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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第三章
21/25

19:無比の敵

 迅凱は嵐のように動く。

 戟を飛び上がってかわしたフェルミを、袈裟に振り下ろされた戈が引っ掛けて、地面に叩き下ろした。

 防壁は間に合ったが、衝撃は殺しきれない。

 石畳を砕いて鞠のように跳ね上がり、溺れるように手足をかくフェルミの痩身を、戟の柄が打ち払う。

「フェルミ!」

 やっと声が出た。

 水切り石のように石畳を跳ねながら迫るフェルミに、魔術のクッションを当てて減速させながら、受け止める。

 砲弾のようだった。あっけなく両足が床から剥がれる。

 奇妙な浮遊感のあと、背中が轢かれた。

 水の満ちた金魚鉢に頭を突っ込んで鉢を木槌で打ち鳴らしたような衝撃に、脳が揺れる。息ができない。

 目の前で、無数の光が照らされ、それが激しく振られている。

 ようやく体の上にフェルミがいることに気付いた。

 めまいが治まってくる。

 フェルミは苦しそうに体を折っているが、実体化を解くこともなく、また他になにかが悪化するようすもない。無事のようだ。

 息をつこうとして、喉に引っかかり、激しく咳き込む。

「この大馬鹿者が!」

 顔を上げた先で、ノルンが俺に腕を向けていた。

「お前のせいでナケナシの魔力もパアだ! 打つ手がなくなったぞ!」

 怒鳴るだけ怒鳴って、ノルンは力尽きたように腕を落とし、そのまま床に転がる。

 そこでようやく、自分がフェルミもろとも壁に叩きつけられたことを思い出す。

 ノルンが防壁を張って、壁に頭を打たないよう防いでくれたらしい。

「本当に、何やってるんだよ。死ぬよ?」

 ユジンは苦笑をたたえて、平然と声を掛けてきた。相変わらず動じないやつだ。

 かつかつと靴音を立てて、ユジンは広間を渡ってくる。

 立ち上がろうとして、手足が痺れたように動かせなかった。

 フェルミの目が薄く開いて、その潤んだ色が見える。まだ身動きは取れないようだ。

 未だに光を揺らめかせる魔法陣を踏み越えて、ノルンの前に足を止めたユジンは、懐から魔導石を取り出した。その色づく石英のような手のひら大の石塊は、カタールの魔導石だ。それをノルンの前に放り落とす。

「取り返しておいたよ。ドレイクテイルに魔石を取り付けられてたけど、ちゃんと取り除いておいたから」

 ノルンは反射的にカタールの石に手を乗せて、安堵の色を険しい表情に混ぜる。

 ようやく意識を取り戻したフェルミが、弱々しく体を起こす。

 体の重みが離れて、逆に息が苦しくなる。

「ま、ぐふっ。魔石を、取り除けるのか?」

「ああ。プロポーサとは違うよ、暴走の危険もなく確実に取り除けるやり方がある」

 フェルミが素早くユジンを振り返った。

 ユジンはふっと微笑んで、懐から魔石を取り出す。

「魔石は構造的にものすごく不安定だ。もちろん、物理的な意味ではないから、そう簡単に割れたりしないけどね。精霊に癒着した魔石は、不安定がさらに顕著になる。だから他の魔石に、癒着した魔石の魔力を移してしまえば、勝手に崩壊してしまうんだ。崩壊する魔石の中に魔力は残っていないから、どうなろうと精霊に何の影響も及ぼさない。フェルミは晴れて元通りの全身鎧ってわけ。分かりやすいだろ?」

「なるほど、な」

「胸の魔石に、この魔力を持たない魔石を重ねれば、勝手に移るよ」

 ほい、と気軽にユジンは魔石を放り渡した。

 重い腕を動かす。すくい取るように受け取って、軽い。

 フェルミは俺を振り返る。気持ちの揺れで柳眉が寄せられていた。

 その胸元にある魔石の、おぞましい特性。ユジンはこれを研究し、淀みなく解説できるほどに詳しくなっている。

 魔石を手に握ったまま、ユジンを見上げた。

「どうしてお前は、こんなものに手を出したんだ」

 うん、とユジンは笑みを深めた。

「ねえノルン、セイジ。僕は世界を変えようとしているんだ」

 声はひどく澄んで広がっていく。

 彼はいつも通りに爽やかな、しかし真意の読めない笑顔を口許に浮かべている。

「今の世界は、精霊の気まぐれに振り回されないために、契約規範なんて作っている。けど、そんなの非効率だ。そんなことをするくらいなら、初めから精霊なんかに頼らなければいい。そうだろう?」

 フェルミの肩が震えた。

 精霊に力を借りることが非効率だ、などとは考えたことがなかった。

 ただ、確かに精霊術として力を引き受けて魔術を組むより、たとえば霊脈からそのまま魔力を引いて魔術を組んだほうが、楽で早いことは事実だ。

 世界がその霊脈の魔力だけでまかなえるとしたら。

 それは確かに、とても楽で便利な社会ではある。

 そこには、契約の代償も魔導石の制限も、存在しないのだから。

 しかし、俺には想像しにくい話だった。フェルミはもちろん、ノルンの精霊戦団が今さら立ち消えるなど、考えられない。

 ユジンは俺と違って、その想像をより明確な形で作っているようだった。

「契約に振り回されずに、魔力を確保する手段が必要だ。その研究の一環として、魔石について調べていたんだよ。そして、僕はもっと推し進めていきたい。二人にも、その手伝いをしてほしいと思っているんだ」

 意図が、よく分からなかった。

「そんなことをして、どうしたいんだよ」

 俺の問いかけに、ユジンは笑みを収めた。

 急に落ち着いた、真剣な語調になって、淡々と語る。

「……セイジは知らないかもしれないけど、僕たち魔術師は、普通の人間じゃない。天上人なんだよ。もっと上空、ずっと高いところで生きる。神の御使いと呼んでもいい。世界に魔術を広めて、秩序と社会を創造した、この世の偉人たち。とても尊い存在だ」

「なんの話だ?」

 話が読めない。怪訝に眉が寄る。

 落胆と憤りを表すのは、ユジンのほうだった。

 皮肉をこめて笑い、語気を強める。

「知らないだろう? 知られてないんだよ。それがおかしいんだ。間違っているんだよ。僕は天上人の末裔として、魔術師として、……人間として、当然の尊厳を取り戻す」

「取りもど、して、どうなるんだ?」

「精霊に頼るのではなく、人が人として生きる、独立した強く正しい社会を作るんだ」

 ユジンは断言した。

 熱を持って、意志も確固として、真剣そのものの表情で強く笑う。

 それは本当にいい笑顔だった。

 足元が崩れたような感覚に、めまいがする。

「ふざけるな!」

 ノルンが叫んだ。

 倒れていたノルンは半身を起こしていて、しかし叫ぶだけで体力を使い果たしたかのように、体を揺らめかせる。

 床に拳を叩きつけて体を支え、ノルンは手負いの狼のようにユジンをにらみつける。

「馬鹿にするなよ。その魔石でどれほどの精霊を犠牲にしてきたと思っている。カタールまで巻き込んで……それが、社会のためだと? 寝ぼけるのもいい加減にしろ!」

 怒声もユジンは意に介さない。

 平然とうなずいて見せた。

「その通り、社会のためだよ。逆に聞くけど、君こそ精霊のためにどれほどのものを犠牲にしてきたか、分かっているのかい?」

「なに?」

「ご自慢の精霊戦団だよ。それを作り、支えるために、どれほどの対価を支払っている?」

「それは……」

 ノルンが顔を歪ませて言葉を失った。

 彼女の誇る精霊戦団は、それを構成する一体ごとに、契約を結ぶ魔導石が必要だ。契約の条項によっては対価を強いられているだろう。ましてや、精霊を規律で従わせるために、契約の条項とその対価は、どれほどに膨れ上がるか。

「同量の魔力を運用するのに、魔術と精霊術とでは、総合的な負担がまったく違う。歪んでいるじゃないか。魔術を一般的に普及させることができれば、とても便利に魔力を運用できる。分かるだろ?」

 ユジンの語りに、ノルンは言葉を失っている。

 フェルミは肩に力をこめて、腕を震わせている。

 違う。

 彼の言葉は、一見して正しいように見える。しかし、間違えている。

 強烈な違和感が湧き上がる。

「違う、それは違う!」

 俺は思わず怒鳴っていた。そうだ、前提が間違っている。

 膝に力を入れる。腱が伸びきっているかのように、力が入らない。

 それでも壁を伝い、必死に立ち上がる。

 やっと、ユジンと同じ目の高さになった。

「精霊に力を借りているのは、俺たちのほうだぞ」

「分かってないな。精霊から魔力を引き受けることと、霊脈の魔力を使うことは等価だよ。密度が違うだけだ」

 その通りだ、魔力そのものに変わりはない。

 にもかかわらず、精霊の魔力を借りると契約の制限がかかる。魔術を使うことに限って考えれば、契約には不条理に思える点は少なくない。霊脈がないから契約を強いられるのであって、他に手段があれば、それは便利に思えるだろう。

 だが、やはり見落としている。

 精霊に変わりはない。

 契約してくれるのも、力を渡してくれるのも、精霊の承引によるものだ。

 ユジンの論は、木を見て森を見ないような考えに過ぎない。

 そう、そもそもだ。

「そもそも、魔石なんてものが間違ってんだよ。精霊を力だなんだって手前勝手な括りで測って、その在り方を決め付けて! 天上人だかなんだか知らないが、尊厳だって抜かすなら、まず精霊の尊厳を思い出せよ!」

「精霊の尊厳って、何言ってるのさ。彼らは魔力の塊で、自然現象の延長だよ。低位精霊なんて、自分がいつ生まれて死ぬかも分かってない。尊厳も何もないだろう」

「そんなことない!」

 フェルミが叫んだ。

 俺の横でへたり込んでいたフェルミは、必死な表情で思いを継ぐ。

「私だって怪我したら痛いし、主さまに嫌われたら悲しいし、一緒にいたら暖かいの! ぜんぶ感じる、分かってるよ!」

 必死に言葉を探すように、拳を握ってフェルミは叫んだ。

 くだらなそうにユジンはフェルミの顔を見た。くだを巻くのに付き合うようなウンザリした顔で、面倒くさそうに口を開く。

「それは、フェルミが高位精霊だから」

「鎧のときからそうだもん! 言えないし、表せないけど、みんなそう! 好きなことは大好きだし、嫌なことはだいっ嫌いなんだから!」

 いっしょうけんめい、フェルミは気持ちを訴えた。

 ユジンは少し黙って、申し訳なさそうに、苦笑を浮かべる。

「それも、精霊のものは、実体の擬似物質と同じでさ。仮初のものに過ぎないんだよね。勘違いしてるよ」

 揺らぐことは、なかった。


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