吹き飛ぶ。
その弾みだけで、フェルミの細身の体は床を離れた。
「くっ、フェルミ!」
カードを割る。今度は止められた。
防壁にもたれて空を滑るようなフェルミを受け止める。
直撃ではなかったのに、フェルミはぐったりとして、顔は苦しげにしかめられていた。
「おい、大丈夫かフェルミ!」
「ううっ」
ずあ、と空気の押しのけられる圧迫感。
顔を上げるそこに、真っ暗な影が立っている。
「ずいぶん、調子悪そうだね」
ユジンが気の毒そうに言った。
迅凱は動きを止めなかった。
「ぐっ!」
振り下ろされた戟を、フェルミを抱えて避ける。がつり、と石畳に肩を強く打った。
鈍い痛みにフェルミをかばう腕が痺れる。空振りした戟の空気を裂く音が聞こえていたことを、今さら認識する。
これぽっちで、もう抵抗は終わりだ。
迅凱の向こうで、苦笑するように、ユジンが肩をすくめている。
「友達が死ぬところは、あんまり見たいものじゃないね」
ふざけやがって。
体は粘ついた錘に包まれているかのように重い。俺はフェルミのようには動けない。
フェルミは俺の腕を掴んだまま動かない。その腕がかすかに震えていて、悪夢に怯える子供のように固く目を閉じている。
ぎしと筋肉さえ軋ませて、迅凱は重量を感じさせない動きを見せる。
戟の刃は死角に消えて、俺には見えない。
「大馬鹿者、ええい手間をかけさせる!」
「クソ、見捨てられるかよ!」
ぐい、と服が引っ張られた。
軽く首を絞められて、喉に鉛の詰まったような痛みに襲われる。
バキンと鉄板を打つような音が高く響く。
見上げればそこにカタールがいた。しかし普段よりもはるかに小さく、まるで子猫のようだ。それが俺の外套を噛んで、小さな翼で引っ張っている。
限定実体、器用な魔力操作能力もここまで来れば大したものだ。
「もう、もうダメだ。これっきりだ。もう指一本動かせん」
ノルンがバッタリと大の字に伸びる。
同時にひゅうるりとカタールの実体化は解かれて、体がまたもや石畳に打ち付けられた。見事に背中の中心を打って、息が詰まる。
壁に寄りかかったまま腕を掲げているオルギードは、肩の傷が開いているのか、血がにじんでいた。まるで気付いていないかのように、オルギードは強く笑って拳を握っている。
「へっ、メイザルにつけないでよかったぜ。よォ、あの変な男が言ってたよな。魔石は、魔術に使うこともできるってよ」
「やれやれ……時間稼ぎにしかならないよ」
体を起こす。
魔法陣をまたぐ部屋の向こうで、迅凱は魔術の鎖に縛られて膝を突いていた。
ユジンはつまらなそうに迅凱を眺めている。対抗魔術を使う気も起きないらしい。
しかし迅凱の力だけで鎖が破られるのも、そう遠い話ではなさそうだ。メキメキと魔術の鎖が軋んで破片がこぼれている。
「なぁフェルミ。大丈夫か?」
腕の中のフェルミに声を掛ける。うつむいていたフェルミは勢いよく顔を跳ね上げて、辺りも状況も構わずにすがり付いてきた。
「やだよ主さま! 私やっぱり戻りたくない!」
「おいフェルミ? なんの話だ!?」
「ヤダよ、私鎧騎士に戻りたくないよぉ!」
「はあっ!?」
突拍子もなく、とんでもない状況で、冗談ではすまないことを言い出す。
フェルミのほうは、どうしてそんなに泣けるのかというくらい、ボロボロと大粒の涙を赤らんだ頬に転がしていた。
「主さまは、なんでいいって思えるの? 私とお話しするの嫌だったの?」
「それとこれとは話が別だろ!」
「別じゃないもん! 戻っちゃったら、もうお話できないよ? そんなのヤダよぉ!」
ヤダヤダ、と激しく体ごと首を振って、フェルミは大泣きした。




