表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第三章
19/25

17:黒幕

 下げられた護盾部隊の隙間を縫って、階段に足を下ろす。

 古いが作りはしっかりしていて、軋むこともなく体重を受け止める。板の下には石が敷かれているのかもしれない。

 一番下の土間で転がったままのプロポーサを見る。

 ピクリともしないが、一応生きているようだ。生きる魔力の循環を感じる。

 振り返ってオルギードを見上げた。

「あいつは、ドレイクテイルに魔石を渡したやつとは違うか?」

「あ? ああ。もっと小さいやつだった」

 小さい、ね。

 フェルミは俺を見上げている。

 純粋無垢な瞳に、恐れを抱く。

 その恐れは忌避すべきものではなく、戦意の燃料となる、失いたくないという自覚だ。

 頼もしい仲間の存在を背後に感じる。

 鉄扉を見る。錆の浮く古い鉄扉は、まるで何年もの昔から閉ざされていたかのように、どっしりと固まっていた。

 おそらく、すべての元凶が向こうにいるのだろう。

 深呼吸して、ゆっくりと息を吐く。

 笑った。

「さて、引きこもり野郎にお灸を据えに行くとするか」

 おうと応じて、二人の精霊術士はそれぞれ腕を鳴らす。

 階段を降りて、鉄扉を前にする。

 黒鋼の鉄扉は留め金も大きく、かなり頑丈に作られていた。そのうえに固定されるカンテラのなかで、魔導石に宿る火精霊が温かみのある白い光を広く投げかけている。

 ふと、気がついた。この向こうでは、何が行われているのだろう。

 音もなく、魔力を微塵も漏らすことない。

 騒ぎも戦闘も、仲間が倒れても、この奥にいる人物は何の反応も見せていない。

 声がした。

「引きこもるのにも、それなりの事情があるものだよ、セイジ」

 ぴしり、と石が跳ねた。

 蝶番を固定している石材が割れている。

 隙間が空いた瞬間、そこから濃紫の水が細く噴き出して、少しも行かないうちに煙に蒸発して消えていく。

「まずい……!」

 メギ、メキメキ、と乾いた砂を潰すような軽い音とともに、亀裂は広がっていく。

 まるで物理的な結界として部屋を区切るかのように、外界との接触を閉ざしていた頑丈な黒鋼の鉄扉は、べコン、と傾いた。蝶番が吹き飛んでいる。

 フェルミたちを背中で押して、階段まで後退りする。

 ズリズリと開いていく隙間からは、ざばざばと透き通った黒い液体が流れ出ていく。それらは床を満たすことなく、広がるそばから煙に立ち上り、そして消えていく。

 ありえなかった。

 魔力だ。

 尋常じゃない濃度の魔力が、擬似物質として液体を構成して噴き出している。

 黒い風が俺たちを追い返すように吹き出してくる。その突風は揺れる鉄扉を大きく傾け、倒してしまう。石床を打つ鉄扉は、重さのあまりめり込んだ。

 扉の向こうにあるのは、非常に広い空間だ。

 四方を本棚とビーカなど実験器材を満載した机で埋め、隅には割れた魔導石の欠片が大量に投げ出されている。部屋の中心に魔法陣が刻まれていて、それはマーブルのような色合いを見せて発光していた。

 そして魔法陣の中心には、悪魔――そう呼ぶのがふさわしい。そんな最悪が、足をつけて立っていた。

 雄角を生やす牛頭は猿のように歪み、体格はオルギードの獣人に迫るほど大きい。背には蝙蝠のような翼まで備え、手足の爪は槍の穂先のように伸びている。

 漂わせる魔力は莫大で、異常で、そして禍々しい。見るだけで恐怖を煽られるような、そんな異様な威圧感を放っていた。

 そんな怪物の足元に、少年が立っている。

「やあ、ようこそ僕の工房へ。歓迎するよ。セイジ、ノルン」

 黒髪を流す年齢の判別しにくい顔立ちに、黄みを帯びた日に当たらない肌。すらりとした体格で、背だけが少々小さかった。

 今は学園のものではなく、魔術師然とした装飾の多いローブをまとっている。

 オルギードが背後でいきり立ったのを感じる。

 ノルンは扉の前で絶句している。

 なぜ。

「なんで、お前がそこにいるんだよ。ユジン」

 ユジンはその甘い口許に、意図の読めない爽やかな微笑を湛えている。

「なんで、と言われても、ここが僕の工房だからとしか言いようがないね。プロポーサには会ったろ? 彼は僕に全面協力してくれているんだ」

 手の中で何か小さなものを遊ばせながら、なんでもないように応えた。

 魔力は凄まじく吹きすさんでいる。霊脈の魔力をかき集めても、ここまで濃度を高めるには、軽く二十年は掛かるだろう。

 ノルンが肩を怒らせて俺を突き飛ばし、部屋の中に殴りこむように踏み込んだ。怒号のような質問を叩きつける。

「こんなところで、何をしているんだ!」

 怯えて見せるかのようにユジンは肩をすくめ、苦笑を見せた。

「ご覧の通り、今は何もしていないよ。でも意図を汲んで答えるなら、僕はここで魔術を行って『いた』。大規模なやつをね」

 ノルンを追いかけて部屋に入る。

 途端、ぬるりと肌を撫でる陰気な空気と、チリチリとした魔力の残滓を感じる。

 魔術でこんな状態になるとしたら、並みの規模ではない。それこそ、第二区の旧家をして奥義と言わせるような、それほどの大魔術だろう。

「なにを、していたんだ?」

 ユジンは答えず、手に遊ばせていた石を俺たちに見せる。

 拳大の魔導石は、歪に膨らみ、ぼこぼこと泡立ったまま固まったかのように、奇形に姿を変えている。その紺碧の深い色合いは、どこかで見たことがある。

 ユジンは、おかしそうに笑った。

「迅凱さ。ちょっと強く作り直していたんだ」

「なんだと?」

 怒りも戸惑いも、だいたいの感情が吹っ飛んだ。

 この醜悪な怪物が、迅凱だって?

 牛頭の魔人は翼を畳み膝を曲げて、忠臣のようにユジンの隣に控えている。

 それは確かに迅凱の面影を残していて、同時に残っていることが不思議なほど、悪魔のように歪み切っている。

 その姿を見ても、ユジンはなんとも思っていないようだった。

「僕は精霊を、迅凱を『作り変えた』んだよ。しがない中位精霊に過ぎなかった迅凱に、ドレイクテイルから回収した魔石の魔力を与えて、自分のものとするように」

「そんなの、どうやって……」

「理屈としては難しいことはないさ。魔石は精霊に癒着する。構成が極めて近似にあるから、精霊は魔石を同化してしまうんだ。魔導石を取り込んでしまう、精霊の契約事故と同じだね。その結果、魔石は魔力を取り込むことができるし、精霊は魔石にこめられた魔力を引き出すことができる」

 ユジンはパチリと手で打って、魔導石を跳ね上げた。

 フーワリと浮き上がる紺碧の石は、床に広がる魔法陣の光を取り込んで、不気味に混ざり合った色を含ませる。

 降ってくる魔導石を再び握った。そのリズムで講釈する。

「そこで、癒着するような中途半端な同化ではなく、完全に、精霊の構成の中に魔石を溶け込ませる。すると、不安定な魔石は崩壊して精霊に取り込まれる。当然起こる魔力過剰による暴走状態を、精霊その物を再構成することで回避するんだ。そして、大きな魔力をもつ精霊として、改めて存在する」

 ユジンは肩をすくめた。

 親切に解説する自分に苦笑するように、隣に控える巨大な迅凱を見上げる。

「ま、要するに強い精霊として生まれ変わらせる、ってことさ」

 言うだけなら簡単。

 この言葉がこれほど似合う話もない。

 精霊を人工的に作ることと、やってることはほとんど同じだ。

「いやまあ、素体があれば、その構成を多くの魔力でより精密に再現すればいいだけでね。新たに作り出すのとは、難易度に雲泥の差がある」

 俺の顔色を見て、ユジンは補足した。

 その飄々とした態度は、いつも通りにも見える。その『いつも通り』が、ありえないことをしている齟齬で、どこまでも歪み切っている。

 オルギードが堪えられないように足を踏み鳴らした。

「ンな能書きはどうでもいい! よくもまあ、いいように俺たちを使ってくれたな!」

「えぇ? おいおい、誤解しないでくれ。僕は騙しもしてなければ、嘘もついていない。実験に協力してくれ、とは初めに言ったじゃないか。同時に、露見しかねないような真似はするな、とも。あれだけ好き勝手な真似をするのは、契約違反じゃないか」

 心外だ、というふうに手のひらを向けて理性的に語る。

 そしてニコリと爽やかに、言葉を続けた。

「契約が解消されたら……魔石を返してもらうのは、当然だろう?」

「っそガキが!」

 オルギードが怪我を忘れたように魔導石を握る。

 制止する間もなく、辺り一帯に過剰なほど満ちる魔力をかき集めて、耳がびりびりするような大音声で宣言した。

「精霊喚起!」

 鎌を持つ馬頭の男と、むく犬面の巨大な獣人。

 天井に頭をこするような獣人は、鉈を構えて、咆哮した。耳が張り飛ばされたように痛み、腹が震えるような重低音。びりびりと岩が共鳴し、砂がこぼれ落ちる。

 ユジンは仕方のないと肩をすくめた。

「その魔石も、返してもらおうか」

「できるもんならな!」

「ありがとう」

 応酬にすらならなかった。

 オルギードが攻撃を指示する前に、獣人が鉈を構えるより前に、そしてユジンが身構えるより前に。

 丸太のような腕が、獣人の首に埋まる魔石を抉り出した。

 そして、魔石を抉り取られた獣人の、精霊としての構成が崩れて暴走するよりも早く。むしり取られた痛みに悲鳴すらあげる間もなく。

 迅凱の拳によって、獣人は跡形もなく叩き潰された。再び押し付けられた魔石に、その命を作る魔力すべてを奪われていく。

 オルギードの手元で内側から弾け飛ぶように、魔導石が砕け散った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ