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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第三章
17/25

15:怪商人

 彼は猫のように目を細めて、愛想のいい苦笑を作って見せる。

「まったく、好き勝手してくれますね。これでも、私のお気に入りの店なのですよ」

 プロポーサは、落ち着き払った素振りで、そこに現れた。

 ノルンはいきなり彼が現れたことに、微塵も感情の変化を見せない。むしろ不遜に胸を張って、尊大に腕を組む。

「ふん。なら、豆くらい店で挽くよう進言するんだな。挽き置きのコーヒーはまずいんだぞ。昔間違ってワゴン品をリットル缶で買って、それはそれはひどい目に遭った」

 堂々としているが、よく考えれば威張って言うようなことではない。

 俺はノルンの隣に立って、プロポーサの飄々とした笑みに向かう。

「プロポーサ、あんたが黒幕か」

「黒幕……といえば、そうかもしれません。魔石を見つけたのは私ですから」

「魔石を摘出すればいい、というのも嘘か」

「ええ。それについては申し訳ありません。力を与えている魔石を無理に引き剥がせば、精霊は暴走するか、魔力を大いに減じてしまうでしょうね」

 欠片も悪びれる様子を見せず、プロポーサは微笑を湛えたまま即答した。

 息を長く細く吐く。怒りを落ち着ける。

 予想はついていた。

 ドレイクテイルのアジトの惨状を思い出す。

 バンダナの男は、魔石を奪われて、精霊が暴走した、と語っていた。

 魔力を付加するようなとんでもない代物が、まともであるはずはない。

 つかみどころのないプロポーサの微笑をにらみつける。

「外し方を教えろ」

「教えたら、引き下がっていただけますか?」

「どうだろうな。教えてもらってから考える」

「では、交渉決裂ですね」

 プロポーサは愉悦を表すように顔をゆがめた。

『結界!』

 プロポーサとまったく同時に結界を張り、広がったそれはぶつかり合って境界線を作る。

 この結界は精霊戦の被害を減らすために、魔力を逃がさないために張られるものとは、役割が違う。霊脈の魔力を場に引き込む、陣としての結界だ。

 競り合うように、結界の境目は火花が吹き上がる。

 それを制御しながら、手にカードを成型する。

 成型しておいた魔力を使えば、魔術の構築が速くなる。

 もう、容赦する気はなかった。

 フェルミを失うことは耐えられない。

 それ以上に、状況を誘発し、精霊が失われる事実を軽んじる、この男が許せなかった。

「フェルミ! 行くぞ!」

「はい、主さま!」

 長大な両手剣を構えて、フェルミは結界がぶつかり合う境界線の前に立つ。

 ノルンとオルギードもそれぞれ魔導石を構えた。

「私たちも続くぞ! 戦闘配置(be at action stations)、白兵戦闘構え(get set to combat in close)、精霊喚起!」

「ちっ。メイザル、精霊喚起!」

 狭い店内をさらに狭める結界内に、精霊がみっしりと集まる。

 霊脈から引き込まれる魔力も相まって、結界内は砂塵が吹き始めるほど魔力が濃い。

 フェルミの後ろに、精霊戦団が戦列を並べる。密集陣形を組んでいるせいで、オルギードの馬頭男がいたたまれなさそうに結界の隅に追いやられてしまう。

 オルギードが顔をしかめてノルンを見下ろした。

「これじゃ動けねぇだろ」

「私の精霊戦団を甘く見るな」

 こちらの戦闘準備を向こうに置いて、プロポーサは泰然と構えている。

 怪訝に眉が寄った。まるで精霊を喚起する気配がない。

 彼は懐に手を入れて、結石を取り出す。

 その所作もあくまで落ち着いていて、まるで戦う気がないかのようだ。

 見せびらかすように指に挟まれているのは、透き通った親指大の石だ。

 ツルツルとした表面には魔法陣の光が映りこんで反射している。紫に濁った水晶のようだが、光の加減で緑や赤にも見える。

 プロポーサは灰色の目を細めた。

「これは、なんだか分かりますか?」

「魔石だろ」

「ええ、その通り。精霊から魔力を取り込み、蓄える性質があります。カラクリは簡単なものですよ。この魔石は擬似物質の構成として、極めて脆いのです。魔力と魔導石の間だというのが、一番近いでしょうか」

 比べて見せるように彼は魔石を持たない左手に魔導石を取り出す。

 身構える俺たちを他所に、プロポーサは魔石を傾けて光の具合を確かめる。

「構造的な不安定さを解消するために、これはより多く魔力を集めようとします。しかし、すでに実体化していますから、外部からの働きかけがなければ、構造を変えることはできません。使い方も分からず、ただ闇雲に集めるだけ集めるのですよ。寒眠前のリスみたいで、可愛らしいじゃありませんか?」

 くすくすと、意味もなく笑い、プロポーサは魔石と魔導石を右手でまとめて握る。

 やはり召喚する気配がない。

「これは、精霊だけに役立つものでは、ないのですよ」

 ぐ、と握る手が力み、魔石が魔導石に押し割られる。

 閃いた。

「そうか……こいつも魔術師か!」

「ご明察!」

 びっと鋭く腕を伸ばし、高速で魔術を組み上げる。

 黒い槍のようなその一撃は空間を突き抜いて、フェルミの胸元、魔石を真っ直ぐに狙っている。身をかわすフェルミの影を突き抜けて、盾を構える精霊の一角に突き刺さった。

 それほど力の強くない精霊で構成される精霊戦団は、吹き飛ばされて戦列を崩される。

「なんだと!?」

「下がれフェルミ! ノルン、戦列を下げろ!」

「メイザル、天井だ!」

 フェルミが跳び下がるのに前後して、鎌を持ち上げた馬頭男から真空刃が吹き上がる。廊下の入り口に突き立って、天井を崩した。

 しかし、ちょっとした目潰しに過ぎず、時間稼ぎにもならないだろう。

 腕で口許を覆うノルンが顔をしかめた。

「なんだ、どういうつもりだ? 魔術によほど自信があるのか?」

「それだけじゃない。自分を盾にしてるんだよ。こっちはあいつを攻撃できない」

「ん……ああ、そういうことか」

 ノルンが煩わしそうに顔をしかめる。

 精霊は、人間を攻撃できない。契約時点でそのように取り決めるからだ。

 その魔力を借りて構築した魔術も、契約の域を超えることはできない。だからこそ、精霊に力を借りる魔術は、広義の精霊術に分類される。

 ちっ、とオルギードが舌打ちをした。

「つまり、一方的にやられるしかねぇってことかよ」

「いや」

 ノルンはきっぱりと否定した。

「そうと分かれば、いくらでもやりようはある。盾には盾を、だ」

 にやりと、獲物を追い詰める野獣のような顔で笑う。

 すっと瓦礫を指差した。

 整然と構えて采配を待つ精霊部隊に、堂々と朗々と、命令を下す。

「護盾部隊(Guald Unit)、突撃(charge)!」

 密集陣形を構成する精霊のうち、堅守担当の最前列のみに加速を与え、強襲させた。

 精霊部隊は密度を保ったまま器用に走り、瓦礫を蹴散らして廊下に駆け込む。

 応戦するプロポーサの魔術に何体かが弾き飛ばされても、練度の高い部隊は足並みを微塵も崩さない。

 強化を重ね、戦列を保つノルンは強気に笑う。

「魔術師というのは、魔力の限界が常に付きまとう。我らのほうが条件は優位だ!」

「これは……なかなかやりますね」

 表情をやや引き締めたプロポーサが魔導石を突き出す。

 防壁を構築して受け止めているようだった。

 精霊部隊の突進を受け切って、ぎりぎりと押し合いになる。

 ノルンの指示は止まらない。

「おいデカいの!」

「ああ? なんだ、俺のことか?」

「お前以外に誰がいる。私があいつの前まで押し込む。お前が突っ込んであいつを伸せ!」

「ちっ、小娘が俺に命令しやがって。面白ぇ、ぶちのめしてやる」

 オルギードが獰猛に笑い、体勢を低くして廊下に飛び込んだ。おら気張れ、などと精霊の護盾部隊に檄を飛ばしている。

 フェルミが俺の前まで来て、ちらりと振り返って頬を緩めた。

「みんな、すごいね。頼もしいよ」

「ああ。分け入る隙がなくて、つまらんくらいだ」

「ふふ、そうかも」

 遊ぶように、長大な剣をゆらりと構える。長物過ぎて、この狭い屋内の戦場には少々向かないかもしれない。

 武器変えるか持ちかけようとして、やめた。

 触発されたように戦意をたぎらせる横顔は、誇らしげに剣を見上げ、握っている。

 フェルミはこの剣で戦い抜いてきたのだ。

 ノルンの精霊部隊は、綱が千切れる寸前まで張り詰めていくような押し合いを続ける。

 魔術強化された衝突の余波に、めきめきと床板がささくれ立っていく。

 じりじりと詰められていく間合いを見下ろして、プロポーサはにこりと笑った。

「ふふ、そう上手くはいきませんよ」

 懐から次の魔石を取り出して、魔導石に重ねた。

 その手からは、サラサラと砕けた結晶の砂がこぼれ落ちていく。

「魔石は、我々天上人にこそふさわしい。精霊ごときに使おうなど、非効率的であるどころか、無駄遣いでさえあるのですよ」

 プロポーサはにたりと薄ら笑いを浮かべた。

 結晶の砂がこぼれ落ちる手元で、莫大な魔力が渦を巻いていた。

 その膨大な魔力は即座に魔術に転じ、彼の周りで次々と魔術の矢が生み出されていく。凄まじい技量だった。

 続けざまに組み上げられる矢は、畳み掛けるように解き放たれて精霊部隊に突き刺さる。その一つひとつに、砲弾のような威力があった。

 ノルンの誇る護盾部隊といえど、かの要であるカタールを欠き、さらにただ一方的に殴られ続けるばかりでは、消耗も時間の問題だった。

 徐々にプロポーサの魔術は戦列を食い破り始める。

「なんてやつだ、くそっ! 持たないかっ?」

 追い詰められるのはノルンのほうだった。

 敵の攻撃は、精霊戦のように傷つけないためのものではない。戦線離脱した精霊には、すぐには戦場に復帰できない負傷をしてしまった精霊もいる。

 着実に頭数を減らされていく。

「主さま! 私が行く!」

「フェルミ、待て!」

 フェルミが制止を振り切り、剣を引いて走り出そうとする。その二歩目に炎が揺らぎ、三歩目で爆発するような炎がフェルミの全身から巻き上がった。

 四歩目の足が地面を探るように滑って、体がぐらりと傾いていく。


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