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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第三章
20/25

18:無情な優しさ

 息が止まった。

 時間さえも止まっていたんじゃないかと思う。

 ユジンだけが動いて、迅凱は奪い取った魔石を受け渡している。

「やっぱり低位精霊だね。弱い精霊に魔石をつけたって、高が知れてるんだけど……まあ、仕方ないか。逆に慎重な態度だったかもね」

 涼しげに微笑を絶やさず、彼は魔石を手にもてあそぶ。

 信じられなかった。

 信じたくはなかった。

「お前、なに、してるんだ?」

「ん? ああ、うん。ちょっと、言葉が足りなかったかな。魔石を奪うと、精霊は暴走するんだよ。こんな閉所で派手な死に様を見せられても、危ないだけだからね。きっちり安全に処理したんだ」

 気遣う素振りさえ見せて、ユジンは笑う。

 精霊をモノのように扱う態度が、言葉が、分からない。

 お前も迅凱を相棒に、精霊戦を戦ってきただろう、と思う。同時に、彼が迅凱を労うことはなかったことも、奇妙な納得として思い出す。

 彼の目は常に俺とノルンに、人間に、向けられていた。

 歯がゆくて、裏切られたようで、納得いかない。許せない。

 オルギードの大きな影が動く。

「ぶち抜け!」

 殴りつけるような魔術強化を受けて、馬頭は鎌を振り上げて、振り下ろす。かつてない速度で繰り出された鋭利な真空刃は、迅凱の顔面に直撃した。

 だが、迅凱は微動だにしない。鼻頭にほんの小さな切り傷があるばかりだった。

 オルギードが驚愕に凍りつく。

 一撃強化の魔術を乗せた馬頭の刃は、おそらく彼の最大威力だ。

 それが、かすり傷で精一杯だという。

 ユジンは困ったように苦笑した。

「あー、結構やるね。無傷で終わらせてやろうと思ったのに、いきなり傷つけられちゃったよ。締まらないなあ」

「舐めやがって!」

 怒号を発し、オルギードは凄まじい剣幕で走り出す。しかし、すぐに肩を押さえて足が鈍った。殴りかかろうとしたが、肩の痛みが悪化したのだろう。

 その前に、迅凱が立ちふさがった。

 いや、迅凱は一歩しか動いていない。

 それでいて、圧倒的な威圧感でオルギードの動きを縛る。あと一歩、いや半歩も動けば、オルギードは迅凱の攻撃範囲に収まってしまうに違いない。

「やめておいたほうがいいよ」

 聞き分けのない子どもに注意し続けるような、うんざりした口調でユジンは言った。

「迅凱は作り直した影響で、契約条項が変わっているんだ。契約規範も何もないよ」

「くそ、野郎ォ……」

 馬頭の男がオルギードの肩に手を当てながら、体を支えて引き下げる。

「フェルミ!」

「はい!」

 フェルミは打てば響くように応えて、俺の前に剣を構えて踊りだす。

 ノルンも展開できる限りの部隊を召喚した。足並みの揃う彼らは手に槍を剣を、爪を牙を構えて並ぶ。常ならば勇壮な彼らも、迅凱を前にしては、ひどく卑小に見えた。

「やれやれ、みんな頭に血が上ってるね。いいよ、ちょっと相手してあげよう」

 いつでもどうぞ、とばかりに両手を広げ、ユジンは笑っている。

 ノルンは苛立たしげに腕を伸ばし、迅凱を指し示した。

「くっ。重装部隊(Heavy Unit)、突撃(charge)! 白兵部隊(Infight Unit)護盾部隊(and Guard Unit)、包囲陣形(besiege)! 砲撃部隊(Blast Unit)、撃て(fire away)!」

 矢継ぎ早に指示を出す。部隊は即応して動き出すが、先頭の比較的大型かつ強力な精霊で構成される重装部隊は、迅凱に文字通り一蹴された。

 苦笑さえ浮かべて、ユジンはノルンに声を放る。

「物量作戦は有効な場面が多いのは認めるけど、さすがに今回は、相手が悪いよ」

 蹴り出した足を踏み込みにして、迅凱は左腕を右肘の後ろに回すように、腰ごと大きく振りかぶる。そのバネを解放するように振りぬく腕に、いつの間にか握られた戟が、包囲しようと迫るノルンの部隊をなぎ払う。長大な矛先が振り抜いた先の壁を削った。

 迅凱の特異な能力として、五つの武器を自在に操ることが上げられる。それを自在に持ち替え変化させ、間合い・動作・敵の動きのすべてを無駄なく利用し、敵を打ち倒すのだ。

 滑らかで伸びやかな動きは無駄がなく、迅凱の素早さと身のこなしの面影を残している。

「強い……!」

 ノルンがたじろいでうめく。

 構えた剣を低く落とし、フェルミは長い赤髪を流す。

「主さま、私も行く」

「ああ。気をつけろ、総合的に強い。粘って戦機を慎重に計れ」

「はい」

 布が翻るような柔らかい動きで、フェルミは長大な両手剣を引いて間合いを詰める。

 迅凱は手にツルハシのような形状の武器、戈を握り、懐に入るフェルミの剣を受ける。

 応じた迅凱の柄で殴りつけるような一撃を、フェルミは空中で縦に宙返りしてすり抜けるようにかわした。その回転終わりに、振り下ろす一撃。傷一つ付けられない。

 堅く、強く、速い。

 強大な敵だった。

 迅凱がそうであったように。あるいは、悪魔がそこに顕現しているかのように。

「無駄じゃないかな」

 ユジンは抵抗をせせら笑う。

 迅凱は槍をなぎ払い、包囲するノルンの戦団を吹き散らして、石突きを床に打ち付ける。

「今の迅凱は、最強だよ」

 牛と鴉と虎と豚の悲鳴を混ぜたような鳴き声が、迅凱の喉からほとばしる。

 その声は、世界中の怨嗟をかき混ぜたように低く、涙に濡れるように濁っていた。

 不意に俺の肩が、ずしりと重くなる。

「すまんセイジ、肩貸せ」

「ノルン!?」

 ノルンは息を切らせて、ぐったりと魔導石を握る腕を落とし、俺の肩に腕を乗せて体重をかけている。

 顔を上げて迅凱を見る。

 フェルミは大きくかわし続けながら戦い、その周りで、部隊が次々と捨て身の足止めを続けている。すでに精霊は入れ替わり、初めからいた精霊はいなくなっている。

 負傷した精霊を戻して、控えを出し尽くしているのだ。

 青ざめたノルンの顔は、明らかに自前の魔力を、短期間で急速に使いすぎている。

 魔術その物には部屋に腐るほどある魔力を使うとしても、魔術を組み上げるための魔力は、わずかではあるが、自分のものを使わなければならない。

 魔力を急激に消耗したショック症状が現れている。

 信じられないほどの数の魔術を、息継ぎもせず湯水のように垂れ流し続けているのだ。

「馬鹿ノルンお前、なに無茶やってるんだ!」

「仕方な、だろ。カター、いない、んだぁら」

 はあっ、とそれだけ喋るのも苦しそうに、大きなため息をつく。

 ノルンの精霊戦団は、カタールの大規模な魔術に依拠する面が多分にある。

 カタールが相手の魔術を削ると共に、個々の能力に劣る精霊たちの力を補う。さらにあの老練した獅子の精霊は、ノルンの目が行き届かない部隊の指揮までも取っている。

 まさに戦団長と号するに足る、八面六臂の貢献ぶりなのだ。

 そのカタールがいない今、強大な迅凱を前に、彼の分を補うほどの魔術強化を精霊にかけ続けていたらしい。

 戦場に目を向ければ、迅凱の膂力を前に攻めあぐねて、フェルミは間合いを取って剣を構えている。

 悔しかった。

 フェルミが本気で戦えていたら、もっと戦いやすいのに。

 ユジンは薄く笑って迅凱に手をかざす。初めて魔術をかけた。

「そろそろ、行くよ」

 迅凱は、武器を持たない左腕を掲げる。

 そこに生まれる世界の夜を凝縮したような闇を振り払って、左手に戟を持った。

 一陣。翼を打ち、両手に持つ戈と戟を手足のように巧みに操り、暴風のようになぎ払う。

 空気がもぎ取られるような、大質量が動く轟音を立てて、刃がフェルミたちを襲った。

「くっ!」

 手持ちのカードを割る。

 防壁をフェルミの周囲に厚く。その足に一蹴りの大加速。

 その防壁を濡れた紙より容易く引き裂き、飛び下がったフェルミの後れ毛を撫でるようにして、周囲を打ち払う強烈な一撃はすり抜けていく。

 しかし、ノルンにはそれを防ぐ体力が残っていなかった。

 一体残らず打ち散らされ、全員の実体化が割れるように解かれる。

 煙などの無形になった色とりどりの精霊たちが、一斉にノルンに戻っていく。壊滅だ。戦団を失ったノルンは、立っていられずにへたり込んでしまう。

 構っている余裕はなかった。

 すぐ目前まで飛び戻ったフェルミの体を、弾くように左に滑らせる。

 俺の目と鼻の先まで、迅凱の穂先が迫った。

 寸でのところで止まったそれは、フェルミを追ってなぎ払われる。

 下がっていた馬頭を先端に引っ掛け、彼の鎌を打ち払った。弾き飛ばされた鎌は、壁にぶつかって粉々に砕け散る。

 迅凱の力は尋常ではない。ただでさえ強力だった迅凱が並外れた魔力と剛力を得て、まさに無双という言葉を体現している。

 苦戦とは別の苛立ちが募る。

「ユジン。お前は迅凱を強くするために、ドレイクテイルに魔石を渡したのか?」

「いや。あくまで主目的は魔石の性質について深めたかったからだよ。人手と事例が必要だったんだ。精霊誘拐には参ったけど、必要なことだからさ」

 だけど、と義憤をこめてユジンは唸る。

「多少の狼藉は大目に見てたら……許せないよね。あいつら、ノルンに怪我をさせたんだ。精霊の怪我は魔術ですぐ治るけど、人間はそうはいかないことも分からないのかな。まあ、ちょっと、僕もやりすぎたかもしれないけど」

 はあ? と間の抜けた声が上がった。

 振り返ると、オルギードが力なく後退りしている。

「つまり、なんだ。てめぇは、金髪のために俺たちを……ハハ、なんだそれ。今の俺と、同じことしただけ、か?」

 よろよろと壁に背中をぶつける。

 その衝撃で力を失って、へたり込むように腰を下ろした。

「勝手に割れて、勝手に潰しあって、関係ねぇ娘っ子怪我させて、で? そのダチに潰されたってか? 自業自得じゃねえかよ。最悪だぜ。頭領が、帰ってこねぇわけだ……」

 情けねぇ、とうめいて、オルギードは顔を覆う。

 ずだん、と重く響くような音がした。

 オルギードに気をとられた馬頭が、戟の石突をもろに受けて吹き飛ばされている。

 馬頭は吹き飛ぶ途中で実体化を解いた。というより、ダメージが大きすぎて実体を保てなくなったのだろう。

「終わりだよ」

 ユジンが笑う。


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