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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第三章
16/25

14:突入

「ここで間違いないな」

 第三区の靄がかった空を街灯が橙色に浮き上がらせている。

 オルギードが示す喫茶店は、プロポーサと話した店で間違いなかった。

 扉にはめ込まれた小さな透板に、準備中の看板が掛けられている。

 ひと気も物音もない。

 カーテンの隙間からかすかに明かりが見えていた。

 ここに、すべての黒幕がいるのだろう。

 深呼吸する。寒さではなく、指が緊張に震えていた。

 そっと肩に手が乗せられて、同時に体を暖かいものが包む。

「だいじょうぶ? 主さま」

「ああ。ありがとう、フェルミ」

 フェルミが熱を俺の周りに与えてくれていた。彼女は小さく微笑んで、気にしないで、と言うようにうなずく。

 手の震えは、止まらない。胸の底から震えている。

 この騒動も、フェルミの魔石も、ノルンの怪我も。そしてオルギードの仲間たちも。

 すべての因果を片付けてやる。その意欲で高ぶっていた。

 笑う。

 そう、これが、武者震いだ。

 うなずいて、俺はオルギードを見上げる。

「じゃあ、裏口かどこか探して」

「行くぞ」

 バキン。

 取っ手を力ずくで回して鍵を壊し、扉を開けた。

「おい? ここは裏口とか探してスマートに潜入するのが筋ってもんじゃねぇんですか?」

「馬鹿野郎。そんなもん相手が想定してないわけねぇだろうが。正面突破するほうが、かえって早道だって相場が決まってんだよ」

「おっと、準備中の看板が見えなかったか?」

 オルギードがでかい体を半分ほど店に入れたまま、ぴくりと停止する。

 ウェイターの服を着たおっさんが、精霊を伴ってカウンターに構えていた。ブリキの人形にも似た、石塊を人魂のように周囲に従える土精霊だ。

「……すまねえ」

「もういい」

 さっさと結界を展開した。

 まずいコーヒーを臆面もなく出してくれやがったおっさんに、精霊戦のレギュレーションを確認する。

「レギュレーションは無制限、決着はこの場の精霊が先に全員倒れたほうの負け。賭けは」

 にぃ、とおっさんが笑った。

 ブリキ人形の土精霊が、石塊を放った。その石塊は視界の中心に迫ってくる。角ばった形状と陰影が、異様にはっきり見えた。くるくると回っている。空気を滑るような風切音。

 ごう、と。

「主さま危ないっ!」

 空気を引き剥がすような燃焼音とともに、フェルミが俺の前に飛び出した。

 振り上げる手に渦巻く炎は石塊を弾き、火を払って抜き放たれた長大な両手剣は、勢い余って戸口の柱を切り払う。

 弾かれた石塊は、物理的な破壊力を持って、店の梁をぶち抜いた。

 理解が追いつかない。

 オルギードが目を剥いて俺を振り返っている。

「は?」

 声が漏れた。

 精霊が、人間を攻撃した?

 おっさんは憎々しげに顔をしかめて、敵意を隠さずに俺をにらみつける。

「ちっ、防いだか」

「敵か!」

 カウンターの奥から、誰かの声と足音が響く。他にもいるらしい。

 おっさんが攻撃を指示し、精霊は石塊を連続で投射し始める。

 オルギードは店の奥に飛び込み、机の天板を蹴り上げてへし折り、盾にした。こちらに来るぶんはフェルミが防いでくれるが、石弾の数が多い。押し切られそうだ。

「くそ、どうなってんだ? フェルミ、いったん下がる!」

 店を飛び出して壁に背をつける。同じタイミングでフェルミが飛び退いて、壁の影に隠れた。ばきんと石が柱を打つ。

 入れ違いに、誰かが店の前に歩み出ていく。

「砲撃部隊(Blast Unit)、攻撃構え(have your weapon at the ready)」

 夜の湿気に膨らんだ金髪が風になびく。

 背にぞろりと従える、小粒大粒、有形無形、有象無象の無数の精霊。

 それは密集し、山のように、あるいは大きなひとつの生き物のように、統率され連携した動きを見せる。

「攻撃目標(aim at)、目に映る物すべて(everything)」

 ローブの袖を翻し、指先までピンと伸ばして、扉の中を指し示した。

 ノルンは命令を下す。

「撃て(fire away)」

 ぶわ、と光が湧き起こる。

 ノルンの周囲に配置された大量の精霊が、一斉に砲撃を行ったのだ。

 意外なほどの一瞬の間を置いて、投げつけられた石塊すら叩き潰し、ずごんと地面ごと揺るがすほどの衝撃が店を貫く。一瞬と持たずに粉砕した。店の中の埃や木屑が、ぶち抜かれた入り口から噴き出す。

 湿気が煙に吸われて、急激に空気が乾燥する。目が痛んで、肌がひりついた。

 ノルンは俺を見て、にやり、と勝ち誇った笑みを見せる。

「ぬるいな。戦機は刹那も逃さず全力で、が鉄則だぞ」

「お前、どうしてここに。怪我は大丈夫か?」

「うちの諜報部隊は優秀でね。ドレイクテイルの男を引き連れて戻ってきたから、わざわざ飛び出してきたんだ。ここはアジトか何かか?」

「ああ、いや。ドレイクテイルのアジトは別だ。黒幕、あいつらに魔石を供給してたやつが、ここにいる」

 振り返って店を見る。そこからでかい頭がぬっと出てきた。頭からパラパラと埃をこぼして、きつく顔をしかめる。

「無茶苦茶しやがる。俺が中に居たんだぞ」

「ふん。怪我はなかっただろう? 私と違ってな」

 ノルンはつんと顎を上げて、オルギードに吐き捨てる。身長差が大きいので見上げなければならないらしい。

 そう、精霊は人間を傷つけることはできない。

 傷つけないことを契約に盛り込まなければならない、と定められているからだ。精霊戦でかわされる応酬も、精霊を害することはない。

 魔力を制限する、というのは、契約時点で盛り込まれている。

 にもかかわらず、おっさんの従える土精霊は、俺に対して明確に攻撃意志を向けた。

 明らかに契約規範を違反している。判明すれば治安当局が飛んでくる犯罪行為だ。

「そうだ、敵は?」

 いまさら思い出して、店の中を覗く。ひどい有様だ。

 カウンターの後ろにあった棚は跡形もなく砕け、隣の部屋まで穴が空いている。

 梁は折れて崩壊し、灯火の火精霊を宿していたらしい魔導石が転がっている。

 店が壊れた時点で契約失効と見做されて、出て行ってしまったのだろう。契約が終わった途端に精霊が逃げ出す程度には、劣悪な環境だったようだ。

 真っ二つの割れたカウンターテーブルにそれぞれ持たれかかって、おっさんと後から来たらしい青年が倒れていた。ご丁寧にも、麻紐で後ろ手に縛られている。ピクリともしない。意識を失っているらしい。

 彼らの魔導石は取り上げて放り捨てられていた。

「わざわざ俺がぶん殴って落としたんだぞ」

 オルギードが居眠りを邪魔された巨虎のように唸る。

 精霊では人間を攻撃できないし、故意に怪我を誘発させることもできない。砲撃で怯んだ隙に、オルギードが済ませてくれたらしい。

「さあ、さっさと行くぞ。空挺部隊、砲撃部隊と重装部隊の半数は待機」

 ノルンはさらりと命令を加えながら店に入る。

 その背からどろりと膨大な魔力が立ち上り、今までいた精霊たちの半数が消え、別の精霊たちが召喚された。規模が二倍になった。

 オルギードが気持ち悪そうな顔をする。

「なんだこいつ、戦争でも始めるつもりか?」

「ノルンが従えるのは"精霊戦団"だからな」

 誇張でも虚飾でもないその称号に、敬意すら覚える。

 無制限のレギュレーションでは、ノルンに比肩するものはいないだろう。カタールの特性も相まって、全軍を運用されれば俺とユジンが協力したって歯が立たない。

 その想像がついたのか、彼女に無制限を挑んだオルギードが、難しい顔で口を曲げる。

「何をしている、置いてくぞ」

 店の中からノルンが叫んだ。

 フェルミと顔を合わせて、うなずき合わせて店に再び入る。

 煙はだいぶ落ち着いていた。靴の下で木屑がばきりと折れる。

 カウンターの奥にある廊下は長く、また途中に地下へ続く階段も見える。

 折れたカウンターの前で、ノルンは仁王立ちしている。

「遅いぞ。さて……敵はどこやら」

「やつは地下だな」

「ほう。そうか」

 オルギードの声にうなずいて、ノルンは足を踏み出した。その一歩で止まる。

 廊下の奥にあった扉が開いて、長いローブをまとった男が現れたからだ。


 あの子なんで英語にしちゃったんだろ……

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